オーディオ機器中で最も音質に影響力があるのが「スピーカー」だ。さまざまなデザインや音の違いから選ぶこともできるのだが、投入したコストに対して最も音質が変化する機器でもある。日本で購入できるスピーカーブランドとその製品の数々を歴史や本質的な魅力と合わせて伝える本連載。今回はイギリスの名門スピーカーブランドKEF(ケーイーエフ)をご紹介したい。
本記事ではKEFの「R」シリーズを中心に紹介する
KEFの創業者レイモンド・クック。写真は「OTOTEN2024」に展示されたもの
KEFは1961年にBBCの電気技術者だったレイモンド・クックによって設立された。社名は、最初の工場が「ケント・エンジニアリング&ファウンドリー(Kent Engineering & Foundry)」という金属・鋳物工業の構内にあったことに由来する。日本のベテランオーディオファンからは、愛情を込めて「ケフ」と呼ばれることもある。
イギリスの老舗オーディオブランドというと、ある種、伝統的=保守的というイメージを想像してしまうこともある。事実2024年の現在でもそのようなブランドは多く存在するが、KEFは設立以来、斬新かつ先進的な技術を積極的に取り入れてきた。
1961年に発売した初代モデル「K1」は、理論的に位相特性にすぐれエネルギーの損失が少ないというメリットを持つ、「平面振動板」を採用。1970年代にはコンピューターを利用した音響解析を取り入れ、製品の特性をすべて0.5dB以内で一致させたスピーカーを登場させている。
KEFは人気ブランドに成長し、現在では製品のラインアップも多い。アンプと組み合わせて使う伝統的なアプローチのパッシブ型スピーカーに加え、先進的なワイヤレスタイプのアンプ内蔵スピーカーもある。
パッシブ型スピーカーには、KEFのアイコン的な存在の「Muon」や美しいキャビネットデザインの「Blade」シリーズ、スタンダードなラインとして「The Reference」「R」「Q」シリーズがあり、そのほかにも「LS50 Meta」や薄型の「T」シリーズ、さらに壁や天井埋め込み用のカスタムインストールスピーカーもある。以下、スタンダードラインを中心に紹介しよう。
KEFの基本シリーズエントリーモデルにあたるのが「Q」シリーズ。エントリーとは言っても、メーカーの主要技術である同軸ユニット「Uni-Q」(ユニキュー)はすべての製品に搭載されている。本体色はサテンブラック、サテンホワイト、ウォールナットの3種
「Q」シリーズの主要スペック。2024年8月時点での希望小売価格は以下のとおり。「Q150」:72,600円(ペア/税込)、「Q350」:85,800円(ペア/税込)、「Q550」:151,800円(ペア/税込)、「Q750」:203,500円(ペア/税込)、「Q950」:258,500円(ペア/税込)
センタースピーカーのほか、Dolby Atmos再生のためのイネーブルドスピーカー「Q50a」もラインアップ。基本的にはフロントスピーカーの上に置いて音を上に放射することで、天井に設置したスピーカーの代わりをするもの。いっぽうで壁に掛けて通常のサラウンド(リア)スピーカーとしても利用できる
「Q」シリーズのAV向け製品主要スペック。2024年8月時点での希望小売価格は以下のとおり。「Q250c」:63,800円(税込)、「Q650c」:85,800円(税込)、「Q50a」:77,000円(ペア/税込)
同軸ユニット「Uni-Q」に最新技術「MAT」(詳細は後述)を投入した最新モデル。ミドルクラスであり、KEFの主要技術が盛り込まれた中核シリーズと言える。基本の本体色はブラックグロス、ホワイトグロス、ウォールナットの3種。また、「R3 Meta」にはインディゴグロス・スペシャルエディション、「R7 Meta」にはチタニウムグロス・スペシャルエディションの特別色が用意される※「R3 Meta」の専用スタンド「S3 Floor Stand」は別売
「R」シリーズの主要スペック。2024年8月時点での希望小売価格は以下のとおり。「R3 Meta」:363,000円(ペア/税込)、「R5 Meta」:547,800円(ペア/税込)、「R7 Meta」:657,800円(ペア/税込)、「R11 Meta」:902,000円(ペア/税込)
「R」シリーズにもセンタースピーカーとイネーブルドスピーカー「R8 Meta」をラインアップ。「R8 Meta」は壁掛けサラウンドスピーカーとして使えることは「Q」シリーズと同様
「R」シリーズのAV向け製品主要スペック。2024年8月時点での希望小売価格は以下のとおり。「R2 Meta」:198,000円(税込)、「R6 Meta」:308,000円(税込)、「R8 Meta」:198,000円(ペア/税込)
オフィシャルホームページによれば、「1973年以来、Referenceはスピーカーとサウンド再生のベンチマーク」であるという。「Reference」を冠するシリーズは長らくKEFの最上位モデルだったのだ。現在では「The Reference」シリーズの上に特別な存在として「Blade」シリーズなどがあるが、メーカーのベンチマークとしてその価値は変わらない。本体色はサテンウォルナット/シルバー、ハイグロスホワイト/ブルー、ハイグロスホワイト/シャンパン、ハイグロスブラック/コッパー、ハイグロスブラック/グレーの計5種
「The Reference」シリーズの主要スペック。2024年8月時点での希望小売価格は以下のとおり。「Reference 1 Meta」:1,089,000円(ペア/税込)、「Reference 3 Meta」:1,958,000円(ペア/税込)、「Reference 5 Meta」:2,618,000円(ペア/税込)
高級シリーズにもしっかりセンタースピーカーまで用意され、いずれも「MAT」が導入されている。サブウーハーには「Reference 8b」(ピアノブラックハイグロスのみ)というモデルがあるが、これは1つ前の世代からの継続品。本シリーズ以外のサブウーハーはシリーズに属するのではなく、独自のラインアップで展開されている
「The Reference」シリーズのAV向け製品主要スペック。2024年8月時点での希望小売価格は以下のとおり。「Reference 2 Meta」:880,000円(税込)、「Reference 4 Meta」:1,122,000円(税込)、「Reference 8b」:825,000円(税込)
「LS50 Meta」は、KEF設立50周年を記念した「LS50 Anniversary」(2012年発売)を祖とする特別なモデル。「LS50 Anniversary」はその後スタンダードモデルとして展開され、「MAT」を導入して「LS50 Meta」となった。元々はBBCモニター「LS 3/5a」の現代版をコンセプトとした製品で、回折効果の悪影響を避けるためのラウンドしたバッフルが特徴的だ。本体色は左からカーボンブラック、チタニウムグレー、ミネラルホワイト、ロイヤルブルー・スペシャルエディションの4種
2024年8月時点での「LS50 Meta」希望小売価格は、187,000円(ペア/税込)
「The Reference」シリーズのさらに上位モデルとして展開されるのが「Blade」シリーズ。点音源思想を突き詰めた結果、この形状に行き着いたという。本体横に4つのウーハーユニットを搭載し、その中央に「Uni-Q」が配置されている。つまり、すべての見かけ上の発音源が1点(「Uni-Q」の中央)になるということだ。基本の本体色は8種で、2024年8月時点での希望小売価格は以下のとおり。「Blade Two Meta」:3,300,000円(ペア/税込)、「Blade One Meta」:4,400,000円(ペア/税込)
KEFでは、アンプ内蔵アクティブスピーカーを「ワイヤレスHi-Fiスピーカー」として展開している。最新モデルはARC対応のHDMI端子を搭載しているため、テレビとの連携もスムーズだ。「LS60 Wireless」は「Blade」シリーズの思想をワイヤレススピーカーに落とし込んだもので、「LS50 Wireless II」は「LS50 Meta」のワイヤレススピーカー版だと言える。「LSX II」はそのコンパクト版で、「LSX II LT」はさらに機能を省略したモデル
ワイヤレスタイプのラインアップは、フロアスタンディング型の「LS60 Wireless」やブックシェルフ型の「LS50 Wireless II」「LSX II」「LSX II LT」が用意される。これらのスピーカーはアンプを内蔵するだけでなく、Spotifyなどの音楽サブスクサービスの再生機能を持ち、さらにテレビと連携できるARC対応HDMI端子を搭載する。つまりこれらのスピーカー単体でオーディオ/AVシステムを完結できることで人気が高まっている。
KEFのスピーカーといえばウーハー/ミッドレンジとツイーターの中心を同軸上に設置したユニット「Uni-Q(ユニキュー)」だ
現時点におけるKEFのコア技術は2つある。
まず1つ目は、独自の同軸のユニット「Uni-Q(ユニキュー)」ドライバーだ。1つのユニットの中に、ツイーターをウーハー/ミッドレンジコーンの音響中心部に配置し、両者が単一の音源として機能する、いわゆる「点音源」を実現。1か所から音がシームレスに放出されるため、ボーカルや楽器のフォーカスと実体感にすぐれており、軸上から軸外のスムーズな位相特性により、自然なサウンドステージも得られる。よい音で聴こえる角度の範囲(サービスエリア)も広い。
「Uni-Q」ドライバーは1988年に初代バージョンが発表され、1992年には第2世代と進化を続け、現在は第12世代となっている(細かい仕様変更も含めば30回以上ものアップデートが行われている)。このドライバーこそKEF伝家の宝刀で、エントリークラス「Q」シリーズなど、価格帯に関係なく多くのスピーカーに搭載されている(サブウーハーを除く)。
最新の「R」シリーズに搭載された「Uni-Q」のイメージ。いちばん右側が後述する「MAT」と呼ばれる構造体だ
ツイーターの裏側に配置される「MAT」。この複雑な音道を通るうちにノイズが減衰し、結果としてノイズを99%除去できるとしている
2つ目は、「MAT」(メタマテリアル・アブソープション・テクノロジー)だ。最新スピーカーの中で、製品名の後ろに「Meta」と表記されるモデルに搭載されている。「Uni-Q」ドライバーの後ろに設置される構造物で、複雑な迷路のような形を持ち、その構造1つひとつが特定周波数帯の音を吸収する。その結果、ツイーターの裏側のノイズを99%削減し、音の濁りを大きく抑えたという。ちなみに、これまでのスピーカーでもユニットの背面のノイズを抑える構造を備えているが、それらの吸収率はおおよそ60〜80%とのことだ。「MAT」の搭載により、KEFの音質は次のステップに入ったと僕は認識している。
今回は試聴のために、有明にあるKEF JAPANの試聴室「KEF Music Laboratory」に向かった(一般には非公開)。20畳ほどの大きな部屋で、2チャンネルのステレオ環境から、埋め込みスピーカーを利用した「9.2.4」chシステムまで体験できるデモンストレーションの場だ。赤色のカーペットは、今まで訪問したほかメーカーにない、少しアグレッシブな色調で、「デザインにこだわるKEFらしい部屋だな」と思った。
今回はKEFの中でミドルレンジに位置する「R」シリーズから、ブックシェルフ型スピーカーの「R3 Meta」とトールボーイ型の「R7 Meta」「R11 Meta」という3つのモデルをレビューしたい。
「R」シリーズ共通の特徴としては、上述した「MAT」を搭載した「Uni-Q」ドライバーに中高域を担当させ、深みのある低域表現を実現したハイブリッド・アルミニウム・バス・ドライバー(ウーハー)と組み合わせていること(イネーブルドスピーカーの「R8 Meta」を除く)。後述するが、キャビネットのデザインも洗練されている。
フロアスタンディング型ではない、という意味でブックシェルフ型ではあるが、かなり大ぶりな「R3 Meta」。しっかりしたスピーカースタンドが必須と考えたほうがよいだろう。写真のスタンドは「R3 Meta」専用品「S3 Floor Stand」。メーカー希望小売価格はペアで99,000円(税込)
まずは、シリーズ中最も小型のブックシェルフ型スピーカー「R3 Meta」を試聴する。キャビネットサイズは200(幅)×336(奥行)×422(高さ)mmで、ツイーターとウーハーによる一般的な2ウェイスピーカーに見えるけれど、上述した同軸「Uni-Q」ドライバー(25mmツイーターと125mmミッドレンジ)と、165mmのウーハーによる3ウェイ構成だ。
最初に感じ入ったのは仕上げのよさ。試聴モデルは艶のあるグロスブラックカラーで、ビルドクオリティも高い。
洋楽ポップスからチャーリー・プースのアルバム「チャーリー」を聴いたが、現代的な描写力を持つハイファイな音作り。ボーカルと楽器の音像がリアルでサウンドステージも立体的。一般的なブックシェルフ型スピーカーと比べてサイズが大きいキャビネットのおかげだろう、低域が気持ちよく、バランスのよい再現性だ。アデルのアルバム「30」から「Easy on me」では、彼女が聴き手に猛烈に訴えかけてくる。
「R3 Meta」と同じく3ウェイ構成ではあるが、ウーハーを2つ搭載した「R7 Meta」。「Uni-Q」を中心に上下にウーハーを配置する、いわゆる仮想同軸方式をとる。ウーハーの仮想的な音響中心が2つのウーハーの中心、つまり「Uni-Q」の中心になるため、すべての音が一点から発せられるように聞こえるというわけだ
次に聴いたフロアスタンディング型スピーカー「R7 Meta」は、キャビネットサイズは200(幅)×384(奥行)×1,062(高さ)mm(台座を除く)の3ウェイ3スピーカー構成。「R3 Meta」でも搭載された同軸「Uni-Q」ドライバーを中心に、165mmのウーハーを上下に配置した、いわゆる仮想同軸方式でもあることがポイント。つまり、KEFが求めた点音源思想をより具体的に達成しようとしたモデルだ。
「R3 Meta」で感じた、左右にも奥行き方向にも立体的なサウンドステージや「MAT」による雑味のない音色、音像の彫りが深いリアルなディテールなどはそのまま、ウーハーが増えたことで、「チャーリー」はよりダイナミックで堂々とした帯域バランスになる。ベースの迫力と立体感やバスドラムのアタックの強さなど、「R7 Meta」は音楽表現で聴き手を巧みに引き込む魅力がある。音楽的なまとめ上げ方のセンスにもすぐれ、クラシックのハイレゾファイル、グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックのアルバム「ドヴォルザーク:交響曲第7・8・9番」から「Dvorak : Symphony No. 9 in E Minor, Op. 95, B. 178」はオーケストラを構成するヴァイオリンやチェロなどの弦楽器は芯のしっかりとしたボディ感や粘りのある音色を表現し、音楽に含まれる情報を豊かに提示する。
シリーズ最大サイズの「R11 Meta」。やはりウーハーは仮想同軸方式で配置される
最後に聴いた「R11 Meta」は、シリーズで最大のサイズを持つ3ウェイ5スピーカー構成のフロアスタンディング型スピーカー。キャビネットサイズは200(幅)×384(奥行)×1,249(高さ)mm(台座抜き)。「R7 Meta」同様に「Uni-Q」ドライバーを165mmのウーハーで挟む仮想同軸方式だが、4つものウーハーを搭載し、「Uni-Q」ドライバーが担当する中高音域を低域で挟む、まるで1つの巨大なスピーカーユニットのように音を出すシステムと言える。ウーハーの数が増えることで必然的に低音域の迫力が増すが、同時にウーハーの動作負荷を分散させることで、低音楽器の音の立ち上がりやリアリティを上げる効果も期待できる。
実際に、大型のキャビネットと5つのスピーカーユニットから表現される壮大な描写力が魅力だ。「チャーリー」は再生周波数帯域、ダイナミックレンジが拡大したようで、スケール感が増して、弱音と強音の描き方に余裕が出てくる。このあたりは大型スピーカーならではの魅力とも言える。
KEFらしい立体的かつシャープなディテール再現にともなう空間表現の優秀さはそのままに、眼前に展開するステージは、スピーカーサイズに呼応するようにワイドになる。キックドラムの迫力はさらに増しているし、ベースなど、異なる2つの低音楽器が同時に鳴っているときの描き分けに長けるところに、4つのウーハーの底力を感じずにはいられない。
また、ニュートラルでありながら適度な色彩感が音楽に付与されるという点は「R」シリーズのよさとして共通しており、ドヴォルザークはトランペットなどの楽器の音が本当に魅力的に響く。「R」シリーズは、現代的な描写力を持つハイファイな音作りだが、音楽を楽しく聴けるスピーカーであることは特筆したい。
余談となるが、スピーカーユニットを物理的に保護するマイクロファイバーグリルは見た目の質感もよいことにも注目したい。精密にカットされた1,801個もの穴が空いており、装着時の音響性能を確保しているという。
グリルを装着した「R11 Meta」「R7 Meta」「R3 Meta」。マグネット式で脱着はとてもスムーズ。あくまで保護の役割ではあるものの、装着した際の美しさもしっかりと考慮されている
まとめとなるが、KEFのスピーカーの魅力としてあげられるのは、外観デザインのよさ、豊富なカラーバリエーション、先進的な技術力、点音源による音のディテール表現の緻密さ。今回はアンプと組み合わせて使うパッシブタイプのスピーカーを試聴したが、一体型システムとして導入が容易なKEFのアクティブスピーカーにも注目したい。
どちらを購入しても、まずはデザインのよさにうれしくなるはずだ。
ビスの見えないキャビネットはカラーも複数選択できるし、スピーカーユニットとキャビネットの配色もセンスよく考慮されている。以前は音のよいスピーカーといえば、単体で見るとよいかもしれないが、正直な話、インテリアに気を使ったリビングルームなどとは融合しないものも多く、家族からは煙たがられてしまうこともあった。
KEFのスピーカーはリビングルームに置いても野暮ったくならないばかりか、その部屋の風景を上質にしてくれるくらいセンスがよい。また、KEFは技術の出し惜しみをせず、幅広い価格レンジの製品で「Uni-Q」ドライバーを搭載していることも大きな魅力だ。
エントリーモデルとなる「Q」シリーズはコストパフォーマンスにすぐれているので、価格を抑えたい場合はこちらを検討するとよいだろう。「R3 Meta」よりも小さいブックシェルフ型「Q150」など、扱いやすいスピーカーがラインアップされている。