自動車に関係する気になるニュースや技術をわかりやすく解説する新連載「3分でわかる自動車最新トレンド」。連載4回目は、次世代の乗り物「スマートモビリティ」を取り上げる。2020年の東京オリンピックに向けて、各地で社会実験が進んでいるが、既存のクルマと違う点や特徴、そして目指すものなどをモータージャーナリストの森口将之氏が解説する。
社会実験の進むスマートモビリティは、クルマの社会的課題の解決手段。移動手段としての魅力はあるのだろうか?
スマートフォン、スマートハウスなど、最近“スマート”を頭に付けた言葉が増えてきた。スマートモビリティもそのひとつ。複数の自動車メーカーが使っているし、東京モーターショーの「スマートモビリティシティ」は昨年で第3回を数え、すっかりおなじみの存在になった。
英語の辞書を見ると、スマートは機敏な、頭が切れる、あか抜けた、などいろいろな意味が出てくるが、スマートモビリティは先進技術や革新的な発想を用い、安全快適で環境にもやさしい移動を提供することになりそうだ。
ここで注意してほしいのは、こちらも最近よく見るようになってきたモビリティという言葉。直訳すると人間の移動可能性という意味で、主語は乗り物ではなく人間になる。
スマートなクルマというと、美しいスタイリングを持つクーペや、洗練されたインテリアのワゴンなどを思い浮かべるかもしれない。しかし、スマートモビリティの場合は、社会の中で人間の移動をスマートにすることになる。特に人もクルマも多い都市の移動をどれだけスムーズにするかが焦点になる。
我が国を走る自動車の平均乗車人数は約1.3人というから、多くの人は2人乗れればよいことになる。それに合わせて車体をコンパクト化し、動力源には電気などを使うことで環境負荷を抑え、個人が所有するだけでなく、シェアリングなどで共同利用するサービスを用意する。
筆者が説明する際に使うのは「歩行者以上、自動車未満」。つまり既存のクルマより小さな移動体を提供することで、都市の移動をスマートにしていこうというものだ。自転車はあるけれど、最新のアイディアとテクノロジーで、もっと革新的な乗り物を供給しようという考えなのである。
東京モーターショーの中で開催された「スマートモビリティシティ」は、試乗も可能なさまざまなスマートモビリティがそろい、人気を集めていた
なぜこういう考えが出てきたのか。背景としてあるのはクルマの大型化だ。たとえば1949年に生まれた軽自動車は、現在までに全長で600mm、全幅で480mmも大きくなっている。1966年に登場したトヨタ・カローラは、50年間で555mm長くなった。
乗る人間が大きくなったかというと、そうではない。厚生労働省が発表した、成人男子30歳代の平均身長の推移を見ると、同じ50年間で約80mm高くなっているだけだ。1970年代から厳しくなった安全基準や排出ガス規制に適合するための大型化もあるけれど、多くは快適性や走行安定性のためのサイズアップだ。
しかし地球は大きくなっていないし、都市部の人口はむしろ増えつつある。ここで人々が一斉にクルマで移動したらどうなるか。東京では東日本大震災の起こった2011年3月11日の夜がそうだったけれど、身動きもできないほどの大渋滞になる。これが慢性化すれば、都市機能は低下するし、環境も悪化する。
移動を確保したうえで、こういう状況を避けるには、乗り物を小さくするしかない。1〜2人が乗れる最小の移動体での移動を心掛けてもらう。そんな考えから生まれたのが、これから紹介する「超小型モビリティ」と「パーソナルモビリティ」である。
戦後から2005年までの60年間の日本人の体格は確かに大きくなったが、クルマの肥大化を説明するには少々説得力に欠ける
軽自動車のサイズの推移。1950年当時規格では、全長3000mm、全幅1300だったは、現在では全長3400mm、全幅1480mmまで大きくなった
まず超小型モビリティ。名称については最近生まれたものだが、似たような乗り物は昔からあった。第2次世界大戦直後、敗戦国のドイツやイタリアで、クルマなど買えない状況の中、オートバイのエンジンを使った2人乗りの乗り物、キャビンスクーターが続々登場したのだ。日本の軽自動車も、最初期は同じぐらいの車格だった。
1955年に登場した、2人乗りBMW「イセッタ」。終戦後のヨーロッパでモータリゼーションを支えたキャビンスクーターの一種
その後国民の所得が上がると、キャビンスクーターは急速に姿を消したのだが、1970年代にオイルショックが起こると、今度はフランスを中心に超小型モビリティが復活した。まもなく欧州では専用規格が作られ、現在でも地方都市の高齢者の足として重宝されている。
そして今回は前述したように、都市問題を解決するために生まれた。まず名乗りを上げたのはダイムラーのその名もスマートだったが、初代の時代から欧州の超小型モビリティの規格をオーバーしていたうえに、3代目となる新型は全幅が1665mmにも達しており、超小型とは呼べない。
むしろ21世紀に入ってからトヨタ、日産、ホンダが送り出した車両のほうが、欧州の規格にも適合しており、目的に合致している。それまでも原付登録のひとり乗り超小型車は存在したが、この3台は2013年に国土交通省によって施行された「超小型モビリティ認定制度」に沿っていることが一線を画している。
まず、2011年に日産ニューモビリティコンセプトが、「ルノー トゥイジー」との兄弟車として発表されると、2013年にはトヨタ「i-ROAD」とホンダ「MC-β(ベータ)」が登場した。いずれも全長2.5m以内、全幅1.3m以内とミニマムサイズで、乗用車の駐車枠には縦に2台、横に置けば3〜4台入る。
日産ニューモビリティコンセプトの兄弟車として欧州で発売された、「ルノー トゥイジー」
スペースの有効利用はスマートモビリティの目的のひとつ。写真のように1台分の駐車スペースに2台を縦列駐車も可能
これらは3台とも販売はしていない(ルノー版は欧州で購入可能)。しかし、カーシェアリングやレンタカーの形でなら、トヨタが愛知県豊田市、日産が福岡県北九州市、ホンダが埼玉県さいたま市などで乗ることができる。
さらにトヨタは、東京を含む2024年までのオリンピック・パラリンピックで最高レベルのスポンサーに選ばれたこともあり、東京でも積極的にi-ROADを走らせている。タイムズカープラスのカーシェアリングに配備するいっぽうで、100人のモニターに1か月間貸し出して体験してもらう取り組みも進めている。
筆者も昨年モニターに選ばれ、ひと月限定のi-ROADオーナーになった。性能は十分で、制限速度の60km/hまで流れに乗って走れるし、オートバイのように車体を傾けて曲がるのは快感そのもの。気になる満充電での走行距離は、東京23区内なら問題なかった。
しかもトヨタは、このプロジェクトのために200か所の駐車場を用意し、スマートフォンのアプリで検索や予約が可能で、充電状況もスマホで外から確認できるなど、本気で超小型モビリティを広めようとしていることが伝わってきた。
タイムズカープラスのカーシェアリングとして配備されるi-ROAD
トヨタは、i-ROADのモニター募集に当たり、駐車場の検索や予約、充電状況をスマホで確認できるアプリまで用意した。超小型モビリティに対する意気込みがわかる
東京モーターショーでホンダが提案した「Honda MBEV(Mobile Battery EV)Concept」。スマートモビリティならではのスタイルを提案している
ではパーソナルモビリティとは何か。米国セグウェイの名前を出せば、多くの人が理解してもらえるだろう。国土交通省では搭乗型移動支援ロボットと呼んでいるけれど、パーソナルモビリティのほうが通りがよいようだ。セグウェイが誕生したのは2001年だから、超小型モビリティより歴史は浅い。
こちらは現在、日本のトヨタやホンダ、中国のナインボットやエアホイールなども参入しており、セグウェイは現在ナインボット傘下となっている。当初は日本を含む多くの国で公道走行が禁止されていたが、近年条件が緩和されており、日本でも昨年、特区申請をすれば全国の歩道を通行できるようになった。現在は警備や観光ツアーなどで使われている。
筆者も数車種乗ったことがある。広いショッピングモールや展示会場などで貸してもらえるとありがたいと思った。こちらもオリンピック・パラリンピックのスポンサーになっているトヨタが、2020年へ向けて新しいプロジェクトを立ち上げるかもしれない。
問題は走る場所だ。日本は電動車いすと同じ最高速度6km/hとすることで歩道を通行させようとしているけれど、セグウェイは米国では20km/h出せるそうで、歩道とそれ以外で最高速度を変えている国も存在する。
電動車いすにも言えることだが、歩行者と同等の速度では、この種の乗り物に乗るメリットが理解されにくい。健常者を含めた多くの人に使ってもらうには、安全性を確保したうえで、歩行より明確にスピードが出ることが大事だ。
一部の国がそうであるように、6km/h以上出す際には自転車と同じ軽車両扱いとして、自転車と同じ場所を走り、歩道や広場などでは6km/h以下で移動する。GPSなどを活用して2つのモードを自動的に切り替えできれば、安全快適にパーソナルモビリティを利用できるのではないかと思っている。
ナインボットの「セグウェイ」は、パーソナルモビリティのさきがけといえる製品。国内でも特区申請を行った一部地域で歩道を走ることもできる
エアホイールもセグウェイ的なパーソナルモビリティを用意している
ホンダのパーソナルモビリティUNI-CUB。立っているのと変わらない視点が特徴。こちらもすでにさまざまなメディアで取り上げられている
トヨタのパーソナルモビリティ「Winglet(ウィングレット)」。こちらもすでに報道ではおなじみの存在だ
超小型モビリティとパーソナルモビリティ。2つの乗り物に共通しているのは、これ1台ですべての移動をまかなうことが無理であることだ。でもそれは、鉄道やバスについても言えること。自動車だけがドアtoドアの魅力を武器に、いつでも好きな場所に走っていけた。
でもその結果、環境問題や都市問題が起こっているわけで、今後は使い分けの精神が必要とされてくるのではないかという気がする。そのためにも、近場の移動を楽に、地球にやさしくこなせる超小型モビリティやパーソナルモビリティが必要なのだ。
しかも乗った経験から言えば、既存のクルマとは別の種類の操る楽しさが味わえる。移動の楽しさ。これは大切だ。皆さんも食わず嫌いをせずに、ぜひ一度体験してほしい。きっと好きになるはずだ。
クルマが定着した理由は利便と同じくらいに、楽しさも重要だろう。スマートモビリティには、小型ならではの楽しさに満ちている
スマートモビリティを東京で運転できる「Times Car PLUS × Ha:mo」(2016年3月末日まで)