STAXのヘッドホンと専用ヘッドホンアンプのセット「SRS-X1000」
今回取り上げるのはSTAX(スタックス)の静電型ヘッドホンの新エントリーシステムである「SRS-X1000」。メーカー希望小売価格はセットで121,000円(税込)だ。
これは静電型ヘッドホン「SR-X1」と専用ヘッドホンアンプの「SRM-270S」を組み合わせたもの。静電型ヘッドホンは駆動のための専用ヘッドホンアンプを必要とするため、初めてSTAXの製品を使う場合は、「SR-X1」単体ではなくセットの「SRS-X1000」を購入すれば安心だ。
はじめに、「静電型」とはコンデンサー型とも呼ばれるヘッドホンやスピーカーの駆動方式のこと。STAXは1960年に世界で初めて静電型ヘッドホン「SR-1」を発売した日本メーカー(現在、資本は海外)だ。以来、一貫して静電型ヘッドホンを販売している(STAXではこれを「イヤースピーカー」と呼ぶ)。一般的なダイナミック型ヘッドホンが磁石の力で振動板を駆動するのに対し、静電型は静電気の力で振動板を駆動する。
ミクロン単位の薄い振動膜を、入力される信号(音楽)の変化に応じてプッシュプル動作で振動させる仕組みだ。振動膜を動かすためには電極に相応の電圧をかける必要があり、インピーダンスは145kΩ(「SR-X1」の場合)と高いため、専用のヘッドホンアンプ(STAXではこれを「ドライバーユニット」と呼ぶ)が必要になる。
中央の極薄振動膜を挟み込むように両側に電極を設置。ここに電圧をかけることで電極の間で振動膜がプッシュプル動作する。これが静電型ヘッドホンの基本的な仕組みだ
最近では海外メーカー製の静電型ヘッドホンも発売されているが、それらも元々は熱烈なSTAXファンが独自にカスタムを加えたものを発売し、やがて独自の静電型ヘッドホンを発売することになったメーカーなどだ。STAXは静電型ヘッドホンのパイオニアとして世界でもワン・アンド・オンリーの存在と言える。
STAXの静電型ヘッドホンでは、極薄の振動膜がプラスとマイナスの電極に挟まれていて、電極の間で発生した静電気の力で浮いている。非常に薄くて軽い振動膜は音楽信号の変化に追従してきわめてハイスピードで動作し、平面の振動膜を一様に駆動するので歪みの発生もきわめて少ない。
高級ヘッドホンで採用例が増えている平面(磁界)型ヘッドホン(こちらは磁石の力で駆動するため動作はダイナミック型)のメリットを持つというか、静電型のメリットを使いやすいダイナミック型で目指したのが平面型ヘッドホンと言ってよいだろう。
また、STAXの静電型ヘッドホンはプッシュプルのバランス動作になっているため、配線は当然バランス接続。左右それぞれプラス/マイナス/アース(グラウンド)の3つのラインが必要で、計6本で伝送される。この事情もあって、専用ヘッドホンアンプが必要とされている。
多くのオーディオ機器に搭載されているヘッドホン端子に接続すれば音が出るダイナミック型ヘッドホンに対して、使い勝手は決してよくない。そのため爆発的に普及することはなかったのが現実だ。
だが、今よりはるか昔の時代のヘッドホン愛好家からは、ほかのヘッドホンとは一線を画す、知る人ぞ知るヘッドホンである、と認識されていた。ちなみにSTAXが自社のヘッドホンを「イヤースピーカー」と呼ぶのは、STAXが以前は静電型スピーカーも製造・販売していたことに由来し、当時の一般的なダイナミック型ヘッドホンとは音質や性能などで別次元の実力を備えていたことから、独自の名称を使ったためともされている。
そして現代。愛好家の間ではヘッドホンを理想的に駆動するためにヘッドホンアンプを使うスタイルがかなり普及し、高音質を得るためのバランス接続も同じように普及したと言えるだろう。STAXは、はるか昔から時代を先取りしていたのだ。
前置きが長くなってしまったが、STAXの静電型ヘッドホンのあらましがわかっていただけたと思う。「SRS-X1000」は同ブランドの新しいエントリーシステムだが、新開発の正円ユニットを採用していることが大きな特徴だ。
「SR-X1」に搭載された正円のユニット。表に見えているのがステンレスに細かい穴を開けた電極の片側
以前のSTAXのエントリー〜中級モデルでは楕円形のユニットを使用し、ハウジングの形状は長方形であるのが通例だった。そして、フラッグシップモデルの「SR-X9000」やハイクラスモデル「SR-009S」などでは大型正円ユニットを採用している。そこへ登場したのが新開発の中型正円ユニットを採用した「SR-X1」。エントリーモデルでも正円ユニットを搭載した新世代機というわけだ。
見た目はシンプルで、人によっては昭和初期(戦時中)のドラマや放送局などで使われていたモニターヘッドホンを思い出す人もいるかもしれない。それはそのとおりで、世界初の静電型イヤースピーカーである「SR-1」(1960年)や、「SR-X」(1970年)をオマージュしたデザインなのだ。
静電型ヘッドホン「SR-X1」。すっきりとしたシンプルな形状はレトロな感覚もある
「SRS-X1000」のヘッドホンアンプ(ドライバーユニット)「SRM-270S」は、横幅132mmのコンパクトサイズで、デスクトップでもじゃまにならない大きさ。最新のローノイズFETを選別して採用、出力段にも最新の設計ノウハウを投入し、従来モデルをさらに熟成させたものとなっている。
「SRS-X1000」専用(単品販売されない)のヘッドホンアンプ(ドライバーユニット)「SRM-270S」。端子をより高品位化し、ボディをサイズアップして放熱性を高めたという。素材はアルミ押し出し材。フロントのアルミパネルは3mm厚でなかなか立派だ
「SR-X1」をさらにじっくりと見ていこう。ハウジングを真横にすると奥に見えるのが新開発の中型正円ユニット。発音ユニットをハウジング内にダイレクトに配置、各パーツ間の継ぎ目を極力少なくすることで、正確で芯のある音を獲得したとしている。
開放面(外側の面)のバックスリット構造はあえて厚みを均一とせずに滑らかな曲線形状として音波をスムーズに外へと透過させ、歪みを低減しているという。このように、「SR-X1」はあくまでエントリーモデルながら上位機の設計ノウハウが存分に投入されている。
「SR-X1」を真横から見た状態。ハウジングの奥に見えるのが新開発のユニット
形状はきわめてシンプルで、ハウジングを支えるアームやヘッドバンド部分などのフレームには金属素材が採用されている。十分に強度を備えながら軽量で、長時間の装着でも疲れにくいように配慮したそうだ。
確かに強度はしっかりとしていて、装着するとほどよいホールド感が得られるし、サイズ調整もカチっとした感触できちんと合わせられた。肌に触れるイヤーパッドは肌触りのよいシープスキン(羊革)、内部のクッションにはメモリーフォーム(低反発のクッション)を採用していて、やさしくおさえるような感じで頭部にフィットする。装着感は軽く心地よい感触だ。特に蒸し暑さを感じる最近の陽気でやや汗の浮いた状態で装着しても、ベタつくこともなくしっとりと肌に吸い付く感じなのも好ましい。
左右のハウジングをつなぐフレームは金属製で、従来よりも剛性を高めたという。それにともなって、ヘッドパッドとアーク(右のパーツ)が一体化された
すっきりとした形状は正統派のヘッドホンの外観。ヘッドパッドとアークが一体化したことのメリットだろう。フレームの金属パーツは思ったよりも強度があり、ふにゃふにゃするような頼りなさはまったくない
ハウジング内側。パッドの中央、埃カバーの奥にユニットが見える
感心したのは、接続ケーブルが着脱式となったこと。イヤホンやヘッドホンのリケーブル(ケーブル交換)による音質向上はよく知られているが、こちらにも対応したのはありがたい。STAXのストアページを見ると上位機用のケーブルが販売されており、交換しての使用も可能とのこと。万一の故障(断線)のときも安心だし、こうした交換用パーツが充実しているのは長く愛用するうえでもありがたい。
ケーブルの接続部。着脱式のケーブル接続部は3極
細部までよくできていて、懐かしさとモダンさがうまくまとまっていると感じた。写真ではわかりにくいがアーム部分にはSTAXのロゴがある
付属のケーブル。平行6芯のケーブルはほかのSTAX製ヘッドホンと同じ仕様。互換性もあるとのことなので、断線時も安心だ
ヘッドホンアンプの「SRM-270S」は機能的にもシンプルに徹していて、入力は1系統のみでセレクター機能はなし。ヘッドホン出力も専用端子のみ。背面の入出力端子はパラレル出力となっていて、手持ちのオーディオシステムの途中に組み込んで使うのに便利だ。
アルミ押し出し材を使ったボディは強度も十分で狭いスペースならばタテ置きしても問題はなさそう。ドライバーユニット(および電源)が必須なので室内専用のシステムではあるが、これだけコンパクトだとヘッドホンアンプが必須のシステムと言ってもそれほど使い勝手が悪くなることはないだろう。
「SRM-270S」の前面。電源オン/オフはボリュームノブと兼用。ヘッドホン出力端子は専用タイプのみ
背面はRCAのアナログ入力と出力が1系統ずつ。入力された信号は、ヘッドホン出力とアナログ音声出力どちらにも(パラレルで)出力される。本機の後段にアンプ、スピーカーを接続できるというわけだ。なお、電源は付属のACアダプターを使う方式
側面は2本のラインが設けられていて、細身の印象を強めている
中央の「SRM-270S」と「SR-X1」に加え、比較用としてゼンハイザー「HD800」(左)とSTAX「SRS-404 Signature」(右)も用意した
試聴では、「Mac mini」にインストールした「Audirvana ORIGIN」をプレーヤーとして、USB DACとしてFiiO「K9 AKM」を接続。「K9 AKM」のアナログ音声出力を「SRM-270S」に接続している。また、比較相手としてゼンハイザー「HD800」とSTAX「SR-404 Signature」を用意した。
まずは「SR-X1」を聴いてみよう。思った以上に力強い低音が出て、迫力やエネルギー感の再現がしっかりしている。このあたりは現代的な音になっていて、クラシックの雄大なスケール感はもちろんだし、ポップスやロックのビートのきいた音楽でも不足なく楽しめる。それでいて反応が速くきめ細やかな再現力もある。セットで約12万円となればヘッドホンとしては高級価格帯なので当然と言えば当然だが、基本的な実力はかなり優秀だ。
音色は余計な色付けのないニュートラルなもので、木管楽器や金管楽器などそれぞれの音色の描き分けもていねいだ。しかも芯の通っていてそれぞれの音がくっきりと浮かぶ。耳当たりのよいやわらかな感触なので、高解像度を追求したような高性能ヘッドホンとは印象が異なるが、ボーカルのニュアンスが豊かで情報量は多い。
小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラによる「ベルリオーズ幻想交響曲第4楽章」を聴くと、豊かなホールの響きに包まれるような音場感の広いステージが浮かび上がる。ホールの長い残響をていねいに再現しつつ、打楽器によるマーチのリズムが力強く響く。この広々とした感じは静電型というよりも開放型ヘッドホンの持ち味で、目の前に音が広がるような感覚がある。かなり強烈に鳴り響く大太鼓もアタックの勢いと力強さと量感たっぷりの響きが出る。
最低音域の伸びは少し物足りないとも感じるが、スケール感がややこぢんまりとするくらいでバランスが崩れるようなことはない。木管によるしなやかなメロディー、キレ味よく鳴り渡る金管楽器など、それぞれの音色も明瞭で、色彩感あふれた演奏だ。
「SR-404 Signature」は当時のラインアップとしては中・高級機に相当するが、メーカー希望小売価格は「SR-X1」よりも安い。現代は物価が高騰しているうえ、当時のヘッドホン市場を考えると4万円ほどの製品(しかも専用ヘッドホンアンプは別売)がかなりの高級品だったことは理解いただけるだろう
ここで昔のSTAX製品である「SR-404 Signature」(1999年発売)を聴いてみると、基本的な傾向はほとんど変わらないのだが、個々の音がよりやわらかく、ゆったりとした鳴り方になる。
低音はフワっとした軽い感触なので最初は低音が足りないかとも感じるが、帯域としてはかなり下まで出ていて、大太鼓もより量感たっぷりに鳴る。古い製品とはいえ歴史の長い楕円形ユニットを使用したロングセラー機のため実力は高く、楽器の質感など細かな再現力が豊かであると感じる。半面、後半の大きく盛り上がるメロディーはていねいだが力感が不足気味にも感じられて、かなりやさしく繊細な印象だった。
ゼンハイザー「HD800」の試聴時はFiiO「K9 AKM」をそのままヘッドホンアンプとして使用した
ゼンハイザー「HD800」も低音はやさしく軽やかな再現。これは「HD800」発売当時(2009年)に好まれた音の傾向という気もする。基本的にはニュートラルで中高音域に艶のある鳴り方は今聴いても魅力はあるが、軽やかな低音の質感は物足りなさを感じてしまいがち。低音自体はしっかりと出ているのだが、重量感や力強さが足りないのでオーケストラ演奏としての迫力やスケール感が小さく感じてしまうのだ。
「HD800」らしいよさは宇多田ヒカルのベスト盤「SCIENCE FICTION」で感じられた。歌声の質感と言うか表現力に秀でているため、バラード曲の表情はより豊かになるし、声を張ったときの表情や高く伸びた声の艶やかさも印象的だった。
「SR-404 Signature」にしろ、「HD800」にしろ、古さは感じるが単独で聴けば今でもかなり実力の高いヘッドホンだと思っている。それが、今回はやや物足りない印象に感じたのが興味深い。これは「SR-X1」の実力がかなり高いためだと思うし、開放型で音場が広いことなど3機種とも基本的な音の傾向が近いので、現代的な音で“聴き映え”のする音に仕上がっている「SR-X1」の印象が良好になったものと思う。
ただし、これら昔の名機と比べると、「SR-X1」にはハツラツとしたよさがあるいっぽう、質感や表情の細やかさでは少し至らなさも感じる。これはエントリー機なのだから仕方のないところ。「SR-X1」に物足りなさを感じたのなら、STAXの上位機はたくさんあるのだ。
ディテールや質感表現について「SRS-X1000」単独で聴いたときに物足りなさを感じるかと言われればそうではない。12万円ほどのヘッドホンシステム(ヘッドホン+ヘッドホンアンプ)としてはかなりの出来だと感じる。しかも、声量の豊かさや力感など、現代の音源でより重要性を増した低音の再現性がよくなっていることは特筆すべき点だ。時代に合わせて洗練されたものだと感じるし、STAXとしての進歩も感じた。
STAXは自社試聴室を予約制で開放している珍しいメーカー。現行製品を理想的な環境で試せるので、気になる方はぜひオフィシャルホームページの確認を
自分の昔話になってしまうが、仕事を含めてヘッドホンのことをしっかりと勉強しようと思ったとき、音の違いはわかるものの、自分なりの良し悪しと言うか好き嫌いがわからなくなってしまったことがある。
人気のある、話題のヘッドホンを次々と使うのも楽しいし、やがて自分なりの好き嫌いもわかってくるのだが、そこにたどり着くまでにけっこうな回り道(散財)をしてしまいがち。これがオーディオ沼の楽しいけれど怖いところだ。
筆者は割と早い段階でSTAXやゼンハイザーの製品に感銘を受け、今聴いても自分好みのひとつの基準がSTAXやゼンハイザー製品にあると感じている。STAXファンの筆者なので少々ひいき目になってしまっているかもしれないが、STAXの「SRS-X1000(SR-X1)」はヘッドホンのよい音のひとつのリファレンス(基準)になり得るすぐれた製品だと感じた。
ここに異論を感じる人はほかのブランドや製品で異なる基準ができているのだと思う。それぞれの基準を手がかりに、より自分の好みに合うものを選べば、少なくとも迷ってしまうようなことはない。
また、リファレンスとなるヘッドホンに大事な要素のひとつは長く使えることだ。「SR-404 Signature」や「HD800」は壊れることもなく長く使えていてとてもありがたい。特にSTAX製品は万一の故障などでの対応もしっかりしているメーカーだと思う(2024年7月18日時点のオフィシャルホームページによれば、「SR-404 Signature」は代替部品で修理可能のようだ)。
もちろん音に飽きてしまうことなく、いつ聴いてもよい音だと感じる完成度の高さも必要だ。それらが揃って長く愛用できるからこそ、一生モノと思って多少高くても入手する価値がある。「SRS-X1000」はそういう逸品だ。