続いて、開発のトップである開発責任者である磯貝尚弘氏に話を聞くことができた。インタビュー形式で紹介しよう。
磯貝尚弘 氏
本田技術研究所 四輪R&Dセンター LPL 主任研究員
1989年入社。空調関係の研究を担当。2000年ごろから世に出る前の新商品の開発に企画として2車種に携わった後、2011年にリリースされた先代のフィット シャトルの開発責任者(LPL)代行を務める。その後、今回のシャトルの開発責任者となる
鈴木:先代、フィット シャトルはステーションワゴンの市場を回復させた立役者です。それなのに名称からフィットを外したのは、どういう理由ですか?
磯貝:もともとフィットというコンパクト・クラスで強いモデルがありますよね。先代モデルは、名前のとおり、派生みたいな価値観の作り方をしたんですよ。
それで、このシャトルの開発が始まるときに、「2代目のシャトルは、どういうポジションで、どういう価値観が必要なんだ?」と見つめ直しました。自分の感覚だけだとだめなので、お客さんの価値観をしっかりと聞いたんですよ。フィット シャトルのお客さんや、そのほか、いろいろなワゴンに乗っているお客さんに。そこで得られたのは、フィットとフィット シャトルのお客さんはまったく違うんですね。
ラゲッジのいらない人にとって、ワゴンのラゲッジは無駄な空間です。ミニバンを買って、一人で乗ってたら、空気を運んでいるようなものですよね。フィットのオーナさんは「自分には、こういうサイズのこういう使い勝手のクルマがいい。大きくなくていいんだ」と。つまり、シャトルとフィットは価値観が違うんです。その価値観の違いを明確につかみ、その価値観から、この2代目のシャトルをどうするのか? エクステリア、インテリア、ラゲッジ、燃費、ダイナミクス性能はどうするのか? それをユーザーの希望に沿って落とし込んだら、必然的にできあがっただけなんです。だけどそれだけだと、マーケットインになっちゃうので、そこにプロダクトアウト的な要素をちゃんと入れたいというのが、今回のポイントですね。
鈴木:お客さんの意見だけではつまらないということですね。では、その具体的なプロダクトアウトとは、何になるのでしょうか?
磯貝:たとえば、マルチユースバスケット。あんなのつけるメーカーはほかにありませんよ。発売前に、いろいろなディーラーに、「今度のシャトルはこんなクルマです」と説明してみると、「なんで、こんなに高そうなものをつけているんだ?」と言われるんですね。「これを外して、もっと車両価格を安くした方がいいのでは?」と言うんです。でも、説明していくと最後は「ホンダらしくていいんじゃないの」と言ってくれました。
細かいことを言うと、そういうところなんですよ。たとえば、シャトルを求めているお客様は、「振幅感応型ダンパーが必要なのか?」と。
鈴木:つまり、お客様としては、そこまでの乗り心地を求めていない可能性があると。だけど、そこにこだわったというのがプロダクトアウトの部分なんですね。
ラゲッジには4個のゴルフバッグが収納できる
磯貝:このクルマを、羊みたいに見る人がいるかもしれません。だけど、「中身は違うゾ!」みたいな。「なんで、そこまでやるんだ!」と。そういうギャップを、全部の領域で作りたかったんですね。エクステリアもインテリアも。燃費もそうだし、ダイナミックもそう。ハイデッキセンターコンソール。あんなのつけているワゴンはないですよ。
鈴木:そうかあ。あそこにハイブリッド用の電池が入っているわけじゃないんですね。
磯貝:あれをいらないという人がいるかもしれない。でも、うちらが、「お客さんの価値観からするとこれがいい」と考えるものを、全領域に必ず1個仕込んだと。
鈴木:ホンダらしいこだわりの部分をどこにもこっそり用意してある。
磯貝:こっそりというか、堂々と(笑)。
振幅感応型ダンパーはメインとセカンドのふたつのピストンバルブが入力に応じて減衰力を使い分け、乗り心地と操縦安定性を高いレベルで両立させている
鈴木:そういえば、乗り心地が意外と良かったというか……。
磯貝:そうそう、それ。「意外といいじゃん!」と(笑)。
鈴木:値段も意外と安い。値段が安い割に、乗り心地がよくて、インテリアも意外と凝っているというか(笑)。
磯貝:それが狙いなの。
鈴木:前はフィットがベースで、値段なりの雰囲気かなと思ったのですが。今回は、値段と中身を見比べると、かなりコストパフォーマンスがいいなと思います。199万円からで、さらに足のあたりがよい。シャシーは先代のキャリーオーバーで、パワートレインは、最新のフィット3のモノですよね?
磯貝:シャシーのリヤは全部新作なんです。
鈴木:全長が延びていないのに、室内長が広くなって、さらに荷室も広くなる? 数字がおかしいなと…。
磯貝:フロントオーバーハングが違うんですね。先代は、前側が長い。今回は前側を縮めて、その分をラゲッジに全部入れて。そのときに、フロントとリヤ、サイドビューのデザインのバランスをちゃんと見て塊感を作っているんですね。
運転席と助手席の間は高めの仕切り「ハイデッキセンターコンソール」が設けられており、このクラスのワゴン・ミニバンとしては珍しく各席の独立性が強調されている
磯貝:シャトルという商品は、わかりづらいと思うんですよ。たとえば、「S660」みたいに、「尖っている部分がどうだ!」というわけじゃない。うちのクルマは、どこもかしこも、ある程度上げているから、どちらかというと優等生みたいなイメージになってしまうんです。けれど、優等生という皮をかぶっているけど、「なんだか、意外とね」っていうところを作りたかった。しかも、これをあえて言わない(笑)。カタログを見ましたか?
鈴木:まだ、見ていません。
磯貝:カタログは何も語ってません。あれも考え方です。何も書かない。
鈴木:(カタログを出して眺める)あっ、本当ですね、キャッチコピーがなにもない! 普通は写真の横に説明がありますよね。
磯貝:ほかのカタログと比べてください。うちのには一切、書いてないから。
鈴木:最後はちょっとありますね。
磯貝:その辺は規定演技になっちゃうので(笑)。
カタログでは語られないこだわりは、ボディの随所にちりばめられている。それらを感じ取るのも楽しみのひとつだ
鈴木:最後にひとつ不満を言わせてもらいます。ホンダセンシングはどうして搭載されなかったんでしょうか?
磯貝:あれは、上からなんです。レジェンド、オデッセイ、ジェイド、ステップワゴンと。上位機種から、落としてきているところです。なので、このコンパクト・クラスも採用を検討しています。
鈴木:では、新車投入のタイミングではないけれど、この後はあるかもと?
磯貝:検討はちゃんとしていますよ。カローラ・フィールダーがああいうものをつけてきたのでね。お客さんの方からもそういう声が聞こえてきますし。
鈴木:そうやってクルマを成長させていくわけですね。
磯貝:私は、このクルマで、シャトルのポジションを確固たるものにして3代目に渡したいんですよ。誰が開発責任者になろうとも、3代目に、この意思をつないでほしいと思っています。
鈴木:そのポジションとは、最初のシャトルというクルマに答えがある?
磯貝:30年前に、シビックシャトルを作ったホンダマンがいるじゃないですか。これが「シャトルはこういうものだ!」という定義づけをちゃんとしてたんですよ。30年前のホンダマンは、よく考えていると思いますよ。すごく緻密に。そういう人を尊敬して、その考え方を、俺らは継承する必要がある。絶対に。
本田宗一郎さんの言葉がいまだに陳腐化しないのは、考え方の奥深さとか、そこに対する不変的なものを感じるんですよ。だから俺は、本田宗一郎さんに対して失礼のないようなクルマづくり。本田宗一郎さんと一緒にやってきた技術マンと同じような考え方を絶対に伝えていかないといけないと思います。その考え方は、全部は無理かもしれないけれど、そこはつないでいきたい。つないでいくべきだよね。
シャトルには本田宗一郎や初代「シビックシャトル」の哲学が脈々と息づいているという。それらが今後どのように継承、発展されるのかも目を離せない