2022年6月25日、ステランティスジャパンはフィアット初の電気自動車である「500e(チンクエチェント イー)」の販売を開始した。
フィアット初の電気自動車「500e」が、2022年6月25日に発売された(中央の人物は、ステランティスジャパン 代表取締役社長兼CEOのポンタス・ヘグストロム氏)。ボディサイズは「500」とほぼ同じサイズで扱いやすく、特徴的な歴代500のデザインも踏襲されている。だが、乗り味は従来の500とはまったく異なるものであったので、試乗した印象をレビューしたい
今回、そんな500eに試乗したのでレビューしたい。ちなみに、500eのグレードラインアップと価格は以下になるが、全車リースのみの販売となっている(リース販売の理由については後述)。
■フィアット「500e」のグレードラインアップと価格
※価格はすべて税込
500e Pop:4,500,000円
500e Icon:4,850,000円
500e Open:4,950,000円
500eのエクステリアデザインは、「500(チンクエチェント)」そのものだ。細部を見れば変わっていることに気づくが、全体のフォルムはどこから見ても500である。
フィアット「500e」(Openグレード)のフロントエクステリアとリアエクステリア
ボディバリエーションは、3ドアハッチバック(Pop、Iconグレード)と電動開閉式ソフトトップを備えたカブリオレ(Openグレード)の2種類が設定されている。ちなみに、カブリオレは現在のところ、電気自動車では唯一の存在となっている。
ボディサイズは、全長3,630mm×全幅1,685mm×全高1,530mmと、若干大型化されている(500は全長3,570mm×全幅1,625mm×全高1,515mm)。また、ホイールベースは2,320mm(500は2,300mm)だ。
フィアット「500e」のインテリア
フィアット「500e」のフロントシート
500eのドアハンドルの底面には、「MADE IN TORINO」の文字や「Nuova 500」のイラストが刻まれるなど、随所に遊び心ある工夫が施されている
インテリアは、FIATのロゴをあしらったモノグラムのシート表皮や、トリノの街並みが描かれたスマートフォントレイ、ドアハンドル底面にあしらわれた「Made in Torino」の文字や「Nuova 500」のイラストレーションなど、遊び心のあるデザインが散りばめられている。
また、インパネ中央には10.25インチの「Uconnectディスプレイ」が配され、Apple CarPlayにワイヤレス接続が可能となっているなど(Android Autoの有線接続にも対応)、500よりも利便性が向上している。
「500e」の充電口は、車両右側後方(タイヤハウス上部)に設置されている
さて、注目のパワートレインは、最高出力87kW(118ps)、最大トルク220Nmの電気モーターを搭載。バッテリーは、42kWhのリチウムイオンバッテリーパックが床下に配置され、低重心化とすぐれた重量バランスを実現すると共に、コンパクトなサイズながら最大335kmの航続可能距離(WLTCモード)を達成している。充電は、単相交流200V用の普通充電のほか、付属のCHAdeMOアダプターを介した急速充電にも対応している。
500eは、3種類の運転モードの選択が可能な「EVモードセレクター」を備えている。「NORMAL」モードは、エンジン搭載車のような自然な運転感覚で走行できるモードで、「RANGE」モードでは回生ブレーキの効きが強まり、アクセルペダルを離しただけでブレーキを掛けたような強い減速が得られる。そして「SHERPA」モードは、アクセルレスポンスの制御やシートヒーターのオフなどによってエネルギー消費を抑えて航続距離を最大化する、いわゆるエコモードになる。
また、面白いのが500eは車両接近通知装置(AVAS)のサウンドにもこだわっていることだ。イタリア人作曲家ニーノ・ロータによるオリジナルのサウンドが採用されており、車両の接近を心地よいメロディによって周知しているのだ。ゆっくりと走行していると、車内にいてもかすかに聴き取ることができる。よく、観光地などで路面に加工したメロディラインなどがあるが、そんなイメージで聴こえてくるのだ。
そのほか、500eは安全運転支援システムなども充実している。先行車だけでなく、歩行者や自転車も検知可能な「衝突被害軽減ブレーキ」を初め、車線から外れそうになるとハンドルの振動や警告音で注意をうながす「レーンデパーチャーワーニング」、「リアパーキングカメラ(ステアリング連動ガイドライン付)」、「オートマチックハイビーム」などが全車に標準装備されている。
なお、車両本体価格だけを見ると、少々割高な印象があるかもしれない。しかし、実際の支払総額になると、クリーンエネルギー自動車等導入促進対策費補助金(CEV補助金)の対象となるなど、さまざまな免税や減税がある。地域によっても異なるので、それらを踏まえた金額判断が必要となるだろう。
今回、短い時間ではあったものの、上級グレードの500e Iconと500e Openに試乗したので、その印象をお伝えしたい。
「500e」のアイコニックなフロントフェイス
まず、500eをぐるりと眺めてみると、本当にうまく500のモチーフを取り入れながらデザインされていることがわかる。シルエットをうまくとらえているとともに、クルマを一周するキャラクターラインもその印象を強めている。少し変更されたヘッドライトは、半目上で愛嬌がある。そして、リアから見たテールランプの形状なども、500のデザインがうまく踏襲されている。
室内に乗り込んでみると、500とは少し違う印象を覚えた。それは、デザイン的なことはもちろんなのだが、それ以上に品質感が非常に高く、プレミアムコンパクトのような仕上がりとなっていることだ。ボディカラーを一部に使うことは500と同じながら、インパネ上部周りには粗い生地が奢られているなども、その印象を強めている。
フィアット「500e」(Icon)の走行イメージ
電源をオンにして走り始めてみると、意外にも乗り心地が穏やかなことに驚く。通常、電気自動車は車重が重く、かつ床に重いバッテリーが敷き詰められていることから、低重心になる。それは、ハンドリングには効果的だが、仕上げ方によっては足回りを固める方向になってしまい、落ち着きのない乗り心地になってしまったり、妙に突っ張った足になりがちだ。だが、500eに限って言うと、決してそんなことはなかった。ホイールベースの短さから、ひょこひょこと細かい凹凸は拾いやすいが、決して角があるわけではない。これは、ボディ全体の剛性が高いことが窺われる。また、確かに500にあるような軽快さは若干薄れたものの、それ以上に重厚な乗り味になっていた。
フィアット「500e」(Icon)の走行イメージ
では、鈍重な感じかと言えば決してそんなことはない。よく切れるステアリングも相まって、面白いようにくるくると市街地を駆け巡ることは得意中の得意で、それは500と共通だ。そして、それ以上に大きなトルクを用いて、周囲を置き去りにするくらいは朝飯前だ。そのようなことを考えながら走らせていると、不思議なことに気付いた。交差点の右左折時に500と同じイメージでブレーキを踏んで減速し、曲がりながら加速しようとすると、500よりも早くトルクが立ち上がって、思った以上の加速が始まるのだ。
フィアット「500e」(Icon)の走行イメージ
これは、EVならではの大きなトルクと、アクセルレスポンスがよいことにある。つまり、ガソリンエンジンの場合はアクセルを踏むと、その信号がエンジンコントロールユニットを伝わってエンジンに届き、そこで多くの燃料を噴いてエンジンの回転を上げてトルクやパワーを出し、その力を駆動系を通してタイヤに伝えるというさまざまな行程が必要になる。それが、EVの場合はそこまでのデバイスが必要ないので、時間差が減るのである。それに慣れて居らず、かつ500の動作イメージを体が覚えていたこともあったので、「おや?」と思ってしまったのだ。だが、これはまさに慣れの範疇。すぐに慣れて、思い通りの走りを楽しめるようになったことも、付け加えておきたい。
もうひとつ、気になることと言えば、ステアリングフィールだ。500よりも“電動感”が強く、人工的な味付けが感じられるので、実際に路面がどういう状況になっているのかが、今ひと掴みにくかった。このあたりは、もう少し熟成を待ちたいところだ。
500e Openに乗り換えても、全体の印象は共通であったが、大きく差を感じたのはルーフを開け放った時である。
フィアット「500e」(Open)の走行イメージ
まずは、解放感だ。フルオープンまではいかないのだが、頭上が大きく開いた時はサンルーフなどでは味わえない、のびのびとした気分にさせられる。さらに、弧の開閉は電動で行われるので、その操作性も抜群だ。
フィアット「500e」(Open)の走行イメージ
いっぽうで、最も開け放った状態では後続車を確認できなくなって、少々困ってしまうのは「500C」と一緒である。また、開けた状態ではボディ剛性が明らかに低下しており、ボディ全体がワナワナと揺れていた。もちろん、安全性は確保されているので心配は不要だが、少々気になるところではある。
冒頭に、500eはリース販売のみと記した。これは、ステランティスジャパンの判断によるもので、その理由は現在の電気自動車の残価にあり、内燃機関車両と比較して大幅に低いためだ。そこで、その残価を守り、ユーザーに“損”をさせないことを大きな目的としており、その考えはトヨタ「bZ4X」と同じになる。現在は、サービスを開始したばかりなので、3年後、あるいは5年後(3年より早く手放す場合は、免税や減税部分の返却が求められる場合があるので要注意)に買取や延長ができるのかなどは現在検討中とのことだったが、個人的にはこの制度は賛成だ。これを“ぶれなく”推し進めれば確実に残価を守ることはできるので、安心して電気自動車を所有することができるだろう。
フィアット「500e」(Open)の走行イメージ
さて、500eの説明や市場を経て、このクルマはフィアットが2022年に500を出すとすればどうするかという、知恵を絞った結果だと感じた。デザインは時代を超越しつつも、現代に合わせて刷新させ、インテリアはその価格にマッチしたものとなった。走りも500のフィーリングを残しつつ、乗り心地をよくしているので、まさにシティコミューターとしての500の魅力を存分に味わえるEVに仕上がったと言ってよさそうだ。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かし試乗記のほか、デザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。