ボードゲーム説法
第3回

ボドゲ住職に聞いた! 「カタン」が3000万個も売れたワケ

本連載は、曹洞宗三峯山洞松寺の住職を務めながら、ボードゲームジャーナリストとして活動する小野卓也さんが、人気のゲームを紹介しながら仏の教えを説く、ありがたい(?)企画。聞き手は「ボードゲーム王選手権2018」優勝者の筆者、河上拓。連載第3回は「ドイツゲーム」の歴史パート2と題し、1980〜90年代前半のシーンを振り返ります。

【PROFILE】(写真/小関一成)
●小野卓也(おのたくや)……1973年生まれ。ボードゲームジャーナリストとして活動する曹洞宗洞松寺(山形県長井市)の33代住職。国内最大のボードゲーム情報サイト「Table Games in the World」を運営。国際賞「インターナショナル・ゲーマーズ・アワード」でアジア人初の審査員を務める。著書に「ボードゲームワールド」(スモール出版)などがある

前回はこちら

釈迦の気分をロンドンで味わえる!?

河上 前回までの流れをおさらいしましょう。1970年代に米国、英国で同時多発的に生まれたゲームは、ドイツでの賞の発足を機に、ドイツ国内で認知されました。賞の話題性もあり、ボードゲームは市民権を得ていった。多くの出版社がたくさんのゲームを発売し始めたんですよね。

小野 そうですね。そして1982年、「スコットランドヤード」がドイツの出版社、ラベンスバーガー社から発売されます。このドイツ産ゲームは世界的に人気になりました。

「スコットランドヤード」

「スコットランドヤード」

河上 「スコットランドヤード」は発売の翌年1983年の第5回「ボードゲーム大賞」を受賞していますが、デザイナーもメーカーもドイツという純ドイツ産ゲームが大賞を受賞したのはこのゲームが初めてですよね。数名の警察側が、隠れて移動するひとりの犯人を追い詰めていくゲームです。世界中で販売されて大ヒットしました。

小野 「ひとり対複数人」のシステムと、隠れて移動する犯人がどこにいるのか推理するというのがほかにはない新しい要素だった。逃げる「怪盗X」が1名、追い詰める警察がほか全員と二手に別れるんですけど、醍醐味はひとりで逃げる「怪盗X」役ですよね。警察側はみんなで話し合って追い詰めていく。割とそのあと、現代の協力ゲームで一般化していくようなプレイ感なんですが、ひとりで追いかけられる「怪盗X」は、このゲーム特有のスリルを味わえる。

河上 このゲームの最大の特徴ですよね。

ロンドン市内を逃走する「怪盗X」。警察側は、わずかな情報を頼りに「怪盗X」を追い詰めていく

ロンドン市内を逃走する「怪盗X」。警察側は、わずかな情報を頼りに「怪盗X」を追い詰めていく

小野 読者のみなさんも1度、「怪盗X役」をやってみてほしい。心臓に悪いですけどね。みんなが、ああだこうだと相談しているときに、自分は決して何も言っちゃいけないですから。

河上 サンバイザーをして、目線まで隠さなきゃいけないゲームってなかなかないですよね。

ゲームにはサンバイザー(写真左上)が付属。「怪盗X」役がボードを眺めて作戦を練る際、どこを見ているか気づかれないようにするために使用する

小野 追いかけられているため、「もうだめだ! 見つかる!」とあきらめそうになるんですけど、追い詰められていく中で活路がどこかにある。裏をかいてそのひと筋を探していく。「ものは考えよう」と言いますが、そのようにポジティブに捉えていくととても面白い。
「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」という禅の言葉があります。どんな状況になっても、平常心を持って歩み続ける。それが悟りに近づくいちばんの道だという意味の言葉です。あるいはもう悟り自体が平常心ということでもある。お釈迦様が悟りを開く直前に、悪魔に誘惑されるんです。ですけど平常心で「悪魔よ去れ!」って払いのけるんですね。このゲームの「怪盗X」役も同じで、どんなに追い詰められてもあきらめず落ち着いていることが大事です。

河上 確かに、あきらめようかなって思った瞬間に、精神的にも追い詰められて負けてしまうことが多いですよね。むしろ手玉に取るってことを考えながら、みんなより少し精神的に上に立つような気構えでやってる人のほうが逃げられる気がします。でもまさか、釈迦の気分が味わえるゲームだったとは(笑)。

小野 舞台はロンドンですけれども(笑)。

「ドイツゲーム」ブームを支えたデザイナーズゲーム

小野 で、この「スコットランドヤード」が世界各国で発売されて大ヒットしたことで1980年代のドイツのボードゲーム市場はどんどん巨大になっていきました。

河上 そのころから言える「ドイツゲーム」の特徴のひとつとして、ゲームのテーマがありますよね。

小野 確かに。ナチスの歴史があるドイツでは、戦争を題材にしたゲームは御法度です。だからおのずと、無人島を開拓したり、牧場を発展させたり、どこか牧歌的なテーマが多くなる。

河上 「スコットランドヤード」にしても戦闘はなく、あくまで追いかけっこに特化してますしね。あともう1点、賞の発足を機に発展したからなのか、デザイナー名がパッケージに大きく書かれているのも特徴ですよね。

小野 「デザイナーズゲーム」と呼ばれるゲームですね。確かに増え出したのはこのころですね。

河上 毎年賞レースがあるから、自然とデザイナーにスポットが当たることが多くなり、彼ら彼女らのファンも増えていきます。1990年代以降も、人気デザイナー、ライナー・クニツィア、ヴォルフガング・クラマー、クラウス・トイバーの3名が頭文字を取って「3K」と呼ばれるなど、「デザイナーズゲーム」は「ドイツゲーム」のブームを支え、特徴のひとつになっていきます。

小野 実際に遊んでみると、それぞれ作家によって特徴的なカラーが出ていることがわかります。1980年代後半から1990年代前半は、現在から見るとルールは簡単ですが、システムの新しさで一点突破するようなゲームが多く出ているんです。まあ、そういうゲームが、デザイナーの個性が出やすい環境だった、とも言えますね。

河上 実際、「3K」の作品も、絵画オークションをにおける競りをテーマに、強烈なジレンマを体感できるライナー・クニツィアの「モダンアート」や、正体を隠したまますごろくのようにコマを進めて、バレないように点数を稼ぐヴォルフガング・クラマーの「アンダーカバー」、粘土で作品を作って、ほかの人に何を作ったかを当ててもらう、クラウス・トイバーの「バルバロッサ」と、どれも今見ても独創的で、実際に今も遊ばれているものが多い。

画商になって絵画を競り落とす傑作競りゲーム「モダンアート」。さまざまなタイプの競りが楽しめる

画商になって絵画を競り落とす傑作競りゲーム「モダンアート」。さまざまなタイプの競りが楽しめる

プレイヤーは絵画が描かれたカードを競り落としていく。それぞれアーティストごとにイラストのタッチが違い、カードごとに絵柄も異なる

「アンダーカバー」。プレイヤーはスパイとなり、自分の正体を他プレイヤーに見破られないように点数を稼いでいく

「バルバロッサ」は、粘土細工で何を作ったかを当てるゲーム。他プレイヤーにすぐに当てられてもダメだが、まったく当てられないのも減点。上手すぎず下手すぎない作品を作るのが楽しい

3000万個を売り上げ、ドイツに社会現象を巻き起こした「カタン」

河上 話は変わりますが、ちなみにそのころ、日本や米国を中心に任天堂の「ファミリーコンピュータ」が大ヒットしていますね。

小野 「ファミコン」は、ドイツには米国経由で入っていきました。輸入品で高価だったのと、ローカライズの必要など、割とマーケット的な理由で遊ばれないままだった。そこにたまたま、ボードゲームのほうが先に普及したってことだと思います。

河上 1990年に発売された任天堂「ゲームボーイ」は、米国や日本に次いで、ドイツは世界3位の売り上げを記録するほどヒットしていますし、今も任天堂の「Nintendo Switch」の売れ行きが好調だったりと、特にデジタルゲームが苦手ってわけではなく、むしろ好き。というかゲーム全般が好きともとれますよね。

小野 そして1995年、「カタン」が登場します。「時間はかかるしルールは多いので、ファミリーが遊ぶはずがない」と言われていたこのゲームが社会現象と言われるほどドイツ国内でヒットして驚異的な売り上げを記録した。これが特異点的な気がします。

「カタン」は3000万個を売り上げ、ドイツゲームの歴史を塗り替えた。写真は、シリーズの基本となるスタンダード版

河上 難しすぎて売れるはずないだろうと、メーカーも最初は難色を示したほどルールが多いゲームが、ドイツ国内のみならず世界中で大ヒットした。日本でも当時、トライソフトという会社が日本語版を発売しました。

小野 私もその日本語版が「ドイツゲーム」に触れるきっかけになりました。

河上 そこまでヒットした理由は何だと思いますか?

小野 まず、絶妙にバランスが取れていたこと。ゲーム自体の内在的な要因ですよね。いろんなものがいいバランスで遊べる。「モジュラーボード」っていう複数のタイルを組み合わせたボードがあり、それから陣取りがあり、サイコロを振るダイスロール、麻雀の役のようにカードをそろえるセットコレクション、さらに交渉の要素もある。ホントにルールのデパートみたいな感じなんですけど。

河上 いろいろとやることは多いんですけど、待ち時間がないというのが魅力的ですよね。人の手番でも資源が生まれるし、交渉もできる。

小野 そこも画期的でした。で、ちょっとした選択が悩ましい。たとえば、道をどっちに伸ばすかですごい迷うことがある。

河上 分岐点で道を右に伸ばすのか、左に伸ばすのかっていうのは勝敗にも影響するほどすごい重要ですよね。

小野 実際、その部分の選択は2択ですけど、さらに奥にまた別の分岐があるわけです。そこからさらに道を伸ばして開拓地を置けるのか。その開拓地は資源を生むのか。もしかしたら、その間にほかの人の開拓地ができ、伸ばせなくなるかもしれない……と、考え出すとキリがない。

河上 思い通りにいかないからこそ、悩ましいですよね。

小野 仏教では「六道(りくどう)」っていう、世界が6つあるという考え方があります。天国から地獄までの6つの世界の間を、生き物は輪廻してさまよっている。死ぬと別の世界で生まれ変わって、そこで死ぬとまた別の世界へ行って生まれ変わる。それを繰り返してるという死生観なんですね。人生でもそうですが、常に選択を迫られて、その選択によってその先、幸せになれるかどうかが変わっていく。地獄や天国も最初から行く場所が決まってるわけじゃなくて、生まれ変わる時に自分がどういう状態かで変わるわけです。

河上 死んだあとに、どの世界に生まれ変わるかが自分自身の生き方、選択によって決まっていくということですか。

小野 ただこうして生きようって思っても人生はなかなかうまくはいかない。「カタン」もそうで、こっちに向かえば資源がたくさん出て、幸せになれると思っても、実際はほかの人が入ってきたりして、なかなか思い通りにはいかないですよね。で、結局どういうパターンが勝つかっていうと、ほかの人とうまく同じ土地を分け合っている人が勝てる。「カタン」には微妙な競争関係と協力関係があるんです。

河上 Win-Winの関係が重要ですよね。

小野 人生もそう。相手を思いやり、共存する心が、成功にもつながるのだと思います。

プレイヤーは、開拓地から道を引き、島全体を開拓していく。道の先にしか建物を建てられないため、どちらに道を延ばすかが非常に重要

河上 で、その「カタン」が、それまでのものと比べ物にならないくらい大ヒットした。今も売れ続けていて、販売累計が3000万個を超えてるっていうのも、冷静に考えるとすごい数字ですよね。

「カタン」以降、フリーク向けゲームが大量リリース

小野 世界中に飛び火すると同時に、ドイツ国内でも一気に難しいゲームが作られるようになっていきます。ルール量が多く複雑な「カタン」が大ヒットしたことでそれがスタンダードになっていった。これまでの「運の要素があって、初心者から上級者まで実力差が出ないバランス調整がされていて、ほかの誰かの行動が自分の行動に影響を与えるインタラクションがある」っていうことに加えて、「複合したいろんな要素が入っている」っていう新たなドイツゲーム観ができあがりました。

河上 世界的な大ヒット作と共に「ドイツゲーム」の定義が変わった。

小野 ここから、「カタン」の2匹目のドジョウを狙うように、どんどんルールや要素の多い長時間かけて遊ぶ、ゲームフリーク向けのゲームが次々に発売されていきます。

河上 「カタン」は1ゲーム、1時間ちょっとで遊べるんですけど、だんだん、90分とか120分とかのゲームが当たり前になっていく。

小野 「カタン」以降、5年ぐらいの間、そういった状況が続きます。「トーレス」というゲームが1999年に発売されて、2000年で「年間ゲーム大賞」を獲ったあたりで、もう行き着くところまで行っちゃったな〜という空気になってきた。さすがについていけなくなってファンが離れ始めたんです。でも、その異常進化は結果的には悪くなかった。いろんなメーカーが膨大な量のゲームをリリースしてくれたおかげで、いろんなものを取っ替え引っ替え遊ぶっていう遊び方ができるようになった。

ゲーマーズゲームの傑作「トーレス」が復活。プレイヤーはアクションカードをうまく使い、立体的な城コマを建設し、騎士コマを移動させて、点数を得ることを目指す

河上 日本でいうと「ファミコン」の黎明期と近いですね。「スーパーマリオブラザーズ」や「ドラゴンクエスト」などの大ヒット作が生まれて、何を出しても、ある程度売れるようなマーケットが確立されたことで、いろんなソフトが発売されるようになった。その相乗効果で、さらにどんどん人がひきつけられていったあの感じに酷似している気がします。

小野 ひとつのゲームが合わなくても別に気にする必要がない。いろんなゲームがあるので何かしらひっかかりますからね。

河上 楽しみ方の幅は確実に広がりました。

小野 仏教でも同じような現象があるんです。インドに5世紀頃から「僧院仏教(そういんぶっきょう)」というのがあったんです。仏教が僧院というお寺の中でのみ高度に発展していって、学問的に研究されていくんですけど、世間はまったくそれを知らないという状態になってしまった。インドで仏教が滅びた一因と言われています。一般大衆に対して、まったく何にも働きかけず、お寺にこもって研究してたもんで、だんだん世間と断絶が起こって、必要だとも思われなくなり、どんどん孤立していくわけですね。

河上 知らない人から見ると、山奥でなんかやってるな〜くらいな。

小野 そうそう。そうするとみんなのニーズに対して、まったく応えてないという状況が起こって、最後にイスラム教が攻め入ってきてトドメを刺されてしまうんです。結果、12世紀頃には消滅しちゃったわけですが、哲学的に価値のある研究がされていたため、僧院仏教は今も評価されています。たとえば、三蔵法師もそこを訪れてるんですけど、中国に帰ってきて、「すごく深遠な仏教だった」と、僧院仏教の素晴らしさを伝えています。

河上 つまり、この時期の「ドイツゲーム」の独自進化も今振り返ると、とても価値があるということですね。確かに、エリアマジョリティなどのメカニクスもこの期間に生まれて洗練されていったし、今も続くフリーク向けブランド「アレア」ができたのもこのころですよね。「カタン」以降のフリーク向けゲームの大量リリースがドイツゲームをさらに深いものに進化させた。

小野 マニアックに突き詰めることで、生まれるものもあるということですね。

合掌。

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今回は、ここまで! 
次回は最終章。1990年代後半〜現代編へと続きます。

河上拓

河上拓

「日経エンタテインメント!」から「月刊ムー」まで、エンタメやホビーを中心に幅広く活躍するマルチライター。トランスフォーマーなどの変形玩具、海外ボードゲームに詳しい。

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