2015年8月19日より開幕したインドネシアのモーターショーに、モータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏が取材に飛んだ。日系メーカーの展示を中心にレポートする。2億5000万人の人口をかかえ、アセアンでは最大の100万台を超える市場を有するインドネシア。その最新の状況はどのようなものなのか?
同時に開催された2つのモーターショー。そのうち、「ガイキンド インドネシア国際オートショー」の様子を中心にレポートする
人口は2.5億。中国、インド、アメリカに次ぐ、人口世界第4位につくインドネシア。その巨大な人口を背景に自動車マーケットは拡大を続けてきた。2014年の年間の国内生産台数は129万台、国内販売台数は120万台にも達したのだ。アセアンのデトロイトと呼ばれるタイは、年間生産が188万台で、国内販売台数が88万台。生産台数でタイには届かないが、国内市場の大きさでは、すでにタイを抜き、アセアン最大規模に成長しているのがインドネシアだ。
とはいえ、インドネシアの人々の所得は、いまだ低い。一人当たりのGDPはわすか3500ドルで、5600ドルのタイに大きく差を開けられている。ちなみに日本は約4万ドルだ。そのためインドネシアの首都であるジャカルタの道を見れば、オートバイが庶民の足であることがわかる。膨大な数のバイクが道を埋め尽くす。しかし、クルマの数もそれに負けていない。ジャカルタの街の渋滞のひどさは広く知られている。逆にいえば、庶民がクルマに手が届かない状況であるのに、すでにジャカルタの街はクルマであふれかえっているのだ。
ジャカルタの道路を埋め尽くさんばかりのオートバイ。インドネシアではオートバイがモータリゼーションを支えている
インドネシアは、売れるクルマのセグメント構成が独特だ。もっともよく売れるのは、3列シートのミニバン。続いて商用車。その次が、国策で定められたコンパクトカーのLCGC(ローコストグリーンカー)。続いて、日本でいう「フィット」や「デミオ」の属するコンパクトカー。ここまでで市場の85%ほど。残りをSUVや輸入車や高級セダンなどが分け合う。また、トヨタにダイハツ、ホンダ、スズキ、三菱、日産といった日系メーカーの現地工場があり、国内シェアの95%が日系ブランドで占められる。しかも、トヨタが約33%、ダイハツが15%。つまり販売の半数がトヨタ系という市場なのだ。
ちなみにLCGCは、排気量1.2リッター以下/もしくは1.5リッター以下のディーゼル、20km/l以上の燃費性能、販売価格9500万ルピア(日本円で約95万円以下)などと規定されたエコカー政策に合致するクルマ。2013年から、トヨタ/ダイハツ/日産/スズキから発売され、2014年には18万台も生産されている。インドネシア中間層に初めてのマイカーとして人気を集めるクルマだ。
そうしたインドネシア市場だが、2015年に入って経済全体が停滞。「年間生産台数200万台は近い」という予測は大きくトーンダウン。2015年は100万台程度になるのではないかという意見が飛び交っている。
今年のインドネシアのモーターショーの最大の驚きはイベント自体であった。なんと、従来あったイベントが分離して、2つのショーが同日に別の場所で行われるというのだ。
1つは、これまでも開催されていた「インドネシア国際モーターショー(通称IIMS)」(以下、IIMS)。そして、新しく開催となったのが「ガイキンド インドネシア国際オートショー(通称GIIAS)」(以下、GIIAS)だ。ガイキンドとは、「インドネシア自動車工業会」のこと。つまり、自動車メーカーが分離して、別のモーターショーを開催するというわけ。ちょっと日本では、考えにくい状況だ。しかし、インドネシアではあり得た。
なぜなら、インドネシアのモーターショーは日本とは意味合いが異なる。日本でモーターショーといえば、今度リリースされるであろう新型車のプロトタイプや、メーカーの方向性を示すコンセプトカーなどを披露する場だ。しかし、インドネシアでは、「現物のクルマを見て、その場で購入する場」なのだ。いわばトレードショー。そのため、各ブースの奥には銀行のカウンターを備えた商談コーナーがある。クルマの横に立つのは、キャンペーンガールと販売会社の営業マン。営業マンと商談を行い、銀行カウンターでローンを通す。つまり、トレードショーであれば、新型のプロトタイプやコンセプトカーがなくても困らないということだろう。
「インドネシア国際モーターショー」は実際の購入に直結したトレードショーという側面が強く、コンセプトカーは少ない
実際に8月19日にプレスデイを設けたIIMSに行くと、トヨタやホンダのブースはあるけれど、それはメーカーではなく、ほとんどが販売会社による出展であった。メーカーとして出展していたのは日産とフォードくらいであった。逆に翌20日にプレスデイのGIIASは、新しく立派な会場「インドネシア・コンベンション・エキシビション(ICE)」を利用。自動車メーカーによる展示内容は、さらに洗練されたものになり、日本や欧米とのショーにも見劣りしないものになっていた。ただし、世界初公開といった新型車やコンセプトカーは、ごくごく少数。そこは、世界基準から見れば、まだまだ。それにあわせるように、取材するメディアの数はGIIASが圧倒的に勝るという状況であった。
ガイキンド インドネシア国際オートショーは、メーカー主体の展示で、演出などは世界レベルで見ても見劣りしない
続いてモーターショーでの各メーカーの展示内容を紹介しよう。主にGIIASの内容となる。
まず、常にインドネシアのショーで力の入っている展示を見せるのがダイハツだ。ダイハツはトヨタとの関係もあってか、海外進出はインドネシアとマレーシア、そして中国に限られる。その中でも稼ぎ頭であり、国内シェアも高いインドネシアに力を注ぐのは、ある意味、当然のことだろう。今回も2台のコンセプトカーと、日本から4台の軽自動車、そして1台の新型モデルをそろえた。
2台のコンセプトカーは、7人乗り3列シートのSUVである「FTコンセプト」。人気の3列シートミニバンを、トレンドとなるSUVで仕立てたもの。市販化されれば人気の出そうなモデルだ。そして、もうひとつは車高を高めたクロスオーバー風ハッチバックの「FXコンセプト」。こちらもトレンドのSUV風味。やはり注目を集めそうな気配だ。
7人乗り3列シートのSUVであるFTコンセプト
もう1台のコンセプトカーのFXコンセプト
FXコンセプトは観音開きドアを備える
日本から持ち込んだ軽自動車は、「ミラ ココア」「ムーヴ」「ウェイク」「ハイジェット」。インドネシアでの販売を予定しているのではなく、市場調査の意味もかねつつショーに華を添えるのが狙いのようだ。
インドネシアでも発売中のコペン
ミラ ココアも展示されていた
ブースに陳列されていたムーヴ
そして1台の新型車とは、マイナーチェンジをした「セニア」。1リッターと1.3リッターエンジンを搭載するコンパクトなミニバンだ。トヨタにもOEM供給されており、そちらは「アバンザ」と「ヴェロス」。これらの兄弟車は、インドネシアでもっとも売れているクルマ。日本でいえば、「プリウス」のようなベストセラーカーなのだ。
マイナーチェンジが実施されたインドネシアのベストセラーカー、セニア
トヨタのプレスカンファレンスでお披露目されたのは、なんとFCVの「ミライ」と、「アルファードハイブリッド」、そしてパーソナルモビリティの「i-ROAD」であった。これには驚いた。もちろん、どれもインドネシア販売はされないだろう。しかし、現地メディアへの受けは上々のようであった。ちなみに、マイナーチェンジされた「アバンザ」と「ヴェロス」も、しっかりと目立つところに展示されていた。また、現地の法人が独自に作ったカブリオレの「ヤリス・レギャン」、SUVルックの「ヤリス・ヘイカーズ」も披露された。
アルファードハイブリッドやi-ROADなどかなり未来志向のクルマを取りそろえたトヨタの展示
燃料電池車のミライも展示されていた
70年代にインドネシアで発売していた「キジャン」も展示されており、トヨタと同国の深いつながりをアピールしていた。今見るとなかなか新鮮なデザインだ
レクサスは別ブースで展開されており、こちらでは、新型「レクサスRX」と新型「レクサスES」がインドネシアでのデビューを飾った。コンセプトカーは、スポーツハイブリッドの「LF-FC」とコンパクトカーの「LF-SA」が持ち込まれていた。
国内でもこの秋に導入される予定の新型レクサスRX(写真左)と、国内未導入のレクサスES(写真右)がインドネシアでお披露目された
発売がアナウンスされているハイブリッドスポーツLF-FCも展示されていた
2014年に3列シートのミニバン「モビリオ」をインドネシアに投入。そのヒットにより、インドネシア国内シェアを5位から3位に浮上させたホンダ。今年のショーには新型クロスオーバー「BR-V」のプロトタイプを発表した。これは、1.5リッターエンジンを搭載するSUVテイストの3列シート7人乗りモデル。多人数乗車&SUVというポイントを押さえており、これもヒット確実なモデル。発売は2016年、価格は日本円で230〜265万円程度になるという。
また、ディーラー出展のIMSでは、スポーティなエアロを装着しや限定モデルが「HR-V(日本名・ヴェゼル)」「モビリオ」「ジャズ(日本名・フィット)」「ブリオ」に設定され、発売されている。
展示されたクロスオーバーのBR-Vプロトタイプ。1.5リッターエンジンを搭載する
エアロチューンされたジャズ(国内モデル名はフィット)
フリードに加えて、ヴェゼルが懐かしいHR-Vの名前で展示されている
スズキのショーの目玉は、マイナーチェンジした「エルティガ」。2012年よりインドネシアに導入して、スズキのシェア拡大に大きく貢献した3列シートのミニバンだ。
また、グローバルに展開しているセダン「シアズ」の2015年11月の導入を発表。コンパクトハッチバックのコンセプトカー「iK-2」のインドネシア導入は検討中とアナウンスされた。
インドネシアにおけるスズキの成長に大きく寄与したエルティガもマイナーチェンジされた
グローバル展開されるセダンのシアズも年内に投入されると発表された
小型ハッチバックのコンセプトカーiK-2。導入は検討中とのこと
ホンダから限定モデルが発表されたように、マツダと日産も同じように、ショーにあわせた限定モデルをリリースした。マツダは「マツダ2(日本名・デミオ)」とミニバンの「ビアンテ」に、エアロを装着したリミテッドエディションを発表。「ビアンテ」のエアロは、日本の「DAMD」が採用されていた。
エアロチューンされたマツダ2(日本名・デミオ)。サイドを流れるペイントが特徴だ
ビアンテのエアロモデルは、ドレスアップやエアロチューンを手がけるDAMDが行ったもの
日産は、ダットサンブランドの「GO+パンチャ」のエアロバージョンを「GO+パンチャ・T-STYLE」として発表。こちらは、IIMSとGIIASの両方での展示となっていた。
ダットサンブランドとしてエアロバージョンのGO+パンチャ・T-STYLEが展示されていた
各社からスポーティーなエアロバージョンが発売されるのは、それだけスポーティーなテイストが人気ということ。まだチューニングの流行は到来しないインドネシアだが、将来は、そうした文化も花開くのではないだろうか。
国内シェアの95%が日本ブランドであるインドネシアだが、それでも欧米ブランドも存在する。フォルクスワーゲン、メルセデス、BMW、アウディ、ポルシェといったドイツ勢から、フォード、シボレーといったアメリカ勢。FCAもチェロキーなどを展示していた。また、ヒュンダイも参加。インターナショナル格式のショーならではの賑わいを見せてくれたのだ。
また、会場の一画には、並行輸入車を扱うショップのブースもあり、そこには、日本専用モデルであるトヨタ「ハリアー」が、フェラーリなどと並んで展示されていたのだ。
並行輸入車を扱う一角もあり、フェラーリやトヨタのハリアーなどが並んでいた
プレスデイにて2つのモーターショーを見た翌日、スズキが2015年1月から本格的に自動車生産を開始したチカラン工場を見学することができた。こちらの工場は、旧来の工場がキャパシティ的にいっぱいになり、さらなるインドネシアの発展を予測して建てられたという。場所は、ジャカルタ市の東側約40kmにある新興工業エリア。トヨタやダイハツ、日産の工場も近くにある。敷地は約130万平米。ここに、エンジンからトランスミッション、シートやプラスチック部品を作る部署、プレスから塗装、組み立てまでなる四輪車製造機能が備わる。現在は、エルティガを年間12万台、トランスミッションを24万基、エンジンも10万基を製造。インドネシア国内だけでなく、海外にも輸出しており、その売り上げは、チカラン工場における20%にもなるという。もちろん、アセアンにおけるスズキの工場としては、最大規模だ。
「この工場の特徴は、日本なみの設備を備えていることです。溶接ロボットも200台以上。プレスも塗装も、樹脂成形も日本と同等のクオリティです」と現地法人の社長である大石修司氏は説明する。日本と変わらない設備を導入すれば、当然、コストは高まる。「生産性の高い設備を入れたのは、人件費の高騰が理由です。インドネシアでは過去5年で人件費が3倍になっています」と大石氏。生産性の高い工場であれば、人件費が高騰しても、なんとかやっていけるという考えだ。
施設を見学してみて驚いたのは、そのスケール感だ。まっすぐに伸びた生産ラインの片側はオープンになっている。そこに直接トラックを横付けして、サプライヤーからきた部品をラインに送るという。敷地が広いことを利用したレイアウトだ。また、熱帯のインドネシアでありながら、空調が存在しないことにも驚かされた。照明もほとんどないが、工場内は驚くほど明るい。天井を高くして、暑い空気を抜くことで、快適な温度が保たれるという。清潔で明るく、広々とした工場。最新の工場だけに、スズキが培ってきたノウハウが、すべて注ぎこまれているのだろう。
清潔で明るいスズキの新しいチカラン工場の様子
天井を高くして熱を抜くことで、工場内は冷房なしでも快適
「今後は、インドネシアだけでなく、輸出も増やしていきたいと思っています。インドネシアがハブ的な役割になると思います。現在のパキスタンだけでなく、ベトナム、フィリピン、中南米まで輸出を考えています」と大石氏は展望を語った。
これまでスズキは、日本、インド、ハンガリーに生産拠点を持つ3極体制であったが、インドネシアが成長すれば、それが4極となる。相互に、フォローしあうことでスズキのさらなる発展が望めるというわけだ。
国内工場なみの生産設備を取り揃えたと語る大石修司社長
2つのモーターショーに、スズキの新工場を見学して得た印象は、楽天的なまでの明るさであった。実際のインドネシア経済は、踊り場にきており、クルマの生産も販売も伸び悩んでいる。街の渋滞解消や関税関係の合理化、人件費の高騰、労使問題など、成長のために解決しなければならない問題は多い。それでも、2.5億の人口の平均年齢は30歳そこそこ。天然ガスや各種金属資源も豊富だ。いわゆる人口ボーナスの甘受もあり、外資獲得にも困らない。そうした背景もあるため、だれもがインドネシアの未来を楽観視するのだろう。そうなれば、個人がクルマを利用するモータリゼーションの開花は間近。だからこそ、インドネシアの自動車業界は明るいのだ。