プレミアムEVブランドであるテスラは、同社の主力セダンである「モデルS」。その4WDモデルである「モデルS P85D」が「2015-2016日本カー・オブ・ザ・イヤー」において「イノベーション部門賞」を獲得した。本誌でレポーターを務めるモータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏が、そのP85Dを駆って1500kmのロングドライブを行った。P85Dの走りは? EVの長旅はどのようなものなのか? その様子を紹介しよう。
大阪を起点に、福山、萩、北九州を巡る1泊2日、約1500kmのロングツーリングを行った。走行性能に加え、地方や観光地の充電事情に迫ってみよう
着実に自動車メーカーとして成長するテスラ。アメリカに生まれたベンチャーであるが、最初の2シータースポーツの「ロードスター」を皮切りに、4ドアセダンの「モデルS」をリリース。すでにモデルSの出荷は数万台単位にも。そして、新しくSUVの「モデルX」も発売するなど、順調に自動車メーカーとしての地盤を固めている。
現在のところ、テスラの主力商品は4ドアセダンのモデルSだ。モダンでスポーティな車体は、全長が5mにも近い4970mm、全幅が1950mm。いかにもアメリカンなサイズだ。そこに70〜90kWhものリチウムイオン電池を搭載。この数字は24kWhを搭載する日産「リーフ」の3倍ほど! グレードによって電池容量が異なり、数字が容量を表す。そして、この大容量の電池にものをいわせ、EVとしては破格の400km以上の航続距離を実現。さらに出力は最高500馬力を超える! たっぷりとした電池を使って、より遠く、より速く走れるという豪快なEVだ。
そのモデルSに、4輪駆動バージョンが2015年春から加わった。最初にリリースされたモデルSは後輪車軸にモーターを積んだ駆動であったが、これに前輪車軸にもモーターを追加して4輪駆動車とした。それが「70D」「85D」「P85D」である。Dが2個のモーターを意味するデュアル。そしてPがハイパフォーマンスモデルの意味。モーターが2つになっている分、当然、パワーもアップ。モーターが1つの後輪駆動車の最高出力が285kW(387馬力)なのに対して、4輪駆動車は193kWのモーターを2丁がけで、システム合計は311kW(422馬力)。ハイパフォーマンスのP85Dはフロント193kWとリヤ375kWで、システム合計は397kW(539馬力)。単純に2個のモーターの足し算ではないのは、電力供給の都合だろう。とはいえ、4ドアセダンとしては破格のパワーだ。
前輪にもモーターを追加し、標準モデルでは、システム合計は311kW(422馬力)、P85Dではシステム合計は397kW(539馬力)の大パワーを誇る
モーターが追加されたが、フロントのラゲッジスペースは、容量が減ったもののかろうじて確保されている
価格は、70Dで988.6万円、85Dで1118.6万円、P85Dで1369万円だ。ちなみに、同じようなサイズの4輪駆動車であるメルセデスベンツの「AMG E63 S 4MATIC」は最高出力585馬力で1727万円となる。アウディの「S6」は450馬力で、1308万円。また、テスラは電気自動車なので、補助金やエコカー減税などがあるため、実質100万円以上の減額が期待できる。高額であることは間違いないけれど、パワーと価格のバランスを見ると、むやみに高いわけではないのだ。
P85Dでも価格は1369万円。競合する4駆の大型ハイパワーセダンと比べてむしろ割安な部類だ
今回、その最新のモデルSのP85Dを駆って、一泊二日1500kmの撮影旅行に出かけた。出発地は大阪。撮影スポットは広島の福山や山口の萩、北九州。400kmを超す航続距離を誇るモデルSではあるけれど、これほどの長距離となれば、充電を行いながらの旅となった。
まず、新しいデュアルモーター搭載モデルの印象からレポートしたい。シングルモーターの後輪駆動車であるP85は、2015年の初頭に試乗を行っている。それと比べて、モーターがデュアルになった新型といえば…、見た目は、まったく変わっていない。エンブレムに「D」が加わった程度だ。インテリアに目を移すと、これも従来同様に、センターコンソールには巨大な17インチのタッチスクリーン。エアコンやナビ操作などは、ここで行う。ナビ! そう、春先に借りたモデルSにはナビゲーション機能が備わっていなかった。しかし、新型では道案内をする機能が使えるようになっていた。また、メーター内にナビ画面も表示される。さらに、前走車を追従する機能もある。ただし、本国アメリカで導入された車線変更まで行う「自動運転」ではなく、試乗車は、まっすぐに追従するACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)が基本であった。本国と同様の機能は、近日に日本導入予定とか。
外見上の変更はごくわずか。エンブレムでようやく見分けられる程度だ
センターコンソールに備わる17インチの巨大スクリーンはそのままだが、昨年の試乗では搭載されていなかったナビゲーション機能が追加されていた
本国並みの自動運転機能は後日アップデートで対応となる
アップグレードはソフトウェアだけでなく、シャシーなどのハードウェアにも及んでいた。ステアリングの手応えは、より自然にスムーズに。試乗車の靴は、245/35R21もの巨大なタイヤ。バネ下が重ければ、重いほど乗り心地は不利になるけれど、新しいモデルSは存外に悪くない。高速道路での快適性も年初よりも、ずいぶんと向上していたのだ。
そして、なによりも変わったのは加速力だ。2輪駆動のP85でも十分にパワフルである。なにせ285kW(387馬力)もあるのだ。しかし、P85Dは、さらに強烈な397kW(539馬力)。最大トルク967Nm、0−100km/hわずか3秒。アクセルを床まで踏みつければ、その加速力は1Gを少し上回るという。その時、エンジンの轟音や振動はない。さらにシフトアップの息継ぎさえない。恐ろしく速いというだけでなく、エンジン車とまったくフィーリングが異なる。スイッチを押した瞬間に、まわりがスローモーションになり、自分だけが動いている。そんなSFの世界のような驚くべき体験であった。これだけでもモデルS P85Dの存在価値があるだろう。モデルSが4輪駆動車になったというだけでなく、恐るべき加速力に、さらなる磨きをかけたのがデュアルモーターモデルといえるだろう。
騒音、振動、シフトチェンジもないまま、息を呑むようなすさまじい加速を見せるP85D。エンジン車とはまるで違う世界の乗り物のようだ
2日間にわたってモデルSを走らせたが、そこで改めて強く感心したのが、テスラからの新しい提案だ。100年の歴史を持つ自動車文化は進化の歴史だ。そして、ガソリンエンジンから電気自動車へ進化するにあたってテスラは、いくつかの変化を提案していた。そのひとつが発進までのアクションの省略だ。
これまでのガソリン車は、クルマに乗り込んで発進させるまで、以下のアクションを必要とした。1 ドアロックを解除する。2 クルマに乗り込む。3 エンジンを始動する。4 ギヤをドライブに入れる。5 パーキングブレーキを解除する。6 アクセルを踏んで発進。この6つのアクションを行っていた。
それに対してモデルSは、1と3と5が自動だ。リモコンキーを持つ運転手がクルマに近寄るだけで、メインスイッチがONになり、ドアロックが解除される。シフトをPからDに入れるだけで、パーキングブレーキは自動解除。運転手は、クルマに乗り込んで、ギヤをドライブに入れて、アクセルを踏むだけ。なんともシンプル。アクションが省略したための不都合は、ほとんどない。考えてもみれば、リモコンキーと電動パーキングの技術があれば、ガソリン車でもできる。エンジン始動はギヤ操作に連動させればいい。しかし、既成概念が邪魔をしているのだろう。これまでの自動車メーカーでは、なかなか実現できなかった提案だ。
キーを持って近づくだけで、ロックが解除されメインスイッチがONになる。そのまま乗り込んで走り出せるというシンプルな操作も新しい
また、17インチもの大画面のセンターコンソールモニターも使いやすい。運転手の目の前のメーターももちろん液晶モニターである。液晶モニター類の使用拡大は、ほかの自動車メーカーも行っているが、テスラの積極さは際だっている。これもベンチャーならではの大胆さだろう。
メーターはもちろん液晶パネルが使われている。計器類のディスプレイ化は際立って進んでいる
そしてロングドライブでの疲労度の少なさもテスラの特徴だろう。騒音と振動を発生させるエンジンが存在しないというアドバンテージが、長時間走行になると、さらに大きく感じる。ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)を効かせて、ノンビリとネットラジオを聞きながらのドライブは、非常に気楽なものであったのだ。
長い航続距離に加えて、振動や騒音のないことなど、P85Dは長距離ドライブに適したポテンシャルを秘めている
モデルSの400kmを超える航続距離は、EVとしては世界最高峰。しかし、大阪から北九州までは、片道だけでも500km以上。その距離を充電なしで行えない。実際には、満充電状態から最初に340kmほどを走破した宮島SAで最初の充電を行った。
そこで1回、30分の急速充電を行うと約100km分の電力を充電することを確認。簡単に計算すると、30分の充電で、約1時間分の高速走行の電力が補充できる。下道であれば、1回30分の充電で2〜3時間分の走行分だ。そうしたペースで、走っては撮影。撮影の後は充電スポットで休憩がてら充電。そして移動。またまた充電。そんなノンビリペースでの旅行となった。
30分の急速充電を行うと、約100km走行可能な充電が可能。30分充電して高速道路を1時間走る、というペースを繰り返す
充電の手順は、どこもほとんど変わらない。最初に決済用のIDカード(今回使用したのは銀行系の「おでかけCard」で、急速充電は15円/1分)を充電器にタッチさせて認証を行う。その後は充電器の充電ケーブルを車両側に接続。テスラの場合、ジャックの形状が日本の「CHAdeMO(チャデモ)」方式とは異なるため、専用のアタッチメントを間に挟んで使用する。つなぐことができたら、スタートボタンを押す。あとは自動で終了になるのを30分間待つだけ。ちなみに国内のほとんどの急速充電器は1回30分で終了となるように設定されているため、30分待つことになる。
決済用のIDカードを充電器にタッチさせて充電を行う
国内で一般的名CHAdeMO方式のプラグを採用していないので、専用のアタッチメントを利用する
テスラでロングドライブをするなら、どうしても充電しながらになる。AからB地点までを、剛速球で移動したいという人には向かない。しかし、撮影スポットを探しつつ、撮影を行う旅行では、それほど困るわけでもなかった。観光旅行であれば、なおのことノンビリできていいかもしれない。
充電はいろいろな場所で行った。高速道路のSA、道の駅、ホテルの駐車場、街中のスーパーなど。充電スポットは、大阪や北九州といった大都市圏だけでなく、萩のような中小の地方都市にも、数は少ないながら広がっていた。普及は意外と早いという印象だ。
ただし、充電スポットには、意外な落とし穴があった。旅前に心配したのは、ほかのEVが充電していて待たされる「充電渋滞」であったが、実際は待機ゼロ。ほかに充電するEVと出会わなかったのだ。しかし、別の問題があった。EVの充電用のスペースに、ガソリン車が駐まっているのだ。急速充電器だけでなく普通充電器でも、そのような場面に出くわした。今回は無理矢理、反対側にテスラを駐めて、充電した。また、あてにしていた充電スポットが休み、もしくは営業時間外ということも。辺鄙な場所だったので、その後の行動が、かなり制限されてしまった。
さらに予想外だったのが電力の違いだ。充電スポットによって、供給される電力が異なるのだ。高速道路のSAにある急速充電器は100A。今回の旅行中、最も電力が高かった。100Aで30分の充電で100km走行分が充電できる。ところが街中の急速充電に30Aのものがあった。30分で30km分しか充電できなかった。これは完全に予想外だ。
充電スポットは増えているものの、充電能力にバラつきがある。このあたりは、スマホの急速充電事情と似ている部分がある
やはり、充電のインフラは広がってはいるけれど、まだまだ発展途上ということ。そのためEVでのロングドライブは、余裕あるスケジュールで計画しなければならない。EVの心配事はガス欠ならぬ、電欠だからだ。そういう意味では、電池容量が大きいほど、アクシデントに対応しやすい。実際に、今回の旅でも、いろいろな予想外に出くわしたが、それほど深刻な事態に陥ることはなかったのだ。モデルSさまさまだ。
そんな感じで2日間にわたって1500kmをモデルSで走ったことで、モデルSの魅力や充電インフラの普及度を実感することができた。電気自動車と充電インフラは、どちらもスタートしたばかりであるが、意外に成長のペースが早いな! というのが正直な感想である。この先どこまで行くのかが非常に楽しみだ。
振動や騒音の少ないEVは長距離の運転がラク。それを生かす充電インフラは想像以上のペースで広がっているが、課題も見えた