レビュー

STAXの超弩級静電型ヘッドホン「SR-X9000」レビュー。複数のドライバーユニットで聴き比べ

終わりなく続くコロナ禍に加え、半導体不足や中国の計画停電による製造の遅れなど、製造業にとって波乱続きとなった2021年だが、オーディオ製品に関してはというと、魅力的なモデルが矢継ぎ早に登場してくる、なかなかに充実した1年となってくれた。そんな2021年の冬に、大いに話題を集めた製品がある。それがSTAXの新フラッグシップヘッドホン「SR-X9000」だ。

STAXの新フラッグシップヘッドホン「SR-X9000」

STAXの新フラッグシップヘッドホン「SR-X9000」

価格69万3000円、さらにドライバーユニット(STAXでは静電型ヘッドホンを駆動するための専用ヘッドホンアンプをそう呼ぶ)が別途必要となっていて、そのサウンドを楽しむためには100万円を超える予算が必要になる超弩級モデルだが、10月にリリースされたファーストロッドは即完売、その後の海外向け製造分、国内セカンドロッドもまったく足らず、今でもバックオーダーを抱えているという。

ここまで高価なヘッドホンがこれほどの人気を集めるなんて、筆者はもちろんのこと、メーカーも予想していなかった様子。そんな、「SR-X9000」の魅力を改めてチェックするとともに、ドライバーユニットによってどういったサウンドの変化が見られるのか、端的にいえば、どこまでドライバーユニットのグレードを下げても「SR-X9000」の魅力を維持できるかチェックしてみたいと思う。

というのも、筆者も「SR-X9000」のサウンドを聴いた途端、そのすばらしさに惚れて購入を検討したひとりだからだ。とはいえ、メーカーが推奨するフラッグシップ・ドライバーユニット「SRM-T8000」との組み合わせでは、130万円という予算が必要となってしまう。できれば、ドライバーユニットはその下の700シリーズ、あわよくば手元の「SRM-353X」でもそれなりになってくれるとうれしいところ。実際、それらのドライバーユニットでも満足できるサウンドが楽しめるか、公私混同気味ながらも今回試させてもらった。

「SR-X9000」はどのドライバーユニットでも満足できるサウンドが楽しめるか? 複数のドライバーユニットで聴き比べてみた

「SR-X9000」はどのドライバーユニットでも満足できるサウンドが楽しめるか? 複数のドライバーユニットで聴き比べてみた

金属メッシュの固定電極を復活させた「SR-X9000」

ということで、まずは主役のヘッドホン「SR-X9000」の詳細について紹介していこう。STAXは、これまでに「SR-009s」というフラッグシップモデルがラインアップされていた。こちら、1998年に発売された「SR-007」の進化系といえるモデルで、円形のハウジング部の中に、エッチング処理によって無数の穴が開けられた固定電極を搭載している。対して「SR-X9000」は、「SR-009」に初採用された高温によって原子レベルで融合させる“熱拡散融合”技術「MLER」を応用し、新たに金属メッシュの固定電極が採用している。これによって、音質面での大幅なグレードアップが押し進められているという。

これまでにもSTAXは、金属メッシュ固定電極を採用している製品を開発している。1970年発売の「SR-X」や1993年発売の「SR-Ω(オメガ)」などがそうだが、これらは固定電極を接着剤による貼り合わせで実現させていたため、あまりに歩留まりが悪く、生産継続を諦めざるを得なかったという。その後、新たにエッチング処理による多孔式固定電極板を開発、こちらを歴代のフラッグシップモデルに採用し続けてきたが、「MLER」技術のノウハウによって、金属メッシュ固定電極を持つ製品を復活させることができたのだという。このように、「SR-X9000」はSTAXにとっても念願の1台といえる製品だったりする。

メッシュ電極と従来のエッチング電極を熱拡散結合で圧着した4層構造の「MLER-3」を採用。これまでの多層固定電極よりも音の透過特性がさらにスムーズになっているという

メッシュ電極と従来のエッチング電極を熱拡散結合で圧着した4層構造の「MLER-3」を採用。これまでの多層固定電極よりも音の透過特性がさらにスムーズになっているという

そもそも、静電型ヘッドホンは振動板の左右に固定電極を配置し、電圧をかけ静電気を発生させることで振動板を動作させる(一般的なヘッドホンやスピーカーとは異なる)特殊な原理で音を生み出している。そのため、どの場所でも変わりのない安定した静電気を発生できるもの、かつ振動板の動きにストレスをかけない空気のヌケがおこなえるものでなければならない。しかも、固定電極の+−をひんぱんに入れ替えてプッシュプル動作させるのが基本となっているため、左右電極が高精度に同じ造りであることも重要なポイントとなってくる。

そのため、「SR-X9000」に採用された「MLER-3」固定電極もなかなかに凝った造りとなっていて、0.2mm厚という薄い金属メッシュの両側にセンター部分が楕円形の0.5mm厚補強用パーツを融合して剛性を確保。さらにもう1枚、外周寄りの部分をエッチングで多孔処理されたパーツを組み合わせることで、理想的なものを作り上げることができたという。

埼玉県にあるSTAX本社のクリーンルーム。「SR-X9000」の組み立てはすべてこちらで行われている

埼玉県にあるSTAX本社のクリーンルーム。「SR-X9000」の組み立てはすべてこちらで行われている

組み上げられたドライバーユニットはすべてエージングを実施するなど、徹底した品質管理がなされている

組み上げられたドライバーユニットはすべてエージングを実施するなど、徹底した品質管理がなされている

また、ハウジング部は不要な共振を排除するため、削り出しのアルミ筐体を採用。ハウジング部の外側には、「チルト・ガードメッシュ構造」が取り付けられているが、こちらは固定電極の保護だけでなく、支柱の高さを変えることで音の反射角をコントロールして音質への悪影響も排除している。さらに、ヘッドバンド部はねじれ剛性を向上させたステンレス製アークとなったほか、頭頂部にI型のアルミスタビライザーを採用することで、アーク自体の共振を抑え込み音質低下を回避している。

支柱の高さを変えることで音の反射角をコントロールして音質への悪影響も排除する「チルト・ガードメッシュ構造」を採用したのもポイント

支柱の高さを変えることで音の反射角をコントロールして音質への悪影響も排除する「チルト・ガードメッシュ構造」を採用したのもポイント

アークASSYにはステンレス素材を採用。クリック機構付きのアジャスターで9段階の調整が可能だ

アークASSYにはステンレス素材を採用。クリック機構付きのアジャスターで9段階の調整が可能だ

本革製イヤーパッドやヘッドバンドは感触もよく、装着感はなかなかに良好だ。本体重量は432gと決して軽量ではないが、重量バランスがよいのか、長時間の使用でもあまり負担に感じられなかった。また、着脱式ケーブルの採用もありがたい。「SR-009s」までは直出しケーブルだったが、「SR-X9000」では6N-OFCと銀メッキのハイブリッド構造をもつ着脱式ケーブルへと変更。しかも、2.5mと1.5mという2つの長さのケーブルが付属しているので、シチュエーションによって使い分けることもできる。フラッグシップモデルだけあって、音質以外の面でも細やかな造り込みが行われているのは、うれしいかぎりだ。

着脱式ケーブルは2.5mと1.5mの2種類のケーブル長のものが標準で付属する

着脱式ケーブルは2.5mと1.5mの2種類のケーブル長のものが標準で付属する

「SR-X9000」をさまざまなドライバーユニットと組み合わせて聴き比べ

ここまで「SR-X9000」の概要を説明してきたが、「SR-X9000」最大の魅力はそのサウンドであることに間違いはない。ということで、まずはSTAX製ドライバーユニットの最高峰「SRM-T8000」との組み合わせを試聴してみる。

まずはSTAX製ドライバーユニットの最高峰「SRM-T8000」と組み合わせて試聴

まずはSTAX製ドライバーユニットの最高峰「SRM-T8000」と組み合わせて試聴

型番に最高峰モデルに与えられる“T”を冠したフラグシップ・ドライバー・ユニット「SRM-T8000」。初段に双三極管6922を、出力段に大電流のエミッターフォロワー・Aクラス半導体を採用した、真空管/半導体のハイブリッド・サーキット構成を採用。価格は65万4500円

型番に最高峰モデルに与えられる“T”を冠したフラグシップ・ドライバー・ユニット「SRM-T8000」。初段に双三極管6922を、出力段に大電流のエミッターフォロワー・Aクラス半導体を採用した、真空管/半導体のハイブリッド・サーキット構成を採用。価格は65万4500円

そのサウンドは、楽曲の魅力を存分に味わえる、正確無比な表現が特徴。元々STAXの静電型ヘッドホンは、BA型ドライバーを搭載するイヤーモニターのようなていねいなディテール表現と、ダイナミック型ドライバー搭載の高級ヘッドホンのような静粛性のよさを併せ持つ、表現力の高い、それでいて聴き心地のよいサウンドキャラクターが特徴となっているが、「SR-X9000」では歪み感を徹底的に抑え込み、正確無比な抑揚表現や空間表現を追求したのだろう、これまでヘッドホンで聴いたことのないクオリティのリアルなサウンドが堪能できる。

まず、ディテール表現のきめ細やかさが群を抜いていて、演奏をスタジオのブース内で聴いているかのような、すべての音があまさず伝わってくる情報量の高さを持ち合わせている。また、低域から高域まで耳障りなピークやディップ、音色の正確性を妨げるクセなどは一切見当たらず、おかげでボーカルや楽器の音質的な特徴を素直に伝えてくれる。

空間表現もすばらしく、左右への広がりだけでなく、奥行き方向にも緻密な表現を感じさせる。たとえば上田麗奈「リテラチュア」を聴くと、語りかけてくるかのような歌い方や絶妙なバランスを保つ音階の変化をあまさず感じ取ることができるため、彼女の“演技者”としての魅力が存分に伝わってくる。また、それぞれの楽器が揺るぎなく、かつフォーカスよく定位しているので、楽器それぞれの音色を感じ取ることができるし、作り手の意図もよく伝わってくる。キーボードの音が消える瞬間、すっと後ろ引く様子を感じ取った時は、その正確無比な再現に思わず鳥肌が立ってしまったほど。ここまで、ハイレゾ音源ならではの情報力の多さをストレートに伝えてくれるヘッドホンに今まで出会ったことがない。しかも、聴感的な解像感を上げるために音の伸びやかさを作り出すために高域にピークを与える必要がないためか、聴き心地もよく、長時間聴き続けていてもまったく苦にならない。まさに別世界の上質サウンドといえる。

さて、「SRM-T8000」と組み合わせることで格別なサウンドを聴かせてくれる「SR-X9000」だが、ほかのドライバーユニットではどこまでサウンドの魅力を保ち続けることができるのだろう。まずは、上級クラスの真空管ドライバーユニット「SRM-700T」を組み合わせてみる。

ハイエンドモデルの真空管ドライバー「SRM-700T」。初段にカスタムのローノイズDUAL FETを、出力段にTUNG-SOL製GT管6SN7を2本搭載。価格は32万7800円

ハイエンドモデルの真空管ドライバー「SRM-700T」。初段にカスタムのローノイズDUAL FETを、出力段にTUNG-SOL製GT管6SN7を2本搭載。価格は32万7800円

こちらは、魅力的なボーカルが特徴。奔放で勢いのある歌声によって、楽曲がいくぶんノリよく楽しく感じられる。そのいっぽうで、解像感は「SRM-T8000」のようなきめ細やかさが感じられず、空間表現も緻密さが失われているので、「SRM-T8000」に対してやや物足りなさを感じてしまうのは確か。それでも一般的なヘッドホンに比べれば格段のフォーカス感を保っているので、これはこれで満足できるし、逆にこの“歌声”がいいと思う人もいることだろう。

続いてJ-FETを採用した半導体方式のドライバーユニット「SRM-700S」を組み合わせて試聴。こちらは「SR-X9000」との相性がよく、解像感や空間表現の緻密さ、音色の正確性など、「SRM-T8000」に近いニュアンスを味わうことができる。唯一、ややキレのよすぎる傾向があって、ボーカルがほんの少しクールに感じられるところが違いといえるだろうか。あくまでも音色の問題ではあるので、「SRM-T8000」までの予算はかけられない、という人はまずはこちらを検討するのがよさそうだ。

「SRM-700S」は、初段にカスタムのローノイズDUAL FETを、増幅段にもJ-FETを採用するオール半導体式のドライバーユニット。価格は32万7800円

「SRM-700S」は、初段にカスタムのローノイズDUAL FETを、増幅段にもJ-FETを採用するオール半導体式のドライバーユニット。価格は32万7800円

さらに下のクラスのドライバーユニットではどう変化するのだろうか。個人所有の「SRM-353X」(生産完了)があるので、こちらも試してみた。音の広がり感や定位の正確性など、「SR-X9000」ならではのアドバンテージはかなり失われてしまう。ディテール表現も階調が少々荒くなってしまうのも残念なところだ。ただし、空間的な広がり感がグッと狭まるためか、歌声や演奏にエネルギーを感じ、それが楽しく思えるのも確か。自分で気に入って購入しているだけに、音色傾向としても今回試してドライバーユニットの中で最も好みだった。“ドライバーユニット貯金”が貯まるまでのピンチヒッターとしては、決して悪くない組み合わせだ。

エントリークラスの「SRM-353X」。初段にオリジナルのローノイズデュアルFETを使用し、カップリングコンデンサーを使わない全段直結AクラスDCアンプ構成を採用している。後継モデル「SRM-400S」の登場のため、すでに生産完了となっている

エントリークラスの「SRM-353X」。初段にオリジナルのローノイズデュアルFETを使用し、カップリングコンデンサーを使わない全段直結AクラスDCアンプ構成を採用している。後継モデル「SRM-400S」の登場のため、すでに生産完了となっている

今回は試聴を行っていないが、以前STAX本社を訪問した際に現行モデル「SRM-400S」や「SRM-500T」の組み合わせを試聴してみたところ、「SRM-400S」は「SRM-353X」と同じく中継ぎとしてはなんとか使えるかもしれないがそのうちアップデートしたいと思った。ちなみに、「SRM-500T」は残念ながら「SR-X9000」には役不足、相性の悪い組み合わせなのであまりオススメできない。

このように、「SR-X9000」は「SRM-T8000」と組み合わせてこそ魅力を最大限に発揮してくれることは十分確認できた。しかしながら、「SRM-700S」でもその魅力はしっかりと伝わってくるし、「SRM-700T」との組み合わせは別の魅力を感じさせるサウンドを奏でてくれる。さすがにスタンダードクラスは少々力不足だが、上級クラスの2モデルであれば、満足度の高い組み合わせになってくれると思う。まずは「SR-X9000」を手に入れ、後からじっくりとドライバー選びをおこなうのもひとつの手だと思う。

いずれにしろ、「SR-X9000」が格別のサウンドを楽しませてくれるすばらしいヘッドホンであることに間違いはない。一生もののヘッドホンとして、10年20年と長く愛用し続けることができる製品だと断言しよう。

野村ケンジ

野村ケンジ

ヘッドホンなどのオーディオビジュアル系をメインに活躍するライター。TBSテレビ開運音楽堂にアドバイザーとして、レインボータウンFM「みケらじ!」にメインパーソナリティとしてレギュラー出演。音元出版主催のVGP(ビジュアルグランプリ)審査員も務める。

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