2015年4月に、日産の「エクストレイル」にハイブリッドモデルが追加された。これが日本に初めて本格投入される日産のFFハイブリッドである。このモデルは、いったいどのような狙いを持っているのか? モータージャーナリストである鈴木ケンイチ氏が試乗と開発者のインタビューを通してレポートする。
国内で発売されるFFハイブリッドの日産車としては15年ぶりというエクストレイル ハイブリッド。それにこめられた狙いや特徴、試乗レポートをお届けする
2015年4月7日より、日産の「エクストレイル ハイブリッド」が発売となった。これまで「フーガ」や「スカイライン」といったFRモデルで、ハイブリッドを投入してきた日産だが、本格的なFFでのハイブリッドは、このエクストレイル ハイブリッドが日本初となる。(2000年に発売された「ティーノハイブリッド」は、Web限定の予約受付けや100台限定など試験販売の意味合いが強いので除外する)。
「世界初」ではなく「日本初」と紹介するのは、その第一弾は2013年の北米向けのSUV「パスファインダー ハイブリッド」であったからだ。エクストレイル ハイブリッドは日産FFハイブリッドとしては2台目となる。なお、3台目は、2015年4月に上海ショーで公開された「ムラーノ ハイブリッド」となる予定だ。
ちなみに、過去、ミニバンの「セレナ」には「S-HYBRID」というシステムが搭載されていた。これは減速エネルギー回生を可能とするが、エンジン停止状態でのモーター駆動走行はできない。いわゆるマイルドハイブリッドと呼ばれるものだ。そのため、モーター駆動でのEVモード走行を可能とする本格的なFFハイブリッドという意味で、パスファインダーやエクストレイルのハイブリッドが日産初となる。
御存知のように、日本市場は世界でもまれなハイブリッドの人気の高い市場だ。トヨタの「プリウス」や「アクア」をはじめ、販売ランキングの上位はハイブリッドが占める。エンジン車とハイブリッドの2つのパワートレインを用意する車種の場合、ハイブリッドが多数派となることが多い。そんな日本市場でありながら、日産が販売するハイブリッドは、フーガやスカイラインといった販売数の少ないプレミアムカー。数をたくさん売りたい販売の現場が求める量販価格帯のFFハイブリッドが、これまで存在しなかったのだ。
そうなった理由は、「EV」にある。「日産はEVに全力をかける」という方針があるからだ。そのためFFハイブリッドの開発エンジニアに話を聞くと、開発の初期は相当に厳しいものがあったという。とはいえ、いきなり日産車すべてをEVにするわけもいかない。いっぽうでエンジン車の燃費性能を高めるのにハイブリッドは必須である。そうした紆余曲折をへて、ようやくFFのハイブリッドモデルが市場に投入されることになったのだ。
モーター駆動でのEVモード走行を可能とする本格的なFFハイブリッドシステムを搭載する
日産初のFFハイブリッドとはいえ、その基本は、フーガなどのFRハイブリッドと同様だ。エンジンとトランスミッションの間にあるトルクコンバータ。そのトルクコンバータの代わりに、前後をクラッチの挟まれたひとつのモーターをハメ込むというのが日産のハイブリッド技術である。ふたつのクラッチを使い分けることで、エンジンのみの走行/モーターのみの走行/エンジン+モーターでの走行/減速エネルギーの回生などのモードを切り変えることができる。FRモデルでは縦置きのところ、FFでは横置きになる。
モーターの前後にクラッチを挟み込むシステムは従来からの日産ハイブリッド車と共通している。ただし配置が進行方向に対して横置きに変更されている
二次電池はリチウムイオン電池。設置場所は2列目シート下だ。また、「タフギヤ」であることがエクストレイルの特徴であり、そのためにはメカニカルな4WDシステムが必須となる。そのためエクストレイル ハイブリッドは、後輪を駆動するドライブシャフトが残されている。別途に設置したモーターで後輪を駆動する電気式4WDはないことが、これが、エクストレイル ハイブリッドの矜持だという。
こうしたエクストレイル ハイブリッドの特徴は、そのまま長所と短所となる。1モーター2クラッチ方式のハイブリッドは、ダイレクト感あふれる走り味が長所。しかし、クラッチの作動時にショックが発生しやすいという短所もある。そのショックを消すために、開発陣は相当に苦労したという。
また、エクストレイル ハイブリッドは、パスファインダーに対してリチウムイオン電池を40%ほども多く搭載する。そうすることでEV走行モードの頻度を高めてJC08モード燃費20km/lをクリアした。ただし、電池が増えたため、3列目シートを設定することができない。ガソリン車にある6、7人乗りの3列シートは、ハイブリッドにはないというのがネガティブなところだ。
リチウムイオンバッテリーは、2列目シート下に格納されることもあり、エクストレイル ハイブリッドには3列目シートが設定されておらず、5人乗り
エクストレイル ハイブリッドは、2WDモデルが280万4760円、4WDモデルが301万1040円〜324万円。燃費性能は2WDで20.6km/l、4WDで20.0km/l。サイズは全長4640×全幅1820×全高1715mm。このサイズ感と燃費性能、価格を考えると、ライバルに対して、相当に競争力が高い。
同サイズのハイブリッドのライバルと言えば、トヨタの「ハリアー ハイブリッド」と三菱の「アウトランダーPHEV」が思い浮かぶ。ハリアー ハイブリッドの価格は371万円からで、燃費性能は21.8kml。4WDシステムは後輪がモーターのE-FOURだ。アウトランダーPHEVは、359万円からで20.2km/l。もちろんこちらも後輪はモーター。つまり、同サイズのSUVハイブリッドと比べると、燃費性能が若干劣るだけで、エクストレイルの安くて、走破性が高いという強みがある。いっぽうで、同じサイズ感のガソリンエンジンSUVは燃費性能が11〜15km/l。つまり、エクストレイル ハイブリッドは、ハイブリッドモデルとしては格安で、同じサイズのSUVの中では燃費性能はトップクラスになるのだ。
競合モデルと比べて本体価格はかなり低く抑えられているいっぽうで、燃費性能は2WDで20.6km/l、4WDで20.0km/lという良好な数値をたたき出している
ちなみに、ホンダのヴェゼルやスバルのXVのハイブリッドは、価格や燃費性能でエクストレイル ハイブリッドよりもすぐれている。しかし、サイズ感はひと回り小さいのだ。
同じクラスだけではなく、下のクラスとも比較対象になってしまう。それほど、エクストレイル ハイブリッドはコストパフォーマンスが高いと言っていいだろう。
続いて試乗した印象をレポートしたい。スタートのEVモードは、力強いというよりも、スルリと滑り出すような感覚だ。時速30kmほどでエンジンが始動する。音と振動でエンジンの始動に気づくが、クラッチミートのショックは感じない。その先はCVTならではの滑らかな加速。2リッター直噴エンジン&モーターによる270Nmにもなる低速トルクは伊達ではない。車両重量1630kgの重さを感じさせず、スルスルと速度は高まる。
エンジン出力は108kW(147PS)、モーターは30kW(41PS)。十分なパワーによる加速感はジェントルそのもの。アクセルを踏む足を戻せば、すぐにエンジンが停止してEVモードに入る。JC08モード走行では、約4分の3をEVモードになるというのも納得だ。
最大出力108kWの 2リッター直噴エンジンと30kWのモーターを組み合わせたパワーユニットは、スムーズで“賢い”フィーリング
コーナリングでは、ゆったりと落ち着き払った動きを見せる。前後のピッチングが少ない。ハイブリッドのモーターが車体の振動を打ち消す力を発生させる「アクティブライドコントロール」が効いているのだろう。乗り心地は上質だ。ブレーキ力は回生ブレーキと摩擦ブレーキを巧みにミックスさせ、ブレーキペダルの踏み応えを最初から最後まで均一にしている。まるでバネのブレーキを踏むようであった。
回生ブレーキと摩擦ブレーキをミックスさせたエクストレイル ハイブリッドのブレーキ。踏み始めから最後まで均一な踏み応え
また、広い室内空間や充実した快適装備、先進の安全装備といった従来からあるセリング・ポイントはそのまま。室内空間は、ボディサイドをより垂直に立たせてスクエアな空間とすることで、頭まわりの左右空間を1〜3列席で先代よりも35〜45mm拡大。ホイールベースも35mm伸ばして、1列席から3列席までのシート間距離を40mm延長。広さに磨きをかけている。
ドライバーの目の前にあるカラフルなファインビジョンメーターをのぞき込むと、ハイブリッドシステムが、どのエネルギーを使っているのかがわかる。表示を切り替えれば、前方の安全(衝突被害軽減自動ブレーキ)から左右の安全(車線逸脱警報)、斜め後方の安全(後側方車両検知警報)を警戒するシステムの作動状況を確認できる。アラウンドビューモニターやインテリジェントパーキングアシストなど、先進の運転支援システムが満載されているのも魅力だ。単眼カメラを使用する衝突被害軽減自動ブレーキは、クルマだけでなく歩行者を検知する機能もあるなど、なかなに高機能だ。ただし、前走車を追従する、全車速追従機能がないのは残念なところだ。
とはいえ、防水仕様のシートから、シートヒーター、リモコンで自動開閉するバックドアなど、装備類が充実しているのも美点だ。
タコメーターとスピードメーターの間にあるファインビジョンメーターは、ハイブリッドシステムの状態など、各種の情報がわかりやすく表示される
前方の安全(衝突被害軽減自動ブレーキ)から左右の安全(車線逸脱警報)、斜め後方の安全確認といった走行支援も装備。ただ、全車速追従機能は搭載されていない
アラウンドビューモニターやインテリジェントパーキングアシストなど運転支援システムも豊富
エクストレイルの基本は、「タフ」に使える「ギア」であるということ。確かにメカニカル4WDや防水シートの存在は、タフな利用を許容する証明となるだろう。しかし、乗り味や使い勝手の点には、荒々しさや雑さはいっさいない。それよりも、なんとも「賢い」クルマという印象が強かった。
シート、フロア、ラゲッジの各部分の防水は引き続き継承される