登場当初は少々キワモノ感が強かった“完全ワイヤレスイヤホン”(トゥルーワイヤレスイヤホン)。今では街中で利用者を見かける頻度も高くなり、急速かつ確実に普及しているのを肌で感じる。ユーザー目線で考えれば、自由で快適な「ケーブルレス」が主流になっていくのは、ごく自然な流れかもしれない。
いっぽう、完全ワイヤレスイヤホンの「音途切れ」は少なからず問題で、特に混雑した列車内などで、左右どちらかからの音が出ないという症状は、利用者なら何度か経験するもの。また、こまめな充電が必要なのも、バッテリーに頼っている完全ワイヤレスイヤホンならではの宿命だ。こうした「課題」が解決すれば、もっと快適で、もっとユーザーが増えるはず…。
そんな中、スマートフォンなどの無線通信技術で高い技術力とシェアを誇るQualcomm(クアルコム)社が発表した、「TWS Plus」という新規格が話題を呼んでいる。完全ワイヤレスイヤホンの音切れ問題やバッテリーの問題を解消するという新しい規格だ。
そこで、Qualcomm CDMAテクノロジーズマーケティングマネージャーの大島勉氏にインタビューを行い、詳細を聞いた。TWS Plusは、完全ワイヤレスイヤホンユーザーにどのようなメリットをもたらすのだろうか? そして、対応製品の登場時期は?
お話を聞かせていただいた、Qualcomm CDMAテクノロジーズ マーケティングマネージャー 大島勉氏
そもそもTWSとは、「TrueWireless Stereo」の頭文字を取ったもの。これを日本では「完全ワイヤレスイヤホン」と記すケースが多いのだが、海外では「TWS」で通じる。
従来のTWS(=完全ワイヤレスイヤホン)は、Bluetoothの規格に沿うため、スマホなどのプレーヤーと組み合わせる場合、イヤホンの左側(L)か右側(R)のどちらかいっぽうが「親」としてステレオ2ch分のデータを受け取り、もういっぽうの「子」側へ、片チャンネル分の音声データを転送する仕組みになっている。
問題は、頭部をはさんだイヤホン左右間の通信。ユーザー自身の頭部が障害物となって電波が届きにくく、その状態でさらに周囲にほかのBluetooth利用者がいたり、Wi-Fiなど2.4GHzの電波があふれていたりすると、混信して「音途切れ」を引き起こすのだ。
現在、この通信障害を改善する技術として、電波でなく磁気を用いる「NFMI」(Near Field Magnetic Induction/近距離磁界誘導)が存在するが、Bluetoothに比べて伝送できるデータの量が少なく、音質面で限界がある。そう、完全ワイヤレスイヤホンをより実用的にするためには、新しいアイデアや技術が望まれていたのだ。
従来の完全ワイヤレスイヤホンは、BluetoothやNFMI技術を用い、ユーザーの頭部をはさんで経由で音声データを伝送している
こうした状況下で登場し、注目を集めているのが、Qualcomm社の最新規格「Qualcomm TrueWireless Stereo Plus」である(以降、本記事ではTWS Plusと略す)。
TWS Plus最大の特徴は、スマホがイヤホンの左側(L)と右側(R)、それぞれと直接接続して音声データを伝送すること。つまり、最大の障害物と言える頭部をまたいだ通信がなくなる。これにより、現在の完全ワイヤレスイヤホンが抱える根本的な「音途切れ」問題を解決できるというわけだ。
左が従来の完全ワイヤレスイヤホン、右が新しい「TWS Plus」の接続イメージ。TWS Plusは、音声デバイスからイヤホンの左右ユニットそれぞれに音声データを送信する
TWS Plus仕様を実現する初の半導体チップ(SoC)が、Qualcommが開発した「QCC5100」というシリーズ型番の製品だ。このQCC5100には、上述のTWS Plusのほかにもイヤホンの能力を向上させるさまざまな機能が盛り込まれている。主な特徴は以下の通り。
・低消費電力(長時間の利用、あるいはバッテリーの小型化)
・小型パッケージ(製品の小型化にも貢献)
・ハイブリッドANC(ノイズキャンセリング機能。フィードフォワード式にも対応)
・高い演算処理能力(各種センサーの利用が可能)
・ボイスコントロール対応(スマホと連携して各種音声サービスへの対応)
・高音質(aptX、aptX HDコーデック対応、24bitでS/N比の高いDAC/ADC機能内蔵)
QCC5100シリーズでは、TWS Plus以外にもさまざまな機能が提供される
QCC5100を搭載したTWS Plus仕様の完全ワイヤレスイヤホン製品登場に期待しつつ、ユーザー目線で気になるポイントを大島氏に質問した。以下、一問一答形式でお届けしよう。
大島氏に一問一答形式で答えていただいた
Q1. TWS Plusを利用するためのプレーヤー側の条件は?
A1. Qualcomm社のSoC「Snapdragon 845」を搭載したモデル。スマートフォンですと、ソニーモバイル、シャープ、サムスン、LGなどから出ているハイエンドモデルの多くが対象です。ただし、チップを積んでいても最終的にTWS Plusに対応するかどうかは、スマホメーカー様側の判断によります。
Q2. Snapdragon 845を使用していないスマホやプレーヤーでは、QCC5100を搭載した完全ワイヤレスイヤホンと接続してもメリットはない?
A2. TWS Plusは利用できませんが、完全ワイヤレスイヤホンの使用可能時間が大幅に伸びるというメリットは受けられます。QCC5100はイヤホンのL側とR側にそれぞれ1個搭載されるわけですが、Snapdragon 845非搭載のスマートフォンと接続した場合、スマホとつながる「親」を左右で適度に交代させる仕組みになります。
従来の完全ワイヤレスイヤホンは、親側のユニットはプレーヤーと「子」の両方と通信が必要になるので、信号処理の負担も大きく、バッテリーを多く消費します。実は今までは、親側のバッテリーもちがボトルネックとなり、子側が余力を残している状態でした。親子の入れ替わりができることで、搭載充電池の有効活用を意味し、TWS Plusでは従来の約3倍も長時間利用できるようになります。
Q3. TWS Plusは、どれくらい音途切れに強い?
A3. TWS Plusでは、L側とR側に独立して接続し、それぞれ1ch分の音声データしか流さないので、2chステレオに比べて使用帯域が半分で済みます。理屈的に、従来のL/R間にケーブルがあるBluetoothイヤホンよりも、音途切れが生じにくくなるはず。もちろん、最終的には、製品のアンテナ設計などにも左右されるので一概には言えないのですが、ケーブル付きのBluetoothイヤホンを超える安定性も期待できると思います。
QCC5100はシリーズ型番なので、実際には「QCC51XX」のような型名でいくつかのSoCが登場し、それぞれで利用できる機能が異なってくる予定です。また、製品の最終仕様はもちろん各メーカー様が決定するので、SoCに含まれる機能が全て製品に反映されるとは限りません。
QCC5100を搭載したTWS Plus仕様の完全ワイヤレスイヤホンとは? ユーザー目線で考えてみた。
まず、完全ワイヤレスでケーブルに縛られない特性を生かしつつ、さらなる小型・軽量化によって装着感が向上する。そして、バッテリーの持ちもよくなる。つまり、完全ワイヤレスイヤホンを1日中装着するスタイルも現実味を帯びてくる。
音楽リスニングや通話のほか、メッセージの読み上げ機能なども期待できる。Amazon Alexaのような音声認識サービスに対応すれば、パーソナルデバイスとして情報を取得したり、家電操作デバイスとしての実用性も高くなるだろう。また、製品によっては、脈拍や加速度センサーなどを組み合わせるというのもあるかもしれない。ユーザーの情報をビッグデータ化してAIと連携させることで、ユーザー個人にカスタマイズした情報の提示や、家電の自動制御を行うといったことも期待できる。
実用的で24時間装着できる完全ワイヤレスイヤホンは、究極のウェアラブルデバイスになる可能性も十分にある。
大島氏によると、QCC5100シリーズのチップは間もなく出荷が開始されるという。筆者の経験から予測すると、各イヤホンメーカーが最終設計を詰めるまでに半年程度はかかると考えられ、具体的な製品の発表は2019年1月のCES、発売は春頃になるのではないだろうか? 画期的な“新世代”完全ワイヤレスイヤホンの登場が待ち遠しい!
オーディオ・ビジュアル評論家として活躍する傍ら、スマート家電グランプリ(KGP)審査員、家電製品総合アドバイザーの肩書きを持ち、家電の賢い選び方&使いこなし術を発信中。