自動車に関係する気になるニュースや技術をわかりやすく解説する新連載「3分でわかる自動車最新トレンド」。連載7回目はミニバンと軽自動車を取り上げる。いずれも、日本のモータリゼーションを語るうえで重要な項目で、価格.com上でも注目度が高い。アジア圏での注目が集まるなど、新しい潮流も見えてきた。その詳細について、モータージャーナリストの森口将之氏が考察を行った。
豪華で使い勝手のよい国産ミニバンは、アジア圏で注目度が高い。自動車好きがあまり語らない存在だが、すでに無視できない存在でもある
以前このコラムで取り上げたスポーツカーとは逆に、クルマ好きはあまり興味を持たないのに、そのほかの一般ユーザーの関心が高いジャンルとして、ミニバンと軽自動車がある。筆者が担当している価格.com「自動車」カテゴリーのプロフェッショナルレビューでも、2つのジャンルは「参考になった」数字が多い。
なぜクルマ好きとそのほかのユーザーとで、ミニバンや軽自動車に対する気持ちがこうも異なるのか。その理由も、スポーツカーのコラムで書いたことと似ている。
スポーツカーはクルマのジャンルの中でも歴史が長く、クルマ好きの根源的な魅力が詰まったジャンルだ。対する軽自動車は第2次世界大戦直後の1949年に生まれ、ミニバンは1980年代に一般的になった車種だ。
軽自動車は敗戦直後で日々を生きるのも大変な状況の中、できるだけ安価な移動手段が欲しいという国民の声に応えて生まれた規格。いっぽうのミニバンは生活が豊かになり、レジャーを楽しめるようになった時代背景から生まれた。
いずれも走りよりも便利さを重視して生まれており、現在は背の高い箱型ボディが販売の主流になっている。かつては低いシルエットで人気だったホンダ・オデッセイも、現行型では背の高いスライドドア付きに移行したほどだ。そしてエンジンは力強い加速よりも扱いやすく燃費がよいことが重視される。こうした内容がクルマ好きから好まれない理由のひとつだろう。
さらに現在のミニバンの売れ筋は5ナンバーボディで2Lエンジンとなっており、軽自動車にはボディサイズや排気量に上限がある。これではカッコいいデザインや爽快な加速、ご機嫌なハンドリングは得られないと、クルマ好きは考えているようだ。
ハイブリッドの登場でさらに人気の加速するホンダ「オデッセイ」。乗用車に近い低く構えたスタイルが特徴だったが、現行型は一般的なミニバンスタイルに変更された
ミニバンは日本の専売特許というわけではない。そもそもこの言葉が生まれたのは米国だ。クライスラーが1983年に発表した「ボイジャー」という車種のキャッチコピーとして、ミニバンという言葉が使われた。
ボイジャーは日本に持ってくると、かなり巨大だった。それがなぜミニバンかというと、それまでの米国では、さらに大きな後輪駆動の商用バンをベースとした多座席乗用車が送迎用などで使われていたためだ。クライスラーのミニバンは前輪駆動の乗用車をベースに設計され、サイズもそれより小さかったので、違いをアピールするためにこの言葉を使ったのだろう。
同じ時期、日本や欧州でもミニバンのような車種は生まれている。今はアライアンスを組んでいる日産「プレーリー」が1982年、ルノー「エスパス」がその2年後にデビューしているのだ。同クラスの前輪駆動乗用車をベースとした点もボイジャーと共通する。クライスラーがミニバンの元祖となっているのは、ネーミングの勝利といえる。
スライドドア&箱型ボディを備える和製ミニバンの元祖は1982年に登場した日産プレーリー
1984年に登場したルノーエスパスは、ヨーロッパ発となるFFベースミニバンの先駆者となる。写真は現行モデル
ただしクライスラーのミニバンは、スライドドアを持つものの、全長や全幅に余裕があるためもあり、日本ほど箱っぽくはない。ヨーロッパは日本より平均速度が高いという理由で、メルセデス・ベンツVクラスのような商用車派生型を除くと、やはり日本ほど箱っぽくはない。
いっぽうの軽自動車は日本独自の規格であるけれど、「パーソナルモビリティ」を扱った回で紹介したように、それより小さな超小型モビリティは、ヨーロッパで普及している。軽自動車の規格がこの60年以上の間で、ボディサイズも排気量も拡大したのに対し、欧州の超小型モビリティはさほど大きくならなかった。これが現在における2つのカテゴリーの差になっていることは以前も書いた。
またインドでは、スズキが数世代前のアルトを現地生産しており、ベストセラーカーになっている。これ以外にも、軽自動車のメカニズムを用いた新興国向けの車種はいくつかある。さらに中国では、日本の軽商用車をコピーしたと思わしきワンボックスやトラックが、農村部で使われている。軽自動車はガラパゴス商品ではなく、アジアでは形を変えて浸透しつつあるのだ。
日本の税制が作った軽自動車はガラパゴス車のイメージが強いが、アジア圏を見ると形を変えながら浸透している
でも米国におけるミニバン人気は、3列シートを持つSUVが次々に登場したことで、相対的に人気が低迷。欧州は合理主義が発達しているので、年に1〜2度しか使わず、そのためにデザインも走りも燃費も悪くなる3列シートを求めるユーザーはあまりいない。
つまり先進国でミニバンがこんなに走っているのは日本だけだ。なぜなのか。まず技術的な面から見ていくと、我が国のものづくりの特徴のひとつである「おもてなし」精神が存分に発揮されて、とにかく使いやすくて走りもよいクルマが次々と生まれたことが大きい。
装備で言えば、電動スライドドア、低いフロア、人数分以上のカップホルダー、簡単にアレンジできるシートなどがある。センターピラーをなくしてまで乗り降りのしやすさに配慮した車種もある。たまに輸入車のミニバンに乗ると、とくに収納スペースの作りが日本車ほどきめ細かくなくて、それだけでガッカリすることがある。
メカニズムでも、ハイブリッドやターボを起用して、重いボディに不満のない加速を与えつつ、まずまずの燃費まで実現している。幅が狭くて背が高い車体は走りにおいては不安定なので、サスペンションは安定性を確保するために固めなければいけないはずなのに、最新のミニバンは良好な乗り心地と安心できるハンドリングを絶妙に両立していて驚かされる。
アウディ「Q7」は、北米市場でミニバンに代わって人気を得ている3列シート付きSUV。ちなみにアウディはミニバンの設定はない
使い勝手のためにセンターピラーをなくすことも珍しくない日本の小型ミニバン。実は世界的に見るとユニークな存在
軽自動車についても同じようなことが言える。技術の進歩は目覚ましいレベルにあって、昔は遅く、うるさく、不安定で、高速道路を走りたいと思わなかったのに(それを見越してか最高速度は80km/hだった)、現在は4人乗って楽に100km/h巡航ができるようになった。乗り心地やハンドリングも別世界。軽自動車1台あれば十分と思う気持ちはわかる。
そしてもうひとつ、マインド的な部分で、ミニバンや軽自動車は日本人に合っているのではないかという気持ちも抱いている。
数年前のグッドデザイン賞の審査のときのこと。先輩審査委員のデザイナーが発した言葉が忘れられない。軽自動車やミニバンは東洋(アジア)の価値基準から生まれたクルマなので、西洋(ヨーロッパ)の価値基準だけで判断すべきではないという言葉だ。その瞬間、いままで思い悩んでいたこれらの車種への評価が、一気にクリアになった。
クルマ以外でも、「ママチャリ」と呼ばれる自転車や、ホンダの「スーパーカブ」など、欧州ではあまり目にしない乗り物はいくつかある。東南アジアや南アジアの3輪タクシーもその一例といえるだろう。
アジアの陸地面積は地球全体の3割強。そこに世界の総人口の約6割が住んでいるという人口密集地域だ。また、ヨーロッパ人ほどスピードへの欲求が強くはないという雰囲気がある。そんなアジアに最適化した乗り物が生まれるのは当然のことだ。
東南アジア方面で、国産の高級大型ミニバンに寄せられる視線はかなり熱い。かの地では憧れの存在になりつつある
日本は明治維新以降、「脱亜入欧」の言葉に象徴されるように、西洋化を進めてきた。この時期に我が国に上陸したクルマは、その典型だったと思っている。ゆえにミニバンや軽自動車はいままで冷遇されることが多かった。
しかし日本は欧米とは異なる、固有の文明や文化を持っているわけで、それに根ざした独自の乗り物が発展するのは自然な流れだ。
最近は自動車メーカーもその点をわきまえてきており、高級セダン並みの豪華内装を持つミニバンが登場してきている。筆者はこれを、日本発の新しい高級車の形だと見ている。また日本は車いすのまま乗車できる、いわゆる福祉車両を自動車メーカー自身が数多く用意する国でもある。これも背の高い軽自動車やミニバンがあるからできることだ。
もちろんそれらは、相変わらずクルマ好きからは高い評価をもらえていない。でも筆者はこれを東洋型自動車として、スポーツカーやセダンに代表される西洋型自動車とは別の尺度で評価してあげるべきだと思っている。
走行性能や爽快感とは違う価値観で作られるミニバン。その背景も実は深く、普遍性もある。自動車好きとは違う尺度で評価するのが適切だろう