いわゆる高価格帯、ハイエンドに分類されるヘッドホンに“高機能化”の新しい波が到来している。高機能化とはワイヤレス対応であり、CD品質を上回る情報量であり、アクティブノイズキャンセリング機能(ANC)の搭載である。もちろんドライバーユニットの改良などオーディオ機器としての洗練も欠かせないポイントだが、それを踏まえたうえで高機能化が要求される時代だ。
ここに紹介するB&W「Px8」は、それら高機能化のさらに先を進もうと開発されたアクティブノイズキャンセリング機能搭載ワイヤレスヘッドホンだ。専用設計の40mmカーボンコーン・ドライブユニットを搭載、ワイヤレス/BluetoothではaptX Adaptive(最大48kHz/24bit)をサポート、もちろんアクティブノイズキャンセリング機能にも対応する。ワイヤレスヘッドホンに期待する機能が“全部入り”、スペックを見ればそれだけで満足してしまいそうになる。
しかし、この「Px8」には使い込まなければわからない、感じにくい部分がある。1週間ほど一緒に暮らして感じた正直なところを、レポートしてみよう。
B&W「Px8」
専用のキャリングケースも付属する
実物を手に取るとわかるのが、質感のよさ。イヤーパッドには質感の高いナッパ・レザーがおごられ、触れればほどよいやわらかさが指先に伝わる。表面には穏やかな凹凸のシボ加工が施され、装着すると適度に密着。側圧もほどほどで、パッシブ性能も重要なノイズキャンセリングヘッドホンならではの配慮が感じられる。
イヤーパッドにはナッパ・レザーがおごられる
レザーの表面には凹凸が穏やかなシボ加工を採用
楕円形のロゴプレートにはダイヤモンドカットのエッジ加工が施され、嫌味にならない程度のラグジュアリーな雰囲気を醸し出す。ハウジング表面にはリアルレザーがあしらわれており、シボ加工の加減がイヤーパッドと揃えられているところもこだわりどころだ。今回レビュー用に借り出したのはブラック・レザーだが、こうなるともういっぽうのカラーバリエーション(タン・レザー)の仕上がりにも興味が湧いてくる。
アームの質感も上々。伸縮させてもカタカタいわず、位置がしっかりホールドされる。アルミダイキャストの表面にはアルマイト/梨地加工が施され、落ち着いた光沢を放つ。ロゴプレートのヘアライン加工とのバランスもよく、なんともオーナー心をくすぐるデザインとなっている。
アルミダイキャスト製アームには、落ち着いたトーンのアルマイト/梨地加工が施されている
アームの動きはスムーズ、カタカタという音はない
「Px8」のサウンドは、重心がやや低めだ。キース・ジャレット「At the Blue Note」では、彼が紡ぐピアノよりもピーコックのベースが一歩前に出る印象。同じくキース・ジャレットの「Jasmine」でも、ヘイデンが弾くベースの存在感がより大きい。
とはいえ、全体のバランスに違和感はない。ECMレーベルつながりでケティル・ビヨルンスタ「Night Song」を聴くと、チェロの低音域が音場を支配するところに響くエコーがかったピアノは繊細で、深遠な気配を感じさせる。低域を重視しつつも解像感と高域の情報量もしっかりカバーする、大胆にして繊細なサウンドなのだ。この点、素材に高剛性カーボンファイバーを採用した40mm径振動板と、それをなめらかに振幅させるフリーエッジ構造が奏功しているのだろう。
最近お気に入りのコリー・ウォン「Cosmic Sans」も聴いてみた。ギターの高速カッティングが気持ちいい、いわゆるミニマム・ファンクに分類される楽曲だが、これが「Px8」のキャラクターにぴたりとハマる。カッティングのスピード感・きらめき感を醸し出しつつ、ベースの力強いうねりが全体を支える。ベースがボワつくと魅力が一気に損なわれる楽曲だけに、量感とソリッドさをあわせ持つ「Px8」との相性は上々だ。
アクティブノイズキャンセリング機能の効果もしっかり。残念ながら出張・旅行の計画がなく、自宅の窓際(日中はロードノイズが大きい)と換気扇付近(高速回転時はジェット機と同傾向のノイズが発生する)での検証に留まったが、アクティブノイズキャンセリング機能をオンにすればすっとノイズフロアが下がり、アンビエント・パススルーに切り替えれば周囲の音がごく普通の調子で飛び込んでくる。
専用アプリ「Bowers & Wilkins Music」からEQ設定やANCのオン/オフなどさまざまな機能が利用できる
アクティブノイズキャンセリング機能に用いられるマイクは計4基、イヤーカップ内側の2基がドライバーの音を、外側の2基が周囲のノイズをとらえるフィードバック+フィードフォワードのハイブリッド型だ。既発売の弟分「Px7 S2」と同じ独自開発のアクティブノイズキャンセリング技術が用いられているというが、この心地いいイヤーパッドでこれだけノイズ低減効果が高い、という製品としてのバランスがうれしい。世により高いアクティブノイズキャンセリング効果を実現しているヘッドホン/イヤホンもあるが、装着感がキツくては台無しだ。
1週間も一緒に時間を過ごすと、音質やアクティブノイズキャンセリングの効き以外の部分にも目が向くようになる。そのうち特にツボだった「マルチポイント接続」と「USB DAC」について触れておこう。
マルチポイント接続は、2台同時接続を実現するBluetoothオーディオの機能。iPhoneとAndroid、スマートフォンとPC、あるいはタブレットとDAP...Bluetooth/A2DPをサポートする2台の機器とペアリングを済ませておけば、一瞬で接続を切り替えられるというものだ。最近は完全ワイヤレスイヤホンでこの機能をサポートする製品が増加中だが、外出先より自宅のほうが出番は多いはず。
「Px8」の場合、USB DACの機能を備えていることも高得点。PCとの接続はBluetoothではなく、USBで行えばいいからだ。PCで音楽を聴きたければUSBケーブルを差し、Bluetooth接続に戻りたければ抜く。単純そうに聞こえるかもしれないが、自宅で使うぶんにはとても実用的な機能だ。
洗練されたデザインと緻密に組み上げられたサウンド、そして先進機能の数々。市場推定価格は117,700円、価格.com最安価格でも10万円オーバー(2022年10月31日時点)となかなかだのものだが、それを補うオーナーとしての喜びが「Px8」にはある。アクティブノイズキャンセリング対応モデルにしては軽く圧迫感の少ない装着感もあり、“ワンランク上”のクオリティを感じさせてくれるヘッドホンであることは確かだ。