2016年7月21日にスバルから「レヴォーグSTI Sport」が発売される。この新グレードにはどんな特徴があるのだろうか? サーキットを使った実車の試乗と開発者へのインタビューからわかったこのクルマの魅力を、モータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏がレポートする。
「レヴォーグ」シリーズの最上位グレードとして追加された、スバルとSTIのコラボレーションモデル「レヴォーグ STI Sport」。その魅力に迫る
スバル(富士重工業株式会社は2017年4月より社名を「株式会社SUBARU(スバル)」と変更することを決定した。よって本稿では、ひと足早くスバルと表記したいと思う)は、国内の主力モデルである「レヴォーグ」に新グレードを追加した。それが「レヴォーグSTI Sport」だ。スバルの子会社である「STI(スバル・テクニカ・インターナショナル)」とのコラボレーションによって開発されたのが最大の特徴となっている。
ここでポイントとなるのは、「STIは何か?」ということだろう。スバルの熱心なファンであれば、知っていて当然のことかもしれないが、ここでは最初から説明したいと思う。
まず、STIは、スバルが参戦する「WRC(世界ラリー選手権)」や「スーパーGT」、「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」などにおけるモータースポーツの実働部隊を務める。また、「S207」などの「Sシリーズ」や「SUBARU BRZ tS」といった「tSシリーズ」という限定のコンプリートカーも生産しているほかに、カスタマイズ用のアフターパーツも開発している。なお、SシリーズやtSシリーズは、スバル本社で量産された完成車をSTIに持ち込み、ほぼ手作業で架装する。つまり改造車だ。そのため、ナンバー取得のために、新車購入時は車検場へ持ち込み登録する必要があるのだ。量産車ではなく、レースやカスタムの専門家なのである。
STIは、レース用のチューニングやカスタマイズなどを行う、スバルの子会社。スバルにおけるモータースポーツの実働部隊のような存在だ
ちなみに、スバルには「WRX STI」というモデルも存在する。これも初期は、SシリーズのようにSTIで製作されていたが、ヒット作となったため、生産をスバルに移管。今ではSTIが関与しないモデルとなっている。つまり、スバルには、WRX STI、SシリーズtSシリーズというスポーツモデルが存在するが、実際にSTIが作るのはSシリーズとtSシリーズのみという状況だった。
そして新しい「レヴォーグSTI Sport」は、STIが開発にはタッチするけれど、実際の生産はスバル本社が行うというのが特徴だ。こうすることで、カスタマイズメーカーとしての価格上昇を最低限度に抑え、さらに限定ではなく量産モデルとしての販売が可能となったのだ。
では、具体的なレヴォーグSTI Sportの内容を説明しよう。レヴォーグSTI Sportは、これまでの上位グレードであった「2.0 GT-S Eye Sight」「1.6GT-S Eye Sight」にアドバンスドセイフティパッケージなどの人気装備と、14の内外装の特装アイテムをプラスしたものだ。STIはこれら14個の特装アイテムのうち、特に走行性能を向上させる3アイテムを担当。逆に、それだけということもあり、人気装備を別にすると、価格上昇はわずかに20万円に抑えられている。14もの専用アイテムがあることを考えれば、文字通り破格と言っていいだろう。
ちなみに、人気装備の内訳は、アドバンスドセイフティパッケージ(後側方警戒支援システム、ハイビームアシスト、サイドビューモニター、アイサイトアシストモニター)と本革シート、ウェルカムライティング&サテンメッシュドアミラーといった装着率の高いものばかりである。
そして14の専用アイテムは、専用外装、専用内装、走行性能向上の3グループに分けることができる。専用外装は、18インチのアルミホイール、STIのロゴ(フロントグリル&リアゲート)、フロントバンパー&フロントグリル、フロントフォグカバー、フロントLEDフォグランプ、マフラーカッターの6アイテムとなる。
外装のポイントのひとつは、専用にデザインされた18インチのアルミホイール
STIのロゴ入り大型マフラーカッターがリアを飾る
STIのロゴの入る専用デザインのグリル。バンパーも専用にデザインされたものだ
専用内装は、STIロゴを追加したステアリングホイール&メーター、ボルドー色を採用したレザーシート、インテリアのステッチを赤に変更、夜間照明の赤色化、ドアポケットの不織布表皮の追加だ。そして走行性能向上は、ビルシュタイン製のダンパー(フロントにダンプマティック2を採用)、チェリーレッドに塗装した専用チューニングスプリング、ステアリングギヤボックス・クランプスティフナーの3点だ。
こうした専用アイテムとアドバンスドセイフティパッケージのような人気アイテムを備えながらも、1.6リッターモデルで348万8400円(税込)/2リッターで394万2000円(税込)という価格となっている。
室内をシックに彩る、ボルドーのレザーシートも専用となる
ハンドルに刻まれたSTIのロゴ。また、ハンドルに巻かれたレザーには、赤いステッチが入れられている
メーターも中央にSTIロゴが入る専用のもの
シフトレバーも専用のレザーやパネルが追加された専用デザインだ
ビルシュタイン製のダンパーを装備。しなやかさとシャープさを両立したハンドリングをもたらす
試乗は富士スピードウェイのショートコースとサーキット内の連絡通路にて行われた。
走りだす前に思ったのは「まるでカスタムカーのようだ」ということ。エッジが強調されたフロント部や凝ったデザインのアルミホイールなど、ライトチューンを施した個人車のようだ。室内を覗けば、落ち着いた赤系のボルドーの内装。これまでレヴォーグの内装は真っ黒しかなかった。硬派ともいえるが、300万円以上するクルマとしては、色気に欠けていた。それが、このモデルとなって、車格なりの内装を手に入れたと言っていいだろう。
黒一色だった従来のイメージを覆すボルドーのレザーシート。室内は車格に見合った色気がある
まずは、2リッターモデルでサーキットにクルマを乗り入れる。最高出力300馬力/最大トルク400Nmのハイパワーなエンジンに、ビルシュタイン製のダンパーや固められたステアリングギアボックスといったアイテムが組み合わせられるが、レヴォーグはあくまでもステーションワゴン。トランスミッションもCVTだ。
2リッターモデル「2.0STI Sport EyeSight」に搭載される2.0リッター DOHC 直噴ターボ“DIT”は、最高出力300馬力/最大トルク400Nmを発生する
路面はあいにくのウェットだったため、ちょっとでもアクセルを踏み込むとズルズルと滑る。しかし、それでもコントロールを失わない。加速のダイレクト感はCVTなので、MTと比べるとワンテンポ待つものの、その後の加速は素晴らしい。路面をしっかりと4輪でとらえたようにグイグイと加速していく。ロードホールディングがよいから、強烈な加速でも不安感はない。シャシー性能が素晴らしく高いのだろう。ほとんどスポーツカーのように走れてしまったのだ。
あいにくのウエットコンディションながら、路面をしっかりとらえて力強い加速を見せる。ほとんどスポーツカーのように走れた
サーキットでの走りに関心しつつ、施設内の連絡通路をのんびりと走る。そこで気づくのは、乗り心地のよさだ。サーキットもいけるのだから、相当に足元は固められているはずなのに、ゴツゴツ感がない。フラットでしなやか。複数のバルブを持つビルシュタイン・ダンパーの「ダンプマティック2」が効いているようだ。
続いて1.6リッター・モデルを走らせてみる。速さという点では、2リッターに及ばないが、シャシーの素晴らしさとロードホールディングのよさ、そして扱いやすさと安心感はまったく同じ。もちろん、ステーションワゴンとして最高出力170馬力/最大トルク250Nmは、まったく不満のないレベル。それでいて、インテリアは2リッターと同じというのだから、人気は当然のように1.6リッターのほうが高い。これまでのレヴォーグの実売では84.2%も1.6リッターモデルで占められていたのも当然のことだろう。
こちらは、1.6リッターモデルの「1.6STI Sport EyeSight」。速さではかなわないが、扱いやすさや安心感はそのまま
1.6リッター DOHC 直噴ターボ“DIT”は、最高出力170馬力/最大トルク250Nmという性能。ステーションワゴンとしては十分だ
エクステリアやインテリアに磨きをかけつつ、サーキット走行でも通常走行でも高いレベルを実現。普通のレヴォーグから、すべての面を磨き上げたような仕上がり。わずか20万円だけのアップで、これを実現してしまう。これこそがワークスチューンならではのすごみではないだろうか。
夘埜 敏雄(うの としお)氏スバル商品企画本部 主査1992年入社 当初は内装設計を担当。BRZの内装の取りまとめも行ってきた。4年前から製品企画に異動。レヴォーグを企画の立ち上げから関わっている。
続いて、レヴォーグSTI Sportの開発に携わった夘埜(うの)氏に話を聞くことができた。夘埜氏は、開発のトップである熊谷泰典氏のサポート役。多岐にわたる開発部門の実務上のとりまとめを行ってきた人物である。インタビュー形式で、以下、その内容をレポートしたい。
鈴木:そもそもレヴォーグにSTIを設定した狙いから教えてください。
夘埜:弊社の中期経営計画「際立とう2020」の中に、「強い事業スタイルを作っていこう」とあります。我々は、もともとSTIという価値あるものを持っていましたので、それを最大限に活用していこうというのがスタートです。では、実際に商品価値のあるSTIブランドを活用して何ができるのか? というところを話していった中でアイデアが生まれました。
まずは、国内で最初にやれるものはなんだ? ということを考えた結果、やはり国内市場を見ると、レヴォーグが一番多く販売されていて、しかも、ターボモデルとしてスポーツで売っている。方向性もSTIと一致しているということで、レヴォーグに白羽の矢が立ちました。そこから「レヴォーグとSTIでどういう商品が作れるの?」という議論が始まりました。そのときに、最初に議論したのがポジショニングです。ノーマルモデルに対して、STI Sportは、スポーツ性だけでなく高品質やデザインといった両方向を高めようという位置づけです。狙ったのはカタログモデルの最上級グレードです。
スポーティーさが持ち味のレヴォーグは、STIの利点を生かしやすい素材でもあった
鈴木:STIを使おうということですけれど、一般の人にとってSTIって、いろいろあって混乱しているんじゃないでしょうか。
夘埜:昔からスバルを愛用しているお客さんにとっても複雑な関係だと思います。では、まず、「そもそもSTIって何だろうね?」というところを紐解いていきますと……。昔は、「WRX」というターボモデルがあって、それがモータースポーツのベースとなっていました。そして、そのクルマを使って、別会社のSTIがモータースポーツをやっていた時代がありました。ただ、そのときは、別会社という認識があまりなかったんですね。社内の一部のモータースポーツ好きの連中が集まって、スポーツに特化したクルマを作っていたという。そして、それをもっとスポーツに特化しましょうということで、「WRX STI」というグレードが生まれます。
鈴木:1990年代ですね。スバルのモータースポーツ部門のSTIのイメージを反映したのがWRX STIであったと。「インプレッサWRX STI」ですね。
夘埜:そうです。最初のころは、本社とSTIとのコラボモデルで、ちゃんとSTIがチューニングしていました。ただ、WRX STIは商売的にもかなり成功したので、代を重ねていくうちに、ラインアップとしてチューニングカーではなく量産車としてのひとつの上級グレードになったと。カスタマイズすると値段が高くなりますから。
鈴木:STIのチューニングによるカスタマイズではなく、グレードとして量産したほうが安くなりますよね。
ステンレス製のサイドシルプレート。こうした細かな改造を行う場合でも、後付けするより、工場で量産したほうが効率的だ
夘埜:そうです。それで、スバルのラインアップのグレード名としてWRX STIが認知されてきました。最近のモデルでは、STIという名前がつきますけれど、STI自体は関与していません。ブランドになっているんですね。昔は、「インプレッサWRX STI」だったのが、今は、インプレッサからも独立して「WRX STI」になっていると。
鈴木:その流れとは別にSTIのコンプリートモデルがあるんですね。
夘埜:STIの本業は、チューニングをして、そのクルマを売っていくというものです。量産モデルをベースにして、「もっとやっていこうよ」というニーズに向けたSシリーズやtSシリーズがあります。
鈴木:そして、今回はSTIを名乗って、しかもSTIが携わる。先祖返りですね?
夘埜:そうですね。ある意味、先祖返りです。ちゃんとSTIという別会社が関わって、富士重工とコラボレーションしてやっていきましょうと。STIには、モータースポーツという得意分野があります。レースもたくさん出て、そういうノウハウをたくさん持っています。WRCやGTなどに出てきたので、一般的にスポーツのイメージもあります。そのブランドを活用するために、ちゃんとコラボレーションをしたものを作ろうというわけです。
また、STIとしてもコンプリートモデルの限定車だけですと、商売として安定しません。単発で終わると、開発費ばかりかかって利益が少ない。ある意味、商売として、あまりよろしくないので、安定した収益を得られるようなモデルを手がけたいということです。裏話ですけれど、クルマが1台売れたら、それに見合った対価を支払っています。要は、いいクルマを作れば売れる。それが商売になる。それは限定ではなく、売れれば売れるほど儲かる。そういうビジネスモデルを作っていきましょうということです。ただ、スバルだけだとスポーツカーを作れないというわけではありません。
鈴木:なるほど。BRZもWRX STIもスバル本社だけで作っているわけですからね。
夘埜:逆にSTIだけでは、スポーツカーを作れません。彼らはあくまでもチューニングメーカーで、クルマメーカーではありません。あるものを最大限に生かすためのプロ集団です。
鈴木:今回、STIの協業なしで仕上げたら、ここまでのレベルにならなかっただろうと?
夘埜:最終的には、同じレベルまで行き着くんでしょうけれど、もしかしたら、かなり遠回りすることになったかもしれません。彼らはレースで培ってきたノウハウがあります。レースに出ていた連中が、量産の設計もします。ノウハウが直結しているんですね。ですから、今回は3つしかSTIの関わったアイテムはないんですけれど、それだけでも、かなりレベルが上がっていると思っています。
ひとつがステアリングギアボックスのクランプスティフナーといって、ステアリングの補剛です。ここを固めれば、ステアリングの応答性があがるのは、レースで培ってきたノウハウです。ちょっとしたことでも非常に効果があると彼らはわかっていましたからね。今回も即!ですよ。そんなに部品の開発費も高くありませんし、その割に効果は高い。
鈴木:勘どころを知っているから、最小限の手でずいぶんと効果が出せると。
ステアリングギアボックスの取り付け剛性を高めるクランプスティフナー。単純な装備だが効果は大きい
夘埜:なので、我々としては、そこらへんはプロ集団であるSTIにお任せして、効率よく開発していきましょうと。それがひいてはお客さまに価格アップを最小限に抑えることになると。
今回のSTI Sportはノーマルに比べて、販価で20万円のアップです。実は、逆に20万円でやれるネタをやれと。それ以上やると、従来からあるtSシリーズと変わらなくなってしまい、お客さんの幅も減るだろうと。でも、プラス20万円であれば、今までのお客さんでない方にも広がるかもしれません。今までの濃いお客さんにしてみれば、「これはSTIじゃない」と言うかもしれませんが、そうではなく、これはSTIの入門編みたいなもの。STIの入口としてちょうどよいものを作りましょうと話し合ってきました。それはSTIとして売上げを伸ばしたいという背景もありますし、我々としても効率よく、スポーツ性の上げたレヴォーグの新しい価値を生み出したいという気持ちもありました。
鈴木:スポーツ性という意味では、まるでスポーツカーのようですよね。シャシーが素晴らしい。
夘埜:実は、もともとのレヴォーグがいい線まできているので、「何をイジればいいの?」「どこまでイジればいいの?」「イジる余地がないじゃないの」という話もあったんですね。ワゴンとして完成されていますから。「さらにワゴンとしてスポーツに行く必要があるの?」 という話もあって。
鈴木:今日は、2リッターと1.6リッターを試乗したんですけど、確かに2リッターのほうが速いんですけれど、でも、だからどうしたというか……。
夘埜:そこで、「スポーツとして完成しているけど、まだ荒々しさというか削り取れてないところがるよね」というところを狙ってみようと。そこで新しいダンパーを使ってみたりしています。ある意味、飛び道具なんですけど。それを使って上げてきた。STIは、スポーツ性だけでなく、上質さを上げるノウハウも持っていますので。
鈴木:ルックスはどんな感じで決まったんですか?
夘埜:この顔も、ものすごく議論しました。STI Sportはレヴォーグだけじゃないので、レヴォーグにぴったりの顔じゃダメなんです。そこで、レガシィからフォレスター、インプレッサまでのSTI Sportをすべて架空で作ってみて、「これだったら全部に許されるんじゃないの」という顔を決めました。そして、それをベースに、それぞれのモデルの細かいところを最適化しているんですね。
架空のSTI Sportのラインアップを作り、デザインの統一性を考えたというフロントデザイン
鈴木:そういうラインアップを拡充できるといいなと?
夘埜:そうですね。ここが成功すると、レヴォーグという商品の幅も広がります。そのほかにも、さらに第2、第3の企画を検討しています。
鈴木:将来はレガシィやインプレッサにもSTI Sportが生まれる可能性があるということですね。それは楽しみです!
第2、第3の企画も検討中というSTI Sportシリーズ。今後の展開にも注目だ