冬になると、所有するスバルAWD(全輪駆動=四輪駆動)車の雪上走行性能を試すことを生き甲斐とするライター、マリオ高野です。
地球温暖化が問題視されながらも、この冬の日本列島は各地でまとまった降雪が続き、AWDの必要性が高まっております。いっぽう、雪の降らない地域でもAWD車を所有することにはさまざまなメリットがあり(AWDのメリットについて解説した記事はコチラ:舗装路しか乗らないけど必要!? スバルが「全輪駆動」をつらぬく理由)、自動車メーカー各社は自社製品のAWD性能を競ってアピール。かつては四輪駆動システムにあまり熱心ではなかった欧米ブランドも、最近はAWDの設定拡大に熱心で、本格的な電気モーター車の時代を迎えてもなお、AWDの重要性はさらに増すとも考えられます。
また、現在のスバルのAWDの特徴のひとつに「常時全輪駆動」であることがあげられます。スバル以外のメーカーのAWDには、普段はFF、またはFRの2輪駆動をベースに、駆動輪が空転するなど限界に達した時点でAWDに切り替わるスタンバイ式のシステムも多く見られますが、スバルは常に4輪を駆動させるタイプのAWDを採用してきました。
スタンバイ式は比較的燃費性能にすぐれ、制御や差動の速度は年々速くなっているので、AWDとして問題のない性能を実現できてはいますが、それでもなお、やはり最初からAWD状態で走るほうが安定性では明らかに有利であり、スバルはそこにこだわっているのです。
スバルは90年代に「レガシィツーリングワゴン」を大ヒットさせ、スポーツカーのようにパワフルなエンジンとハンドリングに加え、AWDならではの駆動力で安心と愉しさを提供。フルタイムWDシステムの普及とともに、販売台数を激増させました
そこで今回は、乗用車AWDのパイオニアとして定評のあるスバルのAWDシステムの特徴や性能に注目してみましょう。そもそもスバルが乗用車のAWDを開発するきっかけになったのが、東北電力からの要請だったというのは、クルマ好きの間では有名な話です。
時は1971年。当時のAWD車といえば、三菱「ジープ」やスズキ「ジムニー」などが代表格でしたが、これらは悪路を走行することを前提とした設計で、一般的な乗用車ではなかったため、総じて快適性が低く、また維持費も高かったのが悩みの種でした。
そんな中、雪の峠や林道で活動するためのAWDを搭載した乗用車の必要性が高まり、宮城スバルは当時の主力車種である「スバル1000」をベースとしたAWD車の試作車を制作。1年半もの月日を費やして完成したAWDの試作車でさまざまな走行テストを行ったところ、悪路での加速タイムは当時のジープなどより圧倒的に速く、また当時のジープと違って、車内が暖かい、乗り心地がよくて扱いやすいなどの好結果を得たことから、スバルはAWDに生活の道具としてのポテンシャルの高さを見出しました。
1972年には量産乗用車のAWD車を世界で初めて発売。そこからAWDの運動性能や理論の追求が加速し、実験を繰り返すことで、スバルは乗用AWD車のパイオニアとしての独自路線を突き進むことになります。
スバルが世界で初めて開発した乗用車のAWDは、屈強な悪路走破性能を誇るジープ並みの駆動力が求められていたため、最初から妥協のない性能を追求。1972年発売の初代「レオーネエステートバン」の AWD車は、豪雪地域や林道などの悪路で重宝されました
軽量コンパクト、低重心である水平対向エンジンを縦に搭載し、左右対称のパワートレーンを持つスバルのシンメトリカルAWD。細分化すると4種類に分けられますが、基本となる物理的な優位性はすべて同じです。前後のオーバーハング部分の重量が相対的に軽く、トランスミッションやセンターデフなど、重量の大きなメカニズムがホイールベース内に収められるなど、左右の重量バランスにすぐれていることから、クルマの運動性能が高まっているのです
スバル車のカタログでは「常時四輪駆動」という表記が多く見られますが、その理由は、文字通り“常に”4輪が駆動しているから。スバル以外の乗用車では、普段は2輪駆動で駆動輪がスリップを検知すると4輪を駆動する、いわゆるオンデマンドタイプのAWDが主流です。今はセンシング性能が高度化され非常にアクティブに作動するので、駆動輪がスリップしてからAWD化するまでのタイムラグはほとんどなく、応答も素早いなど高性能化しています。それでもなお、スバルは最初から「ずっとAWD状態で走ってるほうが駆動力は強いはず」との考えにより、常時四輪駆動を採用しているのです
そんなスバルは、AWDシステムの開発拠点にも力を入れています。スバルの北海道・美深にある走行試験場は、国内自動車メーカーのテストコースとしては最北に位置し、寒冷地における性能評価や雪上試験などを目的とした開発拠点として運用されてきました。
試験場として開場したのは1995年からですが、この雪深い地での雪上走行試験は1977から実施されており、スバルのAWDシステムの開発に大きな役割を果たしています。2000年からは氷上試験も可能となるなど年々進化し、今では圧雪路、融雪路、氷結路、高速周回路、ハンドリング路など、すべての走行試験が可能。世界のどのメーカーよりもAWDシステムの開発に熱心なのが、スバルというメーカーなのです。
天塩川流域にひろがる沃野と広大な森林に囲まれた北海道の美深町。氷点下41℃を記録したこともあるこの過酷な豪雪地帯に、スバル研究実験センター美深試験場はある。雪上試験のみならず、「アイサイト」と呼ばれる運転支援技術の高度化の研究も行われます
そんな経緯でAWDが得意になったスバルは、90年代にはひとつの車種に最多で4種類ものAWDシステムを設定する独自性を発揮。今でもAWDの販売比率は世界の自動車メーカーの中でも突出した高さ(95%以上)を誇ります。そんなスバルは、グレードやパワートレーンの仕様ごとに、ユーザーの嗜好や駆動力に対する要求内容が異なるとの考えから、多様性に富んだ駆動システムを展開してきました。
「レオーネ」の時代は駆動力の高さにこだわり、長らくパートタイム式が主流でしたが、1981年に四輪駆動AT車のトランスファーを電子制御する世界初のメカニズム「MT-P」を2代目レオーネ・ツーリングワゴンに搭載。1987年には「アクティブトルクスプリット方式」に進化し、今日まで改良が重ねられています
2022年1月時点で、日本国内で販売されるAWD車のシステムは2種類に絞られていますが、海外仕様を含めると3種類。将来的にはまた4種類に戻る可能性も高いので、今回はその4種類の性能や特徴を紹介します。
搭載車種
●インプレッサシリーズ
●XV
●フォレスター
●レヴォーグ(1.8L)
●アウトバック
現在のスバルAWDのAT車用主力システム。電子制御LSD(油圧多板クラッチ)で構成され、基本的な前後トルク配分は、スバルAWD車の重量配分に近い前60:後40。通常時はFF車に近い挙動で安定志向が強く、誰にでも扱いやすいのが特徴的です。
車速センサーで4輪の駆動状況とエンジントルクを常にモニタリングし、状況に応じて最適な前後の駆動配分を変化させます。状況を問わず鉄壁の安定性を保つことに長けたシステムで、雪上でも意図的な操作をしない限り無駄なテールスライドを抑えてくれるいっぽう、トラクションコントロールをオフにして大胆な操作をすると、後輪をスライドさせるドリフト状態に持ち込むことも可能です。
「アクティブトルクスプリットAWD」は電子制御の高度化が年々進み、駆動力で前に進むだけでなく、止まる、曲がるといった制御とも深く関連しています
駆動力、信頼性、コンフォート性、耐久性など、すべての性能で高得点が与えられる万能性の高さも魅力。スバルの最新プラットフォーム「SGP」による車体の高剛性化によりサスペンション性能も向上し、駆動力をより生かせるようにもなりました
また、SUVモデルには、電子制御によりAWDのコントロール性とトラクション性能をさらに高める「X-MODE」を用意。滑りやすい路面でタイヤが空転・スリップして立ち往生してしまいそうな場面などでも、エンジン、トランスミッション、VDC などを最適に統合制御して走破性を高めてくれます。
「フォレスター」や「アウトバック」など、最低地上高を200mm以上確保するSUVに組み合わせることで、卓越した悪路走破性能を発揮。ハイブリッドシステムとの相性もよく、最新の「アクティブトルクスプリットAWD」は、スバルが長年培ったAWDの集大成とも言える、極めて万能性の高いシステムです。
「アクティブトルクスプリットAWD」と「X-MODE」の組み合わせにより、フォレスターなど、最低地上高やアプローチアングルの数値に余裕のあるSUVでは本格的な悪路走破性能を有します
実に41年もの歳月を費やして開発が重ねられた「アクティブトルクスプリットAWD」は、NAエンジンを搭載するAT専用のAWD。2022年2月現在では「アウトバック」(写真上)、「レヴォーグ(CB18搭載車)」(写真中)、「フォレスター」(写真下)、「インプレッサ」シリーズなどに搭載されます
ハッチバック/セダンの「インプレッサスポーツ/G4」にも同じシステムを搭載。車種ごとにAWDシステムの基本性能に差をつけないのはスバルAWDの特徴です
搭載車種
●新型WRX S4
●レヴォーグ(2.4L)
高出力AT車向けのAWDシステムで、複合遊星歯車(プラネタリーギア)式センターデフ+電子制御LSD(油圧多板クラッチ)で構成されます。現在の基本的な前後トルク配分は前45:後55で、通常時のデフフリーの状態ではやや後輪寄りの駆動配分とし、前輪の縦方向のグリップ負担を減らしてFR車的な回頭性を追求したシステムです。
スロットル開度やエンジン回転、車速、前後輪の回転差をセンシングし、走行状況の変化に応じてトルク配分を制御。低μ(ミュー)路では前後直結状態にも近くなるなど、曲がりやすさと走破性を高い次元で両立。テールスライドをコントロールできる人ならFR車のようなドリフト状態をキープすることも容易で、舵を効かすフロントタイヤと、トラクションをかけるリアタイヤの、それぞれの役割を実感できます。
スバルでは、「レガシィ」のGT系やWRXなど、高出力スポーツモデルのAT車に採用されてきました。
FRの回頭性とAWDの安定性を両立させるべく1991年発売の「アルシオーネSXV」とともにデビュー。当時のトルク配分は、前35対後65とかなりリア寄りでした
空前の大ヒットとなった2代目レガシィは、ターボエンジン搭載のGTグレードが大人気。ATには「VTD-AWD」が搭載され、スポーツカー的なハンドリングをもたらしたのも大人気となった理由のひとつ
新型「WRX S4」、「レヴォーグSTI Sport R」に採用。トルクフルな2.4リッターターボエンジンと組み合わされます
新型WRX S4、レヴォーグSTI Sport Rに備わるドライブモードセレクトにより、AWDの制御はノーマルとSportが選択可能
搭載車種
●WRX STI(生産終了)
モータースポーツの実践現場で磨かれた、高度で緻密な制御機構を誇る独創的なAWDシステム。複合遊星歯車(プラネタリーギア)式センターデフ+電磁式LSD+トルク感応型の機械式LSDで構成されます。
基本的な前後トルク配分は41:59で、モータースポーツ競技などで速さを求めるためのシステムと言えます。トルク配分を緻密に制御できる電磁式LSDにより、旋回の初期段階ではデフを積極的にフリー状態として回頭性を高めつつ、加速時には直結状態として最大限のトラクションを確保。
センターデフはフリーから完全なロック状態まで走行中でも任意で変更可能で、サイドブレーキを引くとデフフリー状態に。全自動、回頭性重視、トラクション重視などのモード切り替え機構も備わるなど、かなり万能性の高いシステムですが、MT(マニュアルトランスミッション)向けのマニアックなシステムで、「WRX STI」のみに搭載されました。
2022年2月現在、WRX STIは新車で販売されておらず、次世代のDCCDの内容については不明です
ラリーなどモータースポーツ競技の場で高い戦闘力を発揮。サーキットから泥濘(でいねい)路まで幅広く、最適な駆動力をもたらします
1994年、初代WRXの限定車「type RA STi」に初搭載。2003年にオートモードを採用してからは車両の挙動に応じた緻密な制御が可能に
搭載車種
●海外仕様のインプレッサシリーズ
●WRXなどのMT車
シンプルで軽量コンパクト、しかも低コストのロングセラーシステム。ベベルギア式センターデフ+ビスカスLSDで構成されます。基本的な前後トルク配分は50:50で、前輪または後輪がスリップした場合は、ビスカスLSDがトルクを適正に配分してくれます。ビスカスLSDは相対回転差に応じて漸進的にトルクを伝達するため、スムーズな立ち上がり特性で差動を制限するのが特徴的です。
センターデフは通常、トルクを等分に配分するため、前後輪のグリップの弱いほうに見合った駆動力が前輪にも後輪にも等しく伝えられることになり、直結タイプのAWDより全体の駆動力が低下しますが、ビスカスLSDを組み込むことにより、どちらかの車輪が空転するような状況でも、デフロックしたのと同等の効果が得られ、理論的には直結タイプのAWDにほぼ等しい駆動力を発揮できます。
とにかく機構がシンプルで耐久性にすぐれ、軽量コンパクトであるのが美点で古くから採用されてきましたが、たとえば低めのギアでトラクションを強くかけるような場面だと、状況によってはトルク配分が前後に動きすぎて前に進む力が働くのがやや遅れるという難点があります。競技向けの車両では、機械式のLSDを組み込むことでこれを解消していました。
4種類の中では唯一電子制御系のないシンプルな機構ながら、あなどれないAWD性能を発揮。国内市場では搭載車種が途絶えたままですが、海外仕様には今も搭載中
WRXでは初代〜2代目、レガシィのGT系では5代目まで採用されたなど、高出力エンジンとも組み合わされます。耐久性は極めて高く、信頼性は抜群
スバル車は搭載エンジンやミッションのタイプごとに、組み合わせるAWDシステムが異なる場合が多いのが特徴。AWDシステムも適材適所に搭載、というわけです
安心、安全、運転の愉しさなど、スバル車の走りの魅力の大きな要素を締めてきたシンメトリカルAWDシステム。約50年培ってきた四輪駆動を制御する技術は、電気自動車ににおいてもアドバンテージになると言われています。スバルのAWDシステムは、緊急回避時にも操舵が効きやすく、挙動が乱れにくい効果を発揮。ドライ路面でも駆動力の高さは大きなメリットになります。また、実はブレーキ性能でもAWDは有利に働きます。滑りやすい路面で駆動力がかかってないタイヤ(FFの後輪、FRの前輪)がロックしてしまった場合、ブレーキペダルを離してもすぐに復帰しないことがありますが、駆動力があると強いブレーキでロックからの復帰がしやすくなることがあります。つまり、低μ路での制動距離が短くなる効果もあるのです
写真:SUBARU、マリオ高野
1973年大阪生まれの自動車ライター。免許取得後に偶然買ったスバル車によりクルマの楽しさに目覚め、新車セールスマンや輸入車ディーラーでの車両回送員、自動車工場での期間工、自動車雑誌の編集部員などを経てフリーライターに。2台の愛車はいずれもスバル・インプレッサのMT車。