自動車に関係する気になるニュースや技術をわかりやすく解説する新連載「3分でわかる自動車最新トレンド」。連載2回目は2015年に世界的な衝撃をもたらしたフォルクスワーゲンのディーゼルエンジンの不正をおさらいしよう。モータージャーナリストの森口将之氏が、今回の不正問題があらためて提起したディーゼルエンジンの目指すべき方向性を解説する。
2015年の経済系ニュースでも、最大規模のスキャンダルとなったフォルクスワーゲンのディーゼルエンジン不正問題。その熱狂がさめつつある今だから語れるディーゼルエンジンの未来を解説しよう
2015年のクルマにまつわるニュースの中でもっとも衝撃的だったのが、フォルクスワーゲン(以下VW)のディーゼルエンジン不正問題であることに、異論を唱える者はいないだろう。
問題が発覚したのは9月。前年に米国の大学によるテストで、同国に輸入されているVWのディーゼルエンジンのソフトウェアの不正が発覚。VWは当初は否定していたものの、環境保護庁とのやり取りの末、認めることになった。排出ガス試験時にはNOx(窒素酸化物)排出を抑えるソフトウェアを働かせて規制をクリアしつつ、公道上では性能を優先し、最大で規制値の数十倍ものNOxを排出していた。
つまり公道上では排出ガス規制をクリアしていなかったわけで、ルール違反だ。試験は実際の道路は走らず、ローラーの付いた台の上で計測するので、ステアリングやサスペンションがほとんど動かない。それを感知するセンサーを組み込んでソフトを切り替えていたらしい。
しかも当初は北米向けのディーゼル車だけかと思ったら、まもなく欧州などほかの地域向けのディーゼル車にも同様のソフト搭載を打ち明けた。このエンジンは直列4気筒だったが、その後、同じくVWと関係の深いポルシェなどに積まれるV型6気筒ディーゼルにも同様の不正ソフトを入れていたと開発したアウディ(こちらももちろんVWグループ)が表明。さらにCO2排出量まで少なく抑えるソフトを採用していたことまで明らかにした。こちらにはガソリン車も含まれていた。
VWの北米サイトでは、不正にまつわるさまざまなドキュメントがまとめられている。なお、国内の正規モデルに該当するディーゼルエンジンを搭載するものはない
なぜこんなことをしたのか。2015年12月に行われたVWの記者会見でも触れていたが、ガソリンエンジンとモーターを組み合わせたトヨタのハイブリッド車対抗として、ヨーロッパのメーカーがディーゼル車のほうが環境にやさしいという戦略を打ち出し、VWがその先頭に立っていたことが大きい。現実にはハイブリッド車はストップ&ゴーが続く都市内、ディーゼルは都市間の中長距離走行と得意分野が違うのに、両者を対立構図に仕立ててしまった。
しかもVWは21世紀に入って、販売台数世界一という目標を掲げた。そのため日本同様ハイブリッド車の普及が進む米国でもディーゼルVS.ハイブリッドの図式を持ち込み、ディーゼル車の拡販に務めようとした。その過程で不正ソフトが使われ、あろうことかほかのディーゼル車やガソリン車でも同じ不正を行ったのだという。
もちろんこれは特定の技術者だけが問題ではなく、それを許した会社全体の問題。一部のジャーナリストは組織ぐるみではない、クルマに罪はないと擁護を続けていたようだが、コーポレートガバナンスが問われる由々しき事態という点で2015年に発覚した国内の会計や建築にまつわる大企業のさまざまな不正と同じであり、VW自身、記者会見で組織ぐるみだと認めている。抗議の意志を込めて、あるいは今後のサービスに不安を感じて、違反企業の商品を買わないのは理解できる。
そもそも排出ガス規制は、クルマが地球環境悪化の原因のひとつであることから生まれた。同じ目的で、自転車や公共交通への移行を促す政策も世界各地で導入されている。でも今までクルマ優先だっただけに、簡単には移行は進まず、多くの関係者が苦労していることを、自転車や公共交通の取材もしている筆者は知っている。だからこそ同じ環境分野で故意にルール違反をしたVWに、同情の余地はないというのが正直なところだ。
今回の一件では、ディーゼルエンジンそのものに非難が集まったり、ほかのメーカーのディーゼル車が疑われたりという一幕もあった。特に目立つのはドイツのDUHという環境団体で、9月以降毎月のように、VWグループ以外のディーゼル車に不正があると指摘している。
しかし、この環境団体の主張は、特定の走行シーンで基準値を超える有害排出ガスを出すというもの。同じクルマでも乗りかたや走る場所によって燃費は大きく変わってくる。排出ガスについても同じだ。環境団体が槍玉に挙げたメーカーはいずれも、規制はクリアしており、ルール違反のVWとは根本的に立場が異なる。実際、ほかのメーカーで不正があったという公的機関からの発表は現時点でない。
ほかのディーゼルはクリーン。それを立証するように、今年はトヨタやボルボがひさびさにディーゼル乗用車を日本市場に導入。以前から展開しているマツダやBMW、メルセデス・ベンツはラインアップを増やしている。前にも書いたが、ディーゼルは都市間を長距離走行する際の燃費・環境性能に長けており、日本では燃料代もガソリンより安い。ディーゼルが真価を発揮するシーンはこの国にも少なからず存在すると思っている。
ディーゼルエンジンは、本来、都市間移動のような長距離のクルージングに適している。国内では軽油の価格も安価なのも魅力
いっぽう都市内では、今後ディーゼル車は順風満帆とはいかないかもしれない。2014年12月、それを示唆するニュースがあった。パリのアンヌ・イダルゴ市長が、2020年までに市内へのディーゼル車の乗り入れを禁止するとともに、ルーブル美術館やノートルダム大聖堂などがある都心には住民や観光バス、緊急車両などを除くクルマそのものの乗り入れを制限し、歩行者優先ゾーンの新設や自転車レーンの倍増を目指すと表明しているのだ。
パリは近年、エコモビリティでも注目されている。2001年に就任したベルトラン・ドラノエ前市長が、「ヴェリブ」と呼ばれるサイクルシェアリングやEV(電気自動車)シェアリングの「オートリブ」を導入し、路面電車を復活させ、バス専用レーンと自転車レーンを大量に増やすなど、積極的な環境対応型モビリティを導入した。
なのに、2014年3月、暖かく風の弱い日が続いたために大気汚染が急速に進行。2日連続で5段階の環境基準で最悪の赤色になった。市長は公共交通を3日間無料とし、ナンバープレートの末尾の数字による通行規制を行うことで、危機的事態を脱した。この経験が最初の表明につながったのだろう。
2014年3月のパリの大気汚染のグラフ。さまざまな対策を講じたにもかかわらず、基準値が5段階で最悪の日を2日連続で記録した。この経緯が2020年までに市内へのディーゼル車の乗り入れ禁止につながっている
ディーゼル規制と聞いてまず思い出すのは、東京都の石原慎太郎元都知事が1999年、ペットボトルに入ったススを振り撒いたあのパフォーマンスだ。当時はトヨタ・プリウスが発売されて少し経った頃で、前にも書いたようにVWを筆頭にヨーロッパのメーカーがディーゼルこそエコという戦略を取りはじめた頃。クルマ好きの多くはヨーロッパ車が先生だと思い込んでいたから、都知事の発表に異論を唱える人が多かった。
筆者はそうではない。「ディーゼルNO!」という言いかたは問題があったが、ヨーロッパの規制に比べて緩かったPM排出量を厳しく規制するいっぽうで、クリーンディーゼルの開発促進や低硫黄軽油の早期供給を求め、不正軽油撲滅活動も行った内容は評価した。おかげで東京の空は昔よりきれいになった。それにすべてのディーゼルがダメだったら、マツダやBMWのディーゼルは今も東京を走れない。
VWのお膝元、ドイツでもディーゼル規制は実施している。2008年から多くの都市で導入している「環境ゾーン」がそれだ。PM排出量の多い旧いクルマは都心に乗り入れできず、通行したい場合はPMなどの微粒子を除去するDPFフィルターの装着を義務づけている。東京都の後追いのような内容だ。現地の最新規制「ユーロ6」も、我が国のポスト新長期規制とほぼ同じ。日本のディーゼル規制の先進性がわかる。
好調なセールスが続くマツダの「CX-3」は、全グレードがディーゼルエンジン搭載。技術の可能性を物語るクルマだ
2016年早々に国内に投入されるベンツの新しい「Vクラス」も、全車がディーゼルエンジン搭載。高コストになりやすいため大型車でもディーゼルは活路を見出せる
こうして考えると、パリの2020年規制は不自然ではないと思える。今後他の都市でもディーゼル車の乗り入れが制限され、ガソリン車もそれに続き、EVや燃料電池自動車など、排気ガスを出さないクルマ以外は乗り入れ不可になるかもしれない。
それならディーゼル車をさらにクリーンにすればよいと考えるかもしれない。しかし現時点でも、ディーゼル車は同クラスのガソリン車より排出ガス対策にお金がかかり、車両価格は高めだ。そこにさらなるコスト負担を強いられることになると、コンパクトカーでのディーゼルは難しくなるかもしれない。
すでにヨーロッパで最小の車格であるAセグメントでは、従来型ではディーゼルを積んでいた「スマート」、「ルノー トゥインゴ」、「シトロエンC1」が、新型ではガソリン車だけになっている。この調子で行くと、ディーゼルは中大型車専用のエンジンになるかもしれない。たしかにディーゼルは長距離走行で真価を発揮するから、中大型車との相性はよい。
つまりディーゼルエンジンは万能とはいえないけれど、今後も活躍の舞台は確実にある。前回のコラムで提言した、自動運転車の「シティ型」と「ハイウェイ型」のような役割分担を、EVに代表される電動車両とディーゼルを含めたエンジン車の間でも行っていく時期に来ているような気がする。
写真は新しいルノー トゥインゴ。小型車のAセグメントでは、逆にガソリンエンジンへの回帰が進んでいる
新しいスマートもディーゼルからガソリンエンジンへ転換された。経済性と都市内の移動がメインならガソリンエンジンのほうが現状ではより適している