自動車メディアでは恒例のJAIA(日本自動車輸入組合)試乗会が開催された。数多く並ぶ輸入車の中から、今年は復権著しい英国ブランドをチョイス。ドイツ、フランス、イタリアとも、アメリカとも、そしてもちろん日本とも異なる英国ブランドの乗り味を、モータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏がレポートする。
太陽の沈まぬ帝国と呼ばれ、世界でもっとも早い産業革命を成し遂げたイギリス。当然、自動車産業も盛んで、かつてはロールス・ロイスをはじめ、ベントレー、アストンマーチン、ジャガー、モーリス、MGなど、数多くの自動車メーカーが栄華を競っていた。しかし、1960〜90年代にかけての英国病と呼ばれた経済の停滞期を経て、それらのメーカーは衰退。2000年前後に、そのほとんどが破綻してしまう。
しかし、英国ブランドの価値の高さは、誰もが認めるところ。BMWはミニというブランドを手に入れ、時代にマッチさせた新生ミニを世に送り出すことで、ビジネス的に大成功を収める。しっかりとしたプロダクトと、きちんとした流通を確保すれば、英国ブランドは復活することが証明されたのだ。その結果、2000年代に入ると、ミニだけでなく、ロールス・ロイス、ベントレー、アストンマーチンといった老舗ブランドが続々と復活。また、ジャガーやランドローバー、ロータスも外国資本の元でブランドを継続。マクラーレンという新顔も加わり、ここ数年、英国ブランドは、かつての華やかさを取り戻しつつある。
そして現在、日本でも、ミニ、ロールス・ロイス、ベントレー、アストンマーチン、ジャガー、ランドローバー、マクラーレンといった英国ブランドが手に入るような状況になっているのだ。
最初にハンドルを握ったのは、ジャガーの「XF 2.0 R-SPORT」。メルセデスベンツEクラス相応のサイズとなるミドルクラスのスポーティーなサルーン(セダンを英国風に言うとサルーン)だ。特に今回のモデルは、フロントスポーツバンパーなどの特別装備でスポーティーテイストを強めた限定100台の特別仕様車。パワートレインは、幅広くジャガーのモデルに搭載されている2リッターの直列4気筒ターボ。8速ATと組み合わせ、アイドリングストップ機能も備えている。
スポーティーな限定車といえども、追加されたエアロ類は控えめだ。ブラックとシルバーでまとめられたインテリアもシンプルで、これみよがしな演出はなく、スッキリとしている。センターコンソール部に、円筒形のギアのセレクトボタンが飛び出してくるのは、レンジローバーと同じグループのモデルであることを思い出させてくれる。
走り出しの一歩目は、猫科の動物の忍び足のようにスムーズで静か。ステアリングも切り始めが軽く、切り込むほどに重くなる。2リッターとは言えターボの力を得たエンジンは、最高出力240馬力/最大トルク340Nmという3リッタークラスのパワーを備える。細かくステップする8速ATで、そのパワーを使いこなせば、スポーティーサルーンの名に恥じぬキビキビとした走りを披露する。しかし、クルマのひとつひとつの動きの角は丸められ、「乱暴」や「強烈」とは正反対の、マナーのよさを漂わせる。しっとりとした気持ちよさを感じることのできるスポーティーサルーンであった。
ジャガー XF 2.0 R-Sport LIMITED EDITIONサイズ:4975(全長)×1875(全幅)×1460(全高)mm、車両重量:1770kg、定員:5名、エンジン:水冷直列4気筒DOHCターボ、総排気量:1998cc、最高出力:177kW(240ps)/5500rpm、最大トルク:340Nm/1750rpm、トランスミッション:8AT、JC08モード燃費:11.2km/L、価格:626万7,000円
ジャガーのサルーンのトップモデルとなるのが「XJシリーズ」だ。その中で、もっともスポーティーにしつらえられたモデル「XJR」を試す。心臓となるのは、スーパーチャージャーで過給する5リッターV8エンジン。最高出力は550馬力にも達する。ハイパフォーマンスを示すRのバッチもあるが、ジャーマン系のハイパフォーマンスセダンと比べれば、ごく控えめなものだった。
ドライバーズシートに腰を落ち着けて、インテリアを眺める。質感がXFよりも高く、タイト感がある。ドアからフロントのコンソールの上にまで、ぐるりと縁が続く意匠がおもしろい。まるでレザーで満たされたバスタブに浸かるような気分になる。
走り出しは、XF同様に柔らかい。ゆったりと走らせれば静かで快適だ。しかし、気持ちを切り変えて、アクセルに力を込めれば、550馬力の加速力は圧倒的。大柄なサルーンであるが、スポーツカー同様のダッシュと軽快なフットワークを楽しむことができる。ただし、そのスポーティーさはむき出しではない。しっかりと抑制の効いたジェントルさに包まれたものであった。
ジャガーXJRサイズ:5135(全長)×1900(全幅)×1455(全高)mm、車両重量:1970kg、定員:5名、エンジン:水冷V型8気筒スーパーチャージャー、総排気量:4999cc、最高出力:405kW(550ps)/6500rpm、最大トルク:680Nm/3500rpm、トランスミッション:8AT、JC08モード燃費:6.8km/L、価格:1743万円
未開の悪路を優雅に走破する、高級クロスカントリー4WD「レンジローバー」。その走破性能をそのままに、より身近な存在として生まれたのが、「ディスカバリー」だ。優れた走破性を持つ実用車として高い評価を得たディスカバリーには、どこか道具のような雰囲気が漂っていたものだ。しかし、もともと独立したブランドであったランドローバーも、紆余曲折を経て、現在はプレミアムブランドであるジャガーと同じ会社の一員となった。また、新型モデルへの代替わりも秒読みという、熟成の進んだモデル末期でもある。
高い位置にあるドライバーズシートに登るように乗り込めば、モダンで機能的なインテリアが目に飛び込んでくる。試乗車は上級グレードとなる「ディスカバリーHSE」。タッチスクリーンのカーナビから、ミリ波レーダーを使って前走行車を追従するACC(アダプティブクルーズコントロール)などの先進装備が数多く備わっている。センターコンソール部には、円筒形のギアのセレクトダイヤルが当然のように生えている。
四角く、背の高い体躯のおかげで、2列目、3列目シートの頭上空間はたっぷり。窓が大きいこともうれしい。フロントシートのヘッドレスト裏面にモニター装着のオプションを用意するなど、エンターテインメントへの配慮も抜かりない。移動可能な部屋のような快適さが、なによりもディスカバリーの魅力だろう。
3リッターV6スーパーチャージャーのエンジンは、450Nmもの大トルクを生み出し、2.6トンにもなろうという大柄なディスカバリーを悠々と加速させる。走りを支えるのは、レンジローバーゆずりのエアサスペンション。また、路面状況にあわせてエンジン/トランスミッション/サスペンションなどを統合制御するテレインレスポンスも装備。これもレンジローバーゆずりの美点だ。ただし、シャシーの古さは隠しきれず、乗り心地の面では、ややドタバタとするシーンもあった。とは言え、これほどオールマイティで実用性の高いSUVはめったにない。本格クロスカントリー4WDでありながら、都会の生活にも違和感なくなじむ熟成の内容だ。
ランドローバー ディスカバリーHSEサイズ:4850(全長)×1920(全幅)×1890(全高)mm、車両重量:2570kg、定員:7名、エンジン:水冷V型6気筒スーパーチャージャー、総排気量:2994cc、最高出力:250kW(340ps)/6500rpm、最大トルク:450Nm/3500rpm、トランスミッション:8AT、JC08モード燃費:7.4km/L、価格:819万円
F1で戦うレーシングチームでありながら、ストリート向けの市販車も販売してきたロータス。そのロータスの現在の主力モデルが「エリーゼ」である。試乗したのは、「エリーゼ シリーズ」で、もっともパワフルでスポーティーな装備が充実した「エリーゼ S クラブレーサー」だ。
「エリーゼ シリーズ」は、アルミのシャシーのミドシップに直列4気筒エンジンを搭載し、軽量なボディをかぶせたクルマ。ほとんどレーシングカーと言っていいだろう。
「エリーゼ シリーズ」に乗り込むには、ちょっとしたコツがいる。幅広いサイドシルをいかに上手に乗り越えるかが重要だ。できれば一旦、サイドシルに座り、そこから足を入れ、続いてお尻を滑らせるようにして乗り込むとスムーズだ。むき出しのアルミシャシーに囲まれる運転席の着座位置はひたすらに低い。スイッチ類は小さく、そして数も最小限だ。
走り出せば、背中からエンジンの咆吼やギアのうなり音などがダイレクトに耳に届く。相当に締め上げられた足は、路面の凹凸もハッキリと伝えてくれる。ちなみに、パワーステアリングはないため、ステアリングからは路面状況だけでなく、タイヤが発生させるコーナリングパワーも文字通り、手に取るように伝わってくる。さらにブレーキのサーボもないから、ブレーキングもダイレクト。走りに関しては、サーキットを走らせるレーシングカーそのもの。また、クルマのサイズ自体がミニマムで、手を伸ばせば届くような位置にタイヤがあるため、クルマとの一体感も高い。
車両重量は、わずか950kg。ここに220馬力ものスーパーチャージャー付きのエンジンを背負っているのだから、遅いわけがない。しかし試乗会当日は、あいにくのヘビーウェット。しかも市街地だ。とても本気でムチを当てるわけもいかない。それでも、ゴツゴツとした6速MTを操りながらゆっくりと道の流れに乗るだけで、レーシングカーを操っている気分に浸れる。ステアリングやサウンド、車体の振動などを通して、クルマがどんな状況にいるのかを話しかけてくるかのようだ。めいっぱい走らせて楽しむことこそ、こうしたピュアスポーツカーの最大の魅力だが、いっぽうで、こうしたクルマとの対話も欠くことのできないクルマの楽しみ。高い走行性能と、クルマとドライバーとの濃密な対話という、両輪があるからこそ、エリーゼは世界中で高い評価を得ているのだろう。
ちなみに、走行関係はプリミティブなまでにアシスト系がないけれど、エアコン/オーディオ/ETCといった快適装備は、しっかりと装備されている。エンジンの後ろにあるトランクスペースは最小限だが、街乗り用として利用することも可能なのだ。
ロータス エリーゼ S クラブレーサーサイズ:3800(全長)×1720(全幅)×1130(全高)mm、車両重量:950kg、定員:2名、エンジン:水冷直列4気DOHCスーパーチャージャー、総排気量:1798cc、最高出力:162kW(220ps)/6800rpm、最大トルク:250Nm/4600rpm、トランスミッション:6MT、価格:751万6,800円
流麗なスタイルで歴史的名車と称えられる、1960年代のスポーツカー、ジャガー「Eタイプ」。それを継ぐモデルとして誕生したのが「Fタイプ」だ。試乗車はハイパフォーマンスグレードである「Fタイプ Rクーペ」であった。
低く構えたロングノーズ&ショートデッキの古典的なエクステリア同様に、インテリアも大型の2眼メーターを中心にすえるオーソドックスなもの。ボディは、最新のアルミニウム技術によって軽さと頑強さを両立した。搭載されるエンジンは、ジャガーが誇る最高出力550馬力の5リッターV8スーパーチャージャー。また、Fタイプは、ジャーナリストなどによる選考委員によって選出される「2013年ワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー」の栄冠を得ている。クラシカルな伝統とモダンなメカニズムをミックスさせた美しいクーペというわけだ。
「Fタイプ」の始動は、いかにもスーパースポーツらしいものだ。必ず「ブオン!」という派手なブリッピング(空ぶかし)をシステムが行う。とんでもない野獣を相手にすることを自覚させられるようで、ほんの少し緊張する。
実際、ヘビーウェットの高速道路の合流でアクセルをラフに踏み込めば、ズルズルと後輪は空転を始め、ノーズはあらぬ方向を目指す。これが550馬力の底力だ。ただし、剛性感あふれるクルマの動きは、意外に扱いやすい。ステアリングを切り込んだときの動きも、唐突ではなく素直。決して小さくはないボディサイズだが、実感としてはもっと小さなクルマのようだ。派手な咆吼と強烈なパワーを有する猛獣でも、実のところ従順。これならば、怖いと思うことはないだろう。
ジャガーFタイプ R クーペサイズ:4470(全長)×1925(全幅)×1315(全高)mm、車両重量:1810kg、定員:2名、エンジン:水冷V型8気筒スーパーチャージャー、総排気量:4999cc、最高出力:405kW(550ps)/6500rpm、最大トルク:680Nm/3500rpm、トランスミッション:8AT、JC08モード燃費:8.1km/L、価格:1327万円
古くから王侯貴族の御用達であり、プレミアムの代表格であり、英国車の頂点となるロールス・ロイス。しかし、今回、試乗の機会を得ることができたのはクーペ「レイス」であった。ロールス・ロイスといえば運転手付きが基本で、オーナーの指定席は後部座席。しかし、2ドアクーペの「レイス」はオーナーがハンドルを握るクルマである。
5メートルを超える全長に2メートに迫ろうとする全幅。クーペであるのに、車両重量は約2.4トン。632馬力の6.5リッターV12エンジンはロールス・ロイス史上もっともパワフルなものだ。巨大なドアは、後ろ側にヒンジがあり、前側が大きく開くようになっている。乗り降りの足運びは確かに楽になるが、あまりに巨大で、広く開くため、ドライバーの手がドアに届かない。そのためドアには自動で閉まる機能が備わっており、ドライバーは室内側のAピラーの付け根部分にあるスイッチを押してドアを閉めるのだ。
真っ白で柔らかなレザーに包まれるドライバーズシートに潜り込む。ステアリングや、操作レバー類が細く華奢な作りであることに気づく。目の前には、エンジン回転を示すタコメーターではなく、潜在パワーの何パーセントを使用しているのかを表示する伝統の「パワーリザーブメーター」。フロントウインドウ越しに、スピリッツオブエクスタシーの可愛らしい後ろ姿が見える。こうした部分にロールス・ロイスの伝統が息づいているのだ。
正直、この時点で、プロダクトの持つ伝統や迫力に緊張していた。3333万円という価格もプレッシャーだ。しかし、走り出してみると、徐々に気持ちが落ち着いてきた。体躯の大きさも見切りがよく、慣れてしまえばそれほど苦にならない。鼻先にあるスピリッツオブエクスタシーも車体感覚を把握するのに貢献している。もちろん狭い路地には、とても近づく気にはなれないけれど、表通りを流すだけであれば問題ない。モンスターのような12気筒エンジンも、通常モードであれば存在感は非常に薄い。静粛性の高さは、さすがのもの。フラットな乗り心地のよさも当然のように素晴らしい。ゆったりと滑るような「レイス」の走りは、後部座席の人間だけでなく、ドライバーシートの人間にも非常なる快適さを提供してくれた。
しかし「レイス」は、ロールス・ロイス史上最もパワフルなドライバーズカーという側面もある。意を決して、エンジンに活を入れる。12気筒エンジンのビートが高まり、一瞬のタメの後、2.4トンの巨体が予想を超える加速を始める。速い! 0−100km/h加速性能4.6秒というリアルスポーツカー同等の加速を見せてくれる。快適そのものの通常モードの走りと、この痛快なダッシュ力のふたつがあれば、高速道路を使った長距離ドライブは楽しいものになるだろう。大陸間を移動する、これ以上ないラグジュアリーな乗り物。それが「レイス」であった。
ロールス・ロイス レイスサイズ:5280(全長)×1945(全幅)×1505(全高)mm、車両重量:2430kg、定員:4名、エンジン:水冷V型12気筒48バルブ、総排気量:6591cc、最高出力:465kW(632ps)/5600rpm、最大トルク:800Nm/1500〜5500rpm、トランスミッション:8AT、JC08モード燃費:7.4km/L、価格:3333万円
スポーティーなミドルサルーンから、ハイパフォーマンスなラグジュアリーサルーン、レーシングカーそのままのような小さなスポーツカーに、エキサイティングなスーパースポーツ、そして伝統のSUVに、ゴージャスなクーペ。さまざまな英国車を1日で一気に試し乗りできた日であった。
そんな1日を振り返ってみて、どのクルマにも共通して得られた印象が、慎ましさと素直さ、そしてエレガントさであった。今回の試乗車の多くはプレミアムやハイパフォーマンスを謳うモデルであったが、そのパワーや贅沢さの見せ方は、どこか慎ましかった。これみよがしで図々しいアピールや押しつけがましさはない。そのためか、最終的に残る印象が、上品さであった。また、ハンドリングやアクセル&ブレーキに対するクルマの動きは、素直そのもの。恐ろしいほどのパワフルなクルマであっても、ドライバーに「お前には俺を扱えるスキルがあるのか?」と挑むような気配は見せない。類い希なるすぐれた性能が、どれも使いやすく提供されていたのだ。そして、なによりも独特だなと思わせるのがエレガントさであった。機能や性能を強くアピールするのではなく、そうした部分を抑制して美しく見せる。それがエレガントさという印象につながったのではないだろうか。
日本車やアメリカ車どころか、同じ欧州車でもドイツやフランス、イタリアとは異なる、英国車ならではの個性を感じることができた試乗会となった。