再生音も周りの音もどちらも聴こえるように耳をふさがない形状と装着方法を採用した「オープンイヤー型イヤホン」。流行の段階を経ていまやジャンルとして定着した印象です。
今回はそんなオープンイヤー型イヤホンの特徴の確認と最新トレンド「音漏れキャンセリング」「ケースの薄型化」「アンダー1万円クラスの充実」の解説をお届けします。トレンド紹介で取り上げた完全ワイヤレスタイプのオープンイヤー型イヤホンは、JBL「Soundgear Sense」とGLIDiC「Hear Free(HF-6000)」です。
ほんの数年前まで、イヤホンの二大スタイルといえば「イントラコンカ型」と「カナル型」でした。「イントラコンカ型」という名前は耳慣れないかもしれませんが、「インイヤー型」や「オープン型」とも言われているアレです。でもそれらの呼称には「カナル型も本来はインイヤーの一種に含まれる」「オープンという言葉は音響構造としてのオープン型やオープンエアー型と紛らわしい」など微妙なところもありますので、この記事では「イントラコンカ型」の名称を使います。まあつまり「AirPodsみたいなイントラコンカ型とAirPods Proみたいなカナル型」がイヤホンの二大スタイルだったというお話です。
写真左の「AirPods」のような形がイントラコンカ型、写真右「AirPods Pro」のような形がカナル型
しかしそこに登場した第三勢力こそ、今回の主役「オープンイヤー型イヤホン」です。
「これはイヤホン……なのか?」感もある形ですが、ユーザーからもメーカーからもイヤホンの一種と認知されている印象
従来のイヤホンはカナル型であれば耳穴の中までガッツリふさぎますし、イントラコンカ型であっても耳穴の入口付近はふさいでしまいます。カナル型はもちろんイントラコンカ型でも、周りの音は多少聴こえにくくなってしまうのです。音楽に集中するためには都合がよいのですが、都合の悪い場面もあります。「自宅で音楽を聴きながらの作業中でも宅配が届いたときのドアベルには気付きたい」「ウォーキング中は周囲の自動車などの音も聴こえるほうが安心」などです。そこで周囲の音をマイク経由で耳に届ける「ヒアスルー(外音取り込み)」なんて機能まで考え出されました。
そのニーズにもっとシンプルなやり方でかなえるべく登場したのが、耳をふさがず周囲の音を素通ししてくれるオープンイヤー型イヤホンというわけです。マイクや回路など通さず実際の音そのものをヒアスルー! 周りの音の聴こえの自然さは圧倒的ですから、そこ重視のユーザーからは特に歓迎されています。
なお、流行当初はこのジャンルの呼称は定まっておらず、さまざまな呼び方をされていました。ですが直近に海外数社の方にヒアリングしてみたところ、現在はグローバルで「オープンイヤー」が定着しているようです。「オープン」だけだと前述のように紛らわしいですが、「オープンイヤー」なら「耳を開いておく」の意味合いでわかりやすさもありますよね。この記事でもその呼び方を使わせてもらいます。
オープンイヤースタイルの実現には、耳をふさがずにリスナーの聴覚に音を伝える仕組みが必要です。既存のイヤホン技術の多くは耳の直近で音を鳴らすことを前提としており、耳をふさいでしまう位置にドライバーを置かざるを得ません。そうならない、別の仕組みが必要なのです。
流行の当初はその仕組みとして骨伝導を採用した製品が注目を集めました。骨伝導ドライバーには音の放出孔が必要ないという特徴もあり、防水性能が求められるスポーツイヤホンとしての側面も強く備えた製品が多かったように思います。
ですが2023年秋冬現在のオープンイヤーでは、骨伝導ではなく、音を空気振動として鼓膜経由で聴覚に伝える、一般的な空気伝導の仕組みを採用した製品のほうが主流となっているように見えます。
今回ピックアップしたJBL「Soundgear Sense」とGLIDiC「Hear Free(HF-6000)」も空気伝導
既存の空気伝導の仕組みはオープンイヤーには向かない。でもオープンイヤーに使うことを前提に新たに開発し直すなら話は別なのでは? そのような発想からだったのかは定かではありませんが、そういった設計の製品が各社から次々と登場し、大きな勢力となったのです。
ちなみにそれに近い発想のアイテムも昔から時折登場してはいたのですが、各製品単発での話題に終わり、ジャンルを築くには至っていませんでした。今回の「オープンイヤー型イヤホン」の流行と確立とはそこが違います。
そして空気振動を鼓膜に伝える方式は、リスナーにとっては聴き慣れた音、メーカーにとっては使い慣れていて作りやすい技術。そのためより好ましい音質、音調を得やすいのは、こちらの方式の大きな強みです。また骨伝導ではドライバーをある程度の側圧でこめかみ付近などに押し当てる必要があり、しかもそれが震えます。その感触が苦手だという方もいるでしょう。おそらくはそれらの理由から、空気伝導方式の採用が増えてきたものかと思われます。
さてそんなオープンイヤー型イヤホンですが、周りの音が自然!ながら聴きに最適!などの強みの代わりに弱点もあります。
ひとつは騒音に弱いこと。周りの音に対してノーガードなので、騒がしい環境では再生音が聴こえにくくなります。カナル型でノイキャン+ヒアスルーなイヤホンなら再生音と環境音のバランスを任意に調整できますが、オープンイヤーではそうはいきません。周りの騒音を小さくすることはできないので、再生音のボリュームを上げて対抗するしかないのです。
しかしすると騒音も再生音もデカい!という何ともうるさいリスニング環境に。そうなるとオープンイヤーらしい自然な聴こえ方も何もあったものではありません。そうならない適度な音量感を限度とした場合、
◎静かな自室等ならしっかりとした音楽リスニングも楽しめる
○街歩きやカフェ程度の騒がしさでもBGM的なリスニングはOK
△電車内レベルのうるささだと音楽を聴くのは難しいけどトークコンテンツは何とか聴き取れる
というのが筆者の印象。そのあたりがオープンイヤー型いヤホンの実用範囲かなと思います。
そしてもうひとつの問題は逆に静かな環境での音漏れ。音を鳴らすドライバーと耳の間の距離、すなわち隙間が大きいので、周りへの音漏れは増えがちです。図書館など静かな場所やカフェのカウンター席で自分のすぐ隣に人がいるような状況などでは周りに迷惑をかけていないか気になるところでしょう。また静かな場所に限らずうるさい場所でも、「周りがうるさい→再生音量アップ→音漏れもアップ」のパターンは起こりがちです。
ですがこの音漏れについては、その弱点を緩和する技術を搭載した製品が登場してきました。
ではここからは2023年秋冬のオープンイヤーイヤホンの注目トレンドを具体的な注目製品と共に紹介していきます。まずは先述した音漏れ問題を緩和してくれる技術、「音漏れキャンセリング」から解説していきましょう。こちらの技術を搭載する代表製品としてはJBL「Soundgear Sense」をピックアップ。
JBL「Soundgear Sense」。目立たせすぎない凹加工でのJBLロゴの渋み
ケースも同じく、装飾過多を避けた無駄のないデザイン
この種の技術を搭載する製品としては、この技術の先駆者であり高精度での音漏れ抑制を誇るNTTソノリティ「nwm MBE001」、より低価格帯でこの技術を搭載のPHILIPS「TAA6708」なども注目の新製品です。
「nwm MBE001」。NTTソノリティの「パーソナライズドサウンドゾーン技術」はこの種の技術の中でも特に優秀なひとつです
Philips「TAA6708」はこの種の技術を搭載するオープンイヤー型イヤホンとして現状では特にお手頃と感じられる実売1.5万円程度という価格が魅力の1台です
「音漏れキャンセリング」は定まった一般的な名称ではありませんが、この記事では便宜上、仮にそう呼ばせていただきます。というのもこの技術の基本原理は周囲の騒音を打ち消す“ノイズキャンセリング”と同じで、「音漏れしてしまう再生音に対して反対の波となる逆位相の音をぶつけることで音漏れの音を相殺する」のです。
音漏れキャンセリングではそれを、ノイキャンよりもっとシンプルに、アコースティックな仕組みのみで実現しています。周囲の騒音の逆位相の音をリアルタイムで生成するには騒音を拾うマイクやその音を位相反転するための信号処理が必須。対して再生音自体の逆位相の音は、たとえば振動板の背面側に放射される音を利用するなどで、比較的に容易に得られるようなのです。あとは再生音の音漏れに向けてそれを放射すれば、リスナー周囲の人に対しての音漏れキャンセリングが実現します。
実際には、周囲に漏れる音とぴったり同じ逆位相になるように音を調整して適切な方向に放射することは難しく、音漏れを完全に打ち消して無にすることはできません。ですので厳密には音漏れの「ある程度の抑制」というのがその効果。そして各社の技術の違いで、その「ある程度」には差が生まれます。
今回実機チェックできたJBL「Soundgear Sense」に搭載されている音漏れ抑制技術、「JBL OpenSoundテクノロジー」はその点でもかなり優秀という印象です。再生音量を気持ち下げめにすれば、先にあげた「静かな場所」「すぐ隣に人がいる状況」でも、音漏れを空調など周囲の騒音にかき消される小ささにまで抑制できていそうな感触。イントラコンカ型でも音量上げすぎで音漏れさせてしまっている人っていますよね?あれと比べたらJBL「Soundgear Sense」のほうが音漏れを減らせるような気さえします。
音を放出するメッシュ状の部分が、耳に向けられている部分のほかにもう1か所。ここから逆位相の音が放射されているのかも?
イヤホン本体を4段階で角度調整できる機構もポイントです。装着感と音質のフィット調整を主目的とした機構ですが、そのフィットが実は音漏れにも関係。といっても基本的には「再生音が明瞭になるように調整すれば音漏れも最小になる」ので、音質面でのベストポジションに調整すればOKです。
本体とイヤーフックの角度を調整してフィッティング
イヤーフック先端に差し込んで使う、後ろ回しのヘッドバンドも付属しています
なお、JBL「Soundgear Sense」はそのほかの機能性などがJBLの完全ワイヤレスイヤホン全体の最新世代と同等となっており、完全ワイヤレスイヤホンとしてみた場合の基本的な使いやすさも十分に優秀です。
専用アプリ「JBL Headphones」を使用することで、タッチ操作の操作割り当て変更や、プリセットもユーザーカスタマイズも使いやすいイコライザー調整などの便利な機能が活用できます
そしてサウンドもオープンイヤー型イヤホンとしてトップクラス。ひと昔前のオープンイヤーが苦手としていた低音再生も、サブベース的なローエンドの深い響きの再現まではさすがに厳しいですが、5弦ベースやシンセベースの超低音程でもその実音の太さや厚みまではしっかり描き出してくれます。その上に中高域の広がり感や頭の中にこもりすぎない自然な音場感といった、オープンイヤー型イヤホンが得意とする要素が乗ってくるのですから、音楽リスニング用として普通に満足できる音質です。
とはいえやはり、屋外で周りの環境音が強いと再生音はそれに負けて、特に低音側から、届きにくくなってしまいます。そこはオープンイヤー型イヤホンの宿命なのでしかたありません。
カラーバリエーションは本稿で紹介しているブラックのほかにホワイトも用意
注目トレンドふたつ目は「ケースの薄型化」です。読んで字の如くな話ですし、そのメリットがカバンやポケットへの収まりのよさであることも説明するまでもないでしょう。
ですがこれまでのオープンイヤー型イヤホンは、そこが不十分な製品が多かったのが事実です。オープンイヤー型イヤホンはその多くが、ドライバーを耳から離したポジションに置くために耳掛け型形状を採用。となるとケース内にはイヤーフックの収納スペースも必要となり、それがケースの厚さや大きさにつながっていたのです。
ですが先ほど紹介したJBL「Soundgear Sense」も、次のトレンドでも紹介するGLIDiC「Hear Free(HF-6000)」もケースがだいぶ薄型化されました。「耳掛けじゃない普通の完全ワイヤレスイヤホンのケースでもこれくらい厚いやつってあるよね」という薄さに達しています。一般的な完全ワイヤレスイヤホンからの乗り換えでも携帯性を大きく損ねることはなさそうです。
写真左はGLIDiC「Hear Free(HF-6000)」、写真右はJBL「Soundgear Sense」の充電ケース。こんな角度から見ただけでも薄さは感じられるかと思います
ケースの大きさを比較したところ。写真左からアップル「AirPods Pro」、GLIDiC「Hear Free(HF-6000)」、JBL「Tour Pro 2」、JBL「Soundgear Sense」です
この薄型化をどのような手法で実現したのかの説明は特にはされていないのですが、ケースのバッテリー充電量などが犠牲になっているわけでもないので、ユーザーとしては単純に喜んでおけばOKでしょう。
<バッテリースペック>
JBL「Soundgear Sense」:本体約6時間+ケース18時間
GLIDiC「Hear Free(HF-6000)」:本体約7.5時間+ケース21.5時間
最後のポイントは「アンダー1万円クラスの充実」です。価格が1万円を切ると心理的な買いやすさはググッと上がりますよね。この価格帯の充実があってこそ、そのジャンル自体の勢いも増すのです。
ということでその価格帯の注目新製品、GLIDiC「Hear Free(HF-6000)」を紹介します。
GLIDiC「Hear Free(HF-6000)」。イヤーフックの調整機構などの仕組みは備えないシンプルな構造で小型軽量です
本体と同等以上の強みとなるのがこのケースのコンパクトさ
耳へのフィットはシンプルにフック部分の柔軟性と弾性で確保されており、可動軸的な機構は備えていません。ですがそのやわらかさや表面のシリコン仕上げ、そして片側約6.5gの軽量さのおかげで装着感は良好。テストのために装着してそのまま別の作業に移っていたところ、しばらくあとに本気で「そういえばイヤホン着けてたの忘れたわ」となりました。
加えて前述のようにケースは薄型。厚さだけではなく全体的にも耳掛け型完全ワイヤレスイヤホンのケースとしては最小クラスです。
耳掛け型完全ワイヤレスイヤホンの中でトップクラスのコンパクトさのケース
カラーバリエーションはこちらも、本稿で紹介しているブラックのほかにホワイトが用意されています
サウンドはこの価格帯の完全ワイヤレスとして十分なクオリティは確保。その上で人の声や楽器の硬さや刺さりを出さないやさしめの音調にチューニングされています。音楽はもちろん、トーク中心の動画・音声コンテンツの聴きやすさ、聴き疲れにくさが特徴です。音量調整と連動して自動で働く「ダイナミックバランスドEQ」機能の効き具合も適切。音漏れが気になる場面で音量を小さめしても、小音量では聴こえにくくなるはずの低音がちゃんと聴こえる。そんな風にうまいこと調整してくれます。
GLIDiC「Hear Free(HF-6000)」は、音漏れキャンセリングとかアプリであれもこれもできるとか、そういった目立った機能性を持った製品ではありません。ですが、装着感は軽やか、ケースはコンパクト、バッテリーライフに不足なし、音調は聴きやすく疲れにくいといった具合に、ベーシックな要素が見事に揃っているのです。もっと上の価格帯でもこれらのすべては揃えられていない製品もある中、それらをすべて揃えてのアンダー1万円。これは「お値段以上!」と言えるでしょう。
なお2023年秋冬のアンダー1万円クラス新製品としては、SOUNDPEATS「GoFree2」、SOUL「OPENEAR S-FREE」などもあります。
アンダー1万円クラスの有力ブランドSOUNDPEATSのオープンイヤー型イヤホン「GoFree2」
SOUL「OPENEAR S-FREE」はジッパー開閉&カラビナ取り付け可能なセミソフトケースも特徴的
今回はこのジャンルの注目トレンドを紹介する意味合いからその代表としてJBL「Soundgear Sense」とGLIDiC「Hear Free(HF-6000)」をピックアップしましたが、オープンイヤー型イヤホンは今まさに超拡大中。JBL「Soundgear Sense」よりさらにハイエンドなモデルも、GLIDiC「Hear Free(HF-6000)」よりさらに低価格なモデルもどんどん登場してきています。できるだけ多くの製品をチェックし、自分のニーズや好みにぴったりなモデルを探してみてください。