試乗の後、S660の開発をリードした開発責任者(LPL)の椋本陵氏から話を聞くことができた。以下に、インタビュー形式でレポートする。
26歳という若さでS660の開発責任者に抜擢された本田技術研究所の椋本陵氏
鈴木:今、おいくつになるのですか?
椋本:26歳です。
鈴木:そりゃあ若い! 何年の入社ですか?
椋本:2007年です。高卒なんで、19歳で入社しました。
鈴木:高卒のLPLは珍しいのですか?
椋本:うちは、それは関係ありません。
ホンダ広報スタッフ:でも、26歳というのは珍しい(笑)。ホンダとして初めてです。
鈴木:S660は、社内コンテストで企画が通ったと聞きました。その発案者が椋本さんだったのですね?
ホンダ広報スタッフ:ほかにも軽自動車の企画は4件くらいありました。そこで一番おもしろい企画ということで椋本LPLが勝ち残ったということですね。
椋本:ほかの提案と違ったのは、「ホンダって、格好よくて、元気のいいブランドじゃないとダメなんじゃないの」というメッセージをけっこう入れたんですよ。そこに一番、共感を得られたんじゃないかなと思います。
僕は小さいころからホンダが好きで。ホンダは、よそと違うなと子ども心にも思っていて。街中でも若いお兄さんがホンダに乗っているという印象があって。「シビック・タイプR」が走っていたし。「アコード」の左ハンドルをローライダーにして走っていたり。あれが格好よくて。僕も今、左ハンドルのホンダに乗っていますし。そういうほかと違う、格好よさがあると思っていたんですよ。でも同世代の友達と話をすると、どうもホンダって格好よくないゾと。
ホンダが親しみやすいブランドじゃなくなっていたんですね。だから僕らがホンダのおもしろさを突き詰めることで、また、ホンダって格好いいねとか可愛いねと思ってくれる人が、一人でも増えてくれればいいなという思いで、このクルマを作っていました。
ただ単純に、「スポーツカーが好きだから作ります!」だけではなくて、「もっとホンダを元気に」とか、「もっとスポーツカーを広めたい」とか、そういう気持ちをひとりひとりが込めて作ったというところが、このクルマの大きな特徴だと思います。
小さいころからホンダ好きだったという椋本氏は、ホンダのおもしろさを一人でも多くの人に知ってもらいたい、という思いで開発を行っていたという
鈴木:なるほど。ところでほかのスタッフも若いと聞きましたが……。
椋本:そうです。開発責任者が私というのも異例でしたけれど、「だったら、プロジェクトリーダーも若いやつがいいだろう」ということになりました。それで社内でやりたい人間は手を上げろと公募にしたんですね。そうしたら150人くらいの応募があって、実際になれたのは12〜13人だけでした。イキのいい、勢いのある若手が集まっています。だいたい30代が多いですね。
鈴木:当然、いろいろと大変なことがあったと思うのですが。何か印象的だった、大変だったことは何ですか?
椋本:まずはパッケージングですね。軽自動車という枠の中で、あのスタイリングを実現しなければいけない。人を座らせて機能部品を置いて、その上で、衝突安全性や法規などを満たさなきゃいけない。それがすごく難しくて。当然、デザインも、エクステリアとインテリアでケンカしているし、いろんな部品が入らなくてケンカしていました。
それでもできたのは、開発メンバーひとりひとりの熱い思いですかねえ。デザインを崩すのは簡単なんですよ。「できません」と言うのは簡単。でも、みんな、「あの格好いいデザインをなんとか具現化したい」「コンセプトカーをそのまま街で走らせてやろう!」くらいの勢いで作っていましたので。「形を崩すのはプライドが許さん!」と。なので、できませんではなく、どうやったらできるかというのを、みんなが常に考えながら作ってきました。
鈴木:クルマの説明では、「一線入魂」などの熱いキーワードがチラチラとありましたが? あれは実際の開発でも使っていたのですか?
椋本:言ってましたよ。美しいモノには力が宿る。ボディ屋は、「実際に美術館に行って、美しいモノを見てきました」と(笑)。そして、重量を軽くするのに、みんなで悩んでいたら、そのボディ屋が「気持ちでウェイトダウンだ!」と言うんですよ。みんなポカンとしているんですけど、「気持ちだ」と(笑)。
鈴木:いやいや、それじゃあ落ちないでしょ(笑)。
椋本:それでやったのが、線を綺麗に流すとか、大断面にするとか。そうすると、形が力を受けやすいので、板厚を下げられて、本当に重量が下がったんです。そうしたら、「はあ?」 と言っていたエンジニアの目が変わって。どんどん、「こうやりゃいいんだ!」って、みんなが重量を下げてきて、結果、目標に達するくらいの勢いで下げられました。新しい素材や技術を使わなくても、軽くできるってことが本当にあったんです。ひとつひとつ熱い思いがこもったボディ、クルマになっているんですね。
鈴木:実際にやってみて、楽しかったですか?
椋本:楽しかったですね。
鈴木:プレッシャーもありますよね? 大きなプロジェクトですから責任もありますよね?
椋本:考えないようにしました。考えても仕方ありませんから。
鈴木:そうですね。「俺にやらせた上が悪い」ですよね(笑)。
椋本:本当にそうですよ! いや、そんなこと言っちゃダメか(笑)。何が楽しかったかというと、手を挙げてくれたメンバーって、モチベーションがものすごく高いんですよね。だから、年代は違うけど、話が通じる。そして、何よりもみんなポジティブなんですよね。だから、何を話してもおもしろい。そして気が合うんです。同じ志なので。そうしたメンバーと、どんどん形にしていくというのが、めちゃくちゃおもしろかったですね。
同じ志を持った開発メンバーとの作業は刺激的で楽しかったという。彼らの熱い思いの積み重ねがS660を形作っていったのだ
鈴木:改めて、もう一度、このクルマの楽しさ、格好よさでこだわった部分は何ですか?
椋本:まず、パッと見のスタイリングですよね。小手先のラインがどうのではなく、プロポーション。こんなに小さくてスーパーカーのようなプロポーションのクルマって、世界中を探してもこれしかありません。説明でよく忘れるんですけれど、これは軽自動車なんですよ。でも、軽自動車に見えないくらい迫力のスタイリングにしたという自負があります。なので、パッと見の「わっ、カッケーなあ!」というところを楽しんでいただきたいです。
そして、もうひとつは乗って楽しいところです。今回の試乗会はサーキットでしたが、基本は毎日の通勤とか、土日に出かけるワインディングとか、日本の一般路を中心にセッティングしました。限界領域は、一部の人しか味わえません。このクルマはスポーツカーの間口を広げるという位置付けだと思っていますので、多くの人がいつものシーンで楽しめるクルマに仕上げました。ただし、サーキットを走っても楽しめるよという、懐の深さは意識しました。
鈴木:意外と乗り心地がよかったですよね。
椋本:そうなんですよ。それで誰が乗っても、ぱっと切ったら思い通りに曲がってくれる。「クルマの運転って楽しいんだ!」と、きっと思ってくれると思うんですね。遊園地でゴーカートに乗ったときみたいな。そんな感覚で、このクルマは楽しめると思います。ぜひ、クルマに乗って「おもしれえな!」と思ってほしいですね。このクルマを買わない理由はいくらでも出せるんですよ。荷物載らないとか、人がたくさん乗れないとか。でも、その買わない理由を超えて、「何かいいから買おう」と。そうすると、毎日が楽しめるんじゃないかなと思います。ぜひ、勇気を出して、このクルマに乗っていただければなと思います。