デノンの11chアンプを内蔵したAVアンプ「AVC-X6800H」が3月中旬に発売される。希望小売価格は528,000円(税込)。1日違いで姉妹ブランドのマランツから「CINEMA 30」が発表されたばかりだが、これとコンセプトが異なる姉妹機と言える製品だ。
「AVC-X6800H」はデノンAVアンプの最高グレード製品「AVC-A1H」からの技術を継承し、「モンスターを超える、プレミアムコンパクトAVアンプ」として企画された。
ここで言う「モンスター」とはかつてのハイエンド2018年発売の「AVC-X8500H」(および2021年発売の「AVC-X8500HA」)のこと。つまり、本体をコンパクトにまとめつつ、「AVC-X8500H」を超える音質を目指したことが「AVC-X6800H」の一大特徴だ。
「コンパクト」とは言っても、絶対的に小さいわけではなく、しっかりフルサイズの寸法は434(幅)×389(奥行)×167(高さ)mm(アンテナを除く)。これは弟機である9chアンプ内蔵モデル「AVR-X3800H」とまったく同じ。さらに11chアンプを内蔵したうえ、高い機構安定度と放熱安定度を実現したとしている。
写真では伝わりづらい部分だが、たとえば「AVC-A1H」の寸法は434(幅)×498(奥行)×195(高さ)mm(アンテナを除く)。実際にこの奥行き寸法のアンプを目の当たりにすると、オーディオ製品を見慣れた筆者ですら「デカいな……」ともらしてしまうもの。それでいて「AVC-X8500H」の音質を超えるというのだ。
比較的コンパクトなだけではなく、音質を追求したことにこそ「AVC-X6800」の意義がある。そのための施策を順に追っていこう。
「プレミアム」モデルのため、入出力端子は充実している。HDMI入力7系統はすべて8K/60fpsおよび4K/120fps映像信号(最大40Gbps)のパススルーに対応
「AVC-X6800H」の主要スペック
●HDMI入力7系統(すべて40Gbps対応)
●内蔵パワーアンプ数:11ch
●アンプ定格出力:140W+140W(2ch駆動、8Ω、20Hz-20kHz、THD 0.05%)
●最大プロセッシングch数:13.4ch(7.4.6構成に対応)
●プリアウト:13.4ch(RCA)
●Dolby Atmos、DTS:Xのほか、360 Reality Audio、Auro-3D、IMAX Enhancedに対応
●「指向性」サブウーハーモード、プリアンプモード搭載
●ネットワークオーディオ機能「HEOS(ヒオス)」対応
●自動音場補正機能Dirac Live対応(有償)
●寸法:434(幅)×389(奥行)×167(高さ)mm(アンテナを除く)
●重量:15.6kg
「AVC-X6800H」は、弟機である9chアンプ内蔵モデル「AVR-X3800H」とまったく同じサイズ
なお、奥行482mmの「AVC-X8500H」(左)と奥行389mm「AVC-X6800」を比較すると、これだけ差が出る。特にテレビラックにAVアンプを収めたいと考えているユーザーにはありがたい仕様だ
パワーアンプ部の増幅素子は、4年をかけてメーカーと共同開発したというカスタム品。これから同クラスのAVアンプには本素子を採用していくという。この素子はマランツ「CINEMA 30」と共用部品のようだ
上の素子を使い、chごとにモジュール化されたパワーアンプを使う。差動1段のAB級パワーアンプ回路構成は「AVC-X6700H」から踏襲されたデノンおなじみのもの。位相回転が少なく、安定度が高いことがメリット。基本構造は「AVC-A1H」と同じだ
パワーアンプモジュールは、放熱のための銅板を介して一列にヒートシンクに取り付けられる。銅板の厚みは1mm。この銅板は「AVC-X6700H」には使われていなかったパーツだ
増幅素子が互い違いに設置される手法も、マランツ「CINEMA 30」と同様だと言える
プリアンプ/パワーアンプ部の間をシールド線で接続したこともポイント。右の「AVR-X4800H」では、生産性のために基板で接続する方法がとられている。シールド線で接続する方法はすべてのchを同一条件で揃えやすいなど、音質面で有利だという
音量にあわせてプリアンプのゲインを増減する可変ゲイン型プリアンプの採用は従来どおり。プリアンプでの増幅を行わず、S/Nの改善を図っている。これにセレクターと独立した電子ボリュームコントロールICを組み合わせる。これも信号経路の最適化を図るデノン定番の手法だ
DAC回路はD/Aコンバーター素子の近傍にジッターリデューサーを搭載するなどの配慮がされた最新版。このあたりも「CINEMA 30」との共有部分のようだ
ビデオ基板も一新され、「AVC-X6800」では6層基板を採用。高性能DSPチップを1基だけ使い、高速処理を実現した。これが13.4chプロセッシング対応につながっている。この基板もマランツとの共通部分だろう
基板や回路の変更だけでなく、各所のパーツについてもカスタムパーツを投入してブラッシュアップを図っている
電源トランスについても弟機よりも余裕のあるカスタム品を搭載。余裕を持った大容量だが、このあたりはさすがに「AVC-X8500H」とは差があるポイントだ
そのほか、「AVC-A1H」でも使われた「SYコンデンサー」など、アナログ回路だけでも150以上のパーツが見直された
D&Mホールディングスの試聴室にて、「AVC-X6800H」と「AVC-X8500H」の比較試聴を実施。スピーカーはBowers&Wilkinsの「800D4」シリーズを中心とした「7.2.4」chシステムだ
最後に、「AVC-X6800H」の内覧会で実機を試聴できたので、そのインプレッションをお伝えしよう。実際に「AVC-X8500H」を超える音質なのか? 直接比較するデモンストレーションも行われた。
まず再生されたのは、でホフ・アンサンブルのブルーレイオーディオ盤「POLARITY」のAuro-3D音源。「AVC-X8500H」では空気感まで感じられるような密度の高い音場だ。試聴位置後方から明確な定位でスネアの音が降ってくるような再現性は、チャンネルベースのAuro-3Dならでは。
いっぽうの「AVC-X6800H」では、「AVC-X8500H」で前面に感じられた密度感よりも、先鋭感やキレのよさを印象付ける。ベースの胴鳴りが力強く、彫りが深い。情報が掘り起こされて描写されるようで、確実に世代の差を感じさせるものだった。
どちらがよいかについては好き好きの部分もありそうだが、デノンとしては「AVC-X8500H」を超えたのではないか、と自負しているそうだ。全面的に「AVC-X6800H」のほうがすぐれているということもなさそうだが、そのほかのソースでも比べてみたくなったことは間違いない。
さらに「AVC-X6800H」で再生されたのは、Ultra HDブルーレイ「地獄の黙示録 ファイナル・カット」(Dolby Atmos)。ウィラード一行が川をさかのぼる最中、上空からヘリコプターが迫ると後方から前方へシームレスにヘリコプターの音が移動し、空間を支配する。その背後には常に鳥や虫の声が充満している。まるでDolbyのテストディスクのようだが、わざとらしさはなく、自然と作品中のジャングルに引き込まれる思いだ。「AVC-X6800H」が比較的コンパクトに仕上げられたからといって、音質に妥協した印象は一切受けなかった。
「AVC-X6800H」の希望小売価格は528,000円(税込)。「AVC-X6700H」の希望小売価格(生産終了時)が374,000円(税込)だったことを考えるとずいぶんと値上げしたと思われるかもしれない。しかし、型番こそ「6800」だが、「AVC-X6700H」の後継機というよりは「AVC-X8500H」の実質的後継機と考えたほうがよいのだろう。
だとすれば価格も相応であり、コンパクトなプレミアム機という新たなコンセプトを提示した価値のある1台だと言える。