日課のランニングに必ず持ち出すものといえば、スマートウォッチと“イヤホン”。音楽を聴きながら走り、のどが渇いたときにはスマートウォッチの電子マネータッチ決済で飲みものを買えるというミニマム構成だからだ。このスタイルに慣れると欲が出てくるもので、より快適な装着感でよりいい音を楽しめるよう、完全ワイヤレスや骨伝導などいろいろなイヤホンを試しているところだ。
そんな矢先にタイミングよく発売されたのがソニー「Float Run」。耳の前にスピーカーが浮くというコンセプトのもと、耳をふさがない開放型/オープンイヤー型の製品にまとめあげたものだ。そのサウンドは? 装着感は? 実際にランニングに持ち出し、いろいろと検証してみた。
ソニー「Float Run」
「Float Run」はジャンルでいえば開放型/オープンイヤー、受信部/バッテリーが収められた左右の耳掛け部をワイヤーでつなぐ構造だ。左右イヤホンがケーブルでつながるヌードル型と同じだが、ワイヤーだから絡まないし、カナル型とは異なり耳穴に差し込まないから抜け落ちる心配もない。スポーツイヤホンと銘打ってはいないが、約33gという軽さやIPX4相当の防滴性能を備えるなど、スポーツ用途を強く意識した設計であることは確かだろう。
左右の耳掛け部をワイヤーでつなぐネックバンドスタイル。IPX4相当の防滴性能も備わっている
最大の特徴は、16mm径ドライバーユニットが耳掛けした際に耳の前に"浮く"よう取り付けられていること。耳穴に異物が挿し込まれることも覆われることもないため、外音の侵入を妨げず、周囲のノイズを防ぐことは難しい。その代わり、圧迫感/閉塞感がないからリラックスして音楽を楽しむことができ、屋外でランニングするときのように周囲の音を完全に遮ると危険な状況でも安心して利用できる。
耳掛け部とドライバーユニットが分離した構造を採用している
コントロール部には、曲戻し/送りと電源オン/オフ兼ペアリングの3つのボタンを配置
一見すると骨伝導ヘッドホンによく似ている「Float Run」だが、耳周りの骨を振動させて音を出すわけではないから、くすぐったさはない。一般的なスピーカーと同じ空気振動かつ耳前にドライバーが位置するから、ステレオとしての音像を維持できる。
昨年あたりから開放型/オープンイヤー構造のイヤホンが人気だが(特に完全ワイヤレス)、「Float Run」はそれとも異なる。たくさんの穴が開けられたドライバーユニットは、ノズルを耳穴に向けるような厳しい指向性がなく、大雑把な装着でそれなりに聴こえる。ワイヤーには適度な圧力/弾力があり、完全ワイヤレスタイプよりズレにくいこともポイントだ。
対応コーデックはSBCとAACの2種類で、ソニーお得意のLDACや、圧縮音源をアップコンバートする「DSEE」などには対応しない。ソニー製イヤホン/ヘッドホン管理アプリ「Headphones Connect」にも対応しないため、機能的にはシンプルだ。ただし、マイク内蔵により音声通話/テレビ会議でも活用できるほか、10分の充電で60分再生可能なクイック充電をサポートするなど、いまどきのワイヤレスイヤホンに求められる機能はひと通り揃っている。
「Apple Watch」にペアリングを済ませ、いざ屋外へ...その前に、「Float Run」の装着感と音質を確かめてみた。
装着感は軽い。全体で33gというウェイトと耳掛け部の形状もあるが、ワイヤーとドライバーユニットが適度な"重し"となっているのだろう、耳を軸にしてバランスを保つ格好になる。2時間ほど装着したままでいても、耳の上部が痛くなることはなかった。開放型だから耳穴付近がヒリヒリすることもなく、至って自然。ソファに寄りかかったときワイヤーの存在を意識した程度で、着け心地は軽快だ。
音の聴こえかたも自然だ。音楽を流しているときにはやや聴き取りにくくなるものの、話しかけられれば気付くし、インターホンの呼び鈴も聴き逃さない。当然だが、ノイズキャンセリングイヤホンによくある外音取り込みモードの聴こえかたとは、自然さの次元が違う。
サウンドは、いい意味で「予想どおり」だ。開放型らしく響きは自然で、密閉型/カナル型にありがちなこもったところがない。アコースティックギターのハーモニクスは軽やかに伸びるし、音の輪郭は滲まずシンバルアタックもエッジが鮮明に描かれる。とはいうものの、低域の量感はやや不足気味。16mm径だからというより、開放型かつ耳穴から距離があるがための音圧低下なのだろう。
「耳の前にスピーカーが浮く」と、音像が眼前に定位するのではと期待しそうになるが、それは少々トゥーマッチだ。確かに、脳内定位が前提の一般的なイヤホン/ヘッドホンと比べれば、音場の方向感が出てくるものの、スピーカーリスニングほど明確ではない。とはいえ臨場感は増すから、期待量がほどほどなら楽しめるはず。
いっぽう、音漏れは「予想以下」。なしとまでは言わないが、予想より少ないレベルだ。音圧低下を補うために音量を上げると音漏れが目立ちはじめるから、混雑した場所での利用は勧められないが、近くに家族がいるとき使用しても厳しく指弾されることはないはず。「Float Run」が音楽に浸るというより共存するための道具と考えると、音楽はBGMとして抑え気味の音量で聴くことが正解なのかもしれない。
ランニングのため1時間ほど屋外へ持ち出してみたが、これはなかなかいい。ソニーは「スポーツギア」という表現を用いているが、個人的には「スポーツコンパニオン」という表現がしっくりくるサウンドデバイスだ。
理由は3つ、「アバウトな装着が許されて」「ズレにくく」、「環境音がほどよく聴こえる」こと。特に重要なのは前2者で、適当に装着しても、走っているうちに装着位置が少しくらいズレても(実際には耳掛け部のデザインと絶妙な側圧のおかげでなかなかズレない)、音が変わって聴こえたり音質が大きく低下したりすることはない。
実際、ベストポジションより少し前方にドライバーユニットがある状態でランニングしたが、音質が目立って低下することはなく、外音がやや聴こえやすくなった程度。30分ほど走り回ってポジションはほとんど変化なし、音楽の聴こえかたも走り始めと同様だ。ドライバーユニットの物理的な可聴範囲が広めにとられていることが、この製品のキモなのだろう。
ランニング時はより外音を聴き取れるよう少し前方に装着してみたが、聴こえかたに大きな違いはなかった
このようにワイヤー部が首の後ろに回りこむ
30分ほど走り回ったが、ほとんどズレは生じなかった
持ち運びに重要な折りたたみ構造が考慮されていないこと、大柄な耳掛け部があるのに連続再生時間が最長10時間にとどまること、低域の量感がもうひと声ということはあるものの、スポーツ/アウトドア目線で「Float Run」の満足度は高い。完全ワイヤレスイヤホンがしっくりこない音楽好きのランナーはぜひ試してみてほしい。
IT/AVコラムニスト、AV機器アワード「VGP」審査員。macOSやLinuxなどUNIX系OSに精通し、執筆やアプリ開発で四半世紀以上の経験を持つ。最近はAI/IoT/クラウド方面にも興味津々。