試乗の後、開発のリーダーを務めた袴田氏に話を聞くことができた。以下にインタビュー形式で紹介しよう。
袴田 仁 氏
本田技術研究所 四輪R&Dセンター 執行役員 四輪R&Dセンター 車体・安全戦略担当
1982年入社。HRVインテリア設計PL。インテグラ・タイプRのインテリア設計PL。2代目フィットの設計代行、LPL代行を経て、ステップワゴンのLPL(開発責任者)に
鈴木:まずはパワートレインの話からお聞かせください。ホンダとして、パワートレインを刷新していく中で、新しいエンジンを今回、搭載してきた。それは分かりますが、日本ではハイブリッドの人気が高いですし、ライバルもハイブリッド。それをグローバル車種でやるのではなく国内専用車のステップワゴン、ステップワゴン スパーダでやる理由はどういうものでしょうか?
袴田:正直なところ、ハイブリッドとか、そういうことはあまり考えていませんでした。このクルマにあう最適なパワートレインということですね。こういうクルマですから、ただただ高出力を求めてはいません。「下回転から乗りやすいクルマを」と考えたときに、この1.5リッター・ターボが候補としてあがってきました。
いっぽうで、いろいろお客様を回って話を聞いていくなかで、30代前半くらいのファミリーが多いということで、今までと同じくらいの価格でいきたいという考えがあったんですね。
また、今回のターボであれば、日産セレナのマイルドハイブリッドには、燃費でも勝てるし、走りでも勝てると。ノア、ヴォクシーもハイブリッドを出すというのは想定していて、そこには「プリウス」のシステムを使うだろうと想定していました。そこで私どもが計算したところ、走りはぜんぜんダメだろうと分かりました。
それとガソリン車よりも30万円高いというハイブリッドとの価格差を埋めるためには、10年間かかるんですよ。燃費はよいけれど、ハイブリッドは30万円高くなります。それを燃料費で埋めるためには、10年間かかるんですね。そんなクルマは、ホンダとして出せないと。そういうことで1.5リッター・ターボとなりました。
鈴木:走りがダメだろうというのは、あのサイズにプリウスのシステムだと力不足だろうということですね。そういう意味では、ホンダがすでに持っている「ヴェゼル」や「フィット」のシステムでも力が足りないと……。
袴田:それは力が足りません。
鈴木:しかも、ターボであれば、コスト的にも、ハイブリッドよりも安くできると。なるほど。今、ちょうど、ノアやヴォクシー、セレナというライバルの名前が出てきましたが、ここまで競合がはっきりしているクルマもなかなかないなと思います。そこで勝つために揃えたアイテムが、まずはパワートレインだったということですね。それではほかはどんなものがありますか?
袴田:ライバルはそれほど気にはしなかったんですね。ただ、このクルマは、家族のためには絶対必要不可欠なクルマなんです。冷蔵庫のような家電的な特性も持っている。そのときに絶対になくしちゃいけないものがいっぱいあるんです。ある程度の燃費のよさだったり、お母さんが運転できる取り回しのよさや、パッケージングです。そういうものは、絶対に正常進化させないといけない。それを最初にしっかりやろうと決めました。
ただ、それだけではホンダらしくない。もっと、何かを提供しようと。そこで、お客さんに立ち返って、お客さんをもっと観察して、もっと使い勝手よくできないか? と見たときにテールゲートがありました。大きいテールゲートは、大きい荷物を積むときは便利ですが、そのほかの日常は不便きわまりないものです。たとえば、月曜から金曜日はお母さんが運転して、お母さんがスーパーに買い物に行っているんですね。そこで後ろを開け閉めする様子を見たときに、非常に重そうだと。これをなんとかしてあげたい。それができるのがホンダだろうと考えました。
クリーンなイメージのステップワゴン
男性的なイメージのステップワゴン スパーダというラインアップは継承されている
鈴木:新しいわくわくゲートが、今回のキラーコンテンツであり、ホンダらしい部分ということですね。ちなみに車両説明には、“ホンダらしいホスピタリティ”という説明がありました。それはどんなものですか?
袴田:たとえばセレナさんを見ると、ホスピタリティに溢れているなと思うんですよ。シートやインパネのデザインも柔らかく、小物入れも工夫されている。ただ、使いやすい&やさしいだけではホンダではないなと。やはり「サプライズさせる工夫がないと、ホンダじゃないでしょ!」と。まずは驚いてもらって、使ってみたら、やはり考えられているな! と思われるものを提供したかったんですね。
鈴木:確かに、後ろから乗れるのは、かなり便利ですよね。あれを成り立たせるのは、難しかったのですか?
袴田:こんなのを作ってほしいとマンガの絵を描いたんですよ。そうしたら設計の人間はみんな、「作れないことはない。ただ、これをやると、後ろに重たいものが載せるから操縦安定性が悪くなりますよ」と。「あと、開口部が大きくなりますから、ボディ剛性が下がります。なお繰縦安定性が悪くなりますよ」と。「さらにドアが重くなるから、ウェイトも絶対的にあがりますよ」。だから「ハードルが高すぎるので、やめましょう!」という話だったんです (笑)。それは私も分かるけど、それをおしてでも、よさを提供したいと。それで問題をひとつずつ潰す作業が始まったんですね。結果として、リヤのフロアを井桁(いげた)構造にしたり、開口部分の四隅を補強するなどして、従来のものよりもはるかに剛性が上りました。
わくわくゲートは、ステップワゴン、ステップワゴン スパーダのアイコンであり、キラーコンテンツとなる要の新機能。ホンダらしいホスピタリティの表れだという
鈴木:あのアイデアは、先行開発であったのですか? それとも袴田さんのアイデアなのですか?
袴田:企画のときはゼロだったんですよ。ただ、私はミニバンを開発したことがないし、ミニバンのユーザーにもなったこともないもんですから、「いったい俺は何すればいいんだ?」と。回りに聞いても、答えは出てこないだろうし、じゃあ、お客さんを徹底的に観察してみようということで、40か所以上を見て回ったんですね。
鈴木:えっ、それは何を見て回ったのですか?
袴田:スーパーとか、アウトレット、公園、河原、キャンプ場、幼稚園。ようはミニバンが来るところはすべて行きました。そこで観察している中で、お母さんが大きいドアを開けるのを苦労するのを見たりとか…。高速のサービスエリアで、おじいちゃんとおばあちゃんが、孫が帰ってくるまで、クルマに乗れないで外で待っているのを見たりとか。まっているのは、ふたつ理由があるんですね。2列目に座る自分が先に乗ると、孫たちが3列目に乗せるために、一度降りなきゃなりません。あとは、ご老人の方はシートアレンジを自分でできないから、シートを戻せる人間が来るまで外で寒い中、待っている。それを見て、乗り込みかたもなんとかしたいなと思ったんですね。
そういう観察のあと、デザイン室の和室というところで、みんなで寝転がりながらアイデアを相談して。ワイガヤですね。
鈴木:みんなでワイワイガヤガヤ相談するというのは、古くからのホンダの伝統ですね(笑)。
袴田:あれを見たときに、機構ありきのギミックと言われるのが、私としては一番の心外です。私の中で、一番、ホンダらしい製品は、スーパーカブなんですよ。あれって、オカモチを持つためにクラッチレバーが邪魔なので、レバーをなくしたと。あれと同じなのが「わくわくゲート」なんです。お客様の観察から生まれた技術と言われるのがうれしいですね。
鈴木:クラッチレスありきではなく、それをなくすために技術を考えたのがスーパーカブであるということですね。そういう意味では、「わくわくゲート」はホンダらしさの象徴ということですね。それでは、ユーザーさんには、実際にワクワクゲートを試してほしいと?
ボディを囲うプレスラインに加え。バンパーのデザインによってボリューム感が強調されているステップワゴン スパーダ
袴田:まったくそうです! やはり、この企画を紙に書いて会社の上層部である評価会に出しても、誰も「なにがいいの?」となるんですね。評価会は、だいたい私よりも年長ですから、ミニバンなんか乗ったことありませんよ。高級セダンばかり(笑)。奥さんの大変さなんか分からないですよ。だから、この人たちに、いくら語っても無駄だと。そこで4代目「ステップワゴン」を切り貼りして、実際に開くテールゲートを作ったんですね。それを評価会に持ち込んで、やっとよさを分かってもらいました。
鈴木:話を聞くのではなく、実際に見てみるとよさがわかると。
袴田:ネットの評判を見ると、もともとミニバンのヘビーユーザーは、見た瞬間に、「あっ、これは絶対に便利だ」とわかってもらえます。ただ、ミニバンに乗ったことのない人は、「これのどこがいいの?」「こんなのは観音開きでいいじゃないか」と。だけど、観音開きはよくないんですね。たとえばキャンプ場とかで雨が降ってきたときは、大きく上に開くことが重要なんです。テールゲートに軒としての役割がある。そういう経験をした人は、そういう開けかたも必要だとわかってもらえます。
鈴木:ユーザーを観察して必要な技術を用意する。しかも、そのアイデアはワイガヤで生み出す。完成品は驚きつつも、使えば便利だと感心するものである。「わくわくゲート」は、誕生までのプロセスからできあがりまで、すべてがホンダらしいものということですね。
袴田:買っていただいた方には、「わくわくゲート」は想像以上に便利だねと言っていただけたようです。また、走りに関しては、地道に乗ってもらうしかない。ただ、それは乗っていただければ、100%分かってもらえるという自信はありますよ。