3分でわかる自動車最新トレンド

国内初の高速道路のスピードアップは、世界的トレンドにかなったもの

自動車に関係する気になるニュースや技術をわかりやすく解説する新連載「3分でわかる自動車最新トレンド」。連載10回目は、2016年3月下旬に報道された高速道路のスピードアップを取り上げよう。クルマの性能との関係や、諸外国の動向などを含めて、モータージャーナリストの森口将之氏が解説する。

高速道路のスピードアップが現実的になってきた。国内固有の問題に限定せず、世界的な視野で捉えてみよう

高速道路のスピードアップが現実的になってきた。国内固有の問題に限定せず、世界的な視野で捉えてみよう

速度にメリハリを付ける、そんな世界的トレンドに合致したスピードアップ

警察庁が、これまで100km/hとなっていた日本の高速道路の制限速度を、120km/hに引き上げるというニュースが先月流れた。朝日新聞によれば、今年度以降、まず静岡県の新東名高速道路と岩手県の東北自動車道の一部区間を110km/hに引き上げて状況を観察。そこで問題がなければ120km/hに引き上げるという。対象区間の拡大も行われるだろう。

日本では1963年に最初の都市間高速道路である名神高速道路が完成して以来、制限速度はずっと100km/hだった。それが変わるのだから画期的な出来事だし、さまざまな変化が起こるのではないかと想像できる。

環境問題が深刻になり、自動車の世界でもいわゆるエコカーが普及している中で、なぜ制限速度を引き上げるのか、疑問を持つ人がいるかもしれない。しかしほかの国を見てみると、下の表で示したように、最近になって引き上げを行った国がいくつかある。

環境問題にシビアな欧州のオランダやスウェーデンのように、高速道路のスピードアップを実施した例はある。環境問題とは関係ない(クルマによってはむしろ上げたほうが排ガスは減る場合もある)

日本でも一般道路については、警察庁が2009年に新たな速度規制基準を発表し、これまで40〜60km/hだった制限速度を、生活道路は30km/h(欧州ではゾーン30という呼び名があり日本でも普及しはじめた)に引き下げるいっぽう、自動車の通行機能を重視した構造の道路では70〜80km/hに引き上げていくと発表している。

その後2011年までの2年間で、9区間の制限速度が改定されている。たとえば栃木県を走る国道408号線、通称「鬼怒テクノ通り」の一部では、60km/hだった制限速度を80km/hに引き上げている。メリハリをつけることにしたのだ。

栃木県の「鬼怒テクノ通り」の一部区間が制限速度80km/hに設定されている。今回の高速道路の速度アップはこうした流れの一環といえる

安全装備を豊富に備える今のクルマならスピードアップに十分対応可能

高速道路の制限速度引き上げの理由は大きく分けて2つある。ひとつは自動車の性能が上がって、多くの乗用車は120km/hで巡航することが、性能面で問題なくなりつつあることだ。これには横滑り防止装置など、安全装備の進化も関係している。筆者もサーキットやテストコース、そして欧州の高速道路で、問題ないことを何度も確認している。

もうひとつは制限速度を上げることで、移動時間が短縮されることだ。20km/h程度のアップでは大幅な時間短縮は望めないと考える人がいるかもしれないけれど、単純計算すれば600kmの距離を走破する時間が6時間から5時間に縮まるわけで、長距離移動ではそれなりに効果がある。

速度無制限のアウトバーンは例外。世界的に見ても120〜130km/hが主流

120km/hという数字については、個人的にも納得している。先進国の高速道路の制限速度を見てみると、最近改定を行った国を含めて、多くが120〜130km/hに集中しているからだ。今のクルマに今のドライバーが乗って、安全が担保できる上限がこのあたりなのだろう。

クルマ好きの中には、ドイツの高速道路・アウトバーンに速度制限がないことをあげ、あれこそ理想であるという人がいるが、ほかの多くの国の速度制限事情を見れば、むしろアウトバーンはドイツ固有のガラパゴス的な事例であると考えるべきだろう。

昔は欧州の多くの国が速度制限なしだったそうだが、事故が増加したうえに、航空機や高速鉄道網が発達し、さらに近年の環境問題もあって、ドイツ以外の国は速度制限を導入した。納得できる流れだ。

速度無制限で知られるドイツのアウトバーンだが、国内には制限するべきだという声も根強い

速度無制限で知られるドイツのアウトバーンだが、国内には制限するべきだという声も根強い

ドイツでも環境問題を重視する緑の党など、速度制限の導入を訴えている人々は多い。しかし、自動車は国の基幹産業であり、アウトバーンがあるからこそドイツ車の高速性能をアピールできるというメリットを重視する人も一定数おり、現在は一部に速度制限のない区間を残し、それ以外の区間では130km/hの奨励速度を掲げるという、玉虫色の決着で落ち着いている。

アウトバーンやサーキットでの高速走行を体験したひとりとして言わせてもらうと、瞬間的には200km/hを出せるけれど、長時間安全に走れそうなのはやはり120〜130km/hあたりだ。また、筆者は2輪車も乗るけれど、カウルのない、いわゆるネイキッドタイプのオートバイでは、風をまともに受けるので120km/hあたりが快適に走れる上限だと感じている。こうした体験を含めて考えると、ドイツ以外の欧州主要国の速度設定こそ妥当だと思っている。

風が直撃するネイキッドタイプのオートバイで、高速道路を快適に走行できる限界は120km/hあたり

風が直撃するネイキッドタイプのオートバイで、高速道路を快適に走行できる限界は120km/hあたり

義務ではなく、選べる速度の幅が広がった、と理解したい

ただ、仮に120km/h制限が導入されたとしても、全車が毎日すべての場所でそのスピードを維持する必要はまったくない。写真のように、ドイツのアウトバーンでも、カーブが続く道では100km/h以下の制限速度を掲げている場所がある。筆者が海外の高速道路で走る機会が多いフランスのオートルートでは、晴天時は130km/h、雨天時は110km/hという表示をよく見かける。

同じ高速道路なのに制限速度が上下していては運転しにくいという声も聞かれる。そういう人は、市街地で歩行者が横断歩道を渡ろうとしていても、スピードを落とさずに通り過ぎてしまうのだろうか。それは交通違反だ。

そもそも自動車は、目の前の状況に合わせてドライバーが速度を調節して運転するものであり、場所や天気によって制限速度が上下することに文句を言うような人は、道路を走る資格がないのでは?と思ってしまう。

フランスの高速道路であるオートルートは、晴天時の速度130km/hが、雨天時には110km/hに制限されることが多い

大型貨物車の存在についても同じことが言える。120km/hへの引き上げ後も、大型貨物車の制限速度80km/hは据え置かれるという見方が有力だ。従来は最高でも20km/hだった乗用車との速度差が、40km/hに拡大することになる。しかし、欧州では現時点でこの程度の速度差は存在しており、特に問題なく走っているという現実がある。

制限速度にしたって、そもそも速度の上限を規定したものだから、それ以下のスピードで走ってもかまわないわけだ。もちろん下限を規定する最低速度も制定されているけれど、120km/hで走るドライバーは、それ以下で走る車両をじゃまだと思ってはいけない。あおりなどの事例が多数発覚されたら、おそらく警察庁は引き上げを中止するのではないだろうか。

その前に心がけておきたいのは、個々のドライバーが車線を遵守すること。つまり追い越し車線を走り続けたり、走行車線から追い越しを行ったりという行為は、事故を誘発するので控えたい。もちろん追い越しは、周囲の安全を確認したうえで、ほかの車に恐怖感を与えぬよう、ゆっくり行うことが望まれる。

スイスでは2016年1月の道路交通法改定で、高速道路の追い越し車線の最低速度が80km/hから100km/hに引き上げられた。これによって大型トラックや大型バスは、追い越し車線を走れなくなったという。ここまで徹底した国もあることも覚えてほしい。

大型貨物車の制限速度は80km/hのまま据え置かれるという見方が有力。40km/hの速度差が生じるが、欧州では今のところ大きな問題にはなっていない

速度超過の黙認が減り、今まで以上に責任が問われることになるだろう

そしてもうひとつ、120km/hへの制限速度引き上げが現実になったら、スピード違反の取り締まりが厳しくなることが予想される。

意外に思う人がいるかもしれないが、欧州での速度違反取り締まりは日本よりはるかに厳しい。フランスではたった5km/h程度のオーバーでも違反対象になる。またドイツでは奨励速度の130km/hを超えての事故では、過失責任が重くなることが多いという。

逆に日本は、制限速度は100km/hだったけれど、実際はそれ以上の速度で流れているパターンも多い。現状の法令を厳格に適用すると、大多数のクルマが取り締まり対象になってしまうので、極端な速度超過車両のみを取り締まり、軽微な違反は黙認という状況になっているというのが、多くのドライバーの実感だろう。120km/hへの引き上げは実勢速度に合わせたという見方もできそうだ。

いずれにしても、120km/hへの引き上げによって、個々のドライバーのマナーがこれまで以上に試されることは間違いない。ひとりひとりが高速道路の正しい走り方を認識すれば、事故は増えず、逆に移動時間短縮などのメリットが享受できるはずだし、そういう結果になってほしいと思っている。

森口将之
Writer
森口将之
1962年東京都生まれ。自動車業界のみならず、国内外の交通事情や都市計画を取材しメディアを通して紹介。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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田中 巧(編集部)
Editor
田中 巧(編集部)
通信を中心にしたIT系を主に担当。Androidを中心にしたスマートデバイスおよび、モバイルバッテリーを含む周辺機器には特に注力している。
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