“弾丸”試乗レポート

マツダ「ND型ロードスター」インプレッション&開発者インタビュー

人とクルマが意思を通じる“人馬一体”の考えは欧米人には通じない!

続いて、ロードスターの乗り味を作り込んだ担当者の梅津大輔氏に話を聞いた。大学時代から人間工学を学んできた梅津氏は、CX-5以降の第6世代のマツダ車のハンドリングの作り込みに関わった。ロードスターに関しては、開発の初期から深く関わってきている。その話をインタビュー形式でお届けしよう。

マツダ株式会社 車両開発本部 繰安性能開発部 シニア・スペシャリスト 梅津大輔氏。2006年入社。人間工学の見地からドライビング・ポジションの考察にはじまり、パワートレイン部門でアクセルフィールを担当。「Gの統一感」を提案。その後、繰安性能開発部にてCX-5などの第6世代商品群のダイナミクスの味付けを担当

鈴木:ロードスターといえば、人馬一体の走りですよね。

梅津:R&D(先行開発)のチームで、人馬一体を考え直すイベントを2年前くらいにやったんですよ。ヨーロッパに出張もして、いろいろなクルマに乗って。その中で、ドイツ人も含めて出した答えは、「使い切る」ってことでした。

スポーツとは何かというと、最小のエネルギーで最大の運動を得るってことですよね。たとえばイチローです。イチローは、すごく軽く打っているようだけど、力学的に効率的に飛ばしている。パワースラッガーはパワーで押す。その違いなんです。日本的な美的感覚は、最小のエネルギーをいかに効率的に最大化するかってことなんですよ。

鈴木:アメリカとは違いますね(笑)。

梅津:ドイツも力で押すタイプですから。

日本人の培ってきた最小のエネルギーを効率的に最大化する感覚が息づくロードスターのドライブフィール

日本人の培ってきた最小のエネルギーを効率的に最大化する感覚が息づくロードスターのドライブフィール

鈴木:日本人の美的感覚にマッチするのが最小で最大だったんですね。

梅津:日本人の培ってきた感覚。「もったいない」も、そのひとつだと思います。自然を最大活用するというか力学を最大活用するというのが、日本の価値観なんだと思います。それはロードスターでも、もともと体現しています。人馬一体は、自然の力学に即したことをする。それは最小のエネルギーで最大の運動を得ること。これをクルマでいうとタイヤのエネルギーを最大化することなんです。

スポーツドライビングは、タイヤのマネージメントじゃないですか。いかにタイヤに力を出させるか。なぜかというと、車両運動を作るのはタイヤだから。力を出すのはタイヤだけ。つまり、人間がクルマといっしょになってタイヤに仕事をさせる。これが人馬一体です。

いかにタイヤに仕事をさせるかというと荷重です。タイヤは荷重を乗せると仕事をする。だからスポーツドライビングは荷重移動です。どう荷重をコントロールするか? すべては荷重コントロールである。それが人馬一体であろうと。この意思をR&Dのメンバーで共有化しました。

そうするとブレーキもクラッチも荷重移動のためにあると。そういう風にみんなが考えるようになる。たとえばクラッチも、シェイクが起きたら前後荷重変動がおきる。これは荷重移動をサポートしていない。そういう考えなんですね。音もそう。ワーって盛り上がっていく=後ろに荷重が乗るという認知性をサポートする。みんながそう考えれば、おのずと、そういう風にクルマを作ろうとなるんです。

躍動的な印象を与える側面のライン

躍動的な印象を与える側面のライン

クルマとのインターフェイスとなるペダルも、細かな形状を見直して操作性を高めている

クルマとのインターフェイスとなるペダルも、細かな形状を見直して操作性を高めている

鈴木:人間が思ったとおりに荷重移動させやすいクルマになっていると。それがロードスターであり、マツダのクルマであると。でも、なんで、そんな話になったんですか? 人馬一体だけでいいじゃないですか。

梅津:人馬一体って、馬と乗り手のコミュニケーションですよね。それが欧米人にはまったく通じない(笑)。

鈴木:そうなんですか!

梅津:そうなんです。これが人馬一体のディスカッションのポイントのひとつです。日本人が思う人馬一体は、欧米人にまったく通じない。なぜかというと、彼らは馬を使ってきた歴史が長いじゃないですか。彼らにとって馬は道具ですから、精神的に決して通じ合う仲じゃない。確実に服従させるものなんです。制御下に置くというか。人と平等じゃない。彼らはよく「アンダーコントロール」っていうんですね。彼らの精神性でいうと、「えっ、馬と心を通じ合わせるなんて意味がわからない」と。

鈴木:それで、使い切るという理論になったんですね。

梅津:そうなんです。そういう風に言うと、ドイツ人も「それはわかる」と。そういう説明しないといけないんですね。たとえば、ポルシェ911は、抑え込んで、「俺に従え!」という気持ちでないと、乗りこなせない。でも、ロードスターはそうじゃなくて、心を通い合わせて、いっしょになってタイヤに仕事をさせて、いっしょに速く走ろうね〜みたいな走りなんですよ。

実は日本的だという人馬一体を、グローバルな感覚に近い「使い切る」という価値観にトランスレートしている

実は日本的だという人馬一体を、グローバルな感覚に近い「使い切る」という価値観にトランスレートしている

グレードを複数用意した理由とは

鈴木:今回、試乗して思ったのは、SとSスペシャルで意外と乗り味の違いがあるなあと。なぜふたつに分けたのか、そして、それぞれの狙いを教えていただけませんでしょうか?

梅津:このロードスターは原点回帰って考えもありますが、一番大事にしているのはリニアリティなんですよね。リニアリティを作り出すためには、路面接地性がなによりも大事です。でも、軽いクルマで、路面追従性をよくするのは逆に難しい。重しが乗っていた方がいい部分もあるじゃないですか。そこを作り込んできました。

そういう中、ふたつの仕様を作るきっかけはLSD(リミテッド・スリップ・デフ)の存在です。LSDではなくオープンデフの場合は、とにかく接地性を上げないとトラクションを確保できませんよね。そういう考えで、LSDなしの方は、とにかく常にタイヤが路面に追従している状態を作ろうと。

それに対してLSD付きはスライドコントロール領域まで楽しめるクルマだと思っています。スライドコントロール領域まで楽しむならば、前後のロール剛性を適正化した方がいい。タイヤがきっちり路面を追従するよりも、ロールをある程度抑えてコントロールした方が、わかりやすい面もある。

鈴木:それがデフ(LSD)のないSと、LSD付きのSスペシャルとSレザー・パッケージという違いになっているのですね。

豪華仕様のSレザー・パッケージのインテリア。黒いレザーに赤いステッチが入る、空調のダイヤルや通風口などにメッキパーツが増えている

梅津:違いはパッケージになっていて、ミッション下のトンネルブレースとLSDとリヤのアンチロールバーです。

鈴木:アンチロールバー。いわゆるスタビライザーですね。それとボディ補強のトンネルブレース、そしてデフのLSD。その3つがセットなんですね。

梅津:どういう話かというと、LSDがついてスライド領域コントロールまで見ようとすると、リバースステアの応答性が大事になってきます。カウンターステアですね。そうするとフロントの剛性がある程度必要になる。だからトンネルブレースをつけました。それでフロントのボディ剛性が上がったぶん、あわせてリヤのロール剛性を適正化するという意味で、アンチロールバーをつけたというわけです。

鈴木:Sは1トンを切るためにスタビライザーを外したのでは? という声もありますが。
梅津:1トンを切りたいという思いは確かにありました。ただ、この部品を外したからといって1トンを切れるわけではないんですよ。なぜかというと、届け出重量って10kgきざみで四捨五入なんですよ。994kgまでは990kgだけど、995kgだと1トンなんです。

アルミ材の使用部位も前モデルから増加。重量増加に歯止めをかけている

アルミ材の使用部位も前モデルから増加。重量増加に歯止めをかけている

鈴木:実際の差は10kgも違うわけではないと?

梅津:そんなにありません。それよりもインシュレーターや装備の方が大きい。LSDは若干重いとは思いますけど。

鈴木:ATモデルはLSDなしですよね?

梅津:もともとATモデルは、AT自体が大きいのでトンネルブレースがつけられませんでした。これはNC型も同じです。もちろん、なくてもOKなんですよ。それがない前提でバランスを取ったら、リヤのアンチロールバーはないほうがいいと。それで、トンネルブレースがない前提で設計しています。

鈴木:じゃあSは?

梅津: Sは、ATベースで軽量に仕上げたらこうなるという感じです。もともと開発中は1トンを切れるかどうか微妙なところだったんですよ、正直ギリギリ。でも、「ATのボディパッケージを使って、ミッションが軽くなると、これは1トンを切れるぞ」と。たぶん、このセットで3kgくらいですかね。1トン切れるかどうかはインシュレーターや装備といったところが大きい。

鈴木:ホワイトボディはAT用とMT用で違うと?

梅津:ホワイトボディはいっしょです。トンネルブレースが違う。ボディパッケージというのは、トンネルブレースとアンチロールバーのあるなしです。

鈴木:そもそも、ロードスターのボディは、ATが基本で、トンネルブレースもリヤのアンチロールバーもいらないと。それが素であると。だけど、LSDをつけるような走りでは、剛性を上げないといけないということで、トンネルブレースとリヤのアンチロールバーが必要になるということですね。

梅津:その通りです。それも剛性は、ボディの剛性ではなく、ロールの剛性なので、ただのバランス取りです。

鈴木:どういうスピードでロールさせるかどうかということですね。

梅津:よく話すのですけれど、スタビライザーとアンチロールバーは違うんです。これが最も重要なポイントです。スタビライザーの語源は安定化装置です。なにからきているかというと、もともとリジッドアクセルのクルマから。リジッドアクセルは横のロール剛性が高いじゃないですか。それが、時代がたつにつれて、フロントだけ独立サスになりました。すると、リヤのロール剛性は高いまま、フロントのロール剛性は弱い。後ろが固いので、オーバーステアになる。

鈴木:前だけロールして、後ろはなかなかロールしないってことですよね。

梅津:それは危ないから、これをスタビライズするために、フロントにバーを入れましょう。これがスタビライザーです。オーバーステアを防ぐ装置がスタビライザー。でも、現在はリジッドアクセルが減って、みんな独立懸架になりました。これで左右をつなぐ装置はアンチロールバー。スタビライザーではない。

鈴木:なるほど。オーバーステアは関係ないと。

梅津:それは、超マニアックな話なんですけれど(笑)。そう考えると、そもそもスタビライザーは、きちんとロール剛性をバネで持たせておけばいらないんですよ。

鈴木:プレマシーもそうでしたね。

梅津:ないほうが独立懸架のよさがある。片輪だけ動くので、乗り心地も路面追従性もよくなる。路面追従性をよくするには、スタビはないほうがいい。

鈴木:ただLSDをつけて、フロントの剛性を上げているので、フロントにあわせて、ロールスピードを調整するために、リヤにもバーが入っているよということですね。

梅津:それとスライドコントロールをするためには、大きいロール角度をつけて粘らせるよりも、ある程度ロールを抑えた方が、スライドコントロールはしやすいと。

鈴木:Gをため込んでから発散させるのではなくて、早めにズルズル滑った方がコントロールしやすいと?

梅津:限界までロール角がついてからスパッといくよりは徐々に出た方がいいと。
鈴木:なるほど。サーキットを視野に入れるのならばバーありがいいけれど、街乗りならばいらない。

梅津:SとSスペシャルの違いは、上下ではなく用途なんです。人のエキスパート的なものでもありません。ただ、Sはプリミティブな魅力があると思います。初代のNAロードスターも含めて、もっと前の世代のクルマを頑張って乗っていただいているお客さんの代替えに、NDロードスターがなると思うんですよ。そういうクラシックなクルマが好きな人は、機械とコミュニケーションというか、動きのわかりやすさとかに魅力を感じていると思うんですよ。そういう人たちが、古いクルマを大事に持ちつつも、そういう感覚を日常的に通勤にも使える。それがSだと思います。それを意識して作りました。

マツダの第6世代商品群に通じる走り味とは?

鈴木:グレードに限らず、ロードスター全体で乗り味的に大切にしていることは何でしょうか?

梅津:ロードスターで目指すものはどのグレードもいっしょです。あくまでも目的は、日常使いのフレンドリーさ。僕が一番大事にしたのはカジュアルさです。気楽に乗ってほしいんです。肩肘張らずに。そのためには乗り心地もよくしないといけないし、軽いクルマだけど、路面追従性をよくして、いつでも安心感があって、楽しく走れる。それがなによりも大事。これがマツダの新世代商品としての共通項なので、そこは大事にしたいと。

マツダの新世代商品群の中のロードスターという位置づけだと、路面追従性と荷重コントロール性を他よりも重視しています。FRなので、積極的な荷重コントロールができるわけですから。そこのわかりやすさを押さえたかった。そこで一番難しかったのは、現代に求められるスタビリティと、その中で日常的な軽快感をどう両立させるのかという部分。

積極的な荷重コントロールが可能なFRレイアウトの持ち味を生かしつつ、現代的なスタビリティや安全性との両立を念入りに煮詰めている

ブレーキ、エンジン、ハンドリングなどなどを通じてドライバーの意思がクルマが伝わり、挙動のつかみやすさや心地よい加速感が、人馬一体につながる

鈴木:昔みたいに、ちょっと追い込むと、すぐにお尻が出てしまう。そんな軽快感は許されないと。かといって、どかっと安定しているのも面白くないということですね。

梅津:たとえば、ドイツ車みたいにベターっと押さえつけて安定しきてって、よほど飛ばさないとわからないというのは作りたくなかった。だけど、安定性は必要。けど軽快感も必要。それを両立させようと思ったら、ドライバーをどこに置けば、クルマの動きをドライバーが感じやすいかが重要です。安心感を得ながら軽快に動く。そういうジオメトリーの検討をNC型で、だいぶやってできたと。その研究結果を生かしたということです。

鈴木:なるほど。基本は安定しているんだけど、ドライバーの意思がクルマにリニアにつたわり、その動きがピピっとドライバーに返ってくれば、それが軽快感となるということですね。確かに、それが人とクルマのコミュニケーションであり、人馬一体の走りだと。納得です。

鈴木ケンイチ
Writer
鈴木ケンイチ
新車のレビューからEVなどの最先端技術、開発者インタビュー、ユーザー取材まで幅広く行うAJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。
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田中 巧(編集部)
Editor
田中 巧(編集部)
通信を中心にしたIT系を主に担当。Androidを中心にしたスマートデバイスおよび、モバイルバッテリーを含む周辺機器には特に注力している。
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