家電量販店のAVコーナーやデジタルカメラの売り場、そしてそれらの製品カタログには「HDR」の文字が躍っている。でも実は、テレビの「HDR」はデジカメ撮影時の“HDR”とは似て非なるもの。テレビのHDRは、カラーテレビ史上最も高画質に貢献するともいえる技術。今後、テレビを購入する際に後悔しないためにも、しっかり理解しておきたい最重要キーワードなのだ。そこで今回は、テレビのHDRの基本やメリット、製品購入時の注意点および、HDRを最高に楽しむためのもう1つのキーワード「UHD BD」について解説する。
「HDR」とは、High Dynamic Range(ハイダイナミックレンジ)の略。まず押さえておくべきは、デジカメの撮影時のHDRとの違い。デジカメ撮影のHDRは、自然界の明暗差を“圧縮”して記録するもの。例えば、逆光で人物の顔が暗く潰れ気味に写ったり、晴天時に風景写真を撮ると雲が白飛びして立体感を失う経験は誰でもあるだろう。そこで考案されたのが、デジカメのHDR撮影機能。露出の異なる写真を2枚以上撮影し、きちんと撮影できている部分を使って1枚の写真に合成する。こうすることで、従来のモニターやスマホ画面で見ても、黒潰れや白飛びが無く、肉眼で見た印象に近い写真を残すことができる。
これに対しテレビのHDRは、従来のテレビシステムよりも、より広い明暗差を表現しようとする新規格。自然界の明暗差をなるべくそのまま表示するために、テレビの最大輝度と明暗差をアップするのが出発点で、デジカメのHDRとは異なるのだ。
そもそも普段我々が肉眼で見る光景は、明暗差に富んでいる。例えば照明や炎など、自ら光を放つ物体と、それらに照らし出される物体では、輝度差が非常に大きく、誰もが見わけることができる。
ところが、テレビは登場して以降、ブラウン管時代を通して今もなお、自然界の明るさをそのまま表示するには至っておらず、例えば、非常に明るいはずの太陽も、太陽に照らし出される白い壁も、テレビ画面上では同じ明るさで映し出されることになる。視覚が輝度差に鈍感な明るい部分を中心に圧縮しているので不自然には見えないものの、“リアリティー”を損なってしまっているのだ。
しかし近年、技術とコストの両面から液晶テレビのバックライトに高輝度LEDが利用できるように。この背景もあり、撮影から表示まで、テレビシステム全体として明暗差を拡大し、“リアリティー”、つまり、すべてを含め画質向上を狙うことがテレビのHDR規格なのである。
ちなみに、HDRの登場により、従来のテレビシステムはSDR(Standard Dynamic Range)と呼ばれることが多くなった。あわせて覚えておくとよいだろう。では、従来のSDRに対しHDRにはどのようなメリットがあるのが、イメージで解説しよう。
HDRは、太陽のキラリとした眩しさ、日差しの力強さを表現でき、リアルに感じられる。また、SDRに比べて明部の輝度圧縮が弱まる事で、木の葉の緑色が飽和して薄くなる問題も大幅に解消する。他にも、金属やガラスの質感は、光の反射による鋭い輝きがリアリティーに直結するので、HDRが有利だ。
(写真はHDR効果のイメージを分かり易く表現できよう加工したものです。)
HDRはライトアップされた橋や照明光が力強く輝く。背景とのコントラストが高くなると、肉眼で夜景を見るのに近い感動を得る事ができる。花火や星空も同様である。
(写真はHDR効果のイメージを分かり易く表現できよう加工したものです。)
HDR映像を楽しむには、まず、テレビがHDR信号入力に対応している必要がある。最新の4Kテレビでは多くの製品が対応しているが、旧モデルや低価格モデルは未対応の製品もあるので、購入の際には必ずチェックしよう。
また、HDRのダイナミックな映像をより美しく楽しむには、画面輝度とコントラスト性能が高い方が有利。液晶テレビは黒の表現が苦手だが、ハイエンドモデルでは、バックライトを分割して必要な部分だけ点灯する「部分輝度制御」を採り入れており、こうしたモデルを選ぶと、さらにHDRの特徴を引き出して感動的な映像が得られる。
部分輝度制御の例を紹介しよう。写真は、パナソニック「ビエラ」の発表会にて、DX950シリーズのバックライトデモ。左側が実際のテレビ画面に花火を映し出している様子。右がバックライトの動きを示した技術展示。花火の部分だけバックライトが点灯して輝きを際立たせ、背景の黒に相当する部分はバックライトを暗く調整して引き締め、コントラストの高い映像を実現している。
もっと簡単にHDRの映像美を楽しめるテレビを探したいなら、「ULTRA HD PREMIUM」ロゴを目安にするとよいだろう。「ULTRA HD PREMIUM」ロゴは、HDR映像を高いクオリティーで表示できる機能と性能を持つ製品のみが表示でき、「お墨付き」と言えるものだ。
「ULTRA HD PREMIUM」のロゴ
HDR映像のダイナミックな映像美を楽しむには、HDR対応のコンテンツが必要だ。最もおすすめしたいのが、次世代ブルーレイとも呼ばれてきた新規格「UHD BD」(Ultra HD Blu-ray/ウルトラ エッチディー ブルーレイ)である。UHD BDは4K解像度への対応に注目が集まりがちだが、HDRへの対応が大きなトピック。すでにプレーヤーとソフトが発売開始されている。
世界で初めてUHD BDの再生に対応した、HDDレコーダー
UHD BD対応の再生専用機。ブルーレイ、DVDやCDも再生可能
日本でも6月から、人気映画作品がUHD BDで登場。ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメントは、最新人気作品「マッドマックス 怒りのデス・ロード」ほか、6タイトルを6月に発売開始した。20世紀フォックスも、人気「インデペンデンス・デイ」ほか4タイトルを6月に発売開始しており、今後もUHD BD版でのリリース拡大が期待される。
HDRの高画質は、ネット配信や放送にも広がっている。配信大手のNetflixやAmazonビデオではHDRコンテンツを用意していて、対応テレビならネットに接続するだけで視聴できる(各サービスの利用には契約が必要)。光回線など、相応の通信速度が要求されるが、既に導入しているユーザーなら敷居は低いと言えるだろう。また、光回線を利用した放送の「ひかりTV」も、VODサービスでHDRコンテンツを増やしているので注目だ。
ほか、HDR機能搭載テレビは、地上デジタル放送やブルーレイなど、従来のSDR映像もHDR化する復元機能を備えていて、HDRコンテンツと同等とまでは行かないが、HDR風の映像が楽しめる。今すぐHDRコンテンツを視聴する予定が無い視聴者にとっても、HDR対応テレビは、ある程度の楽しみをもたらしてくれる。
HDRにはいくつかの方式があり、現在の多くのテレビ製品やブルーレイ作品で採用されているのが「ST.2084」規格(通称HDR10)。今後はUHD BDや配信で「Dolby Vison」という方式に沿ったHDRコンテンツも増える可能性がある。また、日本の放送では、BBCとNHKが協同で開発した「HLG」方式を採用する方向で検討が進んでいて、特に急がないのであれば、これらがクリアになるまでテレビの購入を待つのも一案だろう。
とは言え、HDRはテレビ史上最大の高画質化タイミングと考える専門家は多く、今テレビの買い替えを考えているなら、何よりもHDR映像の再現能力に注目を!
オーディオ・ビジュアル評論家として活躍する傍ら、スマート家電グランプリ(KGP)審査員、家電製品総合アドバイザーの肩書きを持ち、家電の賢い選び方&使いこなし術を発信中。