アコースティックギターを美麗に奏でるミニシステムを低予算で、という目論見のもとスタートさせた"箱庭オーディオ"。アンプを入れ替え、DACやレシーバーを入れ替え、といろいろ手を打ってみたが、どうしてもクリアできない課題がひとつある。FOSTEX「P802-S」では、うまく出ない音があるのだ。
それは、アンドリュー・ヨークの代表曲「Lullaby」で発生する。主旋律2巡目の冒頭部分(3弦を「ラシラ」と弾くところ)が、どうしてもボワっと不自然な響きになってしまう。よりによって曲のもっともオイシイ部分、正確に聴かせてほしい部分が、記憶にあるアコースティックギターの生音と異なるのだ。
そんなとき、デンソーテン・ECLIPSE TDシリーズの末弟、TD307がリニューアルとの知らせが。モデル名は現行TD307MK2A改め「TD307MK3」、独特のデザインはそのままに、音の再現性をさらに向上させたという。サイズ的にも箱庭オーディオにマッチするため、早速借り受けて試聴することにした。
ECLIPSE TDシリーズ「TD307MK3」
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TD307MK3の説明に入る前に、ECLIPSE TDシリーズおよび「タイムドメイン」について触れておくことにしよう。
ECLIPSE TDシリーズは、タイムドメイン理論に基づき開発されたスピーカー。紙幅の都合上大胆に要約すると、周波数特性ではなく音圧波形を正確に再現すること、楽器など音源が生み出す空気の動きを可能なかぎりオリジナルのまま再現すること、入力信号(原波形)と出力信号(インパルス応答)を可能なかぎり一致させることを狙うもの。伝統的スピーカーとは発想が違うのだ。
そのタイムドメイン理論を実現するためのテクノロジーには、ディフュージョンステー(エンクロージャーに付帯音を伝えないよう仮想フローティング構造を実現するための部材)、グランドアンカー(すばやく動きすばやく止まるようにするためのユニット後部に配置するおもり)、エッグシェル・コンストラクション(内部定在波や回析効果を抑制するための卵型ラウンドフォルム)の3要素があげられる。当然TD307MK3にはそのすべてを採用、ECLIPSE TDらしさを"正確に"継ぐものだ。
箱からTD307MK3を取り出そうと台座部分を持つと、グランドアンカーによる重量バランスのためだろう、サイズ(135W×212H×184Dmm)の割にズシリとくる重さに驚く。エンクロージャーは拳で軽く小突いても響かず剛性感があり、約2kgというカタログスペックがむしろ意外に思える。
スピーカーユニットには6.5cmフルレンジを採用。TD307MK2Aと口径は同じだが、素材は紙からグラスファイバーへと変更されている。ほかにも12の部品が刷新されているそうで、TD307MK2A発売当時(2012年)に比べ身近となった高精細音源を意識した細部のリファインがうかがえる。
スピーカーユニットの素材は紙からグラスファイバーへと変更されている
最初に試聴に利用したシステムは、パワーアンプにTOPPING「PA3」、そこにiBasso Audio「DX220 MAX」のライン出力を直結させたもの。音源はアコースティックギターを中心に、オールジャンルで臨んでいる。
TOPPING PA3とiBasso Audio DX220 MAXの組み合わせで試聴した
再生を開始してすぐ、弦の響きが従前のスピーカーとまるで別物であることに気付く。冒頭にあげたAndrew YorkのLullaby主旋律2巡目「ラシラ」の部分は、見事に付帯音が取れ本来の3弦らしい音となった。しかも、定位が極めて明瞭。音楽がステレオ再生されているというより、アコースティックギターがそこで鳴っているという感覚に近い。バスレフスピーカーではボワつくことが少なくない開放弦の音も、自然な響きを感じさせる。
Dominic Millerの「What You Didn't Say」も、サスティーンが自然。開放弦の音にせよハーモニクスの音にせよ、入り際と消え際に余分なところが感じられず、実体験として記憶にあるアコースティックギターの音色に近い。ECMの録音拠点・レインボースタジオではこう鳴っていたのだろうな、と思わせる音だ。
いっぽう、別のシステムで繰り返し聴いたことがあるNorah Jonesの「Painter Song」は、若干違和感が。ウッドベースやピアノの響きや定位が異なるため、楽曲全体の印象まで変わって感じるからなのだろう。考えてみれば、彼女の曲を聴くときは無意識のうちに小さなナイトクラブ的音場感を求めていたような...TD307MK3に"楽器としてのスピーカー"を期待するのは間違いで、それを期待していると肩透かしを食うかもしれない。
低域の量感は、さすがに6.5cm口径ではなかなか難しい部分だが、ベースやバスドラの音がもたつかないのはECLIPSE TDシリーズならでは。TD307MK3の構造は基本的にバスレフだが、後方にあるポートはスピーカー内部の背圧抜きを主目的としているそうで、音の聴こえかたとしては密閉型に近い印象。量感はさておき、低域のスピード感・キレのよさは特筆ものだ。
真空管プリメインアンプCarot One「ERNESTOLO 50K EX EVO」が手もとに残っていたため、こちらでも試聴を決行。瞬発力で聴かせるタイプのTOPPING PA3とは異なり、音の輪郭にやや優柔さがくわわるものの、それが独特な味わいと色気を醸し出す。ハーモニクスの残り香とでも言えばいいのだろうか、倍音のやわらかさと気持ちよさは真空管アンプならでは。一見キャラの異なる組み合わせだが、リアルさがありつつも聴き疲れは少なく、これはこれでアリだろう。
アンプをCarot One ERNESTOLO 50K EX EVOに交代して試聴したところ
正直なところ、ECLIPSE TDシリーズは好みが分かれるスピーカーだ。実際、以前参加した試聴会における周囲の反応は、「!」と「?」に分かれていたように記憶している。筆者は断然前者だが、好みというよりむしろ"意図する音"の違いなのかもしれない。
ときどきアコースティックギターを弾く筆者にとって、箱庭オーディオに求めるのはその音のリアルさ。聞き慣れた楽器の音がいかに忠実に再現されるか、味付けが施されていないかが最優先事項であり、意図する音なのだ。
その意図が、このTD307MK3というスピーカーではかなり期待値に近いレベルで実現されている。正確な音を求める人間にとって、このサイズ・価格帯のスピーカーとしては唯一無二の存在になるのではなかろうか。筆者のように箱庭オーディオで楽しむもよし、DTMでモニターとして使うもよし、壁設置してホームシアターで楽しむもよし、音楽を奏でるというよりは正確にアウトプットするスピーカーならではの活用ができるはずだ。
スタンド部は壁設置可能な構造となっている
通常時で-25〜30度、壁面取り付け時で0〜90度の角度調整が可能(写真提供:デンソーテン)
IT/AVコラムニスト、AV機器アワード「VGP」審査員。macOSやLinuxなどUNIX系OSに精通し、執筆やアプリ開発で四半世紀以上の経験を持つ。最近はAI/IoT/クラウド方面にも興味津々。