2年に1度の日本自動車業界にとって最大のイベントである「東京モーターショー2017」が、2017年11月5日に閉会しました。一部の論調には「低調だった」、「見どころがない」、「地盤沈下」など酷評する意見も見られるが、その意見は正しいのか? 欧米はもちろん、近年興隆が目覚しいアジア圏のモーターショーの取材実績も豊富なモータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏が、世界的な潮流の中における東京モーターショー2017の意義を振り返った。
今回の「東京モーターショー2017」の意義を、世界的な潮流や日本メーカーの情報発信という視点から評価する
「東京モーターショー」は変化の時を迎えている。かつて、世界のモーターショーといえば、デトロイト、ジュネーブ、フランクフルト、パリ、そして東京という5つのショーのことで、世界5大ショーと呼んでいた。その5つのショーに、世界中のメーカーが参加し、それぞれに世界初披露のモデルを用意していたのだ。しかし、時代の流れと共に、中国市場が巨大化、さらに「ロサンゼルスオートショー(LAショー)」や「ニューヨーク国際オートショー(NYショー)」、家電見本市の「CES」や「IFA」など、そのほかのジャンルのショーの存在感も高まってきた。そうなると、当然、メーカーもそのすべてに均等に力を入れるわけにはいかない。その結果、世界5大ショーと呼ばれていたショーにも変化が見られるようになってきた。その顕著な例が、東京とデトロイトだ。マーケットシェアの低いメーカーは、どんどんショーから撤退してゆく。結果、今回の東京モーターショーでは、ドイツとフランスのブランドは参加したものの、アメリカ、イタリア、イギリスは欠席。しかも、ドイツ&フランスともに、世界初披露はゼロ。インターナショナル色の薄い、少々寂しい内容であったことは否めない。しかし、このようなドメスティック化は、東京だけではなく、デトロイトでも顕著であるし、今年のフランクフルトでも、その気配が感じられた。世界5大ショーの内向き傾向はもはや決定的なのだ。そうした中で、東京モーターショーは世界に向けて、何を発信するのか? それが、現在、東京モーターショーに突き付けられた課題だった。
ガソリン自動車発祥の国であり、今でも自動車生産の大国であるドイツで今年の9月に開催された「IAA2017(フランクフルトショー)」も、参加を見送ったメーカーが少なくなかった。モーターショーの選別と注力は、世界的な潮流である
今の自動車業界の世界的なトレンドは“電動化”“知能化”“コネクテッド”の3つだ。デトロイトでも、フランクフルトでも、あちこちのメーカーが、この3つをテーマに開発を進めていることが明かされた。
“電動化”は、EVだけでなく、ハイブリッドも含まれるし、FCV(燃料電池車)も駆動をモーターで行うという意味では電動化技術に含まれる。ちなみに次世代型エンジン「スカイアクティブX」を発表したマツダも電動化を否定しているわけではない。ハイブリッド技術はこれから積極的に採用するという。これも立派な電動化だ。“知能化”は、自動運転技術であり、またAI技術も含まれる。“コネクテッド”は、クルマとネットとの通信技術にとどまらず、クルマとインフラ(信号機など)、クルマとクルマなど、幅広い可能性を秘めたものだ。
こうした3つのテーマをEVという商品に落とし込み、強烈にアピールしたのが、フォルクスワーゲンやアウディ、メルセデスベンツ、BMWというドイツブランドだ。それぞれ、2020年代に自動運転とコネクテッド技術を搭載したEVシリーズを市販すると力強く宣言。「EVシフト」として世間の注目を集めることに成功している。では、そうしたドイツ勢の声に、東京モーターショーはどう応えたのだろうか?
まず、「待ってました!」とばかりに歩調を合わせたのが日産と三菱自動車だ。なんといっても両社は、すでにEVの量産車を販売している。日産は、クロスオーバーの高性能EVで自動運転技術を搭載する「IMx」というコンセプトを発表した。ポイントはSUVであること。前回の東京モーターショーではセダン型、そして今回はSUVとバリエーションを拡大。さまざまな車種でEVをリリースすることを暗示してきた。
日産のEVコンセプト「IMx」は、EVになっても多様な車種をそろえる宣言という意味できわめて重要なモデルと言える
いっぽう、三菱自動車は新たなブランドメッセージ「Drive your Ambition」を掲げた。Ambitionとは「野心/大望」などを意味する言葉。あなたの野心をかなえるとでもいうわけだ。あわせて発表されたコンセプトカー「eエボリューション・コンセプト」のパンフレットには「乗る人の好奇心を呼び覚まし、未知への挑戦へと駆り立てる」とある。また、プレスカンファレンスでは「SUV」と「EV」がみずからの強みであり、「新たなジャンルを開拓する」のが三菱自動車ブランドの価値だと主張した。ちなみに「eエボリューション・コンセプト」は、4輪駆動のEVであるだけでなく、AI技術も搭載している。
三菱自動車が以前から注力していたSUVやEVは、世界的な潮流と合致する。今回の展示には、東京モーターショー2017を、復活の契機にしたいと言う意志がこめられている
また、EVコンセプト「Urban EVConcept」(フランクフルトで発表済み)を2020年に日本にも導入すると発表したホンダ。こちらも、ある意味、トレンドに乗った一派だ。さらに、今回は、その発展形である「Sports EV Concept」を世界初披露。また、プラグインハイブリッドである「クラリティPHEV」の2018年夏の日本導入も発表している。さらに芝刈り機にAIを搭載して、ペットのような存在となる「Ai-Miimoコンセプト」は、“知能化”そのものの提案であった。
ホンダの「Sports EV Concept」と「Urban EV Concept」は、EV化が進む世界のトレンドに合致している
プラグインハイブリッドの「クラリティPHEV」も“電動化”に対する回答と言える
AI搭載の芝刈り機「Ai-Miimoコンセプト」は、“知能化”への取り組みだ
いっぽう、世界のトレンドと異なる主張を行ったのが、マツダ、スバル、スズキ、ダイハツであった。マツダは、流麗なクーペの「マツダVISION COUPE」とハッチバックの「マツダ 魁 CONCEPT」を発表。「マツダVISION COUPE」は次世代のマツダ車のデザインの基本となる存在になるもの。また、「マツダ 魁 CONCEPT」は次の「アクセラ」のデザインの大きなヒントになるコンセプトだ。スバルのコンセプト「SUBARU VIZIV PERFORMANCE CONCEPT」も、ある意味、デザインのコンセプト。次世代のスバル車セダンの姿を示唆していた。
「マツダVISION COUPE」は、将来のマツダ車のデザインの方向性を示したもの
「SUBARU VIZIV PERFORMANCE CONCEPT」も、将来のスバル車のイメージを具現化したものだ
スズキは、「e-SURVIVOR(イー・サバイバー)」というEVコンセプトを発表したが、これはどう見ても、実用化されないショーカーだ。それよりも「XBEE(クロスビー)」や「スペーシア」などの市販直前モデルがショーの本命だ。また、ダイハツは5台ものコンセプトを用意。市販直前のモデルはなかったが、それでもすべてが量産化の気配濃厚であった。なかでも白眉は1960年代のダイハツの名車「コンパーノ」を現代風にした「DN コンパーノ」。このデザインのまま量産化されれば、相当なヒット車になるだろう。ちなみにダイハツブースのプレスデイ初日は、どこよりも東南アジア圏からの記者が多かった。それだけアセアンでのダイハツの存在感が大きいのだろう。
EV版ジムニー「e-SURVIVOR」。球形ディスプレイなど斬新過ぎるインテリアにも見られるように、市販する気は最初からなさそう
スズキの見どころはむしろ「XBEE」「スペーシア」という2台の発売直前モデル
ダイハツの用意した5台のコンセプトカーは「DN コンパーノ」などどれも魅力的。量産化も夢ではない、現実的なショーモデルだ
ダイハツのプレスブリーフィングは日本語で行われたが、東南アジア圏の記者の姿が目立った。かの地におけるダイハツの存在感を見せつけた
デザインコンセプトを持ち込んだマツダとスバル。プレ量産モデルをメインにすえたスズキとダイハツ。4社とも、比較的小規模なメーカーということもあり、“電脳化”“知能化”“コネクテッド”を独自で開発するのは難しいという理由もあるだろう。とはいえ、トレンドとは異なるからつまらなかったわけではない。マツダのデザインの美しさは、多くの記者から賞賛されていたし、スズキとダイハツの量産間近なモデルも興味深かった。独自路線だからこそ、個性がきらりと光ったし、世界に向けての情報発信もしっかり行えていた。
最後にトヨタだ。ここの展示は非常に盛りだくさんであった。メインステージに据えるのは、未来の愛車を具現化した「コンセプト-愛i」シリーズの3台。AI機能を備えたEVで、クラウドのビッグデータも活用する。まさに、“電動化”“知能化”“コネクテッド”のトレンドを踏まえたモデルだ。ちなみにレクサスには自動運転のコンセプトである「LS+コンセプト」を用意。これも世界のトレンドに合致する。
トヨタのメインステージは「コンセプト-愛i」シリーズの3台。“電動化”“知能化”“コネクテッド”を具現化する提案だ
レクサス「LS+コンセプト」も、世界の潮流に対する直球の回答だ
ちなみに、トヨタのプレスカンファレンスでは、豊田章男社長ではなく、ルロワ副社長が登壇している。そこで、トヨタは次世代の夢の電池である「全固体電池」の開発を進めていることを発表した。電動化にも注力しているというわけだ。日本で人気のある豊田章男社長ではなく、ルロワ副社長がスピーチしたのは、「欧米向けを考えるならば、欧米人の英語スピーチのほうがより強くアピールできる」という思わくがあったとか。「トヨタも電動化に力を入れている」というメッセージをそれだけ強く欧米に発信したかったというわけだ。
トヨタのプレスカンファレンスでは、フランス人のルロワ副社長が英語でスピーチを行った。国内よりむしろ海外に向けた情報発信を重視していることの現われだ
また、国際的なトレンドだけでなく、独自路線の展示も用意していたのがトヨタの特徴だろう。真っ黒な「GR HVスポーツコンセプト」は、新たに立ち上げたGRブランドの訴求に貢献することだろう。ミニバンとSUVを融合させた「Tjクルーザー」も面白い提案だ。
しかし、なんといっても独自性を強烈にアピールしたのが3列シートの「Fine-Comfort Ride」とバスの「SORA」だ。どちらもFCV(燃料電池車)であり、「SORA」は、ほぼ量産モデル。2020年の東京オリンピックまでに東京都に100台導入される予定だという。つまり、トヨタは「電動化はEVだけでなく、FVCもあるよ」という主張を行っていたのだ。
さらに市販直前モデル&新型モデルとしては、次期型を期待させる「クラウン・コンセプト」と、2018年発売予定の新型「センチュリー」、ショー直前に発売された「JPNタクシー」を展示。プレスデイでは、どれも非常に高い注目を集めた。
トヨタは、トレンドを押さえつつも、「FCVもある」という意地を見せたのだ。
マットブラックの「GR HVスポーツコンセプト」は、立ち上げたばかりのGRブランドのフラッグシップ役だ
FCVで3列シートのミニバンであるトヨタの「Fine-Comfort Ride」。次世代の高級ミニバンの姿を暗示している
FCVバス「SORA」は、2020年の東京オリンピックまでに東京都に100台導入される見込み。FCVを社会に根付かせることを世界に誇示した
振り返ってみれば、“電動化”“知能化”“コネクテッド”のトレンドは、東京モーターショーでも随所に見られ、世界から孤立したショーではなかった。しかし、ドイツ発の「EVシフト」への回答は各社バラバラであったものの、全体としては、あまり前のめりではなく、冷静でバランスのとれたものであったと思う。結局、量産化されるEVコンセプトは、ホンダの「アーバンEVコンセプト」だけなのだ。決して、「EVシフト鮮明」という雰囲気ではない。
かつてのような、奇抜なコンセプトカーは激減し、ブース自体の作りも全般的にいささか簡素だったので、一過性のエンターテインメントを期待すると肩透かしを食らったように思えるが、それよりもFCVや新デザイン、プレ量産車など、日本独自の発信があった。「東京モーターショーは、日本メーカーのビジョンが一番よくわかるショー」という基本に戻って振り返ると、読み取れる情報は多い。それが、東京モーターショーの正しいありかたなのだろう。