おうち時間を充実させてくれる「Netflix」などの映像配信サービスの人気に合わせ、最近注目が集まっているのが「サラウンド」での再生。サラウンドクオリティの音質に対応する配信サービスが多くなっており、自宅にサラウンド対応環境を作りたいと思う人が増えているようだ。
オーソドックスな5.1chスピーカーを設置することがスペース的に難しい場合でも、最近はサラウンド対応のテレビやサウンドバーといった手軽な選択肢もあり、ますます注目度が高まっている。そんな「お手軽サラウンド」の中でも注目したいのが、「ヘッドホンによるサラウンド再生」。ヘッドホンなのでスピーカーほどは場所を取ることがなく、広がりのある豊かな音で映画や音楽ライブを手軽に楽しめるのが魅力である。
「サラウンドヘッドホン」という製品カテゴリー自体はわりと前から存在しているが、近年になって新たな技術やサービスが発表され、ヘッドホンで体験できるサラウンド再生については話題が続いている。特にアップルの「空間オーディオ」やソニーの「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」など、音楽コンテンツにも適用される技術やサービスが登場したことは記憶に新しい。ということで今回は、「ヘッドホンによるサラウンド再生の世界」の最新情報をまとめてみた。
まずは、「ヘッドホンによるサラウンド再生」の基本を確認しよう。右と左のチャンネルから音が出るのが一般的なヘッドホン再生だが、それとは異なり、まるで映画館で体験するようにリスナーの体を取り囲むような広がりのあるマルチチャンネルサウンド/立体音響を、ヘッドホンからバーチャルで再現する製品、または対応サービスを利用することで体験できるものである。
ヘッドホンによるサラウンド再生なら、自宅にいながら、サラウンド対応の映像/音楽配信サービスを手軽に臨場感あるサウンドで楽しめる
ヘッドホンによるサラウンド再生のアドバンテージは大きく2点ある。ひとつは、オーソドックスな5.1chスタイルとは違い、複数のスピーカーで部屋のスペースを占有することがなく、手軽にサラウンド再生が楽しめること。
もうひとつは、基本的にヘッドホンを装着している人だけに音声が聞こえるおかげで、時間帯や同居の家族等に気を遣わず、気軽に臨場感あるサウンドを大音量で楽しめることだ。ただし、音場は頭内を中心に定位する形となるので、スピーカーを複数使って体全体で音を感じるような本格サラウンドと比べると方向性は少々異なってくる。
ヘッドホンによるサラウンド再生を楽しむには、いくつかの方法と条件がある。ここからはそれを解説しながら、代表的な実機を使って試聴レビューしていこう。以前からあるオーソドックスな「サラウンドヘッドホン」を使った再生と、一般的なBluetoothヘッドホンのバーチャルサラウンド機能による再生、そしてアップルの「空間オーディオ」、ソニーの「360 Reality Audio」について順番にご紹介したい。
オーディオビジュアル用のヘッドホンで「サラウンド対応」をうたうものは、大きく2つに区分される。ひとつは、マルチチャンネルやオブジェクトベースのサラウンド音声に対応するデコーダーを搭載するモデル。もうひとつは、デコーダーは搭載しない普通のヘッドホンで、サラウンド感をバーチャルで再現するサウンドモードを備えるモデルだ。
ヘッドホンによるサラウンド再生を広義にとらえるなら、両者ともバーチャルではあるものの、前者はサラウンド規格の音声信号に対応することで、より本格的なサラウンド再生が可能となる。ここではまず、このデコーダー搭載のいわゆる「サラウンドヘッドホン」についてご紹介したい。
サラウンドヘッドホンによるリスニングにより、音が頭内で広がるイメージ。なお、厳密にはサラウンドヘッドホンにはオーディビジュアル用とゲーム用(マイクを搭載するヘッドセット型)があるが、本記事では映画視聴/音楽鑑賞で楽しむことを主としたオーディオビジュアル用について取り上げている
このタイプは、トランスミッターとヘッドホンを組み合わせた2ユニット型になっているパターンが多い。使用するときは、テレビやブルーレイプレーヤーなどの再生機器とトランスミッターをHDMI/光デジタル接続。トランスミッターとヘッドホンは無線で接続でき、ワイヤレスで楽しむことができるようになっている(有線タイプと無線タイプが存在するが、長時間の鑑賞でもわずらわしさがない無線タイプが今の主流となっている)。
製品を選ぶときは、対応フォーマットやチャンネル数について確認しよう。製品によって対応チャンネル数が5.1ch、7.1ch、9.1chと異なり、一般的に対応チャンネル数が多いほうが高価格になるが、この部分は絶対ではないので参考程度に考えればよいと思う。フォーマットについては、「Dolby Atmos」や「DTS:X」に対応した製品を選ぶと、高さ方向の音および座標軸(X,Y,Z)のデータが記録されたオブジェクトオーディオ信号のアドバンテージを生かした、より製作者側の意図に沿った3Dサラウンド効果を享受できる(映像コンテンツと再生機器側もDolby AtmosやDTS:Xに対応している必要がある)。
また、「Netflix」など映像に4Kフォーマットが採用されているサービスを使用する場合は、プロセッサー/トランスミッターが「4Kパススルー」に対応していることを確認する必要がある。そのほか、家族や友達などと同時に複数人でサラウンドヘッドホンを使って映画鑑賞を楽しみたいときは、トランスミッターに同時接続できるヘッドホンの数を確認しておきたい。さらに、ヘッドホン重量が少なくて装着感がよいモデルを選べば、長時間の使用時も苦にならない。
民生用として世界初の9.1ch 3D VPT(Virtualphones Technology)を搭載するワイヤレスサラウンドヘッドホン。ドライバーユニット口径は50mmで、ヘッドホン重量は約320g。最大2,400MFLOPSの演算能力を持つDSPを2基搭載し、5.1ch/7.1chの入力信号をフロントハイチャンネル(L/R)を含めた9.1chサラウンドに変換し、高さと奥行き方向の音場再現を可能とするモデルだ。マトリクスデコーダー「DTS Neo:X」「Dolby Prologic IIz」の採用や、音声が途切れにくいデュアルバンド無線伝送方式を採用しており、4Kパススルーにもしっかり対応している。
「Apple TV 4K」から、DTS-HD Master Audio 5.1で配信されているクリストファー・ノーラン監督の「TENET」を視聴した。ヘッドホンの音質としては、強力な低域と輪郭のハッキリした中高域が印象的。音の分解能も高く、作品冒頭のオペラハウスで行われたテロの鎮圧作戦シーンでは爆発音の迫力があり、頭内に広がる銃弾の反響音もリアルだ。登場人物の発するセリフは中央に定位するし、頭内外側を全方位に包むサラウンド感に加え、高さ方向の再現性も加わる、基本性能の高さを感じさせる1台だった。
JVC独自の頭外定位音場処理技術「EXOFIELD(エクソフィールド)」を搭載するワイヤレスシアターシステム。マルチチャンネルに加え、「Dolby Atmos」や「DTS:X」などのオブジェクトフォーマットにも対応する。使用前に、スマホやタブレットにインストールした専用アプリで測定音を流して耳の形などの個人特性を元に補正を行う仕組みになっており、これによってまるでスピーカーで聞いているかのような自然な音場を再現できる。トランスミッターは4Kパススルーに対応し、2.4GHz/5GHzのデュアルバンドでの通信が可能だ。本体重量は330g。大型のソフトイヤーパッドにより、長時間リスニング時の快適性も確保されている。
「Apple TV 4K」から、Dolby Atmosに対応する「フォードvsフェラーリ」を再生したが、やはりEXOFIELDの効果は高い。作品冒頭のレースシーンでは、車内に広がるエンジンノイズが全方位方向からから聞こえるが、分解能が高く金属音を伴うエンジンノイズが頭内いっぱいに広がり、本当にコックピットにいるかのような臨場感の高いサラウンド効果を聞き取れた。チャプター17の飛行機が前方から後方へ飛び去るシーンでは、前方上空から頭の上を越えて背後への移動感が、実際に複数のスピーカーで聞くような自然なサラウンド感で作品を楽しめた。
続いては、デコーダーを搭載しない普通のヘッドホンで、サラウンド感をバーチャルで再現するサウンドモードを備えるモデルについてご紹介しよう。こちらのタイプは、ヘッドホン単体で手軽にサラウンド感のあるバーチャル再生を楽しめるのがポイントだ。上述のデコーダー搭載型モデルのように、サラウンド音声フォーマットをデコードしているわけではないが、一般的なヘッドホンと同じくBluetoothやステレオミニ経由でスマホ/タブレットなどの再生デバイスと接続でき、サラウンド非対応コンテンツも手軽に広がり感のあるサウンドで楽しめるのがメリットとなる。
電波干渉に強い2.4GHz帯デジタルワイヤレス方式とBluetoothの両方に対応したワイヤレスヘッドホン。新設計された42mm口径ドライバーの採用により、音質を高めているのが特徴だ。また、送信ユニットを使わずにヘッドホン単体で、サラウンド非対応コンテンツでも手軽にサラウンド感のある再生を楽しめるのがよい。バーチャルではあるものの、サラウンド技術に、デンマークAM3D社の「SOUND VISION」が使われているなど、こだわりも感じさせる。また、電波状況をリアルタイムにチェックしながら、自動で最適なチャンネルを設定するベストチャンネルサーチ機能を搭載するほか、Texas Instruments社のチップを採用し、最大約30mまでクリアな通信を可能とするのもポイント。より音質の高いワイヤード接続も可能だ。本体重量は約262g。
遅延のほとんど発生しない無線接続を用いて(これが本製品の大きなアドバンテージ)「Apple TV 4K」を用いて映画「TENET」を視聴してみると、まず感じたのはバーチャルではあるものの、しっかりと広がりのある音で聞けること。派手なサラウンド効果というわけではないが、セリフも明瞭に頭内に定位するし、爆発音や銃声は分解能が高く大変広がりがある。長時間の視聴に向きそうな自然な広がりがあるサラウンドと、ひとつひとつの音の質感もリアルだ。適度な側圧と肌触りのよいイヤーパッドにより装着感もすぐれており、予想以上に印象がよかった。とにかく、サラウンド感のある再生を手軽に楽しみたいなら、本モデルは大いにアリだ。
2020年からアップルがスタートした「空間オーディオ」は、「Dolby Atmos」を利用した対応映像や対応音楽を、ヘッドホンやイヤホンで楽しむことができるサービス。映像は「Apple TV+」、音楽は「Apple Music」で対応コンテンツが配信されており、再生デバイスとして「空間オーディオ」に対応するiPhoneまたはiPadが必要となる。アップルでは「空間オーディオ」を再生する場合のベストな組み合わせとして、同社のイヤホン「AirPods Pro」、またはヘッドホン「AirPods Max」の使用を推奨している。
本機は2020年12月に発売されたアップルブランド初となるワイヤレスタイプのオーバーヘッド型ヘッドホンで、「空間オーディオ」対応モデルとなる。40mm口径のダイナミックドライバーと独自の音響設計によって音質を高めており、強力なノイズキャンセリング機能を装備する。
今回は「Apple TV+」から、「空間オーディオ」に対応するトムハンクス主演の新作映画「グレイハウンド」をiPadで視聴したのだが、今までに感じたことのないサラウンド効果に驚いた。その点を要約すると2つ。ひとつはサラウンドヘッドホン独自の音の広がりに加え、360°全方位にひとつひとつの音の距離が生まれること。自分の頭を中心に立体的な音の空間が出現するのだ。2点目は、まさにiPadの画面センターからセリフが聞こえてきて、その周りを効果音が取り囲むのだが、左右に首を振ってもセリフが画面から離れないこと。まるで映画館をコンパクトに凝縮してそれを眺めているようなサラウンド効果なのだ。これは、AirPods Maxに搭載された加速度センサーおよびジャイロセンサーを使って頭の向きと速度を解析して音声を定位させる「ダイナミック・ヘッドトラッキング」技術の恩恵だが、ヘッドホンでここまで立体的な音場が作れるのかと多いに感心した。
2021年4月からスタートして注目が集まっているのが、ソニーが開発した新しい立体音響技術「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」。オブジェクトベースの音響技術を使用した次世代イマーシブオーディオと呼べるもので、現時点では音楽配信で対応コンテンツが提供されている。
【関連記事】
ソニーの立体音響技術「360 Reality Audio」が日本でも本格展開! 対応スピーカーは4月16日発売
ソニーが仕掛ける新機軸のサラウンド体験、360 Reality Audioを「SRS-RA5000」で体験してみた
現在、「360 Reality Audio」音源の配信を行っている音楽配信サービスは、日本では「Deezer」「Amazon Music HD」「nugs.net」、海外では「TIDAL」や「Qobuz」」などがあり、これらのサービスと契約してスマホ/タブレット/パソコンとサラウンドヘッドホンとの組み合わせで再生すれば「360 Reality Audio」を楽しめる。再生アプリ側でデコード機能を受け持つ仕組みのため、使用するヘッドホンの機種を問わず楽しめるのも魅力。ただ、その効果を最大限に享受するためには、個人最適化機能を持つ下記のようなモデルを使用したい。
本機は、「360 Reality Audio」認定モデルとしてラインアップされるソニーのワイヤレスヘッドホン。スマホやタブレットにインストールする専用アプリ「Headphones Connect」を使って耳の形を撮影することで、「360 Reality Audio」との最適化を行い、サラウンド効果を最大限発揮させることが可能となっている。ノイズキャンセリング機能も充実しており、高音質ノイズキャンセリングプロセッサー「QN1」と新アルゴリズムの採用により、業界最高クラスのノイズキャンセリング性能を実現した。本体重量は約254gで、連続音声再生時間は最大30時間/最大38時間(ノイズキャンセリングON時/OFF時)。
今回は360 Reality Audioのサラウンド能力を確かめるべく、iPhoneとWH-1000XM4を組み合わせてDeezerから対応コンテンツをいくつか再生したのだが、予想を超えるインタラクティブ性豊かなサラウンド再生能力に感心した。たとえば、360 Reality Audio対応のライブ音源を聞くと、まるで自分がステージ中央にいるような錯覚を起こすほど立体的な音場が表現された。ボーカルや実際の楽器の音は頭内に定位し、観客の歓声や拍手はヘッドホンの外に現れる。1つひとつの音の前後、左右、高さの位置も認識できるうえ、文字通り手で触れられそうなリアルな音なのだ。今後、360 Reality Audio対応コンテンツはメジャーレーベルや名盤を中心に増えていく予定で、映像コンテンツにも拡充の可能性があり期待が高まる。
いかがだったろうか? 上述のとおり、昨今はサラウンドに対応する配信サービスが多くなってきているのでこれを楽しまない手はないと筆者は思う。自宅でサラウンドを楽しむにはさまざまな方法があるが、今回ご紹介したようにヘッドホンを用いたサラウンド再生は、手軽かつ時間帯に制限がなく、周りに気を遣うことなく大音量で楽しめるなどメリットも多い。
お伝えしたように、アップルの「空間オーディオ」やソニーの「360 Reality Audio」など画期的とも言える新しい技術も登場し、ここへ来て改めて「サラウンドの世界」が盛り上がりつつあるのは、オーディオビジュアルファンとしてもうれしい限り。ヘッドホンによるサラウンドの楽しさを知ったあかつきには、ぜひAVアンプと複数のスピーカーを使った本格的なサラウンド再生にもチャレンジしていただきたい。
ハイレゾやストリーミングなど、デジタルオーディオ界の第一人者。テクノロジスト集団・チームラボのコンピューター/ネットワークエンジニアを経て、ハイエンドオーディオやカーAVの評論家として活躍中。