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2024年のポータブルオーディオは「ロスレス・低遅延」がキーワード

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2023年に登場したいくつかの画期的な技術により、2024年はワイヤレスオーディオがますます面白くなりそうです。筆者が注目する最新のトピックを集めて、今後のワイヤレスオーディオが進化する方向を探ってみたいと思います。

ポータブルオーディオのワイヤレス通信がBluetoothからWi-Fiにも広がる

筆者が2023年の1年間に取材をして、なかでもいちばん刺激的だったトピックがクアルコムによる新しいワイヤレスオーディオの技術「Qualcomm XPAN(エクスパン)」でした

「Qualcomm XPAN」は、2023年末からクアルコムによる本格的な市場投入が始まった最新世代のSoC(システムICチップ)を搭載するスマホとワイヤレスイヤホン・ヘッドホンを組み合わせて使えるワイヤレスオーディオの技術です。

特徴はWi-Fiプロトコルによりデバイス同士が無線通信できる環境をつくり、そこにBluetoothのオーディオコーデックで圧縮した信号を伝送するところにあります。最大96kHz/24bitから、将来は最大192kHz/24bitまでのハイレゾを非圧縮のロスレスで、極限まで遅延を抑えて伝送します

クアルコムは、2023年秋に開催したモバイル向け「Snapdragon」シリーズのSoCの発表会で、ポータブルオーディオの最新技術「Qualcomm XPAN」を発表。ワイヤレスイヤホン・ヘッドホンをモバイル端末だけでなく、Wi-Fiアクセスポイントに直接つないで音楽ストリーミングが楽しめる新技術の展望が紹介されました

クアルコムは、2023年秋に開催したモバイル向け「Snapdragon」シリーズのSoCの発表会で、ポータブルオーディオの最新技術「Qualcomm XPAN」を発表。ワイヤレスイヤホン・ヘッドホンをモバイル端末だけでなく、Wi-Fiアクセスポイントに直接つないで音楽ストリーミングが楽しめる新技術の展望が紹介されました

大容量のデータをワイヤレスで送り届けることができるWi-Fi通信は、その代償としてBluetoothよりも多くの電力を消費します。「Qualcomm XPAN」はクアルコムのワイヤレスオーディオ向けチップの新しいフラッグシップである「Qualcomm S7 Pro Gen1 Sound Platform」に組み込まれますが、このチップには超低消費電力のWi-Fi通信用モジュールが統合されます。

「Qualcomm XPAN」がWi-Fiでのワイヤレス通信により消費する電力はBluetoothオーディオの通信と「ほぼ変わらない」と、クアルコムは説明しています。Wi-Fi通信の特徴を音質やロバストネス(接続の安定性)の向上に活かせる技術として期待できそうです。

クアルコムのオーディオ向け最新チップ「Qualcomm S7 Pro Gen1 Sound Platform」が初めて「Qualcomm XPAN」に対応します

クアルコムのオーディオ向け最新チップ「Qualcomm S7 Pro Gen1 Sound Platform」が初めて「Qualcomm XPAN」に対応します

「Qualcomm S7 Pro Gen1 Sound Platform」チップ搭載のワイヤレスオーディオ機器と、「Qualcomm XPAN」により通信できるデバイスは「Snapdragon 8 Gen 3」を搭載するモバイル端末、または「Snapdragon X Elite」を搭載するPCからスタートします。それぞれクアルコムによる「Snapdragon」シリーズの最新SoCです。

「Snapdragon 8 Gen 3」を搭載するスマホは早くもシャオミがこれを搭載する「Xiaomi 14」を発表しています。日本国内でも、早ければ2024年の春・夏モデルのスマホの中に、「Snapdragon 8 Gen 3」を搭載する機種が出てくるはずです。「Qualcomm XPAN」による接続ができるワイヤレスイヤホン・ヘッドホンもこれに続いてほしいです。

筆者がクアルコムのイベントで体験したデモ。Wi-Fiプロトコルによる通信環境のうえに、aptX Adaptiveコーデックで圧縮した96kHz/24bitのハイレゾロスレスオーディオ信号を伝送しています

筆者がクアルコムのイベントで体験したデモ。Wi-Fiプロトコルによる通信環境のうえに、aptX Adaptiveコーデックで圧縮した96kHz/24bitのハイレゾロスレスオーディオ信号を伝送しています

現在の主流であるBluetooth接続でも、音楽を聴くぶんにはワイヤレスオーディオの使い勝手は十分に満足できるレベルにあります。なのにどうしてワイヤレスオーディオの進化が必要なのでしょうか。

大きな理由のひとつは、メタバースのようなデジタル空間の中で楽しむゲームやビデオカンファレンスなど、より多くの情報量を必要とする立体オーディオコンテンツが今後さらに増えることが予想されるからです。ワイヤレス接続のデバイスで次世代の立体オーディオコンテンツを楽しむ際に伝送の遅延や音途切れなどが発生すると、没入体験のリアリティが損なわれてしまいます。XR/VR系の映像をともなうコンテンツの場合は、オーディオとのズレが「酔い」を引き起こすことにもつながります。

Bluetooth以外の無線通信に対応するワイヤレスイヤホンが増えている

2023年にはゲーミングデバイスを手掛けるブランドが、遅延の少ないデジタル無線伝送に対応する左右独立型のワイヤレスイヤホンを発売しました。

ロジクールのゲーミングデバイスブランドから登場した「G FITS」

ロジクールGの「G FITS」。専用のUSBトランスミッターによる2.4GHzデジタル無線対応の低遅延伝送を実現します

ロジクールGの「G FITS」。専用のUSBトランスミッターによる2.4GHzデジタル無線対応の低遅延伝送を実現します

ロジクールのゲーミングデバイスブランド、ロジクールGは4月に「G FITS」という左右独立型ワイヤレスイヤホンを発売しました。本機はモバイルアプリを使って約60秒で、ユーザーの耳の形に合わせてフィットするカスタムイヤーピースを簡単に作れる「LIGHTFORM」という技術を特徴としています。そしてもうひとつの看板である「LIGHTSPEED」が2.4GHzデジタル無線による低遅延伝送技術です。

「LIGHTFORM」により成形されるカスタムフィットのイヤーピースは高い遮音効果が得られるため、本機にはアクティブノイズキャンセリング機能が付いていません。スマホを含むゲーミング用デバイスからワイヤレスイヤホンにオーディオを伝える間に、余計な信号処理を挟まないため遅延も抑えられます。サウンドはクリアでレスポンスがよく、切れ味にも富んでいます。イヤホンの内蔵バッテリー単体で約10時間の連続使用ができるので、飛行機による長い旅の間に使ってもゲーミングだけでなく動画の視聴がとても快適に楽しめます。

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2023/08/06 11:00

ソニーからは「INZONE Buds」が登場

ソニーの「INZONE Buds」。「iPhone 15 Pro」にも直接つなげるUSB Type-C接続のトランスミッターを採用

ソニーの「INZONE Buds」。「iPhone 15 Pro」にも直接つなげるUSB Type-C接続のトランスミッターを採用

2023年の後半には、“ソニー”が2.4GHzデジタル無線に対応するふたつの左右独立型ワイヤレスイヤホンを相次いで発売しました。

ひとつはソニーが2022年に立ち上げたゲーミングデバイスのブランド「INZONE(インゾーン)」の新製品「INZONE Buds」です。ソニーによるワイヤレスイヤホン・ヘッドホンのフラッグシップである「1000X」シリーズから、独自開発のアクティブノイズキャンセリング機能と高音質機能を受け継ぎ、専用のUSBトランスミッターをパソコンやiPhoneを含むスマホ、タブレットなどさまざまなデバイスに接続して低遅延のオーディオリスニングが楽しめます。

ゲーム向けに最適化された立体音響バーチャライザー「360 Spatial Sound for Gaming」に、耳画像を用いた音場の個人最適化の機能などが、今のところWindows専用のソフトウェア「INZONE Hub」がないと設定して使えないところがボトルネックとして残っています。

またBluetooth接続も、新世代の方式であるLE Audioに対応するスマホなどでしかつながらないという特殊な仕様も本機の“取扱注意事項”です。いっぽう、筆者はコンパクトなUSBトランスミッターを「iPhone 15 Pro」と「MacBook」、Androidスマホに挿し換えるだけで、機器同士のペアリングが素早く完了する「INZONE Buds」の使い心地がとても快適に感じられました。「INZONE Buds」シリーズとして今後も継続的に発展してもらいたいです。

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2023/10/11 10:08

SIEからは2.4GHz帯を使った「PULSE Explore」

ソニー・インタラクティブエンターテイメントが開発した左右独立型ワイヤレスイヤホン「PULSE Explore」。「PlayStation 5」に専用のトランスミッターを接続して、ゲーム音声の遅延を限りなく減らす技術を特徴としています

ソニー・インタラクティブエンターテイメントが開発した左右独立型ワイヤレスイヤホン「PULSE Explore」。「PlayStation 5」に専用のトランスミッターを接続して、ゲーム音声の遅延を限りなく減らす技術を特徴としています

もうひとつはソニー・インタラクティブエンターテイメント(SIE)がゲーミングコンソールの「PlayStation 5」との組み合わせに最適化した左右独立型ワイヤレスイヤホン「PULSE Explore」です。本機も専用のUSBトランスミッターを介してPS5やパソコン、スマホなどに接続したとき、2.4GHzデジタル無線による低遅延伝送を実現する「PlayStation Link」という機能を備えています。

トランスミッターのコネクタがUSB Type-Aなので、「PlayStation 5」やパソコン以外の機器に接続する際に変換アダプターが必要になります。スマホやタブレットで低遅延伝送のメリットを得る用途には若干不向きですが、Bluetooth接続は従来のClassic Audio対応なので(コーデックはAAC/SBC)シンプル。本機はアクティブノイズキャンセリング機能と外音取り込みの機能を持たないところも「INZONE Buds」との違いです。

「Apple Vision Pro」のロスレス・低遅延対応は何のため?

アップルが2024年に発売を予定する“空間コンピュータ”「Apple Vision Pro」にも、独自のワイヤレス技術による低遅延のロスレスオーディオ伝送を採用します。

“空間コンピュータ”「Apple Vision Pro」は2024年に日本でも発売を予定しています

“空間コンピュータ”「Apple Vision Pro」は2024年に日本でも発売を予定しています

「Apple Vision Pro」にはアップルが独自に設計するワイヤレスオーディオ向けのチップ「Apple H2」が搭載されます。同じチップを持つワイヤレスイヤホン「AirPods Pro」(充電ケースにUSB Type-Cコネクタを搭載する2023年モデル)とペアリングしたときにオーディオのロスレスオーディオ/低遅延再生が可能になります。

「Apple Vision Pro」は頭部の側面を支えるバンドの左右に「Dual-driver audio pods」という開放型のサウンドシステムを搭載しています。単体でも映画や音楽を鑑賞したり、ゲーミングを楽しんだり。マイクも内蔵しているのでビデオ会議にも使えます。「AirPods Pro」は周囲の環境音をシャットアウトしたい場合や、反対に「Apple Vision Pro」のコンテンツの音を外に漏らしたくない場合に併用する意義が実感されそうです。

本体の左右側面にデュアルドライバー方式のスピーカーを内蔵する「Apple Vision Pro」は、アップル初の「耳を塞がないワイヤレスヘッドホン」でもあると言えます

本体の左右側面にデュアルドライバー方式のスピーカーを内蔵する「Apple Vision Pro」は、アップル初の「耳を塞がないワイヤレスヘッドホン」でもあると言えます

「Apple Vision Pro」について語る際には、専用のvisionOSに最適化したFaceTimeアプリによるビデオ通話の先進性も特筆しなければなりません。

FaceTimeアプリを起動すると、ユーザーが「Apple Vision Pro」に搭載するカメラで自身の姿をキャプチャーして作りだした「Persona(ペルソナ)」という、CGで描くアバターが画面に表示されます。

空間オーディオに対応するFaceTimeビデオでは、通話相手が複数いる会議などの場合、それぞれのペルソナが表示されている方向から声が立体的に聞こえてきます。動画再生やゲーミングに使うことも想定しつつ、アップルは「AirPods Pro」の使用時にも、双方向の通話音声をアバターの動きに遅れることなく届けるために新しいワイヤレス通信技術を開発したのだと思います。「Apple Vision Pro」が発売されるころにまた、技術の詳細を深掘り取材できる機会があれば報告します。

「Apple Vision Pro」のユーザーの顔画像をキャプチャーした「Persona」とのFaceTimeビデオ通話。もちろん「Persona」の顔の表情、口もとは動きます。FaceTimeビデオ通話は「Persona」が話している方向から声が聞こえてくる空間オーディオに対応しています

「Apple Vision Pro」のユーザーの顔画像をキャプチャーした「Persona」とのFaceTimeビデオ通話。もちろん「Persona」の顔の表情、口もとは動きます。FaceTimeビデオ通話は「Persona」が話している方向から声が聞こえてくる空間オーディオに対応しています

Bluetooth LEの高速・大容量・低遅延化も進む

多様化するワイヤレスオーディオのユースケースに対応するために、Bluetoothの技術も進化を続けています。2023年にようやく立ち上がったBluetooth LE(Low Energy)によるワイヤレスオーディオは、その利便性が広く実感できる環境と対応するデバイスが2024年以降はさらに拡大することが期待されます。

Bluetoothに関わる技術の標準化団体であるBluetooth SIGでは、Bluetooth LEのイノベーションを継続的に探求する複数のプロジェクトが進行しています。

そのうちのひとつであるHigher Data Throughputプロジェクトでは、Bluetooth LEから最大2Mbpsに強化されたデータの最大伝送スピードを8Mbpsに引き上げる技術開発に取り組んでいます。

また現在のBluetooth通信が利用している2.4GHz帯以外に、5GHz/6GHzの高い周波数帯域でBluetooth LEの運用を目指すプロジェクトも進行中です。より高速・低遅延なワイヤレス伝送を含む、Bluetoothのパフォーマンス向上を将来に亘り継続的に実現することが開発の背景にある狙いです。

Bluetooth SIGがウェブに公開している資料から。Bluetooth LEをベースに通信速度のスループットを高めるほか、伝送に使う周波数帯域を拡大するためのプロジェクトが進行しています

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2023/07/28 09:00

先述した「Qualcomm XPAN」を発表したクアルコムも、近い将来にWi-Fiアクセスポイントに「Qualcomm XPAN」対応のワイヤレスイヤホン・ヘッドホンなどのオーディオデバイスを直接つなげて、音楽ストリーミングなどを楽しむスタイルを実現することも視野に入れています。2024年も音質と機能性、両側からワイヤレスオーディオに関わるテクノロジーの進化に注目しましょう。

山本 敦
Writer
山本 敦
オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。最新情報は足で稼ぐことを信条とするIT・テクノロジー系ジャーナリスト。AppleやGoogle、Amazonのデバイスやサービスまで幅広く取材しています。海外は特に欧州の最新エレクトロニクス事情に精通。外国語は英語とフランス語が話せます。
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柿沼良輔(編集部)
Editor
柿沼良輔(編集部)
AV専門誌「HiVi」の編集長を経て、カカクコムに入社。近年のAVで重要なのは高度な映像と音によるイマーシブ感(没入感)だと考えて、「4.1.6」スピーカーの自宅サラウンドシステムで日々音楽と映画に没頭している。フロントスピーカーだけはマルチアンプ派。
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