レビュー

オーディオテクニカ「AT-LP120XBT-USB」で懐かしのアナログ盤を深夜に、気楽に、いい音で聴きたいという願いは叶うか?

音楽の趣味趣向が固まったのは思春期だという人は少なくないはず。我が身を振り返るに80年代前半がその時期で、FM放送で偶然出会い気に入ったプログレを“こじらせた”のも同じころ。CDが普及する前だから当然アナログレコード、しかも伊仏のバンドは田舎では入手が難しく、数か月に一度新宿西口へ買い出しに出るのが唯一の入手方法だった。

当時のコレクションは貴重さもあり捨てられないが、かといって再生環境を維持するのは容易なことではない。大学時代の音楽仲間に訊くと、かなりの割合で「レコードは残しているけどプレーヤーは捨てた、現在はCDかストリーミングで聴いている」という返事が。オーディオを生業とする筆者のような人間はともかく、いまどきターンテーブルの再生環境構築は金銭的にも物理的にも難しいもの、CDかストリーミングの2択になるのも無理はない。

そこに発売されたオーディオテクニカの「AT-LP120XBT-USB」。ターンテーブルらしく出力はPHONOとLINEの2系統、さらにUSBとBluetoothでの出力が加わる。つまり、レコードの音を聴くにあたりオーディオコンポやスピーカーは必須ではなく、USB DACやヘッドホンアンプがあればいい。Bluetoothヘッドホンと組み合わせれば、電源以外のケーブルは一切使わないワイヤレスのレコード再生環境すらできてしまう。

これは自分で試して旧友に教えてやらねば...というわけで、「AT-LP120XBT-USB」が我が書斎にやってきた。そのインプレッションとともに、“コンポに接続しないターンテーブル再生環境”の現状をお伝えする。

オーディオテクニカ「AT-LP120XBT-USB」

オーディオテクニカ「AT-LP120XBT-USB」

懐かしのアナログ盤を「深夜に、気楽に、いい音で聴きたい」という願いは叶うか?

懐かしのアナログ盤を「深夜に、気楽に、いい音で聴きたい」という願いは叶うか?

「24bit」に注目

ターンテーブルを導入する際には、レコード針の振動をどこで電気信号に変えるか考えておくもの。利用するカートリッジにもよるが、フォノイコライザー搭載のアンプにつなぎ、アンプ側の機能で電圧増幅とRIAA補正することが一般的だ。さらに、カートリッジがMC型の場合は昇圧トランスが必要になるなど、導入にあたり確認しておかねばならないルールがたくさんある。

しかし、「AT-LP120XBT-USB」は単純明快。フォノイコライザーが内蔵されているため、LINE出力でアンプにつなぐだけでいい。PHONO出力してアンプ側に(電圧増幅やRIAA補正などの)処理を委ねることも可能だが、プレーヤー側でフォノイコライザー相当の処理を完結できることが、本機を選ぶ大きな理由となる。オーディオ用アンプすらない家庭が多い現在、ターンテーブルから直接出力できる点が重要なのだ。

オーディオ用アンプなしで「AT-LP120XBT-USB」の音を聴くには、Bluetoothでヘッドホンやワイヤレススピーカーに出力するか、LINEでアクティブスピーカーに出力するかのどちらかになる(本機にヘッドホン出力端子はない)。もちろん後者もいいが、深夜でも家族や隣近所を気にせず楽しめるとなると前者、Bluetoothヘッドホンだろう。

「AT-LP120XBT-USB」の背面。アナログ出力も用意されているが、今回は使用しない

「AT-LP120XBT-USB」の背面。アナログ出力も用意されているが、今回は使用しない

以前からBluetooth出力対応のターンテーブルは存在するが、実は真剣に聴いてみようと考えたのは本機が初めて。理由は「aptX Adaptive」のサポートだ。現状、Bluetoothオーディオは圧縮/ロッシーにならざるをえないが、本機はaptX Adaptiveをサポートしている。最近、同じくaptX AdaptiveをサポートするEDIFIERの平面駆動型ヘッドホン「STAX SPIRIT S3」を常用しており、両者の組み合わせならアナログ再生もイケるのでは? というアイデアを試さずにはいられなくなったのだ。

ポイントは「24bit」。aptX Adaptiveは最大96kHz/24bit(AT-LP120XBT-USBは最大48kHz/24bit)の伝送が可能で、この24bitという量子化ビット数が音のきめ細やかさ、ひいては“アナログ感”再現の一助となるはず。デジタル/アナログ両方で数え切れないほど聴いた、伊仏プログレの名盤で検証してみないことには気持ちがおさまらない。

平面振動板ドライバーを積むEDIFIERのワイヤレスヘッドホン「STAX SPIRIT S3」との組み合わせで試聴を実施した

平面振動板ドライバーを積むEDIFIERのワイヤレスヘッドホン「STAX SPIRIT S3」との組み合わせで試聴を実施した

往年の愛聴盤をBluetoothヘッドホンで聴く

試聴の前に、「AT-LP120XBT-USB」のスペックをおさらいしておこう。ダイレクトドライブ方式でフォノイコライザーを内蔵と、基本構造は全世界累計約100万台という販売実績を誇るLP120シリーズと同様。制振設計を施したというアルミニウム合金ダイキャスト仕上げのプラッターにフェルトマット、ヘッドシェルの交換が可能なS字型トーンアームが用意される。油圧式アームリフター、クランプ付きアームレスト、速度表示付きストロボプラッター、取り外し可能なターゲットライトが付属することもポイントだ。

ストロボプラッターで回転速度の調整が可能、33/45回転に加えSP盤の78回転にも対応する

ストロボプラッターで回転速度の調整が可能、33/45回転に加えSP盤の78回転にも対応する

カートリッジは交換可能(写真は付属の「AT-VM95E」)

カートリッジは交換可能(写真は付属の「AT-VM95E」)

付属のVMカートリッジ「AT-VM95E」を装着しセットアップが完了したところで、ヘッドホンのペアリングを行う。手順はシンプル、ピッチ変更スライダー上方にある丸いペアリングボタンを長押しすればOK。ペアリングが完了しても味気ないビープ音がヘッドホンから鳴るだけで、少々心細くなるが、これでaptX Adaptive対応ヘッドホンであれば最大48kHz/24bitのサウンドを楽しめるようになる。

ピッチ変更スライダー上方の丸いボタンを長押ししてペアリングを行う

ピッチ変更スライダー上方の丸いボタンを長押ししてペアリングを行う

ところで、この「AT-LP120XBT-USB」はオートプレイに対応していない。弟分の「AT-LP60X/XBT」はフルオートだから、その点で迷う向きもあるだろうが、「AT-LP120XBT-USB」にはカートリッジ交換可能なS字型トーンアームやストロボプラッター、ターゲットライトがある。この“小道具”の差は大きい。

そしてレコードに針を落とすと...プチプチというレコード独特のノイズのあとに、懐かしいサウンドが。不可逆圧縮/展開のプロセスを経てはいるものの、そこは48kHz/24bitのデータレートを持つaptX Adaptive、デジタルっぽさは薄い。むしろアナログ再生独特のアトモスフィアとでもいうべきが、微妙なニュアンスがしっかり伝わってくる。平面振動板ドライバーを積むEDIFIER「STAX SPIRIT S3」の繊細な描写力を差し引いても、ワイヤレスでアナログの音と雰囲気を伝えるという試みは成功しているように思う。

付属の「AT-VM95E」はエントリークラスのVMカートリッジだが、接合楕円針が採用されるなど随所にこだわりが感じられる。ダイナミックレンジは広めで、音の細やかさや分解能の高さもしっかり。はつらつとしているから、POPS/ロック系にはよくフィットする。スネアアタックの余韻やモーグシンセサイザーの浮遊感などアナログ盤独特のニュアンスも感じられ、近ごろはストリーミングで聴くことが多い愛聴盤が新鮮に感じられた。

気になった点があるとすれば、背面にある「PHONO - LINE」スイッチ。ヘッドホンのペアリングが完了し、針を落としても音が聴こえず、5分ほどあれこれ確認したところスイッチがPHONO側だということが判明した(Bluetooth出力はLINE側)。場慣れした筆者ですらこの有様だから、数十年ぶりにターンテーブルを導入するユーザにはやや厳しい洗礼になるかもしれない。ターンテーブル側では音量調整できないことも、そういったユーザ層には混乱のもとだろう。

それにしても、深夜にヘッドホンで聴くアナログ盤は存外にいい。夜のほうが懐古的な気分になれるという心理面はさておき、ワイヤレスだから部屋の中を動き回れるし、煩わしさがない。アクティブスピーカーを追加すれば本格的なスピーカーリスニングも楽しめるという拡張性・使い回しのよさもあるから、当面はワイヤレスヘッドホンで聴くがいずれは...という向きにも好適だ。5万円アンダーという価格も含め、なにかと“ちょうどいい”ターンテーブルだと言える。

「AT-LP120XBT-USB」はなにかと"ちょうどいい"ターンテーブルだ

「AT-LP120XBT-USB」はなにかと"ちょうどいい"ターンテーブルだ

海上 忍

海上 忍

IT/AVコラムニスト、AV機器アワード「VGP」審査員。macOSやLinuxなどUNIX系OSに精通し、執筆やアプリ開発で四半世紀以上の経験を持つ。最近はAI/IoT/クラウド方面にも興味津々。

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