レビュー

DAPはDACチップ派? それともディスクリート派? 話題のDAP、Shanling「M7」とHiBy「RS6」を聴いてみた

DAPは「DACチップ派?」 それとも「ディスクリート派」?

歌は世につれ世は歌につれという言葉があるが、その再生機たるポータブルプレーヤーもさまざまな変遷を経ている。やはり元祖はウォークマン(デンスケだという主張もあるだろうが)に始まるカセットプレーヤーだろうし、CDやMDといったディスクプレーヤーがあり、現在のDAPに続くメモリープレーヤーがある。

そのDAPも、多様なバリエーションを生み出している。脱線しそうなので本稿では手短かに済ませるが、2000年代前半までは圧縮ファイル再生が主眼に置かれていたところ(たとえばiPod)、ハイレゾ再生に対応したモデルが人気を集めはじめ、やがてAstell&Kernなどの物量投下モデルが登場、デュアルDAC搭載機も珍しくなくなった。現在では、4.4mmバランス端子装備のストリーミング対応モデルが売れ筋、といったところだろうか。

そして現在、“心臓部”の構成を見直す動きが一部にある。従来はCPUとDACの組み合わせによりデコードとデジタル/アナログ変換を行うことが半ば常識だったが、チップベンダー製のDACを避け、同等の機能をFPGAとR2R DACにより実現するというDAPが現れ始めたのだ。

DACといえばデジタル信号をアナログ信号に変換するという音質に大きく関わる部分であり、まさにDAPの心臓部。従来はチップベンダーが開発したDACを吟味し、その使いこなし -- 基板設計などハードウェア面だけでなく、フィルターや特殊なコマンドの活用などソフトウェア的アプローチを含む -- によりDAPとしての個性を表現していたが、FPGA+R2R DACであれば"ベンダー製DACでは出せない"オリジナルな音を出せるというわけだ。

そのような状況下に登場したミドルレンジモデル、Shanling「M7」とHiBy「RS6」。前者はDACチップで後者はFPGA+ R2R DACと、同価格帯でありながら設計は大きく異なる。その音の違いは? 機能差は? DAPとしての使い勝手は? そのあたりを探ってみよう。

Shanling「M7」とHiBy「RS6」

Shanling「M7」とHiBy「RS6」

コンポーネントオーディオ用DACを積むShanling「M7」

ESSの最新にしてフラッグシップのDACチップ「ES9038PRO」を積むのが、Shanling「M7」。航空機グレードのアルミニウムをCNC切削加工したボディには、5インチ/1920×1080ドットのシャープ製液晶ディスプレイを搭載、さらにチタニウムの着色処理とガラス製パネルを奢ることにより上質感を醸し出している。

DACにコンポーネントオーディオ用のESS「ES9038PRO」を採用したShanling「M7」(試聴には4.4mmバランスにリケーブルしたfinal「A4000」を使用)

DACにコンポーネントオーディオ用のESS「ES9038PRO」を採用したShanling「M7」(試聴には4.4mmバランスにリケーブルしたfinal「A4000」を使用)

航空機グレードのアルミニウムをCNC切削加工した流麗なボディデザイン

航空機グレードのアルミニウムをCNC切削加工した流麗なボディデザイン

特徴はShanling得意の「OP+BUFアーキテクチャー(オペアンプとバッファを用いた回路)」に基づいた4chフルバランスアンプ回路で、I/V変換段で使用するオペアンプにはADIの「ADA4896-2」、アンプ回路に「MUSES8920」を積む。パナソニック製タンタル-ポリマーコンデンサーやELNA製SILMIC IIコンデンサーなど、細部に至るまで厳選パーツが使われていることもポイントだと言えるだろう。

CPUにはSnapdragon 665を採用、6GBのメモリー(RAM)と128GBのストレージメモリーを用意。OSはAndroid 10、AudioFlingerによるサンプリングレート変換をパスするための独自技術「AGLO(Android Global Loss-less Output)」を採用したため、Amazon MusicやApple Musicでもベストな状態でハイレゾ再生を楽しめる。

ヘッドホン出力は3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスの2系統

ヘッドホン出力は3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスの2系統

デジタルフィルターは7種類から選択できる

デジタルフィルターは7種類から選択できる

さっそく試聴してみると、音のキレ、輪郭の精緻さが印象に刻まれる。Amazon Musicで配信中の「サイレント・ライト/ドミニク・ミラー」(96kHz/24bit)ではハイレゾ音源らしい瑞々しさ、高域方向の情報量の多さを感じさせ、アコースティックギターの倍音成分が心地いい。ESSらしいはらつさに加え、前モデル(M6 Pro Ver.21)を上回る密度感、それでいて透明感をたたえたサウンドだ。

ファイル再生で「スリラー/マイケル・ジャクソン」(DSD64)を聴くと、これまでのShanling製品から"ひと皮むけた"部分を感じる。出力に余裕があるためか、バスドラムは力強さとヌケのよさが両立し、スネアアタックも鋭い。Shanling独自のアルゴリズムが組み込まれたという「第3世代FPGAテクノロジー」の恩恵か、DSDらしいスムースネスと空気感が際立つ印象だ。

この上質感と"ひと皮むけた"印象は、どこから来るのか。Shanlingで製品企画を担当するAlex Linに、WeChatを使い聞いてみた。

-- 「M6 Pro Ver.21」ではDACに「ES9038Q2M」を採用していました。今回、「M7」のDACに「ES9038PRO」を採用した理由を教えてください。

Alex:ESSとは以前から良好な関係を築いており、「ES9038PRO」は据え置き型のCDプレーヤー「CD 3.2 Ver.21」での採用経験を生かしました。その厚みと透明感のある音は多くのオーディオファンに支持され、その成功体験からポータブル機でも同じ「ES9038PRO」に挑戦してみようと考えたのです。

-- 「ES9038PRO」をベースに最適化を加えたと聞いていますが、具体的にはどのようなことをしたのですか?

Alex:「M7」では、大胆にも「ES9038PRO」の電流型出力モードを採用しました。DAPで広く利用されている電圧型は消費電力や発熱が少なく、回路レイアウトもシンプルですが、音の線が細くデジタルっぽさが残ります。いっぽうの電流型はESSが公式に推奨する出力方式で、一般には据え置き型/コンポーネント機にのみ採用されていますが、先ほど紹介した「CD 3.2 Ver.21」のように底力と密度感のあるサウンドを実現できます。「ES9038PRO」の厳しい電源要求に応えるため、高精度フィルム抵抗とパナソニック製高分子低損失タンタルコンデンサーをベースに独自のI/V変換回路を構成しています。

-- DAC相当の機能を持たせるために、FPGA+R2R DACの採用を検討したことはありますか?

Alex:我々は独自のFPGA技術を持っていますが、現在は主としてデジタルデータやクロックの処理に使っており、FPGAを使うDAC機能を開発する計画は当面ありません。専門企業が開発するDACと比較すると、そうではない企業が自社開発したR2R DACにはなかなか敵わないと考えています。DACベンダーとオーディオメーカーが協力しおのおのの得意分野に注力したほうが、よりよい製品の開発につながるのではないでしょうか。

-- 「M7」の音質設計を行ううえで、特に気をつけた部分はありますか?

Alex:3点あります。1つめは「音響統合アーキテクチャー」で、内部抵抗と電気信号の枯渇を最小限に抑え、電気信号の伝送を安定させることで、よりスムーズでクリアなサウンドを実現します。2つめは「電源/コンデンサー」。ELNAのシルクフィルムコンデンサーやパナソニックのポリマーコンデンサーなどを投入し、十分な電源の確保に努めました。3つめは「バッテリー」です。カスタムメイドの7,000mAhリチウムイオンを搭載することで、安定した電圧と電流を供給し、音のベースを安定させることが可能になったのです。結局、電流ベースの出力を持つ「ES9038PRO」をうまく機能させるため、電源部分に力を注いだということですね。

FPGA+R2R DAC採用のHiBy「RS6」

2018年にブランド初のオリジナルDAP「R6」を世に問うたHiBy(ハイヴィ)。その後グレードアップモデル「R6 Pro」、設計を一新した第2世代機「New R6」とR6をベースにしたミドルクラスのモデルを送り出し、2021年に満を持して登場させたのが第3世代機ともいえる「RS6」だ。

再生系にFPGAとR2R DACを採用したHiBy「RS6」

再生系にFPGAとR2R DACを採用したHiBy「RS6」

銅製ボディの重量は約315g、見た目よりズシリとくる

銅製ボディの重量は約315g、見た目よりズシリとくる

「RS6」最大の進化点は、ディスクリートで構成された「R2R DAC」であり、FPGAと組み合わせることで独自のデジタル信号再生機構を実現する「Darwinアーキテクチャー」だ。

デジタル/アナログ変換はラダー(はしご)型抵抗ネットワークを利用したR2R方式、一般的なDACシステムであればワンチップで行うところをずらりと抵抗器が並ぶ回路で処理する。FPGAではリニアFIRフィルターやオーバーサンプリング/ノンオーバーサンプリング(NOS)の切り替え、DSDバイパスといった処理を担うなど、機能面ではDACチップに引けを取らない。当然回路は大きくなるが、ほかのDAPにない"オンリーワン"なDACを実現できるところが魅力といえる。

アンプ部にはOPA1642を1基、OPA1612を2基搭載したディスクリート電流モード増幅方式を採用。ヘッドホンアンプにはOPA1622を4基、電流/電圧それぞれを増幅する2×2パラレルの8チャンネルという妥協のない設計もうれしい。ボリューム調整はD/A変換後に(デジタル制御の)アナログボリュームIC「NJW1195A」で行う、という抜かりのなさだ。

「Darwinアーキテクチャー」のブロック図

「Darwinアーキテクチャー」のブロック図

そのサウンドは、かなり生々しい。立ち上がり/立ち下りの速さはさることながら、シンバルアタックのように余韻のきめ細やかさ・収束の自然さが肝となる楽曲も、サラリとこなしてみせる。Amazon Musicで「サイレント・ライト/ドミニク・ミラー」(96kHz/24bit)を聴いても、グリッサンドの音が自然で刺々しさがない。

DSDは、スムースというより"ダイレクト"という印象のほうが強い。PCMとはテイストが異なるものの、メリハリがあるというか、この曲はDSDだったはずだけど...と思わずファイル情報を見返してしまうほど。なお、初期のバージョンではノイズの発生が報告されていたようだが、筆者が試したバージョン(1.40G、DSDフィルターには「Darwin Deafault」を選択)でDSD64を再生した限りでは、ファイルを選択して再生開始するときのごく微かなクリックノイズ以外は特に気にならなかった。

設定アプリの「Darwinコントローラー」

設定アプリの「Darwinコントローラー」

確かに、個性的でこれまで聴いたDAPとは個性が異なる。R2R DACおよび「Darwinアーキテクチャー」の採用が影響しているのだろうし、ディスクリートでDACを組むにはワンチップDACとは違うノウハウがあるはず。そのあたりを、HiByのCEO・孟氏に話を聞いてみた。

-- HiBy初のFPGA+R2R DACとして「RS6」が登場しましたが、いつ頃から製品を考えていたのですか?

孟:R2R DACの製品企画は2020年に始まりましたが、これはミックスドシグナル技術(アナログ信号とデジタル信号が混在する環境)の分野で専門性・研究開発力を発揮し、よりよい音楽体験をもたらすハイエンド製品群・RSシリーズを作りたかったことに加え、DAC ICの入手性にとらわれたくなかったという理由があります。

-- 「Darwinアーキテクチャー」がほかのFPGA+R2R DAC"比べ有利なところは?

孟:「Darwinアーキテクチャー」は、R2Rだけでなく、DACの前後段にある一部のデジタル・アナログ処理技術も含め、アルゴリズムやフィルタリングなどの技術を結集しています。新機能の追加やアーキテクチャーの調整までアップグレード可能な柔軟性も備えています。

-- R2R DACはコンデンサーなど部品の特性や精度が重要です(ばらつきがあってはいけない)。この点について工夫したことはありますか?

孟:R2Rの特性をFPGAを用いて精密に制御し、部品の離散誤差を効果的に補償できるアルゴリズムを独自に設計しました。

-- 「Darwinアーキテクチャー」の今後の計画について教えてください。

孟:「Darwinアーキテクチャー」は、一には指標/スペックの向上、二には新機能の追加という方向で、今後もバージョンアップを続けていく予定です。プレーヤー(RSシリーズ)やデコーダーなど、より多くの製品に適用していく予定ですので、ご期待ください。

ワンチップかディスクリートか

デコード処理は基本的にDAC、DSDなど一部処理はFPGAでという従来方式がいいのか、DACはディスクリートで組みFPGAで制御する方式がいいのか。結局のところ音質次第、価格や再生支援機能を含め総合的なパフォーマンスで判断せざるをえないが、これまでDACの型番とスペックをDAP選びの判断材料としてきた身としては、また新たな難問を抱えたことになる。

ただし、FPGA+R2R DACというアプローチに目新しさはあるものの、ハイクラス・ミドルクラスを問わずすべてのDAPで採用されることにはならないだろう。確かにHiBy「RS6」
の音に新鮮味は感じたし、NOSモードに魅力も覚えるが、DSD再生の違和感とかこなれ具合とか今後の伸び代に期待したい部分がある。それに、DACチップでも電流型出力モードを使うなど、DAPにはまだまだ取り組むべきタスクがあるはず。

本稿を書き始める前は、DACがワンチップかディスクリートかが気になっていたが、書き終えた現在ではアンプ部や電源部の構成のほうが気になる。これはこれで難問のような気もするが...

海上 忍

海上 忍

IT/AVコラムニスト、AV機器アワード「VGP」審査員。macOSやLinuxなどUNIX系OSに精通し、執筆やアプリ開発で四半世紀以上の経験を持つ。最近はAI/IoT/クラウド方面にも興味津々。

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