筆者は字が下手である。偉そうにいうことではまったくないが。
ただ、そんな自分でも「筆ペン」を使うと、なんとなく“それっぽい字”が書けるような気がする。鉛筆やボールペンに比べ、筆ペンならば、文字の雑さ、ふらふらとした線の頼りなさすら味となって、なんやかんやいい感じになるように思うのだ。
筆ペンを極めれば、手紙や年賀状、暑中見舞いなど、“ここぞ”というときに、インテリジェンスあふれる文字が書けるようになるだろう。そこで、「筆ペンの先生」に、字が下手でも達筆に見せるテクニックを教わってみた。
ご指導いただいたのは、ペン字・筆ペン教室「my MOJI」を主催する萩原季実子(はぎはら・きみこ)先生。今までに延べ2000人以上の文字を生まれ変わらせてきた美文字の先生である。
テクニックを教わる前に、まずは筆ペンのアレコレについて聞いてみよう。
——筆ペンを使うと、なぜか文字がうまくなった気がしますよね?
萩原先生(以下、敬称略):そうですね。ボールペンと違って、『トメ』や『ハネ』など表現できる幅が広いですし、線に強弱がつきますからね。きっと文字に迫力を感じられるから、うまくなった気がするのでしょう。
——なるほど。先生は普段から筆ペンを使っているんですか?
萩原:ここぞというときは筆ペンを使っています。やはり冠婚葬祭などで筆ペンが上手に使えると便利ですからね。以前、ご祝儀袋にボールペンで書かれてる人がいたんですけど、せっかくきらびやかなデザインなのに、もったいないなって思っちゃったんですよね。着物にスッピンみたいなことですよ(笑)。
——ちなみに、筆ペンって何種類くらいあるんですか?
萩原:大きく分けると3種類。1つ目は、ペン先が硬めの『硬筆タイプ』。サインペン(細字用フェルトペン)のような書き心地なので初心者向けです。ただ、強弱の表現度は低いですね。2つ目が『フェルトタイプ』。硬筆タイプよりはペン先が柔らかいのですが、逆に力の加減が難しいです。3つ目は『毛筆タイプ』。個人的には一番オススメしていますね。一本一本が筆のように細く、強弱の自由度も高いのが特徴です。
硬筆タイプ(左)、フェルトタイプ(中央)、毛筆タイプ(右)
——先生が普段使っているのも「毛筆タイプ」ですか?
萩原:そうですね。書くことに慣れると、みなさん毛筆タイプじゃなきゃ嫌だっていってますよ。なかでも、私は「ぺんてる筆<中字>」を使っています。インクのノリがすばらしく、毛のボリュームもちょうどいいんですよね。過去にとある雑誌の企画で有識者を集めて、200本以上の筆ペン検証を行ったことがあるのですが、満場一致で選ばれたのが『ぺんてる筆 中字』でした。
こちらが先生イチオシの「ぺんてる筆<中字>」
——値段も500円くらいで安いですね。先生は1万円くらいする高級品を使っていると思ってました。
萩原:(笑)。いえいえ、私はこれ1本を、もう3〜4年は使っています。カートリッジタイプなので、インクが無くなったら詰め替えができるんですよ。使いすぎや乾燥が原因で筆部分がパッサパサになっても、熱湯にペン先を30秒ほどつけると潤いが戻って、またキレイな文字が書けるんです。
とはいえ、筆ペンの種類・特徴がわかったところで文字はうまくならない。さっそく、萩原先生に書き方を教わっていこう。
すると、まずは「様」という漢字を書いてくださいと先生。
こちらが筆者渾身の「様」。これぞ、無様
萩原:「様」には、ヨコ線・タテ線・トメ・ハネ・右払い・左払いと文字の基本が含まれています。この一文字がキレイに書けるようになれば、いろんな文字に応用することができるんです。
つまり「様」をマスターすれば達筆に近づけるということ。しかも、「様」は手紙やご祝儀袋などでもよく使う漢字である。
では、上手に書くポイントは?
萩原:打ち込みとは、ヨコ線やタテ線の書き始めのことです。ポイントとしては、筆ペンの角度を斜め45度にすることでキレイな打ち込みが書けます。また、筆ペンはあくまでペンなので、毛筆のように立てて持つのではなく、紙に当たる面に対して斜めに持つほうが書きやすくなっているんですよ。
萩原:打ち込みにもいえることですが、ハネや払いのときは1秒止まってください。「様」でいいますと、赤丸マークが付いている部分ですね。1秒間止めることで文字にメリハリが感じられるようになるんです。
”部首とつくりのバランス”は1対2がいいとのこと
萩原:1秒止めの中でも、特に右払いは払う手前で止まってください。ここで止まらないと、文字が柔らかい印象になってしまうんです。そのため一度止めたら、徐々に力を抜きながら真横へ動かしましょう。ペン字ではできない、筆ペンならではのテクニックですね。
萩原:最後はハネの角度です。ハネるときはすぐに上へハネるのではなく、手前で少し斜めに入れましょう。その後、ほぼ直角にハネたほうがカッコいい文字になるんです。
これら4つのポイントをふまえ、今度は自分の名前を書いてみよう。
右がビフォー、左がアフター
まあ、達筆とはいい難いが、ビフォーに比べれば、だいぶ上品な雰囲気は出た。普通のジャイアンから「きれいなジャイアン」くらいには上達していると思う。偏差値が10くらい上がった感じだ。
ちなみに、こちらが先生の見本。ため息がでるほど美しい……
先生に感想を求めると「全体的にいいと思いますよ。特に『洋平』のタテ線の懸針(※)がとてもうまく書けています」とのこと。
※懸針(けんしん)…真っすぐタテ線を引き、最後に力を抜きながら針のようにとがらせたもの
文字をけなされたことはあれど褒められた経験は皆無のため、シンプルにうれしい。萩原さんは褒めて伸ばすタイプのようだ。もっと早く出会いたかった。
さらに、筆ペンに限らず、「文字がスマートに見えるテクニック」も教えてくれた。
萩原:漢字の「一」「二」「三」を利用した「三本線のメソッド」というものがあります。ポイントは、どれも同じ方向のヨコ線にしないことですね。たとえば、「一」のヨコ線は少し真ん中をカーブさせる。次に「二」では、一本目を右上げにし、二本目を「一」同様に丸まらせます。そして、「三」は一本目を右上げ、二本目をまっすぐ、三本目をカーブさせることでキレイなバランスを保つことができるんです。
なるほど。三本線のメソッドを利用すれば、「様」や「洋平」もさらにうまく書けそうだ。
先生、ありがとうございました!
もちろん、本当にうまくなるには繰り返し修練を積むしかない。その際、ただ漫然と書くのではなく、今回教わったポイントを意識すれば上達も早そうだ。また、達筆になるためにはさらに大事な心構えがあると先生。
萩原:達筆になるには、いい教材を見つける・書きやすいペンを使う・書道教室に通う、などなどいろんな方法があります。でも、私が最も大事だと考えるのは「文字を書くことはとっても楽しい!」と感じること。文字というのは、書いた人の正直な気持ちがそのまま相手に伝わってしまうものです。そのため、まずは自分の文字を好きになることが達筆への近道だと思いますよ!
なんともすてきなお言葉。というわけで、自分の文字を好きになるためにも、筆ペンによる美文字を極めていきたいと思う。
【取材協力】
萩原季実子…ペン字・筆ペン教室「myMOJI」主宰。テレビや雑誌、新聞など多くのメディアで活躍している。著書「誰でも一瞬で字がうまくなる大人のペン字練習帳」は10万部を超えるベストセラーに。
1991年生まれ埼玉育ち。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。https://twitter.com/onoberkon