本連載は、フードアナリストの独自視点で、知られざるフードや銘酒を深掘りするコラム企画「食のやりすぎ“推し”伝説」。第6回は、キリンビールが17年ぶりのスタンダードビールとして発売した「キリンビール 晴れ風」にまつわる“モノ語り”を紹介します。
発売前は、商品名などが伏せられていました
2024年春、大型新商品がデビューしました。4月2日発売の「キリンビール 晴れ風」です。発売前からさまざまな露出方法でティザー広告(断片的な情報公開によって興味をうながすPR手法)が展開され、情報解禁後はより大々的に。
CMタレントも豪華。(写真左から)今田美桜さん、内村光良さん、天海祐希さん、目黒蓮さんと、4人も起用されています
これだけ力が入っている理由は、競争が激しいビール市場の中で存在感を高め、新定番として根付かせたいからでしょう。それはいわば、“ビール屋”のキリンビールとして、絶対に負けられない戦いであるとも言えます。
もちろん、2023年10月の酒税法改正によって、ビールに追い風が吹いている(発泡酒や第3のビールとの価格差が狭まった)ことも背景にはあるでしょう。そのうえで重要なポイントは、同社の通年型スタンダードビール新商品としては、「キリン・ザ・ゴールド」以来17年ぶりであることも見逃せません。
2007年にデビューした「キリン・ザ・ゴールド」。写真は翌2008年の、リニューアル時のものです
言い換えれば、「キリン・ザ・ゴールド」は定着しなかったのです。もっとも、同社には「キリン一番搾り生ビール」や「キリンラガービール」、「ハートランドビール」など、ロングセラーがいくつもあります。加えて、当時は発泡酒や第3のビールがより安価な時代であり、「淡麗」シリーズや「キリン のどごし<生>」などの強いブランドも存在しています。
また、その後はクラフトビールの「スプリングバレー」ブランドも立ち上げていますから、経営戦略的にスタンダードビールの新開発は、「キリン・ザ・ゴールド」以降は後回しになっていたと考えていいでしょう。しかしここに来て、酒税法が改正。さらに2026年10月にはビール類の酒税が一本化されますから、ついに巨星が動いたわけです。その第一歩が「キリンビール 晴れ風」なのです。
改めて、今回の主役「キリンビール 晴れ風」について解説しましょう。
原材料や製法の特徴は、副原料を使わない麦芽100%で、素材の旨味をていねいに引き出すことで、雑味のないクリアな味わいを創出。また、爽やかな柑橘香が特徴の日本産希少ホップ「IBUKI」を使用しつつ、添加タイミングに工夫を凝らすことで、穏やかに香るように設計されています。さらに、飲みづらさにつながる過度な酸味を抑えるため、仕込みと発酵の工程にも工夫を凝らし、まろやかな味わいやスムースな口当たりを実現しています。
パッケージ裏面(右)の二次元コードから、お花見や花火といった日本の風物詩を応援する取り組み「晴れ風ACTION」のサイトに遷移するのも特徴
そのうえで見逃せないのは、麦芽の使用率や5%のアルコール度数は、「キリン一番搾り生ビール」と変わらないことです。特に麦芽100%は、競合3社の看板スタンダードビール「アサヒスーパードライ」「サッポロ生ビール黒ラベル」「サントリー生ビール」では採用されておらず(副原料に、米、コーン、スターチなどを使用)、麦芽100%はキリンビール独自と言えるでしょう。
他社では「ヱビスビール」や「ザ・プレミアム・モルツ」など、有名なプレミアムビールが麦芽100%。なお、一般的に米、コーン、スターチなどを使うとすっきりした味になりやすいと言われています
ただし、麦芽100%の「キリン一番搾り生ビール」と差別化されているのか、というのは気になるところ。表面的な部分で違いがあるとすれば、「キリンビール 晴れ風」は生ビールではないという点です。
どちらも麦芽100%かつアルコール度数5%ですが、「キリン一番搾り生ビール」は非熱処理タイプです
ちなみに、日本における生ビールというのは、熱処理を施していないビールのことで、醸造技術や冷蔵システムが発達するまでは希少だったとか。現在では「キリン一番搾り生ビール」も上記3社の看板銘柄も生ビールであり、珍しくはありません。飲み手側も昔ほど、生をありがたがって飲んではいないでしょうし、近年では熱処理ビールの新商品も登場しています。
そこでますます気になるのが、どのようにして自社内ビールの差別化が図られているのかという点です。他社の例をあげれば、サントリーは2023年に麦芽100%の「ザ・モルツ」から、副原料使用の「サントリー生ビール」に看板銘柄を刷新し、アサヒビールはアルコール度数3.5%の「アサヒスーパードライ ドライクリスタル」を昨秋に新発売することで、「アサヒスーパードライ」との差別化を図りました。
ということで、「キリンビール 晴れ風」と「キリン一番搾り生ビール」の味の違いを飲んで確かめてみます。
栄養成分表示は、「キリンビール 晴れ風」が39kcalの糖質2.9gに対し、「キリン一番搾り生ビール」が40kcalの糖質2.6g(ともに100mL当たり)
まずは「キリンビール 晴れ風」からテイスティング。
香りにも味わいにも、実にビールらしい素直さがあり、雑味がないクリアな味の、お手本と言えるようなピュアなおいしさです。ただ、この味を具体的に表現するのはちょっと難しいかもしれません。なぜかと言うと、味の各構成要素があまり主張してこないから。
希少ホップ「IBUKI」は東北産で、特有の柑橘香は余韻でやさしく広がる絶妙な芳香感。苦味も上品で、爽快なキレはあってもサラリとしていてジェントルです
とはいえ、決して味が薄いわけではないです。麦の旨味やホップの爽快な香り、炭酸の刺激やキレのよさは十分にありながら、それらがバランスよく調和してビールらしいおいしさを生み出している。いわば、引き算の美学を感じるビールだと思います。
味の主張が奥ゆかしくて、控えめ。でも、日本的正統派ビールど直球のおいしさ。広告で、“これが、これからのキリンビール”とうたわれている理由は、このスマートさにあるのかも
この特徴は、「キリン一番搾り生ビール」を飲むとよりわかります。こちらも「ビールってウマいなぁ」と思わせる多幸感にあふれ、それこそビールらしさは満点。それでいて、特に麦芽の旨味や甘みが豊かで、そのコクが口いっぱいに広がってから爽快に切れるのど越しも見事です。
説得力のある味わい。間違いなく、平成を代表するキリンビールのビールです。ちなみにデビューは1990年
このふくよかなモルティー感は、きっとブランドならではの「一番搾り麦汁」によるものでしょう。「キリンビール 晴れ風」と「キリン一番搾り生ビール」ともに好バランスなビールですが、後者は各味の要素がひと回り大きく、麦の濃厚さをボリューミーに感じます。
ビールの液色も、「キリン一番搾り生ビール」のほうが少しだけ濃い気がします
このように、キリンの新旧ビールを飲み比べたわけですが、どうしても気になったのが、同社の金字塔的麦芽100%スタンダードビール「ハートランドビール」の味です。こちら、プレミアムビールと紹介しているサイトが一部ありますが、以前“中の人”に聞いたところ、スタンダードビールとのこと。
右端が「ハートランドビール」。小売店での発売はビンのみで、写真は500mL。意外かもしれませんが、誕生は1986年と実は昭和のビールです。しかも、当時マーケティングを担当したひとりは、マンガ家のしりあがり寿先生
で、飲んでみると、これまたウマい。麦の甘みこそ「キリン一番搾り生ビール」よりも控えめながら、旨味とコクがしっかりしていて、堂々としたおいしさ。シャープな苦みもゴキゲンで、贅沢な飲み応えがあります。
なお、こちらもアルコール度数は5%。非加熱処理の生ビールです
比べた感想としては、「キリンビール 晴れ風」と「キリン一番搾り生ビール」の中間にあるのが「ハートランドビール」と言えるかも。どれもが美味なピルスナー(150種以上あると言われるビアスタイルの中、日本で主流のビール)ですが、それぞれに“らしさ”を感じます。
飲み比べる際は、少し時間をおいてぬるくさせると、より違いがわかりやすいと思います
素材は贅沢に使いながら、引き算の美学で奥ゆかしいクリアな味わいに仕上げられた「キリンビール 晴れ風」。その売れ行きは好調なようで、とあるお店に行ったところ、品薄によるお詫び文が掲げられていました。
2024年4月下旬に訪れた、とあるお店のビール売り場にて
これは、2024年上半期ヒット商品へのノミネートも間違いないでしょう。このまま、キリンビールの悲願は果たされるのでしょうか。ますますビールに追い風が吹くなか、目が離せない存在です。