平成デジタルガジェット史
かくしてケータイ文化が花開き、薄型テレビの普及が加速する

激動の平成デジタルガジェット史 第6回:平成16〜18年(2004〜2006年)

30年にわたった「平成」という時代も今年で終わりを告げる。そんな平成という時代は、価格.comとも深い関わりのあるパソコンやデジタルガジェットが急激に成長した時代であった。そこで、平成時代の終わりに、この30年でパソコンやデジタルガジェットの世界がどのように変化してきたかを、3年ごとにざっくりとまとめてみようというのがこの連載企画だ。第6回の今回は、平成16〜18年(2004〜2006年)の3年間にフォーカスして、この時代をデジタルガジェットたちとともに振り返ってみよう。

平成16年(2004年) 「おサイフケータイ」に「ニンテンドーDS」「PSP」など、モバイル技術やガジェットが進化

オリンピックの発祥地であるギリシアで「アテネ五輪」が開催された平成16年という年は、さまざまな点で「モバイル」が注目された年だったように思う。まず、携帯電話の世界では、この年、NTTドコモから「FeliCa」を使った電子マネーサービス「おサイフケータイ」(iモードFeliCa)がスタート。「SO506iC」「P506iC」「SH506iC」「F900iC」の4機種が初の対応機種として6月に発売された。この「おサイフケータイ」が、日本におけるモバイル決済を大きく進めたのは間違いないだろう。サービス当初は主に電子マネー「Edy」を利用するのがメインだったが、この2年後に、JR東日本が「モバイルSuica」をサービス開始したことで、一気に利用範囲が広がった。

NTTドコモ「F900iC」(富士通)(画像は富士通公式サイトより)

NTTドコモ「F900iC」(富士通)(画像は富士通公式サイトより)

この当時の携帯電話は、年々進化の度合いを上げており、毎年携帯電話を買い換えるというのも比較的普通のことであった。前年に始まったメガピクセルカメラの搭載に加えて、この「おサイフケータイ」が登場したことによって、携帯電話に搭載される基本的技術はある程度出そろったといえるだろう。もうひとつの要素である「ワンセグ」については、この2年後の登場となる。

ちなみに、インターネット業界では、この年「mixi」「GREE」といった「SNS」がサービスを開始している。これらのSNSサービスは、この頃爆発的に伸びていた携帯電話での利用が後押しするような形で、それまでの電子メールやSMSに代わるコミュニケーションツールとして浸透していくことになる。SNSと携帯電話は相性がよく、特に当時性能が上がっていたカメラ機能で撮影した写真をSNSで即時共有するといった使われ方が一般的なものとなってきていた。

なお、この年、ライブドアと楽天によるプロ野球参入問題が大きな話題を呼んだ。また、「Web 2.0」というキーワードが話題となり、「ブログ」が大きなトレンドとなっていたのもこの頃のこと。ブロードバンドによるインターネットの常時接続や、携帯電話の3Gネットワークによって、個人の情報発信が活発化し、アルファブロガーと呼ばれる人たちが社会に影響を与え始めていた。インターネット企業が一躍脚光を浴び始めた時代だったとも言える。

モバイルという意味では、新世代の携帯ゲーム機が相次いで発売されたのもこの年のこと。クリスマスシーズン直前の12月2日に任天堂から「ニンテンドーDS」が、その10日後の12月12日にはソニー(SCE)から「PSP(PlayStation Portable)」が発売され、大きな話題となった。それまでの携帯ゲーム機は、平成元年に初代モデルが発売された任天堂の「ゲームボーイ」シリーズがほぼ独占的な地位を占めており、その後継である「ゲームボーイアドバンス」、さらには折りたたみ型の「ゲームボーイアドバンスSP」が展開していたが、さすがに設計が古くなっていた。

任天堂「ニンテンドーDS」

任天堂「ニンテンドーDS」

そんな折り、基本的にゲームボーイとの互換性を持たない(アドバンス除く)新しい新型ゲーム機として登場した「ニンテンドーDS」は、タッチ操作にも対応した独自のデュアルスクリーン(DS)を持ち、当時の携帯電話のような折りたたみ型で登場したこともあって、非常にスマートかつ新しいゲーム体験をもたらし、大人気となった。当時の価格は15,000円。ロンチタイトルは、「スーパーマリオ64DS」「さわるメイドインワリオ」「ポケモンダッシュ」(いずれも任天堂)など。

いっぽう、ソニーの「PSP」は、「PlayStation 2」の小型版とも言えるほどの高性能なグラフィック機能を持った本格派の携帯ゲーム機として発売された。「UMD」という独自の小型ディスクメディアを採用し、ゲームだけでなく、ビデオタイトルなども再生できたが、UMDによるビデオタイトルはあまり普及しないまま終わってしまった。当時の販売価格は19,800円(税別)。ロンチタイトルは、「みんなのGOLF ポータブル」(SCE)、「リッジレーサーズ」(ナムコ)、「ヴァンパイア クロニクル ザ カオス タワー」(カプコン)など。

ソニー(SCE)「PSP(PlayStation Portable)」

ソニー(SCE)「PSP(PlayStation Portable)」

この2台の携帯ゲーム機の発売によって、ゲームの世界は一気にモバイル化が進んだ。特に「ニンテンドーDS」は、ゲーム以外にも、英会話学習や漢字パズルなど、これまでのゲーム機にはなかったさまざまなタイトルが発売されたこともあって、それまであまりゲームをプレイしなかった女性層などにも広く普及した。やや停滞気味だった据え置き型ゲーム機に代わって、携帯ゲーム機が家庭用ゲーム機市場の主役として躍り出た時代だったとも言えるだろう。

いっぽう、盛り上がりつつあるモバイル市場に対して、パソコン市場はこの頃、BTOメーカーやショップブランドの台頭などによって端末の低価格化が一層進み、大きな転換期を迎えつつあった。その象徴とも言える出来事が、中国の新興メーカー「Lenovo」によるIBMのPC部門買収だろう。これによって、ビジネスノートのブランドとして長年愛されてきた「ThinkPad」が、Lenovoへと移管されることとなった。また、それまで拡大していたPDA市場にも陰りが見られるようになった。

このほか、デジタルカメラ市場では、当時のミノルタ(現・コニカミノルタ)から、デジタル一眼レフカメラ「α-7 DIGITAL」が発売された。本機がユニークだったのは、デジタル一眼レフとして初めてボディ内手ぶれ補正機能を搭載したこと。それまで、レンズとカメラ本体が別々のデジタル一眼レフカメラでは、レンズ側に手ぶれ補正機能を搭載するのが主流だったが、「α-7 DIGITAL」では、搭載するCCD自体をブレの元となる動きとは逆に動かす「アンチシェイク」という技術によって、装着するレンズに関係なく、手ぶれ補正効果を得ることに成功した。このボディ内手ぶれ補正機能は、その後さまざまなメーカーでも採用されるようになるが、初めて開発したのは実はミノルタの「α-7 DIGITAL」だったのである。なお、ミノルタはその後カメラ事業をソニーに売却したため、このボディ内手ぶれ補正のDNAは、後のソニー「α」シリーズに受け継がれていくことになる。

ミノルタ(コニカミノルタ)「α-7 DIGITAL」

ミノルタ(コニカミノルタ)「α-7 DIGITAL」

また、この年は、前年に発売されたキヤノン「EOS Kiss デジタル」に始まったデジタル一眼レフカメラの低価格化が一層進んだ年でもあった。ライバルのニコンは、ボディ単体で15万円程度のエントリー機「D70」を発売。また、ペンタックスは、前年に発売した同社初のデジタル一眼レフカメラ「*ist D」の後継モデル「*ist Ds」を発売。当時の世界最小・最軽量のデジタル一眼レフカメラで、ボディ単体で10万円を切るほどの低価格を実現した。このほか、オリンパスからは、フォーサーズシステムを使ったエントリー機「E-300(レンズセット)」が発売されたが、こちらはレンズセットで10万円を切るという、かなりの低価格設定で話題となった。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・シャープ「ヘルシオ AX-HC1」
デジタルではないが(笑)、高温の加熱水蒸気で焼く「ウォーターオーブン」という画期的な仕組みで登場した記念すべき製品。その初号機は潔く電子レンジ機能を持っておらず、純粋なオーブンレンジとして発売された。この製品をきっかけに、各メーカーとも電子レンジにスチーム調理機能が搭載されるようになり、今では当たり前の機能になったが、「水で焼く」という本製品登場の衝撃は大きかった。

・アップル「iPod mini」
2001年に発売開始された「元祖iPod」ではストレージに1.8インチのHDDを使用していたが、この頃登場した1インチのマイクロドライブを採用することで大幅な小型化を実現した製品。ストレージ容量は4GB/6GBと小さかったが、そのコンパクトさと、豊富なカラーバリエーションで大人気となった。なお翌年、フラッシュメモリーを採用した「iPod nano」が発売されたことで販売終了となったため、意外にも短命のモデルとなった。

平成17年(2005年) 「AKB48」や「つくばエクスプレス」など、アキバが注目を集める。薄型テレビが本格普及開始

平成17年にオープンした「ヨドバシAkiba」のオープン前の写真

平成17年にオープンした「ヨドバシAkiba」のオープン前の写真

平成17年という年は、筆者の私生活でもいろいろ激変が起こった忘れ得ない年である。詳細は書かないが、人生においてそうそう経験しないようなことが矢継ぎ早に起こった。いっぽう、パソコンやデジタルガジェットの聖地である秋葉原の街にも大きな変化が起こった。最大の変化は、秋葉原とつくば市を結ぶ鉄道「つくばエクスプレス」が8月に開通したことだ。これにともない、JR秋葉原駅の周辺も大きく変化。東側にはヨドバシカメラ(ヨドバシAkiba)ができたり、西側にはこの翌年「秋葉原UDX」がオープンするなど、秋葉原の風景が大きく変わった。また、今をときめくアイドルグループ「AKB48」がオーディションを行い、「会いに行けるアイドル」として秋葉原の常設劇場にてデビューを飾ったのもこの年のこと。秋葉原のカルチャー自体が、それまでの「電気街」「パソコン街」から、アニメ、アイドルといったサブカル方面に変容し始めた、まさにそんな年だった。

そんな平成17年は、液晶テレビやプラズマテレビといった薄型テレビの価格が下がり始め、2年前から始まった地デジの効果もあって、本格的な普及期に入った年といえる。4年前の平成13年に発売を開始したシャープの液晶テレビ「AQUOS」シリーズが好調で市場を牽引していたほか、日立も「Wooo」シリーズで液晶/プラズマテレビを展開。パイオニアもプラズマテレビ「Pure Vision」で高級路線のユーザーの心をつかんでいた。これらに加えて、2年前から液晶/プラズマテレビの展開を始めたパナソニックの「VIERA」シリーズに続き、この年、ソニーが「ブラビア」シリーズ、東芝が「REGZA(レグザ)」シリーズを開始。これで、国内の主要メーカーの今につながる薄型テレビのブランドが勢揃いしたことになる。

シャープ「AQUOS LC-32AD5」

シャープ「AQUOS LC-32AD5」

ソニー「ブラビア KDL-40X1000」

ソニー「ブラビア KDL-40X1000」

東芝「REGZA 42Z1000」

東芝「REGZA 42Z1000」

ただ、これらの薄型テレビの価格が安くなったとはいえ、まだまだ高価だったのも事実。総務省統計局が実施している小売物価統計調査によれば、この年のテレビの平均価格は30万円を超えていた。この頃よく言われていた言葉に「1インチ=1万円」の壁というものがあったが、当時の薄型テレビはこの「1インチ=1万円」の壁を越えるかどうかというところで、人気だった32インチクラスの液晶テレビがようやく30万円を切るくらいの価格になってきたくらいだった。しかし、それでも、それ以前から比べるとだいぶ安くなってきたという感じがあり(それ以前は40〜50万円クラスだった)、多くの人がテレビのデジタル化に踏み切り始めた。この頃から薄型テレビは加速度的に価格が下がっていき、アナログ停波が実施される2011年の前年・2010年(平成22年)まで、出荷台数も右肩上がりで伸びていくこととなる。価格.com上のナンバーワン人気商材が、パソコンからテレビへと変わっていったのもこの頃のことだ。

携帯電話市場に目を向けると、この年、PHSを展開していたDDIポケットが「ウィルコム」へと商業変更したのがトピック。それまで低価格の携帯電話として人気だったPHSだが、3Gネットワークを使った3G携帯電話に人気を奪われ、その利用用途は、音声通話よりもむしろ高速なデータ通信を中心としたものに変わっていた。当時はまだ携帯電話でのテザリングなどはなかった時代で、モバイル通信の主流はPHSのデータ通信カードを用いた、32k/64k/128k/256kbpsのパケット通信だった。その代表格とも言えるのが、ウィルコムが提供していた「AIR-EDGE」サービスで、高速なデータ通信と、この前年に開始された月額定額制が人気を呼んだ。

ウィルコム「W-ZERO3(WS003SH)」(シャープ製)

ウィルコム「W-ZERO3(WS003SH)」(シャープ製)

この「AIR-EDGE」に対応した端末として一躍人気となったのが、この年12月に発売された「W-ZERO3(WS003SH)」(シャープ製)だ。「PocketPC」(WindowsCE)が進化した「Windows Mobile」に対応したPDAでありながらも、「AIR-EDGE」のデータ通信が行え、640×480ドット表示の3.7型タッチディスプレイや、スライド式の物理キーボード、また当時としては画期的だったフルブラウザーも搭載する(前年に発売された「京ぽん」こと「AH-K3001V」が初)など、まさにスマートフォンの先駆けとでも言っていいような製品だった。当時のモバイルユーザーにとっては、まさに夢のような製品の登場であり、その後も本製品の後継モデルはしばらくの間、製造され続けることとなる。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・マイクロソフト「Xbox 360」
Windowsベースの据え置きゲーム機「Xbox」の改良モデル。日本国内でのセールスが不調だった「Xbox」の反省を踏まえ、ロンチ時から日本市場向けのゲームタイトルを大量に用意するなどの施策が功を奏し、日本市場でも一定の成果を収めた。当時の販売価格(スタンダードモデル)は39,795円(税込)。当時最速ハードだった「PS2」よりもグラフィック処理などが速く、HDDを内蔵するなど、「PS2」より勝っている部分も多かった。

・アップル「iPod nano」
ストレージに当時出たてのフラッシュメモリーを搭載することで、ボディを大幅に小型化したiPod。高さ90×幅40×厚さ6.9mmで、40gという軽量小型さと、17,800円〜(1GBモデル)という低価格が一般層にもウケて、一躍大ヒット製品となった。その後も、iPodシリーズの主力モデルとして2017年(平成29年)まで販売が続くこととなる。

平成18年(2006年) ワンセグケータイ登場。「PS3」の発売でメディアはDVDからブルーレイへ

アップルの「Mac」がインテルアーキテクチャーに路線変更。その初代インテル「iMac」

アップルの「Mac」がインテルアーキテクチャーに路線変更。その初代インテル「iMac」

平成18年は、パソコン市場に大きなインパクトをもたらした出来事が2つあった。そのひとつは、それまでモトローラ、IBMと共同開発した「PowerPC」というプロセッサーを使用してきたアップルのMacシリーズが、ついにインテル製CPUを搭載するようになったこと。これにより、Macのアーキテクチャーは根本的に変化し、いわゆる「Windowsパソコン」とほぼ同じような仕様となった。この同一アーキテクチャーの利点を生かして生まれたのが、MacにWindows OSをインストールして、2つのシステムを使い分けられる「Boot Camp(ブートキャンプ)」という機能。これによって、従来のWindowsユーザーもMacに乗り換えることが容易になり、Macユーザーの数が増加した。

マイクロソフト「Windows Vista Home Premium」

マイクロソフト「Windows Vista Home Premium」

もうひとつは、この年の11月にリリースされたマイクロソフトの新OS「Windows Vista」の発売である(パッケージ販売は翌年1月)。安定していたOSだった「Windows XP」の後を受け、5年後のアップデートとなる新OSであったが、「Vista」という名前が示すように、視覚効果を駆使したさまざまなエフェクト「Windows Aero」が採用されたのが特徴。また、ほかの対応AV機器と連携できる「Windows Media Center」を搭載するなど、パソコンをリビングの中心に置いて利用するという構想が盛り込まれていた。しかし、「Windows Aero」によってグラフィック処理が重くなるなど、評判があまりかんばしくなく、わずか3年で次の「Windows 7」へリプレースされるという事態となった。実際、この後3年間のパソコン販売に関しては、Windows Vistaを選ばず、Windows XPをOSとして選ぶという消費者が多く現れ、これまで破竹の勢いで伸びてきたWindows系OSの中では、初の失敗作となった感がある。

そんなやや低調なパソコン市場を尻目に、携帯電話市場の成長はさらに続いていた。この年の3月、国内三番手の携帯電話会社、ボーダフォンをソフトバンクが買収するという大きな出来事が起こり、今に続く、NTTドコモ、au、ソフトバンクという三大キャリアの形が作られた。ソフトバンクは、すでに日本テレコムの買収(平成16年)を済ませており、元から展開していたブロードバンド事業(Yahoo!BB)に加え、固定通信回線事業、そして携帯電話事業までをそろえた一大通信会社になった。

ソフトバンク「SoftBank 911SH」(AQUOSケータイ)(シャープ製)

ソフトバンク「SoftBank 911SH」(AQUOSケータイ)(シャープ製)

また、この年の4月1日より、地デジの電波の一部を使って放送される「ワンセグ放送」がスタート。これに対応するように、携帯電話でワンセグ放送を視聴できる「ワンセグケータイ」が各社からリリースされた。初のワンセグケータイは、auの「W33SA」(三洋電機製)であったが、NTTドコモからも2軸ヒンジを採用した「P901iTV」(パナソニック製)が、そしてソフトバンクとなったVodafoneからは「AQUOSケータイ」こと「SoftBank 905SH」(シャープ製)が発売された。特に、画面が90°回転する「SoftBank 905SH」は、縦位置でワンセグ放送が見やすいという点と、当時液晶テレビで一大ブランドを築いていた「AQUOS」の技術が注ぎ込まれた高画質という点で人気を呼び、その改良モデルである「SoftBank 911SH」とともにヒットを記録した。

ソニー(SCE)「PlayStation 3(PS3)」

ソニー(SCE)「PlayStation 3(PS3)」

また、ゲーム機市場でも大きな動きがあった。この年の11月には、ソニー(SCE)が次世代据え置きゲーム機となる「PlayStation 3(PS3)」を発売。CPUに新開発の「Cell Broadband Engine」を搭載し、メディアには新登場のBD-ROM(ブルーレイ)を採用するなど、前モデルの「PS2」をはるかに凌駕するスペックで世界に衝撃を与えた。特に、まだ市販化が始まったばかりだったブルーレイドライブの搭載は大きく、49,980円(税込。20GBモデル)という高価格ではあったものの、ブルーレイプレーヤーとして考えれば十分に安いという理由から、ゲーム機としてではなく、ブルーレイプレーヤーとして「PS3」を買い求める人が当初は多かった。もちろん、ゲーム機としてのスペックもかなりすぐれており、従来にはなかったような細かなテクスチャーをほどこした3Dグラフィックなどは、当時のゲーム機の表現を大きく超えており、ロンチタイトルとして用意された「リッジレーサー」(バンダイナムコゲームス)や、翌年末発売の「グランツーリスモ5プロローグ」のグラフィック表現が話題となった。

なお、この前年に登場したマイクロソフトの「Xbox360」では、当時次世代光メディアとしての覇権をブルーレイと争っていた「HD DVD」のプレーヤーがオプションで用意されていた。「HD DVD」は東芝が中心となって規格を推し進めていた次世代メディアだったが、結局この「PS3」の成功によってブルーレイの普及が一気に進んだことで、「HD DVD」は表舞台から消えていくことになる。

任天堂「Wii」

任天堂「Wii」

そして、この「PS3」の発売からまもなく、12月に任天堂から新型据え置きゲーム機「Wii(ウィー)」が発売された。モーションセンサーを備えたリモコン型のワイヤレスコントローラー「Wiiリモコン」が特徴で、従来のゲーム機のように操作する以外に、さまざまな動きを感知して体感的な遊びができるのが特徴。ロンチタイトルとして発売された「Wii Sports」では、このリモコンを使って野球やテニスなどの体感ゲームをプレイでき、家族で遊べるゲーム機として人気を博した(リモコンがすっぽ抜けてテレビが壊れるなどの問題も起こったが……)。なお、翌年末に発売された「Wii Fit」では、「バランスWiiボード」を使ったフィットネストレーニングが行えることで、こちらも大ヒットを記録している。

●この年発売された主なデジタルガジェット

・アップル「MacBook Pro」
インテルCPUを採用することになったことで一新されたMacBookの新シリーズ。それまでの「PowerBook G4シリーズ」に代わり、この後、アップルのノートブックシリーズの上級モデルとしてその名は受け継がれていく。全面アルミニウムのボディが特徴的で、その後、この伝統はずっと受け継がれていく。初代モデルは15.4インチと17インチの2モデル。CPUはインテル「Core 2 Duo」が採用されていた。

・ソニー「α100」
ミノルタからカメラ事業を引き継いだソニーが初めて発売した「α」ブランドのデジタル一眼レフカメラ。エントリー向けの「α-Sweet DIGITAL」を継承した製品で、ボディ内手ぶれ補正機能と、それを応用したアンチダストシステムを搭載していた。価格はボディのみで10万円程度。

・ペンタックス「K100D」
ペンタックス初のボディ内手ぶれ補正機能を搭載したデジタル一眼レフカメラ。上記「α100」と似た作りで、ボディ単体のみで7万円台という低価格もあって人気を博した。

鎌田 剛(編集部)

鎌田 剛(編集部)

価格.comの編集統括を務める総編集長。パソコン、家電、業界動向など、全般に詳しい。人呼んで「価格.comのご意見番」。自称「イタリア人」。

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