レビュー

なぜ「スライドドア」を採用? “150万円の壁”を死守した新型「ムーヴ」を試乗チェック

ダイハツは、2025年6月5日に新型「ムーヴ」の販売を開始した。本来であれば、2年ほど前には登場している予定だったのだが、不正認証問題などでこの時期まで延期されてしまった。

新型「ムーヴ」のフロント、リアエクステリア(画像はRSグレード)

新型「ムーヴ」のフロント、リアエクステリア(画像はRSグレード)

発売までの2年間、「ムーヴ」の開発はされていなかったようなので、いまの市場においてどのようなインパクトがあるのか、発表会や試乗会の印象から探ってみたい。

「スライドドア」を採用した3つの理由

新型「ムーヴ」の最大のトピックは、ハイトワゴンでありながらスライドドアを採用したこと。現在の市場の主流は、スーパーハイトワゴンと呼ばれる全高が1,800mm前後の軽自動車で、そのほとんどにスライドドアが採用されている。ホンダ「N-BOX」などがよい例だ。

新型「ムーヴ」における大きなトピックのひとつが、スライドドアが採用されたことだ

新型「ムーヴ」における大きなトピックのひとつが、スライドドアが採用されたことだ

いっぽうのハイトワゴンは全高1,700mm前後で、ヒンジドアを採用しているのが一般的だ。スズキ「ワゴンR」や三菱「ekワゴン」が該当する。そのようなハイトワゴンの中で、新型「ムーヴ」はあえてスライドドアを採用した。

開発責任者の戸倉宏征さんによると、スライドドアの採用は企画初期にはほぼ決定していたと言う。その理由は、大きく3つある。

ダイハツ くるま開発本部 製品企画部 チーフエンジニアの戸倉宏征さん

ダイハツ くるま開発本部 製品企画部 チーフエンジニアの戸倉宏征さん

1つ目は、軽乗用車全体でスライドドア車の比率が上がっていること。つまり、スライドドアの利便性の高さが浸透しているということだ。

2つ目は、ハイトワゴン市場の特徴にある。「ハイトワゴンの保有期間は10年以上が多く、そのために市場の動きが小さくなっているのです」と戸倉さん。現在、軽ハイトワゴンの保有は約1000万台でそのまま推移しているそう。いっぽう、軽ハイトワゴンの新車市場は、スーパーハイトワゴンの登場以降、一気に右肩下がりになったが、その後は横ばいで各社3〜4000台規模で推移しており、この台数は大きく動いていない。「何も動かない市場を動かすためには、大きな変化が必要」と考え、スライドドアの採用を決断したと言う。

最後は、ダイハツの成功体験だ。それは、「ムーヴキャンバス」である。「ムーヴキャンバス」もハイトワゴンだが、スライドドアを採用した結果「ヒットしました。そこでハイト系のサイズ感にスライドドアを採用しても、お客様に受け入れてもらえることがわかったのです。そこで、次の『ムーヴ』はスライドドアでという方向性が決まりました」とのことだ。

スライドドアを装着しているハイトワゴンとして、新型「ムーヴ」のほかには「ムーヴキャンバス」があげられる

スライドドアを装着しているハイトワゴンとして、新型「ムーヴ」のほかには「ムーヴキャンバス」があげられる

“150万円”に収めるというこだわり

新型「ムーヴ」の購入理由として、大きく占められているのが価格だそうだ。具体的には、安全支援システムの開発が少し遅れたことで販価が上がらず、そのまま販売されていることから、結果として他メーカーと比較して価格が安く抑えられていることが理由だと言う。

それでも、新型「ムーヴ」にはダイハツで最新の安全運転支援システム「スマートアシスト」を採用しているため、価格アップは避けられないはずだ。しかし、「ムーヴ」ユーザーはコストバランスを重視していることから、新型の開発に当たっては“150万円”という数字にこだわったと言う。

「軽自動車のお客様は、予算150万円というラインに大きな壁があります。そこで、150万円に収めることは、企画の最初から絶対にぶれないように進めました」と話し、「本当に苦労しましたが、150万円のXグレードはお客様が満足できる必要にして十分な装備を採用しています。その装備だけでなく、原価低減までさまざまな工夫をしました。これこそが、企画の根幹だったのです」とのことだ。

ターボによってパワフルに加速する「RS」

ここからは、新型「ムーヴ」の2グレードを試乗したので、その第一印象についてお伝えしたい。

最初にステアリングを握ったのは、ターボエンジンを採用している「RS」グレードだ。新型では、“裏ムーヴ”と呼ばれていたカスタムが廃止され、ひとつの体系の中でスポーティーな「RS」(ターボエンジンのみ)と「G」グレード、標準の「X」「L」というグレードラインアップになった。

新型「ムーヴ」は、子離れ世代が夫婦2人で200kmほどのロングトリップに行くというシチュエーションがターゲットとされていたため、ターボエンジンを搭載した「RS」がピッタリだと考え、まずは「RS」グレードで走り出してみた。

新型「ムーヴ」RSグレードの走行シーン

新型「ムーヴ」RSグレードの走行シーン

第一印象は、ターボによる効果が絶大で、グイグイと加速するパワフルさだ。アクセルの初期応答は、少し過敏と感じられるほどである。また、高速道路に乗ってもその印象は変わらず、追い越しもとてもラクにこなせる。さらに、ロードノイズも抑えられており、後席との会話もそれほど声を張らずに行えるのも評価に値する。

シートは分厚いものが採用されており、掛け心地もよいが、若干ふかふかし過ぎと感じられるかもしれない。ただ、そのおかげで路面からのショックを十分に吸収してくれる。後席も同様に分厚いクッションを持っているので、快適性は高そうだった。

新型「ムーヴ」RSグレード試乗の様子

新型「ムーヴ」RSグレード試乗の様子

また、視界も非常に良好だ。特に、Aピラー部分の小窓が有効で、交差点の右左折時の死角を減少させている。ただ、欲を言えばドアミラーをボディにマウントできればなお良しというところだ。

いっぽう、デザイン上の犠牲で特に左後方の視界はよくない。リアフェンダー上部のキックアップしたデザインが見えにくさを助長している。できれば、水平基調で視界を確保してもらいたかった。

乗り心地は若干硬めで、バタつき感がある。特に、ざらついた路面やマンホールなどの突起を乗り越える際にはショックが乗員に伝わる。165/55R15(ブリヂストン「エコピアEP150」)というタイヤを履いていたが、少しオーバーサイズな印象があるので、ワンサイズ落とすなど足元を軽くすれば乗り心地が向上するのではと思われた。いっぽう、大きなうねるような路面は得意で、うまくいなしながら通過できる。

新型「ムーヴ」RSグレードに装着されている165/55R15タイヤ

新型「ムーヴ」RSグレードに装着されている165/55R15タイヤ

高速道路の直進安定性はそれほど高くはないが、これは軽自動車として致し方ないところかもしれない。もう少しステアリング周りの剛性を上げることで、かなりの改善が見られると思うので、そのあたりはマイナーチェンジで期待したいところだ。せっかくのロングトリップで疲れてしまっては元も子もないからだ。

ブレーキのコントロール性も高く、思いどおりにクルマの速度調整ができるのも「ムーヴ」の長所と言える。

市街地では必要十分な「X」

さて、試乗したもう1台は「X」グレードだ。こちらはノンターボなので、正直非力である。高速道路ではもっとパワーがほしくなるが、街中では必要にしてじゅうぶん。市街地中心の走行であれば、「X」グレードで問題ないだろう。また、安全運転支援システムの一部、「ACC」や「LKA」などが省かれているので、やはり街中主体のグレードと考えてよさそうだ。ちなみに、衝突回避支援装備については、グレードに関係なく搭載されている。

街中で最も気持ちのよいシーンは、淡々と60km/hくらいで走らせているときだ。エンジン回転が低く抑えられており、クルマの軽さも相まって、スーッと流れるように走ることができる。

新型「ムーヴ」Xグレードの走行シーン

新型「ムーヴ」Xグレードの走行シーン

ただ、RSでは感じなかったCVTの違和感に気づくことになった。燃費を重視するために、早めにロックアップしてしまい加速が鈍るのだ。さらに、そこから踏み込むとワンテンポ遅れてから反応することが多く、微妙なアクセルペダルコントロールではスイッチのオン、オフのようにギクシャクした動きがともなった。

もうひとつ、乗り心地はRSよりもワンサイズ小さいタイヤ(155/65R14で銘柄は同じ)ということもあり、段差を超えたときなどもスムーズだ。ただし直進安定性は低く、電動パワーステアリングの切り初めに少し不感帯があり、その中でタイヤが動くような感じが伴い、ステアリング操作に気を遣うことがあった。

筆者が考えるターゲット層は「子育て世代」

新型「ムーヴ」のターゲットは、前述したように子離れ世代だという。たしかに、そういった人たちのセカンドカーにはふさわしいかもしれない。しかし、メインターゲットはそこではない気がする。

現在、スーパーハイトワゴンは200万円前後という価格帯だ。確かに背が高いぶん室内高も確保でき、スライドドアなので乗降性も高い。しかし、子育て世代ではそこにお金をかけるより教育費にお金を使いたいと思う家庭も多いのではないか。それであれば、ある程度背が高く、スライドドアを備えた「ムーヴ」は最適ではないだろうか。

新型「ムーヴ」Xグレードのインテリア

新型「ムーヴ」Xグレードのインテリア

150万円という価格で十分な装備があり、インテリアの質感は非常に高く、エクステリアも抑揚が付けられたサイドビューなど、十分に魅力的な仕上がりとなっている。まさに、前述のような家庭にピッタリと言えるだろう。近所の買い物や子どもたちの送迎などを考えると、Xグレードはまさにおすすめの1台だ。

山下達郎の新曲と永井博のイラストによるCMは、まさにダイハツが考えるターゲットにピッタリである。バブル世代であり、ちょうど子離れ期を迎え、夫婦二人でゆっくりと外出を楽しめる状況にあるだろう。しかし、筆者としてはそういった人たちが、新型「ムーヴ」を購入して出かける姿が今ひとつ想像できないのである。

開発責任者のこだわりで、夫婦で出かけたときにポッキーを入れて2人で手を伸ばして食べられるようにと、ポッキーがちょうど入るサイズのセンターコンソールボックスを配していることなどは微笑ましい。しかし、どうしてもこれを親子でシェアする光景が浮かんでしまうのである。

内田俊一
Writer
内田俊一
1966年生まれ。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を生かしてデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。長距離試乗も行いあらゆるシーンでの試乗記執筆を心掛けている。クラシックカーの分野も得意で、日本クラシックカークラブ(CCCJ)会員でもある。
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桜庭智之(編集部)
Editor
桜庭智之(編集部)
自動車専門メディアで編集者として10年間勤務した後「価格.comマガジン」へ。これまで、国産を中心とした数百の新型車に試乗しており、自動車のほかカーナビやドラレコ、タイヤなどのカー用品関連も担当する。
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