完全ワイヤレスイヤホンの高音質化が止まらない。かつては「有線でなければ高音質は望めない、音質ガチ勢は有線イヤホンしか使わない」と言われていたが、最近では完全ワイヤレスイヤホンのハイエンド化が一気に進み、音質にこだわったモデルの中には5万円を超える価格の超高級モデルまで登場し始めている。今回はそんな超ハイエンド完全ワイヤレスイヤホンの音質頂上決戦だ。
超ハイエンド完全ワイヤレスイヤホンの音質を徹底比較
今回取り上げるのは、英国Bowers & Wilkins(B&W)が手掛ける「Pi8」、そして日本発のオーディオブランドNUARLが手掛ける「Inovator」。さらに2025年1月の発売以来、音質面で高い評価を得ているTechnics「EAH-AZ100」もゲスト参戦。Technics「EAH-AZ100」の価格はほかの2機種の半額近い3万円弱ではあるが、音質面でどれだけ高価格帯クラスの「Pi8」や「Inovator」に迫れるのか。ポータブルオーディオ愛好家のための「音質全振りレビュー」、ここに開幕だ。
まずは3機種の概要を軽く振り返っておこう。
B&W「Pi8」は、据え置きのHi-Fiオーディオの世界では言わずとしれた、英国発のスピーカーの名門ブランドが手掛けた完全ワイヤレスイヤホン。12mmカーボンコーン・ダイナミックドライバーに、独立搭載したDAC & アンプのディスクリートで構成されている。高音質BluetoothコーデックはaptX Adaptive(96kHz/24bit)、そしてaptX Losslessに対応している。
2024年9月発売のBowers & Wilkins「Pi8」
今回はほかの2機種と色被りしないミッドナイト・ブルーのカラーをチョイス
「Inovator」は、完全ワイヤレスイヤホン黎明期から高音質モデルを送り出してきた日本発のオーディオブランド、NUARLが手掛ける完全ワイヤレスイヤホンの最新モデル。“2x2 Soundシステム”と呼ばれる高域用MEMSスピーカーと低域用LCPドライバーを、個別のアンプで駆動する独自構成を採用。ユーザーの個々の聴覚特性を測定して、すべての人に本来の音を届ける「Audiodo Personal Sound」にも対応する。今回はこの「Audiodo Personal Sound」前提として貸し出しを受けているため、聴覚補正済みの状態で試聴を行っている。
2024年12月発売のNUARL「Inovator」
3Dプリンターを使ったイヤモニ型筐体で耳への密着度は抜群。製品ごとに異なるというマーブル模様も特徴的だ
「Audiodo Personal Sound」による聴覚補正済みの状態で試聴を実施
最後のTechnics「EAH-AZ100」は、磁性流体ドライバー搭載でLDACコーデック対応、3〜4万円クラスの製品の中では音質評価の高いモデル。こちらは発売時にレビュー記事で実力を紹介している。
2025年1月発売のTechnics「EAH-AZ100」
今回はシルバーカラーを使用した
これら3機種を同一条件で音質比較レビューを実施した。プレーヤーはAndroidスマートフォンの「Xperia 1 IV」で、NUARL「Inovator」とTechnics「EAH-AZ100」はLDACコーデック、B&W「Pi8」はaptX Adaptiveで接続した。なお、ノイズキャンセリングはオフの設定で統一している。
試聴した音源は下記の4曲だ。
・宇多田ヒカル「BADモード」(J-POP、女性ボーカル)
・Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」(J-POP、男性ボーカル)
・ダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」(ジャズ)
・映画パイレーツ・オブ・カリビアンより「彼こそが海賊」(オーケストラ)
今回は各機種をすべての音源でレビューしたうえで、音質の項目別に評価を行っている。なお、音質コメントは今回の3機種の中での評価、すなわち「超ハイエンド機の中での相対評価」という前提で読んでほしい。
まずはB&W「Pi8」から音質チェック。
B&W「Pi8」の音質レビュー
宇多田ヒカル「BADモード」から聴き始めると……すぐに実感するのが音の情報量と音楽の立体感だ。宇多田ヒカルの歌声はビビッドでありながら、ニュアンスの伝わる情報量を備える。またシンバルの音が鮮明に分離していて、すべての音が空間に浮かび、耳の周りを取り巻くように配置され奥行き感を生み出す。ライブ感と音楽性ある音とでも呼ぶべきだろうか。Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」では、低音の量感が圧倒的で、キックが深く沈み込むし、迫力のあるグルーヴを生み出す。中域と低域はやや厚み重視で若干混濁するところもあるが、ラップの歌声は立体的に飛び込んでくるようで聴きやすい。
ダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」は、ピアノの響きの豊かさがすばらしく、ホールの残響までしっかり聴こえる。ボーカルはブリリアントで厚みがあり艶やか表現ではあるが、同時に弦楽器の音の歯切れ良さも印象的だ。ウッドベースの再現も深く心地よい。パイレーツ・オブ・カリビアン「彼こそが海賊」は、金管の音がパワフルで、オーケストラのダイナミクスに負けない広がりと迫力がある。
続いてNUARL「Inovator」を聴いてみると……今度はまったく音のイメージが異なる。ひと言で語るなら、音の情報量を極めたサウンドだ。
NUARL「Inovator」の音質レビュー
宇多田ヒカル「BADモード」は、イントロのシンセにも音の機微があり別モノの音質と思えてしまった。歌声の鳴りはクリアさとともに、今まで聴いたことのない中域に独特の情報があるし、ドラムの音分離まで克明だ。僕がほかのイヤホンで聴けていなかった音をカバーした、モニター的なサウンドと呼ぶべきところだろうか。Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」の低音のスピード感がありタイト。ラップの発音が一音一音鮮明で、言葉がクリアに浮かび上がる。低音は量感としては控えめだが、音楽としての緩急の再現が巧み。低音が支配的なこの楽曲で、低音以外の音がこれだけ存在感を持つイヤホンも珍しい。
ダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」もボーカルとピアノが完璧に分離し、それぞれの音が明確に聴こえる。ピアノもシンバルの余韻も、今までにない音の機微をともないながら再現され、それが耳元に迫るようなリアルさで聴こえてくる。そしてさらにその奥に広がるストリングスも聴こえてくるなど、分析的な音の展開がおもしろい。パイレーツ・オブ・カリビアン「彼こそが海賊」では、オーケストラのステージの構造すら見渡せるような立体感。勢いよりもむしろパート別に鳴らし分けるような客観性があり、金管とストリングスの音分離で演奏の構造が明確にわかる。
最後に、先の2機種と比べると約半額で購入できるTechnics「EAH-AZ100」を試してみた。
Technics「EAH-AZ100」の音質レビュー
宇多田ヒカル「BADモード」を聴くと、ボーカルはエッジが強すぎないやわらかな表現で美音系とも呼ぶべき音。シンセの音はエネルギーによる鮮やかさが乗るような再現。低音はゴリとした適度な硬さと量的なパワーとのバランスがよく、集中するとその音の深みも感じられる。Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」は、まさに暴力的なまでの低音の奔流に圧倒される。低音とは分離してやわらかく響くラップやコーラス、鈍いキックと楽曲全体は維持される。
ダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」は、適度なやわらかさとニュアンス再現を攻めた歌声の心地よさ、特にピアノのタッチのやわらかさと響きが生楽器のニュアンス、そして空間的な響きがとても自然だ。ウッドベースの低音の量的な強さと響きもしっかりと感じられる。予想以上にハマった楽曲がパイレーツ・オブ・カリビアンより「彼こそが海賊」。オーケストラの壮大なスケールとボリューム感重視の低音で、押し寄せる音のダイナミズムを見事に描ききってくれる。
ここまでB&W「Pi8」、UARL「Inovator」、そして注目新機種のTechnics「EAH-AZ100」をレビューしてきたが、3機種の音質の違いを理解するため、3つの切り口でまとめていこう。
3機種の音質総合評価まとめ
まず、音の解像度については、NUARL「Inovator」をトップとしてあげたい。圧倒的な分離感と正確性、音を分解して鳴らすような情報量と客観性が今回紹介した3機種の中でも特に秀でていた。“Audiodo Personal Sound”の聴覚補正による効果も大きいが、これまで聴こえなかった音が聴こえるという体験は異質さすら感じるほど。なんにせよ、音の情報と解像度の観点では、「これが本当の正しさだ」と突きつけられるような体験だった。
解像度トップはNUARL「Inovator」
続いて高域から低域までの再生する音の周波数レンジは、B&W「Pi8」が極めて優秀だった。特にシンバルのような高域の金属音のきらめきの再現は唯一無二で、高域の再現性を求める人に強くオススメしたい。いっぽうで深く量感もある低音は臨場感・迫力という観点でよいし、低音の量感と情報量のバランスを両立しているところにも実力を感じる。高域も低域も得意という意味でワイドレンジな再生というイヤホンとしての特性のよさを感じるサウンドだ。
周波数再現・音場でトップのB&W「Pi8」
音の空間再現や定位感という音場の観点でも、B&W「Pi8」がよかった。頭の中から外れて空間上の特定の位置に音が浮かび、距離感も伝わるライブ正確な音像定位を、空間オーディオ技術なしに達成するところは流石。ライブのようなリスニング体験、音楽の没入感を求めるならB&W「Pi8」だ。
さて、NUARL「Inovator」B&W「Pi8」の話題はすでに出たので、残ったTechnics「EAH-AZ100」はというと……やはり8万円級の2機種と4万円弱という価格差は大きく、音のクリアさ、情報量で完敗。音を聴いた瞬間に「これでは勝負にならない……」と思わされるほどのグレードの違いを思い知らされた。
勝負に負けたがコスパではやはりTechnics「EAH-AZ100」が優秀
ただし、意外と健闘している部分もあった。まず低音の量感を求めるならTechnics「EAH-AZ100」はB&W「Pi8」の次に大きく、また低音の深みや弾力感が優秀。また生音感ある音は解像度重視のNUARL「Inovator」やB&W「Pi8」とも異なる方向性のよさがある。音質のグレード負け感は否めないが、価格も半額程度であり、コスパの観点ではTechnics「EAH-AZ100」はオススメできる機種なのは間違いない。
こうして超ハイエンドの完全ワイヤレスイヤホン2機種+ゲスト参戦のTechnics「EAH-AZ100」を比較してみると、当然ながら超ハイエンドイヤホンの音質のよさは相当なものだ。そして人気の3〜4万円クラスと比べても音質の上がり幅がハッキリとあるため、音質にこだわる人はステップアップとしてぜひ試してほしい。このクラスまで到達すると、ハイエンドな有線イヤホンの愛好家でも音質を楽しめるレベルに到達しているように思える。
「高音質を探求するオーディオの趣味は青天井」とも言われているが、「完全ワイヤレスイヤホンなら、まだこの価格で天井に手が届く」−−そう考えると、意外と安く思えるかもしれない。