ボードゲーム説法
第4回

「カルカソンヌ」と「大乗仏教」の共通点とは? ボードゲームの歴史、最終章

本連載は、曹洞宗三峯山洞松寺の住職を務めながら、ボードゲームジャーナリストとして活動する小野卓也さんが、人気のゲームを紹介しながら仏の教えを説く、ありがたい企画。聞き手は、「ボードゲーム王選手権2018」優勝者の筆者、河上拓。連載第4回は、「ドイツゲーム」の歴史を振り返るシリーズ最終章! 1990年代後半から現代までのシーンを振り返ります。

【PROFILE】(写真/小関一成)
●小野卓也(おのたくや)……1973年生まれ。ボードゲームジャーナリストとして活動する曹洞宗洞松寺(山形県長井市)の33代住職。国内最大のボードゲーム情報サイト「Table Games in the World」を運営。国際賞「インターナショナル・ゲーマーズ・アワード」でアジア人初の審査員を務める。著書に「ボードゲームワールド」(スモール出版)などがある

ファミリー層を取り込んだ「カルカソンヌ」

河上 前回までの流れを振り返ると、1995年の「カタン」の世界的な大ヒット以降、「ドイツゲーム」の定義が変わり始めました。「運の要素があり、初心者から熟練者、子供から大人までが一緒に遊べて、最後まで勝負が白熱する、相手の行動が自分の行動に影響するプレイヤー間の相互作用インタラクションがある」っていうこれまでの定義に、さらに「複合した要素が入っている」が加わった。それにともない1990年代後半からは、マニアックな方向へと突き進んで、だんだんマニアでさえ持て余すような難しいゲームが増えてきたんですよね。

小野 そんな長時間ゲームが出過ぎてしまって、ユーザーがちょっとついていけなくなったような状況の中で登場したのが、比較的簡単なルールでプレイ時間も30分ほどで遊べる「カルカソンヌ」でした。今でこそ、みんな中量級って言いますけど、そんなに重い、軽い、中量とかいう意識は当時なかった。全体的に長くて難しいゲームが増えてきて辟易としていたところに、まったくの別路線で出てきたのが「カルカソンヌ」だったんです。

「カルカソンヌ」の2ndバージョンを日本語化した「カルカソンヌJ」。「川」と「修道院長」という追加セットとともに、「修道院」タイルと入れ替えて使う日本の観光地タイル6枚が同梱されている

河上 「カルカソンヌ」の特徴は、ゲームとしてのビジュアルがしっかりしていることですね。終了時、タイルが並び終わったあとに作り出された世界が美しい。

小野 遊び終わったときに達成感がありますよね。あと、「ミープル」っていう木のコマも「カルカソンヌ」の発明なんですけど、タイルの上に人型のコマをのせると、箱庭っていうか、臨場感が出る。

河上 確かに人が暮らしてる世界をイメージしやすくなる。

小野 道の上を歩いている人は、何を考えてるんだろう? とか、そんな風に感情移入がしやすくなるんです。

河上 そして、このゲームがファミリー層を取り込むことに成功します。

小野 「カルカソンヌ」みたいな今でいう中量級ゲームは、「カタン」以前にもたくさんあったと思うんですけど、この時期、マニア路線についていけない人が増え、遊ぶ人が減ってきていた。そのタイミングで「誰とでも遊べる面白いゲーム」が出てきたことでみんなが手を出した。

これは、仏教でも同じようなことが起こっています。「大乗仏教」と言って、「みんなで一緒に仏の世界に行こう」っていう考えの流派があります。「大乗」っていうのは、大きな乗り物に乗って、みんなで仏の世界に行くようなイメージですね。「修行したお坊さんだけ悟りを開けるというのは、独りよがりじゃないか」という考えから、2000年ほど前の紀元前後に生まれました。

ちなみに、今の日本の仏教も「大乗仏教」です。今まではごく一部のマニアに向けたものだったのが、ハードルを下げて大衆化することによって、より多くの人が楽しめるようになった。まあ、正確に言えば「カタン」もある意味、「大乗仏教」的な広がり方はしてるんですけどね。

河上 「カルカソンヌ」とは逆ですけど、これまでとは違う形の新しいゲームによって、新たな価値観が世界中に広がっていくっていう部分では、そうですね。

小野 「大乗仏教」っていうのはひとつのムーブメントなので、時々原点に返って、また盛り返すっていうのを何度も繰り返すんですね。

河上 それは数百年のスパンで、起こるんですか?

小野 そうです。「こういう教えは限られた人にしか役に立たないものだ」って閉じていって、「いやいや、みんなのためのものだよね」って、また新しいムーブメントを作ってハードルを下げて広がるっていうのを繰り返してるんです。

河上 ハードルを下げることで広く認知はされますよね。

小野 でも「大乗仏教」にも善し悪しはあると思うんです。たとえば、志の面では下がったかもしれません。それまでは固い決意を持って修行していましたからね。それが誰でもできるカジュアルなものになった。

河上 そうなんだ。じゃあたとえば、日本が「大乗仏教」じゃなかったら、この連載なんか、もってのほかだったわけですか?

小野 そうですね。「修行と関係ないことはするな」と言われていたはずです。でも日本も「大乗仏教」が普及したことで、「何でも人とつながりが持てれば、修行と関係がある」となった。それまでお坊さんは結婚しないで修行に励んでいたのが、「結婚したほうが世間と関わりが持てるからいいじゃないか」という考えに変わってくるんです。ただ、それまでの仏教がなくなったわけではなくて、そちらはスリランカとか東南アジアのほうに流れていった。そちらはそちらで「流行なんてすぐに廃れるでしょう」と考えて、これまで通り伝統を守っていく「伝統仏教」として今も続いています。「大乗仏教」から見た考え方で、「小乗仏教」と呼ばれていますね。

河上 ボードゲームも最近、日本ではカジュアルなものが主流になっていくがゆえに、行き場をなくしたマニアの人が疎外感を味わってる可能性はありますよね。僕もプライベートでは、「小乗仏教」的なゲームを遊んでますし。

小野 一時の流行だと思って、「伝統仏教」的にマニアックなものだけを楽しむというスタイルもいいと思いますよ。

河上 ところで、「カルカソンヌ」のゲーム性についても、説法的なのを何かいただきたいんですけど。

小野 あっ、「カルカソンヌ」のね……。用意するのを忘れていました(笑)。ちょっと待ってくださいね。今、無理やり考えますので。

河上 まさに「大乗仏教」! カジュアルさがハンパない(笑)。

小野 えーっと、「カルカソンヌ」は、「知足(ちそく)」という仏教語が思い浮かびます。「足るを知る」って、うしろから読むんですけど、つまり、ほどほどのところで満足しておきなさいよという教えです。

「カルカソンヌ」は毎手番、山から1枚ずつタイルを引いて配置するんですが、タイルの枚数に限りがある。それを把握しないで町をどんどん広げようとすると、結局閉じないままゲームが終わってしまい、入る点数が半分になってしまう。ほどほどのところでうまく都市を閉じられることが1番いいわけですね。大きい都市になるとほかの人に都市が閉じられないようにジャマなタイルを置かれるっていう可能性もあるので、欲張るとよくないことだらけなんです。

河上 「カルカソンヌ」世界選手権の日本地区予選なんかでも、みんなまずは山札にどんなタイルが何枚残ってるかを把握していて、それを考慮したうえで配置してますもんね。

小野 「足るを知る」っていうのは、どれくらい自分が利用できるリソースがあるのかっていうことをちゃんと把握するってことでもあります。人生においても、自分が利用できる時間、お金、人、そういうのを把握しないで、無制限に欲しがるとどこかで破たんする。実際の人生では、「残りのリソース」はなかなか把握しにくいんですけどね。

河上 ある程度、残りのタイルを把握することは重要だと。

小野 そうですね。人生は何十年であり、生涯賃金はこれぐらいであると考えとかなければいけない。そのへんが甘いと、「カルカソンヌ」で閉じられなかった都市の得点計算みたいに、厳しい老後を過ごすことになるでしょう。

「カルカソンヌ」は、タイル配置ゲーム。プレイヤーは手番にタイルを1枚引き、即座に配置していく。イラストがつながって世界が作られていく

二極化の時代に突入

小野 そして「カルカソンヌ」以降の2000年代は、二極化の時代に突入します。

河上 「カルカソンヌ」のヒットを受けて制作されたファミリー向けのライトゲームと、「カタン」からの流れをくむ、入り組んだルールで時間をかけて遊ぶゲーマー向けの重量級ゲームに別れていく。

小野 「カルカソンヌ」から始まるファミリーゲーム路線っていうのは、若い人、女性、子供といった、あまりボードゲームを遊ばなかった層をどんどん呼び込んでいきます。そうすると、それまでボードゲームをたしなんできた人たちは、「小乗仏教」的な、さらに難しいフリークゲームを支持していく。

河上 でもそっちは、線としてはすごく細いですよね。

小野 そんなにたくさんは人口がいないんですけど、熱心なマニアによって支えられていきます。

河上 「大乗仏教」的なファミリーゲームでファンを増やしながら、「小乗仏教」的なフリーク向けゲームでいろんなシステムが試され、洗練されて浸透していく。

この2000年代に発明されたゲームシステムは、のちにさまざまな形で応用されていきます。フェイズ選択システムや、テキストによる特殊効果を浸透させた「プエルトリコ」、ボードにコマを置いて、アクションやリソースを取り合うワーカープレイスメントを生んだ「ケイラス」、1度の手番でできることを限定することで、長時間かかっていた地政学マルチゲームの手番を短縮化するロンデルシステムを採用した「古代」などがそうですね。

「プエルトリコ」。写真は2014年に発売された新版で、「拡張」が2種入っている

「プエルトリコ」。写真は2014年に発売された新版で、「拡張」が2種入っている

「プエルトリコ」は、開拓と貿易を繰り返し、国を発展させていくゲーム。個人ボードに配置した、効果が異なる「建物タイル」は、入植者コマを置くことで効果を発揮する。手番プレイヤーがアクションを選ぶと、ほかのプレイヤーも同じアクションを行えるのが特徴

「ケイラス」は、2006年度の「ドイツゲーム賞」(ユーザー投票による賞)など、多くの賞を獲得した傑作。13世紀末のフランス国境の村を舞台に、プレイヤーは棟梁となって、城などの建物を建てて発展させていく

「ケイラス」は、自分の労働者コマを建物に配置して、建物特有のアクションを行うワーカープレイスメントシステムを生んだ名作。ボード上の各建物には1ラウンドに基本ひとつの労働者コマしか置けないのがポイント。早いもの勝ちとなるため、おのずと他プレイヤーとの駆け引きが生まれることになる

写真は、2014年に発売されたマイナーチェンジ版の「古代2」。古代文明の国家を率いて繁栄を目指す。円状になったマス目を移動して、止まったマスに書かれたアクションを行う「ロンデルシステム」を最初に採用したゲーム。無料でコマの進める数が決まっているため、行えるアクションが制限される

TCGファンを呼び込んだデッキ構築型ゲーム「ドミニオン」

小野 でも、プレイ人口の大部分は、ファミリー層なんですけどね。で、一般的ファミリーゲームと、マニアックな重量級ゲームの2つしかない世界に、2008年に登場した「ドミニオン」がまた新しいユーザーを呼び込みました。

カードの効果が調整された「ドミニオン 第二版」が発売中

カードの効果が調整された「ドミニオン 第二版」が発売中

河上 新しいユーザーというのは、トレーディングカードゲーム(TCG)ファンですね。

小野 ボードゲームをやっていなかった人、それも、ファミリー層とは違ったお客さんがそこで一気に入ってきました。1993年に発売されて一世を風靡した「マジック:ザ・ギャザリング」から始まったTCGを遊ぶファンと、ボードゲームファンの間には距離があった。TCGはカードを購入して自分のデッキ(山札)を強くしていく。常に進化するゲームを好むTCGプレイヤーからすれば、ボードゲームのスタンドアローンっていうのは発展性がない。逆にボードゲーマーは、TCGはいくらお金があっても足りないんじゃないかと考える。そこが相いれなかったところだと思うんです。

河上 そのTCGプレイヤーが、「ドミニオン」によってボードゲームに触れることになった。

小野 なぜかというと「ドミニオン」はそれが両立して共存するゲームだったから。ゲームシステムがTCGのキモである、デッキ(山札)を自分で作っていく「デッキ構築」の要素を取り入れていたんです。

河上 1ゲームで使うアクションカードは10種類なので、使用するカードの組み合わせによって発展性もあった。

小野 TCGプレイヤーの持っていた「ボードゲームの負の要素」がまったくないゲームだった。まあ、スタンドアローンはスタンドアローンですので、結局大量の拡張が出ることによって、TCGっぽい展開にはなってはいますけど。とはいえ、ひとつ買えばみんなで遊べる。そこが新しかった。

あと、TCGのプレイヤーからすると、割と「ドミニオン」っていうのはやさしいゲームに見えると思うんです。1度のゲームに出てくるカードは10種類なので、カードを使うごとに効果を確認できるので、複雑な処理をする必要はない。

河上 TCGから来た人たちは、もともとゲームが好きな人なわけで、ほかの重量級ゲームを遊んで、ボードゲームの面白さを知るプレイヤーが急激に増えた。

小野 ですので「ドミニオン」は、TCGから来た新しいファンを増やしたっていう意味での革命だった。

ここで、「方便(ほうべん)」という言葉が思い浮かびます。もともとの意味は、「入り口」。近づけるための手段です。「噓も方便」っていうのは、噓をついてでも仏の道に来てもらえば、あとは何とかできるっていう意味のことわざです。おどかしてでも何してでも、来てもらえばよさはわかってもらえるっていうね。そういう意味で、「ドミニオン」はボードゲーム界にとってはまさに方便だったなと。

河上 「ドミニオンも方便」というと「ドミニオン」がよくないものみたいですけどね(笑)。

「ドミニオン」で使用するアクションカードは10種類。基本セットには26種類のアクションカードが入っているため、何度でも楽しめる

小野 「ドミニオン」は、毎手番の最後にカードを購入できるんですけど、どのタイミングで点数の書かれた「土地カード」を買うかが非常に重要なんですよね。

河上 1番大きな6点が入る「属州」のカードを何枚取れたかで、勝敗が決まる。

小野 最後の勝敗はそれが重要ですけど、ゲーム中はジャマなんです。ジャマというか手札を圧迫するんですね。ジャマなんだけど、買っていかなきゃいけない。仏教には「福田(ふくでん)」っていう考え方があるんです。お布施をすることで、田んぼに幸せの種を植えてるという考えです。そうすると、あとは、お坊さんがそのお布施した種を実らせて、何万倍もの幸せを返してくれる。福田にお布施するっていうのは、自分の生活費や財産を出すっていうことなので、自分の人生にとっては一見マイナスに見えるわけなんです。けど、それが、最終的には幸せになって帰ってくる。お布施をすることで、お坊さんを食わせるっていうよりも、自分が最終的に将来的に幸せになろうってことなんですね。「ドミニオン」の「土地カード」は「福田」だと思うんですね。でも、得点カードをあまり買いすぎちゃうとゲーム中どうしようもなくなってくるので、ただ買えばいいっていうわけではない。人生でも、やっぱり生活は大事です。基盤をちゃんと確立しつつお金を貯めたり資産を増やしていく。お金持ちになれば大きいお布施ができるわけです。もっとも、仏教では金額は関係ないと言われてるんですけど。

河上 そして、「ドミニオン」誕生からまた10年経ったあと、2018年の「ドイツ年間ゲーム大賞」を受賞した「アズール」が新たなトレンドを生み出します。

連載第1回でも紹介した「アズール」。ボードゲームの世界に新たなトレンドを生み出した

プレイヤーは、タイル職人となって王宮の壁を作っていく。写真映えする美しいタイルも魅力

プレイヤーは、タイル職人となって王宮の壁を作っていく。写真映えする美しいタイルも魅力

二極化の間に入るゲームが必要

小野 そうです。二極化すると真ん中が開いてきて、そこに入るものをみんなが知らず知らずに求めたくなるっていう状況ですかね。

河上 そこに20年前に「カルカソンヌ」、さらに10年前は「ドミニオン」が入った。そして、また二極化で広がってきたときに、「ドミニオン」の場所に「アズール」が入ってきた。「アズール」は「カタン」以前の、ルールやシステムで一点突破する90年代前半の「ドイツゲーム」の雰囲気を持ったゲームですね。

小野 我々のようなオールドファンはどこか懐かしさを感じるところもあり、若い人たちには新鮮なものとして受け入れられました。プレイ時間は1時間かからずに、30〜40分でしっかりと遊べるゲームは必要なんです。その立ち位置のゲームがないと、どんどん愛好者が分断されていってしまう。だから、ファンたちはつなぐものを時々求めるわけですね。

河上 そうしたゲームは、入り口「方便」として機能する。で、そこから入ってきた人が、また重いほうに行く人と、軽いほうに行く人に分かれて進化していく。

小野 時代ごとに言葉の定義自体も変わりながら進化を続けてきた「ドイツゲーム」ですが、2018年に「アズール」が世界中で絶賛されて、「ドイツ年間ボードゲーム大賞」を受賞したことで、まさに「ドイツゲーム」という言葉の意味も原点回帰した感がありますよね。

河上 というわけで、3回にわたって「ドイツゲーム」の歴史を振り返ってきたわけですけど、仏教の歴史についても詳しくなった気がしますね。小野さんにとって「ドイツゲーム」こそが「方便」だったりして(笑)。

小野 ……(合掌)。

河上拓

河上拓

「日経エンタテインメント!」から「月刊ムー」まで、エンタメやホビーを中心に幅広く活躍するマルチライター。トランスフォーマーなどの変形玩具、海外ボードゲームに詳しい。

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