“弾丸”試乗レポート

トヨタ「MIRAI」の未来の走りを体感!

水素を空気中の酸素と化学反応させて発電して走るトヨタ「MIRAI(ミライ)」。文字通り、未来のクルマとして話題を集める本モデルに、モータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏が試乗してきた。その実力やいかに?

2015年の弾丸試乗レポート第1弾は、新春にふさわしいネーミングを冠したトヨタ MIRAIから。次世代の新型燃料電池自動車はどのようなクルマなのかを詳しくお伝えしていこう

2015年の弾丸試乗レポート第1弾は、新春にふさわしいネーミングを冠したトヨタ MIRAIから。次世代の新型燃料電池自動車はどのようなクルマなのかを詳しくお伝えしていこう

次世代のクルマとして注目を集めるMIRAI

ポスト石油時代のクルマとして、水素を燃料として走るFCV(燃料電池車)には、今、大きな期待がかけられている。FCVは、水素を空気中の酸素と化学変化させて発電して走る。後に残るのは水だけという、なんともエコな乗り物だからだ。また、水素は電力があれば水から作ることができる。電力は太陽光発電であろうと、風力、水力、火力、原子力でも構わない。しかも、電力は貯めておくのが難しいけれど、水素にしてしまえば貯蔵も簡単だ。そのため、石油が枯渇した後のエネルギーとして、世界中で水素や燃料電池に注目が集まっているのだ。

もちろん燃料電池の開発に熱心なのは日本だけではない。欧米のメーカーも同様だ。また日本においては、自動車メーカーだけでなく、石油やガスなどのエネルギー業界や政府もその普及に取り組んでいる。

そんな中、2014年12月15日より発売が開始されたのが、トヨタのFCV、MIRAIだ。発電に必要な触媒にプラチナ(白金)を使うため、かつては数億円もしたというFCVだが、MIRAIは723万6000円で発売された。驚くべきコストダウンをトヨタが成し遂げたのだ。そのMIRAIを、東京都江東区青海にあるクルマのテーマパーク、MEGA WEB(メガウェブ)内のテストコースで走らせることができた。限られたシチューエーションと時間であったが、そこでの印象をレポートしたいと思う。

MIRAIのシステムイメージ図。水素と酸素によって発電して走り、化学変化の際に残った水を車外へ排出する、というのが基本的な仕組みだ

MIRAIのシステムイメージ図。水素と酸素によって発電して走り、化学変化の際に残った水を車外へ排出する、というのが基本的な仕組みだ

本体後部には水素を貯めておくタンクが搭載される

本体後部には水素を貯めておくタンクが搭載される

タンクは航空機でも採用されている炭素繊維が使われており、ガソリン車と同等の安全性が確立されている

タンクは航空機でも採用されている炭素繊維が使われており、ガソリン車と同等の安全性が確立されている

プリウスを連想させるインテリア

空気を取り入れるイメージを強調して大きなインテークをフロントに持つMIRAI。セダンではあるが、全体としてはモノフォルム風の風貌は、個人的には「クジラのようだ」と感じていた。実際のMIRAIは、そのイメージ通り威風堂々の存在感を放つ。全長4890×全幅1815×全高1535mmのボディサイズはクラウンに近いけれど、1500mmを超える全高がボリューム感を生んでいるのだろう。

フロントマスクには空気を取り込む大型のインテークを装備

フロントマスクには空気を取り込む大型のインテークを装備

未来を予見させる繊細さと、威風堂々の存在感が共存したエクステリアだ

未来を予見させる繊細さと、威風堂々の存在感が共存したエクステリアだ

インテリアを覗くと、センターコンソールに向けてインパネが伸びており、そこにちょこんと小さなシフトノブが生えている。メーターはドライバーの前ではなく、インパネ中央のやや高い位置にあり、プリウスを連想させる。足踏みパーキングブレーキもプリウス同様だ。ただし、インテリアにはソフトパットの表皮を多用しており、雰囲気は上級セダン然としたものであった。

着座してみるとアップライト気味で視線が高い。床下に燃料電池であるFCスタックや水素タンクなどを納めるためだろう。ホンダのFCVコンセプトは、フロントのボンネット内にFCスタックを納める。つまり、床下にFCスタックがあって着座位置が高いのは、MIRAIならでのパッケージとなる。

大胆な直線と曲線が用いられたインパネ。メーター類や操作スイッチなどは中央に集約されており、どこかプリウスを彷彿させる雰囲気だ

センターコンソールにはエアコンなどの操作パネルとシフトノブが配置される

センターコンソールにはエアコンなどの操作パネルとシフトノブが配置される

シート表皮は合皮。エネルギー回生によるシートヒーターも標準装備だ

シート表皮は合皮。エネルギー回生によるシートヒーターも標準装備だ

2つの電力を巧みに使い分ける“賢い走り”を体感

シートベルトを装着してシステムを起動。音も振動もしないのはハイブリッドやEVと同じだ。アクセルを踏み込むと、滑るように音もなく走り出す。パワーフローメーターを確認してみたところ、ニッケル水素の二次電池の電力を使って発進したようだ。少しアクセルを踏み込むと、後ろの方から「フュー」というような音が聞こえてくる。パワーフローメーターを見ると、FCスタックが働き出して電力を供給しているのがわかる。「フュー」という音の正体は、FCスタックに空気を送り込むコンプレッサーの音だった。これがFCVならではの走行音なのだ。

さらに強くアクセルを踏み込む。モーターは最高出力113kW(154馬力)、最大トルク335Nm。最高出力はそれほどではないがトルクは十分だ。そのスペック通りの力強い加速力を感じた。ただし、最初は力強いが、速度が上がってゆくほどに加速力は頭打ちになる。この加速感は低域を得意とするモーターならではのもの。そこで、またまたパワーフローメーターに目を向けると、今度はFCスタックと二次電池の両方からモーターに電力が供給されていた。

そこではたと気づいた。“これはプリウスなどのハイブリッドと同じだ”と。

プリウスをはじめとするトヨタのハイブリッド車は、エンジンとモーターという2つのパワーを、動力分割機構(遊星ギヤ)で巧みに使い分けるのが特徴だ。走り出しはモーターを使い、速度が上がるとエンジンにバトンタッチ。強い加速が必要なときは、モーターとエンジンの両方を使う。走行中のパワーフローメーターには、刻一刻と変化するエンジンとモーターのパワーの利用状況が表示される。

ハイブリッド車はエンジンとモーターの2つの力を使う。MIRAIは二次電池とFCスタックの2つの電力を使う。どちらも2つの力を、状況に合わせて巧みに使い分け、組み合わせている。ハイブリッドは遊星ギアで2つの力を使い分けるが、MIRAIはそれを電気的に行う。ギアと電気の違いはあるけれど、2つのパワーを巧みに使い分けるのは同じだ。トヨタにとって2つの力を巧みに使い分ける制御技術は、ハイブリッドで培ってきたお家芸のようなもの。その制御技術がMIRAIにも活用されているのだろう。

ちなみにFCVに二次電池を搭載する理由は、減速時のエネルギー回生を行うためだ。回生は燃費向上の手段である。しかも、二次電池があれば、発進加速や加速のアシストにも利用できる。実際にMIRAIは減速エネルギーの回生だけにとどまらず、二次電池をそれ以外にも積極的に利用しているのだ。

実はFCVの走りで、非常に興味があったのは「FCスタックはレスポンスよく発電できるのか?」という点であった。アクセルを一気に踏み込んだとき、瞬時に大電力を発電できるのか? もしも、できなければモタモタとした加速しかできない、ドライバビリティーの悪い残念なクルマになってしまう。ところが、瞬時の電力供給を二次電池に任せてしまえば、FCスタックのレスポンスは問題外となる。なるほどと手を打つ賢さだ。

そうした賢い制御もあり、MIRAIの走りは滑らかそのものであった。聞こえてくる音の中でもっとも大きなものはエアコンの音というほど、すぐれた静粛性を実現しており、上級セダンとして納得のいく、上品な走りを感じさせてくれた。

二次電池とFCスタックの2つの電力を状況に応じて巧みに使い分け、レスポンスのよさを実現していたMIRAIのパワートレイン

立ち上がりのパワフルさや、走行時の静粛性などは、モーター駆動のクルマならでは

立ち上がりのパワフルさや、走行時の静粛性などは、モーター駆動のクルマならでは

短い時間ではあったが、MIRAIの試乗を振り返ると、トヨタの手堅さを強く感じることができる。燃料電池という新しいパワートレインを搭載しながらも、操作系や制御には使い慣れた技術を選択。二次電池も最新のリチウムイオン電池ではなく、長年使い慣れたニッケル水素電池だ。アレもコレも新しいものに挑戦するのではなく、新しいのは燃料電池だけ。その結果として、MIRAIは破綻なく普通に走る。それこそが、名前のとおり、未来のパワートレインを乗せて走り出したMIRAIの価値ではないだろうか。

燃料となる水素は水素ステーションで行う。1回あたりの水素充填時間は3分程度で、走行距離は約650km

燃料となる水素は水素ステーションで行う。1回あたりの水素充填時間は3分程度で、走行距離は約650km

燃料電池が発電したときにできる水は、車両内のタンクに貯められる。排出ボタンを押すと、リヤ下部から排水される。排水された水は、熱湯ではなく、常温だった

鈴木ケンイチ
Writer
鈴木ケンイチ
新車のレビューからEVなどの最先端技術、開発者インタビュー、ユーザー取材まで幅広く行うAJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。
記事一覧へ
田中 巧(編集部)
Editor
田中 巧(編集部)
通信を中心にしたIT系を主に担当。Androidを中心にしたスマートデバイスおよび、モバイルバッテリーを含む周辺機器には特に注力している。
記事一覧へ
記事で紹介した製品・サービスなどの詳細をチェック
関連記事
SPECIAL
ページトップへ戻る
×