いまやポータブルオーディオ界の大人気アイテムとなったUSB-C接続の超小型ポータブルDAC/ヘッドホンアンプ。ついにUSB-C採用となったiPhone 15シリーズの登場によって、その勢いはさらに増すはずです。実際このジャンルの新製品登場ペースは驚くべき速さになっています。
そんな中でもマニアックなポータブルオーディオファンにこそ注目してほしいのが、このジャンルとしてはこれまでになかった高価格帯に形成され始めた新たなハイエンドクラスです。今回はその動向や製品例を紹介。特に尖った最新製品、iBasso Audio「DC-Elite」については実機レビューをお届けします。
USB-Cでスマートフォンなどに接続できる超小型ポータブルDAC/ヘッドホンアンプ市場の拡大の勢いが止まりません。
「スティック型やドングル型とも呼ばれる超小型ポータブルDAC/ヘッドホンアンプ」という製品は前々からあるにはありました。しかし当初はジャンルと言えるほどの製品数もなく、ニッチなアイテムにとどまっていた印象です。
それが現在のような人気を博すようになった理由は、おそらくは次の2つでしょう。スマートフォンの多くがイヤホン端子を搭載しなくなったこと。そして音楽リスニングの主流がストリーミングに移り変わったことです。
スマートフォンがイヤホン端子を搭載しなくなったことで、有線イヤホンを使用するにはUSB-CやLightningからイヤホン端子への変換アダプターが必要になりました。
ですがこの時点ではまさにその「変換アダプター」レベルのアイテムが主流で、音質にこだわった製品の存在感はまだまだ少数派。有線で音質にこだわるならもうDAP使えばいいじゃん!という意見が当時のポータブルオーディオ界隈では多数派だったわけです。そこに完全ワイヤレスイヤホンの普及開始が追い打ちとなり、そもそもスマートフォンでの音楽リスニングはもう有線イヤホンじゃなくてよくない?の流れに。
ですが再生ソースの主流がファイルからストリーミングに移り変わり、さらにはハイレゾストリーミングまで始まったことで、状況に変化が訪れます。ワイヤレス伝送ではハイレゾ音源のポテンシャルのすべては引き出せません。そこで有線イヤホンへの注目が高まるわけですが、今度は「DAPでいいじゃん」というわけにはいきません。ポータブルの主戦場は屋外。屋外でストリーミングを存分に楽しむにはモバイル通信が必須。でもDAPはモバイル通信機能を持ってない。ならばスマートフォンで使える超小型ポータブルDAC/ヘッドホンアンプだ!
そのようなユーザーニーズが生まれ、それに応えるように、もはや単なる変換アダプターではない、音質にこだわった超小型ポータブルDAC/ヘッドホンアンプが次々と登場するようになりました。バランス駆動対応製品などはその顕著な例です。
スマートフォンでハイレゾストリーミングという新たなニーズによって、このジャンルはニッチからメインストリームに躍り出たと言えるでしょう。
そして2023-2024年冬シーズン、このジャンルで特に注目してほしいのはハンエンド製品です。といってもこのジャンルのこれまでのハイエンド価格帯の話ではありません。2023年になってそれを上回る価格帯の製品が次々と登場。4万円超の価格帯に新たに形成され始めた、新ハイエンドクラスにこそ注目してほしいのです。
このジャンルにおいて、当時の製品と一線を画した価格帯と実力で明確にハイエンドと言える存在感を見せつけたのは、2021年春に登場のLUXURY&PRECISION「W2」が初めてだったかと思います。その「W2」が当時の価格で39,600円(税込)ほど。以降しばらく筆者にとって、その価格と実力がこのジャンルのハイエンドの基準でした。
LUXURY&PRECISION「W2」。ディスプレイ搭載というのもこのジャンルでは当時まだ多くはなかった仕様です
しかし2023年。そのLUXURY&PRECISIONが「W4」「W4EX」をそれぞれ市場想定価格74,800円前後、48,000円前後(いずれも税込)で投入し、「W2」よりさらに上の価格帯でさらに進化したサウンドを披露。前後してほかのメーカーからもそういった価格帯と実力の製品が登場し、新たなハイエンドクラスが形成されたのです。
7万円超という「W4」の価格は現在でもこのジャンルで最上位クラス
そしてそのサウンド、そしてそれを生み出している技術的な挑戦やその面白味は、ポータブルオーディオのマニアックなファンにこそヒットするはず。
ということでここからはこの新ハイエンドクラスの製品から、技術や機能に注目ポイントがあり、そして筆者が実際に聴く機会があってその実力を確認済みの製品を中心に紹介していきます。
まずは先ほども紹介したように新ハイエンドクラスを切り開いた製品と言える、LUXURY&PRECISION「W4」「W4EX」です。よくあるパターンとは逆に無印の「W4」が上位モデル、EX付きの「W4EX」はややお手ごろな価格になっています。
「W4」よりも安価な「W4EX」はブルー系のカラーを採用
技術面での注目点は、DAC回路とアンプ回路を一体化した独自チップの採用。「W4」には「LP5108」、「W4EX」には「LP5108EX」という独自チップを採用し、音質向上と同時に「W2」比で50%の低消費電力化も実現されています。USB経由でスマートフォンなどから電源供給を受けるこの種のアイテムにおいては、低消費電力=再生機側のバッテリー消費を速めないということ。うれしいところです。ディスプレイ搭載&ロータリースイッチノブで100段階音量操作も設定操作も快適。そこも実用面での見逃せないポイントになっています。
CAYIN「RU7」は、このところ据え置きでもポータブルでも流行しつつある、R2R方式のDACを採用した製品。
CAYIN「RU7」はDAC回路もボリューム回路もディスクリート構成
高精度抵抗を4ch分で合計128個使用のディスクリート構築R2R方式DACをこのサイズのポータブル機に搭載とは、マニアも、というかマニアこそ驚きでしょう。そんなマニアックさでありつつ、音量調整はこちらも100段階を確保&ディスプレイで音量数値を視認できるなど、一般的な使いやすさも文句なしの仕上がりです。音量調整の細やかさと調整しやすさはアンプの基本能力。高感度高遮音性のイヤホンと組み合わせる際などには特に大切になります。
さて先ほどは低消費電力設計の効用に触れましたが、電力を贅沢に使うことが音質向上の王道かつ近道なのも事実。そこでEarMenが「COLIBRI」に採用しているのが、自身を駆動するためのバッテリーを内蔵し、その潤沢な電力でDAC&アンプ回路を駆動する設計です。
EarMen「COLIBRI」。このジャンルでは大型な部類ではありますが、それ相応以上の強みを内蔵バッテリーから得ています
この設計にはスマートフォンから供給される電源の悪影響を受けずS/Nなどを向上させやすいといった利点もあります。もちろん内蔵バッテリーの分だけの大型化と高価格化は不可避ですが、それでも採用するだけのメリットがある設計です。
DITA「Navigator」は筐体デザインに工夫が凝らされています。
DITA「Navigator」。同社イヤホンとの相性は当然抜群ですが、そこに特化しているわけではありません
ドライバー工具内蔵やスマートフォンスタンド機能搭載といったギミック要素が目立つかと思いますが、注目してほしいのはもっと細かな部分です。たとえばストラップホールはこのジャンルの製品においては珍しい装備ですが、言われてみればあると便利かも。スマートフォン→DAC/アンプ→イヤホンの取り回しを検討する際、DAC/アンプをバッグの持ち手とかに吊るせるとなったら選択肢が広がりませんか?音量ボタンを大きく落とし込んだ配置も、外観の面白味と誤動作防止の実用性を兼ね備えたデザインとして秀逸です。
Astell&Kern「AK HC4」も、発表されたばかりでまだ実機のサウンドは確認できていないのですが、「AK HC2」や「AK HC3」の実績から考えればまず間違いのない選択肢になってくれることでしょう。
Astell&Kern「AK HC4」。「AK HC」シリーズでは初のUSBケーブル脱着式&シングルエンド/バランス両対応
Astell&Kernの製品は、モデルごとシリーズごとに音調の個性はありつつ、どの製品もS/Nにすぐれる印象です。そこは同社の設計思想とそれを具現化するための技術があってこそでしょう。そこ重視のユーザーは要チェック。
と魅力的な新ハイエンドクラス製品が多くある中で特に特に強くプッシュしたいのが、最新製品でもあるiBasso Audio「DC-Elite」です。
iBasso Audio「DC-Elite」。冷却ラジエーター的なスリットを使ったデザインもよき
しかもこの筐体はチタン合金削り出し
というのもこのモデル、現在のこのジャンルで最も「ハイエンドオーディオ的なぶっ飛び感」のある製品。技術的に尖りまくってるんです。もちろんその成果として音も格別!
ローム社のDACチップ「BD34301EKV」は、本来はデスクトップオーディオ以上に向けた、しかもそのデスクトップオーディオ以上の製品でもまだ採用例が少ない最新フラッグシップチップ。それをこの小ささのポータブルオーディオに搭載しているのがまず驚き。
ですがさらに尖っているのは音量調整機構。このモデルは同社独自開発の機械式アッテネーターを採用しているのです。
このノブのクリック感の源は機械式ロータリースイッチ
機械式アッテネーターとは、機械式ロータリースイッチの各端子に固定抵抗を取り付け、スイッチを回して抵抗を切り替えることで音量を調整するというもの。一般的なアナログボリュームを音質でも精度でも上回ります。ですがその構造から小型化は容易ではありません。つまりポータブルオーディオにはまったく向かない技術なのです、本来は。
ロータリースイッチというとこれくらいかこれよりもっと大きいサイズが普通な印象
しかしiBassoは機械式24段階調整アッテネーターを超小型DAC/ヘッドホンアンプに搭載できるサイズにまで小型化。「DC-Elite」にはそれが搭載されています。24段階は音量調整としては正直やや粗いですが、本機はデジタル領域での0/-1/-2/-3dB微調整スイッチの併設でその弱点をある程度カバー。
高音質への貢献、実用性の確保、マニアを喜ばすロマン性。これぞハイエンドオーディオ!な技術要素と言えます。
なお音量操作時には音切れやノイズが目立ちますがそこは、機械式アッテネーターをこのサイズに落とし込むに当たって現時点では不可避だった箇所のようです。受け入れるしかありません。
付属品は専用レザーケース、USB-C to USB-Cケーブル、USB-C to Lightningケーブル、USB-C to USB-A変換アダプター。
レザーケースは深いグリーン
今回のテストと撮影に使わせていただいたものは製品パッケージ完成前のサンプル機のため、ケーブルは付属しておらず。そのため試聴と撮影にはありあわせのケーブルを用いました。そのようにケーブルの使い回しをしやすいのもUSB-C接続DACのうれしいところかもしれません。USB-Cケーブルは長さや柔軟性などの選択肢も広いですしね。
イチオシ製品ということでサウンドの特徴についても紹介しておきましょう。
いちばんのインパクトは「小さめの音量で聴いてもパワフル!」ということです。音像に込められた力感は小音量リスニングでは失われがちな要素。しかしこのDAC/アンプは、損なうことなくそれを届けてくれます。
それを特に顕著に体感できるのは、パワフルなバンドサウンドやエレクトリックサウンドよりも、むしろアコースティックな楽曲かもしれません。たとえばアコースティックギターとウッドベースのデュオ演奏、ジュリアン・ラージさんの「Double Southpaw」を聴けば、ギターのピッキングの瞬間の音から、指先でピックを握る力の入れ方と抜き方や、弦に当てた瞬間からの押し込みの強さのコントロールなどまでが伝わってくるようです。そういった力、エネルギーの機微を、この小さなDAC/ヘッドホンアンプは小音量再生時でもしっかり届けてくれます。
余裕の高出力で音に力を込めるアンプとそれを損ねない音量調整を可能とするアッテネーター。アンプの基本である増幅と音量調整。このサイズにしてそれをハイレベルに兼ね備えているのが「DC-Elite」の素晴らしさです。
というように「DC-Elite」は挑戦的な技術から見事な音を叩き出してくれる製品です。そういった製品の登場はそのジャンルの成熟を示しています。まずは普通に使いやすくて音がよい製品が十分に充実してこそ、そこからの差別化を狙ったアグレッシブなアイテムも生まれてくるのです。
4万円を超える新ハイエンドクラスの超小型ポータブルDAC/ヘッドホンアンプ。これからどんな製品が飛び出してくるのか今後も目が離せません。