プロ向けのイヤホンを手がける中国のカスタムIEM(インイヤーモニター)メーカー「qdc」。日本には2016年に本格上陸し、その作りのよさで着実にファンを増やしている。ただ、同社が国内で展開している3種類のカスタムIEMは、いずれも価格が20万円台と高価。そんな同社から、国内では初となるユニバーサルモデルが登場した。ドライバー数を減らすことで、5万〜10万円と手が届きやすい価格設定が魅力だ。今回はqdcのそんなユニバーサルモデル3製品を一気に聴き比べてみた。
中国の深センに本社を構えるqdc(Shenzhen Qili Audio Application Co., Ltd.)は、警察や軍向けのオーディオデバイスを研究開発しているメーカー。ミリタリー向けで培った高い技術力をベースに、プロユースのカスタムIEMも手がけており、中国のカスタムIEM市場ではシェア率70%を誇るというほど人気のあるメーカーなのだ。
その人気の秘密は高いクオリティにあるが、それを支えているのが同社の開発環境だ。輸入代理店である代理店のミックスウェーブによれば、数百万円以上するB&K(ブリュエル・ケアー)社の音響・振動計測用システムや無響音室など、さまざまな設備を備えているという。また、サウンドについては機械によるチェックだけでなく、アーティストやエンジニアなど、人間の耳でも入念に確認しており、そのメンバーには、北京オリンピックでチーフサウンドエンジニアを務めたShaogang Jin氏や、オリンピックのメイン公式曲のレコーディングを任されたMengyang Lin氏といった、著名人も携わっている。
音響・振動計測用システム
qdc社内の様子
qdcのイヤホンのラインアップは大きく3つある。これらは、耳型が必要なカスタムIEMだけでなく、耳型不要のユニバーサルタイプも同様だ。
「STUDIO」レコーディングエンジニアやプロデューサーなどスタジオ向け
「HI-FI」コンシューマー・マーケットをターゲットにしたリスニング向け
「LIVE」ライブパフォーマンスやライブレコーディング・ミキシングなどのステージ向け
今回取り上げる製品はいずれもBA型ドライバーを搭載したユニバーサルタイプで、ラインアップは、2ドライバー内蔵の「2SE」、3ドライバー内蔵の「3SH」、4ドライバー内蔵の「4SS」の3製品。価格は、「2SE」と「3SH」が約6万円、「4SS」が約10万円となっている。
いずれも高価なイヤホンだが、実は先行発売されている同社のカスタムIEMはもっと高価だ。現在はBA型を8基搭載した3モデルが提供されているが、そのどれも価格は20万円となっている。いっぽう、今回登場したモデルは、もっとも搭載ドライバー数が多い4ドライバー内蔵の「4SS」でも、価格は10万円とほぼ半値。しかもカスタムIEMと同様にハンドメイドで仕上げられているのでクオリティも高い。同社製カスタムIEMと同じクオリティのものを、搭載ドライバーを減らすなどして、半分以下の価格で楽しめるようにしたのが、今回登場したユニバーサルモデルの大きな見どころだ。
なかでも面白いのが2ドライバー内蔵の「2SE」だ。国内300台限定のSE(Special Edition)モデルとされ、既存の「STUDIO」「HI-FI」「LIVE」シリーズとは異なる特別品だ。このチューニングには、qdcの代理店を務めるミックスウェーブの担当者も関わっている。ちなみに、この担当者は、価格.comのイヤホン・ヘッドホンカテゴリーの満足度ランキングでトップ3の常連となっているUnique Melodyのユニバーサルイヤホン「MAVERICK」の音作りにも参加した人だ。日本のユーザーによりフィットした形で、音の追い込みが行われているのは大きな特徴だ。
なお、3ドライバー内蔵の「3SH」はHI-FIシリーズ、4ドライバー内蔵の「4SS」はSTUDIOシリーズに属している。
それでは、実際に3モデルの共通仕様についてみていこう。まずシェルの形状は3モデルともほぼ共通している。カスタムIEMのような耳にフィットしやすい凸凹のあるフォルムで、フィット感は良好だ。シェルの表面もなめらかに仕上げられており肌触りも心地よい。遮音性はカスタムIEMレベルではないにしろ、一般的なイヤホンより高いように思う。カスタムIEMを作るときに耳が小さめと言われた筆者でも、すんなりと固定できるほどシェルのサイズは小さくおさまりがよい。
カスタムIEMのような曲線的なフォルムになっている
シェルの中にイヤホン端子を埋め込まず、あえて外に突き出すように設けられたイヤホンの接点。独自タイプだが、昔のUltimate Earsで採用されていたのと似ている
そして本製品で注目なのが、独自デザインのBA型ドライバーだ。自社で設計し、大手BA型ドライバーメーカーに製造を委託している特注品とのことで、ドライバー表面には「qdc」の文字が刻印されている。カスタムIEMメーカーでは、汎用型BAドライバーを使いさまざまなチューニングを施すのが一般的だが、ドライバー自体を独自デザインで製造しているケースはそこまで多くない。こうしてカスタムしたパーツを使うことにより、メーカーが意図した音をしっかり再現できるようになっているのだ。再生周波数特性は、どのモデルも同じ20Hz〜20kHzとなっている。
「qdc」の刻印がされたドライバーが使われている
さて、ここからは、各製品の仕様と音質インプレッションをお届けしていこう。なお、試聴には、Astell&Kernのオーディオプレーヤー「AK380」を用い、各種音源(CD/ハイレゾ)を聴いている。
日本向けで限定300台となる2ドライバー内蔵の「2SE」
「2SE」は、Low/Mid×1基とHigh×1基のBA型ドライバーを搭載。入力感度は98dB@1mWで、インピーダンスは25Ωと小さめになっている。また、Astell&Kernのポータブルオーディオプレーヤー「AK70」と同じ、エメラルドグリーンのカラーリングを採用。透明度の高いシェルも相まって、見た目のカッコよさが印象的だ。
その音を聴いてまず感じたのは、BA型2基とは思えないほど、なめらかな音だということ。上位機種の多ドライバーイヤホンのような、パリッと決まったきめ細やかさや迫力はさほどないものの、各々の音が出過ぎず一体感のある落ち着いたサウンドにまとめられている。長時間聴くにはもってこいのチューニングだろう。なめらかな音のため聞こえはやわらかいが、じっくり聴いていくと、楽器1つひとつの音もしっかり感じられる。シンバルのアタックは鋭さを適度に抑えた感じに聴こえるが、全体のやわらかさのある雰囲気と上手に調和している。低音の量感が気になるLow/Mid兼用ドライバーだが物足りなさはないうえ、ボーカルの声も通りがよく、高音部もきれいに抜けている。また、思った以上に音に広がりがあるのもポイントで、試しにTOTOの「I Will Remember Me」を聴いてみたところ、太いながらもしなやかさのあるドラムパートと、しっかりした音の広がりが楽しめた。クセのないチューニングでどんな楽曲でもあいそうな懐の深さが魅力だ。
BA型ドライバーとダイナミック型ドライバーを組み合わせたハイブリッド型を含め、2ドライバー内蔵モデルは出せる音域が限られている。そのため、どこかに違和感が出やすいが、本製品ではそれがビックリするほどきれいに処理されている。価格もハイブリッド型イヤホンに近いため、購入を検討しているユーザーは、ぜひ、聴き比べてみてほしい。
HIFIシリーズにラインアップされる3ドライバー内蔵の「3SH」
「3SH」は、リスニングモデルとされる「HI-FI」シリーズに属した3ドライバー搭載モデル。ドライバー構成は、Low×1基とMid/High×2基で、入力感度は106dB@1mW、インピーダンスは82Ω。群青色の半透明シェルが特徴的だ。
音は、高域側がきれいに伸びるメリハリの付いたサウンド。音源との距離感が縮まって、ダイレクトに熱気が伝わってくるような印象がある。「2SE」で感じたなめらかさや、やわらかさというよりも、より肉感的になったボーカルなど、存在感が増した臨場感の高いサウンドが特徴的。低域から高域にかけて、出すところは出して、引っ込めるところは引いた、プロポーションのハッキリとした現代的なチューニングだと感じた。とはいえ、絶妙な低音の量感と、きれいに伸びる高音域など、エレクトロな楽曲ではそのチューニングがうまくハマり、気持ちよく楽しませてくれるだろう。
イヤホン側の色付けがやや強めに出るタイプのようなので、主にスマートフォンで音楽を楽しむ方に向いているかもしれない。
「STUDIO」シリーズに属した4ドライバーモデル
4ドライバーモデルのみ、各ドライバーの音道管がノズル手前まできている
「4SS」はリファレンスモニターのチューニングを施した「STUDIO」シリーズの4ドライバーモデル。ドライバー構成は、Low/Low-Mid×1基、Mid×1基、Mid-High/High×2基で、入力感度は106dB@1mW、インピーダンスは17Ω。
音は、まさにリファレンスモニターという感じの鳴りっぷり。フラットなトーンで、これまで聴こえなかった細かな音もしっかり再現している。静寂の中から音が立ち上がっていく様子は、フォーカス感の高さと相まって、写実的と言うのがピッタリな印象だ。低音から高音のクセのないバランス感のある「2SE」と、音の距離感が近い「3SH」の両者の長所を兼ね備えた、リファレンスモニターというにふさわしい性能だろう。「2SE」と「3SH」は比較試聴してみても、好みの差で選べばよいように思うが、絶対的な解像度と定位感はこちらの「4SS」が圧倒的だ。聴いていると、搭載ドライバー数以上の音の多さを実感できるほどだ。これまで同社のカスタムIEMを高額だという理由で候補から外していたユーザーなら、このモデルを聴く価値はある。
日本国内ではまだ新興ブランドというイメージの強いqdcだが、聴いてみるとその実力は確かなものだ。音はいいけど見た目がイマイチということもなく、ビジュアルもきれいに仕上げられている。クオリティの高さは、実際に手に取り音を聴いてみると、より納得できるだろう。
特に、国内300台限定の2ドライバー内蔵の「2SE」は日本独自のチューニングを施しており、ワールドワイドで展開しているqdcのイヤホンの中でも、異色の存在だ。高音質なハイレゾプレーヤーと組み合わせることで、帯域バランスのよさに加えて独特なやわらかさが実感できるだろう。いっぽう、3ドライバー内蔵の「3SH」は、低域から高域までのコントラストが特徴的。少し淡白に聴こえがちなスマートフォンでの再生でも、やや濃いめの音色付けがうまくマッチしそうだ。4ドライバー内蔵の「4SS」はハイクオリティのリファレンスモニターがほしい方にピッタリだろう。
これまでとても高価だったqdcのイヤホンであるが、ユニバーサルモデルの登場で、手の届く存在になった。同社のカスタムIEMと比べればグレードは落ちるが、他社の同数のドライバーを搭載したイヤホンに比べれば、完成度では決して負けていない。高額な2ドライバー以上のイヤホンを購入する際には、十分選択肢に入る製品だろう。