近年のホームシアターのトレンドは、「3Dサラウンド」と呼ばれる最新の立体音響なくしては語れない。従来のサラウンド再生でおなじみの左右前後に回り込む音のほか、上下にも広がる立体的なサウンドを実現し、映画鑑賞の臨場感を上げてくれる技術・システムの呼称である。
最近人気のサウンドバー製品にも、この3Dサラウンドに対応した製品が多く登場している。しかし、さすがにAVアンプとサラウンドスピーカーによる本格再生とは異なるわけで、「正直、サウンドバーの3Dサラウンドはどれくらい期待できるの?」と気になる人も多いのではないだろうか。そこで、人気モデル5機種をピックアップしてチェックしてみることにした。
3Dサラウンドと呼ばれるものの中でも、家庭向けに多くの対応機器やコンテンツが用意されているのが、ドルビーラボラトリーズの「Dolby Atmos」と、DTS, Inc.の「DTS:X」という「オブジェクトオーディオ」のフォーマットだ。
▼オブジェクトオーディオとは
従来のチャンネルベース(=1つひとつの音をどのスピーカーから出力するかが指定される)のサラウンドとは異なり、オブジェクトベース(=1つひとつの音が空間のどこで鳴るか、位置情報を指定する)の音声技術。「3Dサラウンド」「立体音響」などと呼称される最新世代のホームシアターオーディオのひとつ。なお、オブジェクトオーディオ以外にも「Auro-3D」やNHKの開発した22.2ch音響などが3Dサラウンドと呼ばれる。
とはいえ、本来Dolby AtmosやDTS:Xによる3Dサラウンドの恩恵を受けるためには、対応環境を揃えなくてはならないので少々ハードルが高い。対応機材やコンテンツを用意するくらいはまだいいが、特に問題となるのがスピーカーの配置である。
Dolby AtmosやDTS:Xは、スタンダードなセッティングでも「床に6本(うち1台はサブウーハー)+天井に2本」と、多数のスピーカーを設置することが推奨されている。なかでも難しいのが、天井にスピーカーを取り付ける点だ。たとえその先にすばらしいホームシアター体験が待っているとはいえ、多くの方が「自宅の天井にスピーカーを付けるなんて無理! ハードル高すぎ」と思うだろう。
そこでふと気になるのが、これらDolby AtmosやDTS:Xへの対応をうたうサウンドバーの存在なのである。テレビの手前に省スペースで設置できるサウンドバーなら、話題の3Dサラウンドを手軽に楽しめるというわけだ。しかし、実際にワンボディのサウンドバーでどれくらいのクオリティが期待できるのか。
3Dサラウンド機能に対応するサウンドバーが続々登場しているが……その実力は?
もちろん、AVアンプやサラウンドスピーカーを多数配置した本格的なサラウンド再生と比べればその聞こえ方は異なる。しかし、そこには「ワンボディでココまでできる!」「本格的な3Dサラウンドのあの特徴を受け継いでいる!」というサウンドバーならではのポイントがある。そのあたりの詳細を、実機レビューを通して語っていきたい。
レポートに入る前に、「サウンドバーにおける3Dサラウンド機能とは何なのか」を軽く説明しておこう。元々、サウンドバーは「Dolby Digital」や「DTS」など従来のサラウンドフォーマットのデコードに対応しているが、その最新仕様としてDolby AtmosやDTS:Xの3Dサラウンドに対応するモデルが増えているという状態だ。そしてその機能は、大きく以下の2種類に分けられる。
付属リモコンにある3Dサラウンドモードのボタンを押すと、該当機能がONになるといった製品が多い
Dolby AtmosとDTS:Xへの対応をうたうサウンドバーは、これらオブジェクトオーディオフォーマットの信号入力に対応して、それをデコードする機能を備える。高さ方向の音声と、音の出ている座標軸(X,Y,Z)のデータが記録されているオブジェクトオーディオ信号のアドバンテージを生かした、より製作者側の意図に沿う3Dサラウンド効果を再現するためのチューニングが施されている。特に視聴者の周りを物体がぐるぐる回るシーンや空間を動き回るシーンなどで、より3Dサラウンド感が高まるのがメリットだ。
Dolby AtmosやDTS:Xの音声信号をデコードし、サウンドバーで臨場感のある3Dサラウンドを再現する
なおDolby AtmosやDTS:Xコンテンツの再生を楽しむ場合の注意点として、映像ソース側もDolby AtmosかDTS:Xに対応している必要がある。このあたりの対応状況はBlu-rayからネット配信まで、メディアやコンテンツによって異なるので、自分の見たい作品や利用しているサービスが対応しているかどうかはあらかじめ確認しておこう。
もうひとつ、サウンドバーの中には、Dolby AtmosやDTS:Xに非対応のコンテンツを再生したとき、上下方向の音の広がり効果を加え、バーチャルで3Dサラウンドらしく聴かせる機能を持つ製品も多い。上述の通り、世の中のコンテンツすべてがDolby AtmosやDTS:Xに対応しているわけではなく、お気に入りの作品が非対応の場合もあるだろう。そんなときでも、簡単に3Dサラウンド風に楽しめるようにした機能だ。
詳細は後述するが、バーチャル3Dサラウンド技術の中でサウンドバーへの搭載が多いのがDTSの「DTS Virtual:X」
それでは以下より、対応モデルを順番にレビューしていこう。価格.comで売れ筋の製品の中から5機種をピックアップし、3Dサラウンド関連機能をメインに試聴してみた。
【1】Dolby Atmos&DTS:Xのデコードに対応するサウンドバーと、【2】バーチャル3Dサラウンドに対応するサウンドバーを一気聞き
まずは、【1】スタンダードにDolby AtmosとDTS:Xに対応するモデル、つまりオブジェクト音声のデコードに対応する3機種をレビューしていこう。近年トレンドの映画配信サービスでは、NetflixやApple TV 4KがDolby Atmosフォーマットのコンテンツを配信中だ。こういった配信映画をテレビとサウンドバーで楽しむシーンを想定し、Apple TV 4KでDolby Atmosコンテンツを再生して試聴した。
なおひとつ注意点として、テレビからARC対応のHDMI接続経由でサウンドバーにオブジェクト音声を出力する場合、テレビ側とサウンドバー側のHDMI端子が「eARC」に対応している必要がある(従来の「ARC」ではオブジェクト音声の伝送に非対応)。
もし、テレビのHDMI端子がeARCに対応していない場合は、Apple TVなどのデバイスやBlu-rayプレーヤーをHDMI経由で直接サウンドバーと接続するか、または後述する【2】バーチャル3Dサラウンド機能で楽しもう。
<試聴ソース>
Apple TV 4K端末を用い、配信動画サービスの中からDolby Atmosに対応する「アリータ:バトル・エンジェル」のチャプター28、本作1番の盛り上がりのモーターボールシーンを再生した。
本機は、本体サイズ430(幅)×52(高さ)×130(奥行)mm (突起部除く)というコンパクトなサウンドバー。Dolby AtmosとDTS:Xのデコード機能に加え、後述するバーチャル3Dサラウンド機能「DTS Virtual:X」にも対応する。フルレンジ+ツイーターのステレオ2ウェイ構成で、チャンネルの合計出力は25Wを実現。同30Wのサブウーハー1基とボディ左右に設置されたパッシブラジエーターにより低域も強力だ。人気ゲームメーカー、スクウェア・エニックスと共同開発した3種類のゲームモードを搭載し、「ファイナルファンタジーXIV」の検証基準もクリアしている。
テレビの前に設置すると、とにかくコンパクトなのがわかる
今回試したモデルの中では最も小型なワンバータイプのサウンドバーだが、その音質は見た目の印象以上にすぐれていて驚いた。小型の割に再生能力が高く、アリータやエド博士のセリフや効果音のディテールも明瞭。リモコンの「3Dサラウンド」ボタンを押すことで、Dolby Atmosが有効化されるのだが、セリフは明瞭なまま、サウンドバー本体の物理的な寸法を大きく超えた広大な音場が出現する。横方向の表現力は55型テレビの横幅を超え、高さ方向も画面上部を若干超えるなど臨場感抜群だ。
こちらも、Dolby Atmos、DTS:X、DTS Virtual:Xの3規格に対応するワンボディタイプのサウンドバー。本体サイズは890(幅)×64(高さ)×96(奥行)mmで、52×90mmのフルレンジスピーカーと同口径のサブウーハーをそれぞれ2基搭載する。高さ方向の立体音響と前後左右のサラウンドを表現するソニーの独自技術「Vertical Surround Engine」(縦方向の表現)と「S-Force PROフロントサラウンド」(横方向の表現)によって、3Dサラウンドを再現する。
横幅が長めだが、IRリピーター機能を搭載しているのでテレビリモコンからの操作も快適
横幅サイズが大きく設計に余裕があるためか、本機は音に情報量が多い。エンターテインメント性の高い音作りで、パッと聞いたときのインパクトも大。付属リモコンの「Vertical S.」ボタンを押して3Dサラウンドモードを有効化すると、テレビの枠を超え、その外側にスピーカーがあるような広大な表現になった。スピード感のあるモーターボールシーンの複雑なカメラワークと連動する、立体的なサラウンドを楽しめる。効果音等の左右の移動もシームレスで、会場の声援やサイボーグボディがぶつかる金属音も派手な表現で聞かせてくれた。
メインスピーカーとなるサウンドバーと、低域を増強するサブウーハーがセットになった2ユニット型のモデルで、3.1チャンネル再生に対応する。サウンドバー部のサイズは980(幅)×64(高さ)×108(奥行)mmで、内部には45×100mmのフルレンジスピーカーを左右とフロントに合計3基搭載。各スピーカーを100Wのアンプでドライブする。サブウーハー部は160mmのユニットを100Wでドライブするなど強力だ。上述のHT-X8500と同じく、こちらもDolby Atmos、DTS:X、DTS Virtual:Xに対応し、ソニー独自の3Dサラウンド技術「Vertical Surround Engine」と「S-Force PROフロントサラウンド」を実装している。
サウンドバー部とサブウーハーはワイヤレス接続する仕様
実際に音を聞いてみると、サブウーハーが別筐体となった2ユニットタイプのため、低域の迫力は別次元。さらにサウンドバー部も今回試したモデルの中では最大サイズで、絶対的な情報量と音の広がりも秀逸だ。普段から本格的なサラウンドシステムを試している身からしても、高域から低域にかけての幅広い表現や豊かな情報量など、感心する部分が多かった。
特にいいなと思ったのは、サブウーハーの再生能力が高いことだ。ひと昔までこの手の付属サブウーファーは、低域が飽和してしまうものも多かったのだが、本機の低域はリアルで飽和も少ない。リモコンの「Immersive AE」ボタンを押して3Dサラウンド機能をONにすると、HT-X8500に通じる広大な表現で低域の迫力満点。若干派手さを感じるものの、サウンドバーが持つ情報量と音の広がりを底上げするような形になり、包み込まれるような臨場感が出てうれしい。
続いて、【2】バーチャルで3Dサラウンドを再現する機能を試していきたい。バーチャル3Dサラウンド機能としてさまざまなサウンドバーに搭載されているのが、DTSの「DTS Virtual:X」だ。Dolby AtmosやDTS:Xに対応しない、通常の2チャンネルや5.1チャンネルサラウンドのコンテンツを、3Dサラウンド風に再現する技術である。
上で紹介したパナソニック「SC-HTB01」やソニー「HT-X8500」「HT-G700」の3機種も、Dolby Atmos/DTS:Xのデコードに加えてこのDTS Virtual:Xにも対応している(また3機種とも、オブジェクトオーディオ非対応コンテンツの再生時に3Dサラウンド機能をONにした場合、バーチャルで縦方向のサラウンドを効かせる効果が得られるようになっている)。
今回は、DTS Virtual:Xにのみ対応している2万円台前半の高コスパな2機種をフィーチャーし、どれくらいの聞き応えがあるかに着目してみた。
<視聴ソース>
Amazonプライム・ビデオから、5.1chサラウンドの「アリータ:バトル・エンジェル」のチャプター28、本作1番の盛り上がりのモーターボールシーンを再生した。
ボディは890(幅)×66(高さ)×120(奥行)mmという、一般的なサウンドバーとしてスタンダードなサイズ。その内部に25mm ツイーター、45×90mmの楕円形ミッドレンジ、75mmのサブウーハーを2基ずつ搭載する。映像コンテンツや使用環境に合わせた3つのサウンドモード、ニュースなどの人の声を聴きやすくする「ダイアログエンハンサー」機能を装備。最も大きな特徴は、デノンのHi-Fiオーディオシステムの音決めを一手に取り仕切るサウンドマネージャー・山内慎一氏が音質をチューニングしていることで、原音をストレートに再生する「Pureモード」は音楽再生用途との相性も抜群だ。
シンプルなデザインの中に、デノンHi-Fiの思想を継承
本機のサウンドは一聴して音抜けがよく、自然な質感と見通しがいい。派手な臨場感を出すというより、バランスの整った音場表現が大きな魅力。聴感上のfレンジ(高域から低域までの表現力)も広く、普段ピュアオーディオに携わる筆者も納得の再生音である。
リモコンの「DTS Virtual:X」ボタンを押してバーチャル3Dサラウンドモードを有効化しても、アリータのセリフは不自然に響くことなくリアルのままだし、効果音等がテレビラックのサイズを大きく飛び出すことはないが、音の広がり感が自然で、スタジアムに響く歓声は上下左右方向にバランスがよい。一般的なバーチャルサウンドモードのような過度な味付けは感じられず、効果音やセリフが不明瞭にならない点は特筆点だ。素性のよいサウンドチューニングを強く実感する。
こちらも同じくワンボディタイプのサウンドバー。本体サイズは890(幅)×53(高さ)×131(奥行)mmで、出力30Wのフルレンジスピーカーを2基と同60Wのサブウーハーを1基搭載する。ネットワーク接続できて「Amazon Alexa」対応のスマートスピーカーとして使えたり、スマホ/タブレット用の専用アプリ「Sound Bar Controller」からの操作が行えるなど、多機能さも魅力だ。
ファブリック調の外観デザインで、Amazon Alexaスピーカーにもなる機能性を備える
本機は、音色、音調ともバランスがいい。サラウンドモードを使用しない素の状態では、音の見通しがよく、中高域のキツさがないナチュラルなサウンド。作品の印象を崩さない正統派の音と言えよう。低域の表現力は高く、さらにセンターに定位するセリフは明瞭に聞こえる。リモコンの「3Dサラウンド」ボタンを押すと、DTS Virtual:Xが適応される。優勝を狙うアリータの前に買収されたライバルたちが立ちふさがり、盛り上がりを見せる観客の歓声はサウンドバーの物理的な寸法を超えて広がる。スタジアムの反響音は、テレビの上部を超えるように上方向にも拡張され、包み込まれるような臨場感が出ている。
結論から言うと、今回の試聴では、コンパクトなサウンドバーでも、事前の想定以上に3Dサラウンドを楽しむことができた。
7.2.6チャンネル環境(床置きのスピーカー7本、サブウーハー2本、天井スピーカー6本)など、物理的に多数のスピーカーが設置された本来の3Dサラウンド環境では、視聴者を中心として360°、視聴位置の真上からも音声がダイレクトに聞こえる。
それに対して、サウンドバーでは画面を中心として上下左右に音が広がる印象である。もちろん物理的に多数のスピーカーを置いたようなダイレクト感は少ないものの、音声の広さは、テレビの枠を大きく超えて、一部のモデルでは部屋の左右の壁まで広がって聞こえるほどだった。実際のところ、これくらいが現実的にリビングで楽しめる音の広がり方だろう。
そしてサウンドバーは、5.1チャンネルシステムで使用するセンタースピーカーのようにテレビ手前の中央に設置できるので、セリフが画面に登場する人物とシンクロする。これは2チャンネルのスピーカーをテレビ左右に設置して、”厳密なセッティングを行ったとき”に得られる定位をより容易に実現する。上述した広がりのある環境音と相乗効果を聞かせ、「サウンドバーによる3Dサラウンドはあなどれないな」と思った。
サウンドバーによる3Dサラウンド機能の効果を高めるためのコツは、スピーカー正面から視聴すること。可能なら画面から1.5〜2mくらい離れた位置での視聴がよさそうである。
サウンドバーは通常のサラウンドシステムと比べるととにかく設置が手軽で、部屋の隅にケーブルを引き回す必要もない。手軽な3Dサラウンド体験としてサウンドバーから始めて楽しんだのち、実際にスピーカーを設置する本格的な3Dサラウンド環境にステップアップするのもいいだろう。
ハイレゾやストリーミングなど、デジタルオーディオ界の第一人者。テクノロジスト集団・チームラボのコンピューター/ネットワークエンジニアを経て、ハイエンドオーディオやカーAVの評論家として活躍中。