続いて、開発をリードしてきた主査に話を聞くことができた。以下にインタビュー形式で、その様子を紹介しよう。
トヨタ自動車 製品企画本部 ZH 主査 吉岡憲一氏1992年入社。カローラやカムリなどのグローバルモデルの現地調達部品の開発などを担当。2006年より製品企画に異動。2010年よりアルファード/ヴェルファイアの担当となる
鈴木:今回はミニバンというより、広い高級車というアピールが強いようですけれど?
吉岡:このモデルは、2代目からヴェルファイアが追加されて、シェアを8割近く占めるヒット商品になっていました。それでは、3代目をどうするかと考えたときに、3代目はいろいろなジンクスがありまして(笑)。3代目で滅ぶ武将もいましたし、逆に徳川だと3代目の家光さんが、参勤交代などを定めて、基盤を固め、江戸幕府は長く続きました。そういう成功するか失敗するかの境目っていうのが3代目だろうという考えもあって、従来の延長線上では立ちゆかないだろうなと思ったんです。そこで、3代目は発想を変えていこうと。ミニバンの持っている広さとか快適性とか使いやすさ、これを高級サルーンが兼ね備えれば、きっと新しい何かが生まれるんではないかと考えたんですよ。そこから生まれてきたのが、大空間高級サルーンという新しいカテゴリーの考えです。
鈴木:今までの路線とはまったく違うようにしようということですね。
吉岡:そうです。それともうひとつ、高級という言葉です。初代、2代目にも高級という言葉は使われていましたが、その高級の定義がいまひとつハッキリしなかったんですね。マイバッハとかSクラスとか、ファントムとか、ああいうクルマの高級と、アルファード/ヴェルファイアの高級は、何が違うのだろう? と、いろいろ考えたんです。結局、出てきた答えが、価値のある高級ということでした。いくら値段が高くても、価値がなければ高級とは言えない。そういう風に日本人の価値観も少しずつ変わってきているのではないかと思うんです。たとえば、ひと口に高級住宅と言っても、広さに対して高級を感じる人もいますし、狭くても美しい夜景が見える眺めに対して高級を感じる人もいます。その人の価値観に合わなければ、高級は無用の長物になってしまう。そういう考えを設計の随所に盛り込んでいます。
鈴木:ブランドをありがたがるという高級ではなく、実際によいと思うこと、つまり、実利があるということですね。価値観にマッチしたものを用意するということですが、具体的にはどういう価値観ですか?
吉岡:その人たちに、使っていただいたときに、「これって自分にとって、本当に贅沢だよね」という感じ方。そういうものを感じることが新しい高級の概念です。
今回、グランデラックスという開発のキーワードを作りました。グランデには、スペイン語で高いとか大きなという意味があります。リュックスはフランス語で、質的な贅沢。つまり、大きな質的な贅沢という意味です。ひとつひとつの部品の設計をするときに、「これはグランデラックスですか?」という問いかけをしました。それをモノサシに使っていったんです。
2002年発売の初代モデルから、高い人気を誇ってきたアルファード。2015年の3代目モデルでは、新たな境地を切り開いた
2代目アルファード登場と同時に生まれたのが初代ヴェルファイア。アルファードをしのぐ人気車となったヴェルファイアにも大きな期待がかかる
鈴木:話は戻りますが、アルファード/ヴェルファイアはヒットしたという以外に、トヨタの中では、どういう立場のクルマになるんでしょうか?
吉岡:4年ほど前の数字ですが、トヨタ本体には8万人の従業員がいます。そのうちの5500人がアルファード/ヴェルファイアのユーザーだったんです。
鈴木:そんなに多かったんですか!
吉岡:そうです。非常にたくさんのユーザーがいます。そのため、このクルマのことをよく知っている人が多いので、いろいろなコメントがくるんですね。「その考え方は違うんじゃないか」「俺はこう思う」「私はこう思う」と。いっぽうで助かった話もありました。「自分で買うクルマだから、ちょっと無理してがんばって、今日夜なべして仕事をしてやろう」と。厳しい言葉もありますし、逆に、支えられた言葉もありました。
鈴木:開発を振り返って印象的だったことは何ですか?
吉岡:最初に、このクルマの骨格を決めるときに、ふたつの分かれ道がありました。ひとつは、高い目線を維持して、ベルトラインも変えずに、フロアの高さも、それほど低くせずに、という従来のパッケージングでいくか? そして、もうひとつは、他社のコンパクトミニバンがやっているような、非常に低床なパッケージングをするのか? という大きな分かれ道です。そこで、我々が選んだのは、前者の高い目線で、となりに高級サルーンが来ても見下ろせるようにしようというものでした。そして、そこに新たな付加価値を追加しようと。ボディ剛性を高めて、しっかりとした足をつける。乗り味もいいし、快適性もいい。全部かなえてあげるようなものを作り上げていこうと考えました。
鈴木:操安性がよくなったというのは、どういう理屈ですか?
吉岡:ダブルウィッシュボーンは、結果的にそうなっただけで、別にトーションビームでも性能が担保できれば構いませんでした。ただ、トーションビームは前2か所しかサスペンションを支えるところがありませんから、乗り心地をよくしようとしてそこを柔らかくしていくと、どうしても真っすぐに走らなくなっちゃうんですね。60km/h、70km/hくらいはいいけれど、100km/hを超えるとガタガタだと。そういう世界じゃいかんと! とは言え、乗り心地はよくしたい。その二律背反をなんとかしたい。さらには、プラットフォームは低床と、あれもこれもやりたい。それら全部をかなえるためのサスペンションです。Aアームがふたつあるようなウィッシュボーンではなくて、前後力をひとつのアームでしっかりと受け止めて、左右の動きは、3本のアームで横力を受け止めるサスペンションです。
上質な乗り心地と操縦安定性を両立させるダブルウィッシュボーンリヤサスペンション
鈴木:変形のダブルウィッシュボーンですね。いっそ、マルチリンクでもよかったのでは?
吉岡:マルチリンクは、他社を見てみると、アームが斜めのアームになっています。そうすると、それぞれのブッシュが、前後と左右の性能に作用します。乗り心地をよくするためには、前後のサスペンションの動きをしっかりととりたい。それをやるとマルチリンクだと、横力までスポイルされてしまいます。そこで、前後と左右の力を分けて、ブッシュには大きなスグリを入れて、前後のコンプライアンスは旧型の2倍はとりました。
鈴木:前後には動くけれど、左右にはブレないということですね。
吉岡:そうです。高速道路のつなぎ目などを走ると、非常にバウンドが少ないはずです。それに対して操縦安定性には、しっかりと横力に対しての剛性を上げています。しかも、アームが3本ありますので、いろいろとアライメントが調整できると。横力を受けたときは、タイヤの性能が出るようにして、しっかりと旋回力を出しています。そうすることによって、ループ橋を曲がるようなとき、ハンドルを切っているのといっしょにクルマが回転していくのが感じられるかなと思います。
鈴木:こじって曲がるのではなく、自然に曲がるということですね?
吉岡:そうです。そういうことで、このサスペンションを採用しました。それだけでなくボディのねじり剛性も約30%上げています。サスペンションのショックアブソーバーの装着点の剛性もしっかりとした断面構造をとることで、剛性を上げています。
鈴木:今まで通りのパッケージングだから、いろいろできたのですか?
吉岡:今までは、このパッケージングには入らないと言われていたんですね。ただ、やりたいことを計画して、そのままでも叶えることができたということです。サスペンションメンバーがちょっと曲がっていて、その上をシートがスライドしていくんです。さらに排気管もありますからそれを避けたりしています。ミリ単位の複雑な構造を持つ、ダブルウィッシュボーンです。
鈴木:今回、エグゼクティブラウンジを設定しましたが、これはどういう狙いですか?
吉岡:もともとファミリーの憧れのクルマとして開発してきたんですけれど、2009年ごろから、法人需要がどんどん増えだしてきました。去年からは、クラウンの法人向け販売台数を超えるようになりました。そういう使われ方が普及してきたという背景があって、本格的なラグジュアリー仕様を作ってはどうかなと考えました。今までVIPの方は、超高級セダンタイプに乗って高級ホテルに乗りつける。それが主流でしたが、もっと質的に自分が満足できるものがいいのではと。それがグランデラックスという考え方です。
クルマの中で休めなければ、それは高級サルーンとは言えないのではないかと。そういうお客様に訴求するべく、しっかりと幅が広く、柔らかく、温度調節もできて、フルフラットから、オットマンまであってリラックスできるシートを用意しました。ビジネスユースとしては、簡単な執務ができるテーブルや読書灯がある。そうした、いろいろなニーズを叶えるものがエグゼクティブラウンジです。
VIPやエグゼクティブが乗るにふさわしい本格的なラグジュアリー感を備える
鈴木:見栄とか、そういうものではなく、実際に実感できるものですね。
吉岡:ロールスロイスで会社に行く人もいるでしょう。でも、ロールスロイスよりも、こちらは空間としての快適性がある。そういう価値観が、もっと普及していけば、「いつかはアルファード/ヴェルファイア」という時代が来るのかなと思います。