“弾丸”試乗レポート

12年ぶりの新型「シエンタ」は、都会のトレッキングシューズ

フルモデルチェンジに12年もかかった理由とは?

続いて、シエンタの開発を指揮したチーフエンジニアの粥川氏に話を聞くことができた。インタビュー形式で紹介したい。

粥川 宏氏。トヨタ自動車 製品企画部 ZPチーフエンジニア。1984年入社。入社後は車体設計を担当。その後、FF車の車体構造計画やプラットフォームを開発するボデー開発部署の室長に。その後、プリウスαのチーフエンジニアに。続いてシエンタの担当となった

鈴木:シエンタは12年ぶりのフルモデルチェンジですが、なぜ、こんなに間が空いてしまったのでしょうか?

粥川:ちょうど2010年の段階で、実は生産を中止にしているんですね。その後、「パッソセッテ」というクルマに引き継ぐ形にしようとしたのですけれど、やはり「スライドドアがあって、このクラスのミニバンが必要だ」と市場からかなりブーイングがきました。結果的にシエンタは、そのままの形で2011年に復活をしているんです。

鈴木:そこから開発がスタートしたわけですね。

粥川:根強いファンがいるのもそうですし、そこにポテンシャルがあるのがわかりました。そこで、次のモデルチェンジを考え始めたので、今になってしまいましたと(苦笑)。スタートを切るタイミングが遅かったというのが理由ですね。

鈴木:以前は、ダイハツ生産だったけれど、今度はトヨタが生産すると?

粥川:今度のシエンタの生産は、トヨタ自動車東日本です。ちょうどカローラアクシオと同じラインで、宮城県の大衡工場で作っています。

鈴木:前モデルは、どこが開発したのですか? 生産はダイハツでしたよね?

粥川:前のモデルは、トヨタでの開発です。最初にトヨタで作っていたのを、途中からダイハツに移管しました。

鈴木:コンパクトサイズでスライドドアは非常に重くなりますよね。重いのは燃費に当然不利だと思うのですが…。トヨタ的にはシエンタを新型とするにあたり、変えないといけないと思っていたのはどんなところでしょうか?

粥川:まずスライドドアは軽自動車にも採用されてきていて、外せないアイテムです。トレンド的にまだまだ伸びていくと思います。3列シートは必要な場合がときどきあると。マストではないけれど、あっても邪魔にはならない。邪魔になる3列シートはいらないというのがポイントだと思います。あとは、クルマのサイズ感でいうと、5ナンバーサイズで、取り回しが良くなきゃいけない。まだまだ女性のお客様が多いので、2ボックス(ハッチバック車)に乗っている方が「ミニバンは嫌だけど、このクルマならいいわ」というところに着地しないとなりません。そうでないと「だったらノア/ヴォクシーでいいじゃないか。室内スペースも大きいし」となっちゃうかなと。

ということで、小さなエンジンで、しっかりとスペースをとりながら、取り回しのよいサイズにおさめる。でも、スライドドアはちゃんとついています。

ボディが重くなり燃費には不利なスライドドアだが、ミニバンとしてははずすことはできないため、新しいシエンタでも当然備わっている

鈴木:なかなか欲張りですね。

粥川:がんじがらめなところはありますけれど、そういうパッケージングをやっていくと決めました。

鈴木:乗ってみて思ったんですけれど、装備が非常に充実しているというか、満載という感じでした。

粥川:今回の試乗には、上級グレードを用意しました。実は、装備は、みんな選べるようにしています。カフェテリア方式と呼んでいるんですけれど、素の状態から、パッケージオプションを選んでいただく。お客様の好みにあわせてチョイスしてもらうっていうやり方です。素はスッカラカンなんですよ。このクルマは、一番安いのは168万9709円。軽自動車よりも安いじゃないかというところから始まりますから。

鈴木:競合といった場合、どういうクルマになるのですか?

粥川:直接といえば、多人数が乗れてスライドドアがあってということでホンダの「フリード」になります。だけど、フリードとシエンタの市場はそれほど大きなものではありません。でも、今後を考えると、その市場は決して小さいものではなくて、商品がないので小さいままでいると考えています。新しいシエンタが市場を広げていくためには、回りにいる軽自動車のスーパーハイトに乗っている方や、2ボックスでスペースをもうちょっと欲しいと思っている方、またダウンサイジングしたいシニアの方で、子どもが巣立ったから、少し小型のクルマにしたいなという方。そういうところからお客様が集まってくると、この市場は、もうひとまわり、二回り、絶対に大きくなると思って、このクルマを作りました。

若者からシニア層までを網羅する配慮が行き届いているインテリア。豊富なオプションを追加することでさらに使い勝手が高まるはずだ

鈴木:そうなると、燃費がけっこう大変だったのでは?

粥川:ラッキーというか、ちょうどタイミング的にカローラと「ポルテ/スペイド」と、このシエンタとセットで、新しいNRの1.5リッターエンジンを作ってきたんですね。これはアトキンソンサイクルなど、ハイブリッドでいろいろやってきた技術とアイドリングストップを加えて、出力を落とさないために電動VVTを入れたエンジンです。今回は、20km/l以上にカタログ燃費を上げないと、たぶん見向きもしてもらえないなと思っていましたからね。そこはしっかりと達成することができました。ハイブリッド車は、もともとちょうどよいのがアクアのユニットしかないんですよ。我々もそんなにあるわけじゃありませんから。1.8リッターのハイブリッドでは大きくて乗りません。このクルマは小さなユニットで、めいっぱい大きなスペースを引っ張ってもらいたいということから、アクアのユニットをうまく改良して使っていくと。それが、そんなにブレなくできました。

鈴木:新しいエンジンや、ちょうどよいサイズのハイブリッドユニットがあることで、燃費が出せたということですね。

粥川:燃費は、そこそこ、よいところに持ってこれたと思います。ハイブリッドは、もっと上を狙えたらいいなと思いますが、それはおいおい考えていきたいですね。

斬新なデザインはどのような考えから生まれたのか?

鈴木:今回はデザインが、かなり斬新ですね。いったい、どうしてそうなったのでしょうか?

粥川:「旧型のデザインをどう変えますか?」というアプローチはしていません。「このクルマに乗っていただくお客様の感性や価値観を考えたときに、どんなデザインがいいんですか?」というアプローチですね。

まず、「可愛いクルマが女性のクルマ」っていう世代の女性ではなく、今から買ってもらう若いファミリーは「山ガール」とか「写ガール」という感性。いわゆるオヤジがたくさんいるようなところにトレンドを感じている女性で。でも、ワンポイントのオシャレをしている。どこかに自分の個性を出しながら〜というのが、若い女性の価値観になっています。かたや男性はというと、イクメンが恥ずかしいものではなくて格好良いものになってきている。そうするとデザインも、そういう方が好まれるものというのは、ジェンダーレスな世界にいけばいいんじゃないかと。女性仕様と考えることはないんじゃないかなと。そこで、このデザインに向かいました。

エモーショナルでありながら、機能もしっかりと大切にする。ファンクションとファンが融合したデザインにしていきたい。デザイナーはそれをエモーショナル・ファンクション・アイコンと呼んでいます。エモーショナルで機能があり、そしてアイコニック。そういう合い言葉のもと作ってきたら、このデザインが生まれてきました。

新型シエンタの利用シーンをゼロから考え直してデザインしたため、女性を意識した旧型のイメージが一新されている

鈴木:スニーカーのような……。

粥川:トレッキングシューズ。それも都会のトレッキングシューズですね。

鈴木:お客様は若がえっているし、世の中の価値観も変化するのにあわせたと。

粥川:価値観にあわせたクルマです。このクルマはライフスタイルをサポートするクルマですから。室内スペースを売りにするクルマは、「このクルマをどう使っていくか?」というのが大きなポイントです。スポーツカーのように飛ばして楽しむとか、そういうクルマではありません。ライフスタイルをより楽しくしていくには、より楽しい、ファンのあるデザインでないといけないねと。機能一辺倒の無機質なデザインだと、それを使ってなにか新しいことをやろうという意識が湧きにくいのかなと。

鈴木:個人的には、すばらしいと思います。

粥川:ちょっとトヨタラインから外れているかもしれませんが。

ウェルキャブに力を入れるのはトヨタとして当然のこと

鈴木:もうひとつ聞きたいのは、今回、ウェルキャブモデルをライン生産していることです。最近、トヨタのミニバンはウェルキャブに力を入れていますが…。

クルマに乗れない、乗るのが大変だというユーザーでも、外に出ていこうという気持ちになれるクルマを用意する、という志がウェルキャブ仕様には込められている

粥川:宮城県の大衡工場内のラインで製造できることは、お安く提供できることにつながります。日本は高齢化の中で、福祉車両/スロープ車が特別なものではない時代が、どんどん近づいているんですね。クルマに乗れない、もしくは、乗るのが大変だから外に出ることを躊躇している方がいらっしゃいます。そういう人が外に出ていこうという気持ちになれるクルマを用意しておこうというのが、我々の使命でしょう。

トヨタには福祉車両を専門にやっているチームがいまして、そのチームが企画の初めの段階から入っています。このクルマはサイズ的にも福祉車両として使うにはとてもいいから、それを前提にやっていこうと。

たとえばラクティスは福祉車両として一番売れているクルマです。けれど、あのクルマはもとのクルマに対して、車いすを載せるのに車高が足りなくて、ルーフとバックドアを変えて作っています。そのため、パッと見て、「このクルマは福祉車両だな」と分かる。分かるのがいいかというと、そうではなくて。やはり普通のクルマでなきゃならない。だったら外観は何も変えないで、そのままの形で福祉車両になるべきでしょう、と。

シエンタのウェルキャブは、中の機能はぜんぜん違うものですが、燃料タンクやバックドア、そして天井も共通です。それもライン生産の中で組み込む。今まではできあがったクルマを、後から切って作るということをしていました。シエンタでは、そんなことをしない! と。このクルマとして、けっこう大きな部分。ある意味、使命でもあるし、やっているメンバーは、すごく強い意志をもってやってきています。

鈴木:福祉車両は、何十万台も出るようなものではありませんよね。それなのに開発工数もコストもかかる。あまり儲かりませんよね? それは使命感が勝っているということですか?

粥川:ということだと思います。やっぱりクルマを提供して商売している限りは、社会貢献的なところは捨てておくことはできません。

鈴木:そこはトヨタらしいところですよね。

粥川:トヨタはトップの意識が特に強いのですけれど、社会貢献に対しては、何事も外してはいけないという意識が強いんですね。震災のときもいの一番に…。

鈴木:聞いたことがあります。宮城のカローラ工場には震災のときに名古屋からコンボイで救援物資がジャストインタイムで届いたと。しかも、工場の復興は後でいいから、回りの民家に物資を配ったと聞いて感動しました。

粥川:そんな会社なんですよ。

個性的なデザインと利便性の高さなどで、より幅広いユーザーの支持を集めそうな要素が詰まっている

個性的なデザインと利便性の高さなどで、より幅広いユーザーの支持を集めそうな要素が詰まっている

鈴木ケンイチ
Writer
鈴木ケンイチ
新車のレビューからEVなどの最先端技術、開発者インタビュー、ユーザー取材まで幅広く行うAJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。
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田中 巧(編集部)
Editor
田中 巧(編集部)
通信を中心にしたIT系を主に担当。Androidを中心にしたスマートデバイスおよび、モバイルバッテリーを含む周辺機器には特に注力している。
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