レビュー

ソニー音場制御技術の粋が集められたAVアンプ「STR-AN1000」レビュー

1990年代から2000年代にかけて、数々の力作名作AVアンプを発売していたソニーだが、残念ながらここ数年、日本国内においては中堅機、高級機の新製品がいっこうに登場しない状況に陥っていた。

2chステレオのいわゆるピュアオーディオ用高級アンプも消滅し、「ソニーのオーディオ=ポータブルオーディオ」か、さびしいナ……と思っていたところ、この春、市場想定価格12万円前後の中堅AVアンプ「STR-AN1000」が発売されるというアナウンスが。

今般この製品を自室でじっくり試用する機会を得たので、そのインプレッションをお伝えしたいと思う。

日本国内では6年ぶりとなるソニーのAVアンプ

「STR-AN1000」の外観デザインは、2017年に発売され、2020年暮れに販売終了した先代の「STR-DN1080」にウリふたつ。AB級増幅の7chアンプ構成なので、5.1chにオーバーヘッドスピーカーを1ペア(2本)加えた「5.1.2」構成のDolby Atmos再生が可能だ(サブウーハー出力が2つあるので、同一音声処理にはなるがスピーカーの本数としては「5.2.2」構成可)。

機能面での注目ポイントはいくつかある。まずソニー製ワイヤレススピーカーの「SA-RS5」「SA-RS3S」とワイヤレスサブウーハーの「SA-SW5」「SA-SW3」との接続が可能なこと。「SA-RS5」「SA-RS3S」をサラウンドスピーカーにすれば、スピーカーケーブルを長く引き回すことなくサラウンドシステムを構築できる。配線の煩わしさからサラウンド再生を敬遠している人には見逃せない機能だろう。

また興味深いのは「アコースティックセンターシンク」機能。この専用入力(S-センタースピーカー入力端子)を備えたソニーのテレビと本機をステレオミニ端子で接続すれば、テレビの内蔵スピーカーを(5.1chなどの)サラウンドシステムのセンタースピーカーとして活用できる。

ソニーの4K「BRAVIA(ブラビア)」の有機ELタイプは、表示パネル背面にアクチュエーター(振動子)を配置、それでガラスパネルを叩くことで発音させ、「画音一致」を目指している。

この機能を用いれば、センターch信号のみテレビ内蔵スピーカーから放射されることになり、画面に映し出された人物の口から声が発せられる濃厚なイメージが得られることになるわけだ。

センタースピーカーを使用する多くのユーザーが画面下にそれを置いているが、この配置では映像と音像位置の垂直方向の乖離(かいり)が大きくなり、映像に映し出された人物が実際にしゃべっている、歌っているという実感が得られにくい。

しかし、この「アコースティックセンターシンク」機能を用いれば、映像と音像位置の垂直方向の乖離から逃れられるわけで、これは地味ながらも興味深い提案だと思う。映像と音像位置の垂直方向の乖離が大きいサウンドバーを使うよりも、断然クレバーなシステム構成であることは間違いない。

なお「STR-AN1000」はDolby Atmos、DTS:X、Amazon Musicで楽しめる360 Reality Audioなどの再生が可能だが、Auro-3Dには対応していない。

最も興味深い機能が「360 Spatial Sound Mapping(サンロクマル スペーシャル サウンド マッピング)」。同社ホームシアターシステム「HT-A9」やサウンドバー「HT-A7000」ですでに提案されていた音響補正技術で、設置された複数のスピーカーからの音波を合成することで、理想的な位置に配置されたファントム(虚像)スピーカーを生成、そこから音波が放射されたかのような音場を形成するソニーならではの提案だ。一般家庭ではサラウンドスピーカーなどを理想位置に置けない場合が多いことを鑑みての提案だろう。

この機能を生かすためには、自動音場補正機能の「D.C.A.C.IX(Digital Cinema Auto Calibration IX)」を働かせる必要がある。これは付属のヘの字型ステレオマイクを本機に挿し、テストトーンを発生させることでスピーカー配置を3次元測定、各スピーカーの距離/レベル/角度/周波数特性の精密な補正を行うというものだ。

自動音場補正機能用に、AVアンプとしては珍しいステレオマイクが付属する

自動音場補正機能用に、AVアンプとしては珍しいステレオマイクが付属する

この測定によって、31バンドのグラフィックイコライザー補正(ターゲットカーブは「フルフラット」「フロントリファレンス」「エンジニア」)が可能になる。また、使用されるすべてのスピーカーの位相を揃える「A.P.M(オートマチック・フェーズ・マッチング)」、先述した仮想スピーカーを生成することでスピーカー配置を理想位置に再現できる「スピーカーリロケーション」機能のオン/オフも可能だ。

周波数特性の補正ターゲットは「フルフラット」「エンジニア」「フロントリファレンス」の3つ。「エンジニア」はソニーのリスニングルームを基準としたターゲットだという。「フロントリファレンス」はフロントL/Rスピーカーの特性にそのほかのスピーカーを合わせる設定だ

周波数特性の補正ターゲットは「フルフラット」「エンジニア」「フロントリファレンス」の3つ。「エンジニア」はソニーのリスニングルームを基準としたターゲットだという。「フロントリファレンス」はフロントL/Rスピーカーの特性にそのほかのスピーカーを合わせる設定だ

本機をオーディオラックに設置し、僕の部屋のメインL/Rスピーカー(JBL「Project K2 S9900」)とサラウンドL/Rスピーカー(LINN「Classik Unik」)、天井に取り付けたトップミドルL/Rスピーカー(「Classik Unik」)とサブウーハー(イクリプス「TD725SW」)をそれぞれ結線した。そしてUltra HDブルーレイプレーヤーのパナソニック「DP-UB9000 Japan Limited」と本機をHDMI接続する(プロジェクターはビクター「DLA-V9R」)。

ちなみに、ぼくのホームシアタールームはセンタースピーカーを使用していない(センターch信号はフロントL/Rchに振り分ける)ので、Dolby Atmos再生時は「4.1.2」構成となる。

試聴取材はすべて自宅で実施。サラウンド再生は、天井のスピーカー「Classik Unik」を含む「4.1.2」構成で行った

試聴取材はすべて自宅で実施。サラウンド再生は、天井のスピーカー「Classik Unik」を含む「4.1.2」構成で行った

まず付属マイクを載せる専用スタンドをリスニングチェアの背もたれ部分に設置し、「D.C.A.C.IX」測定を始める。測定は2回。最初はマイクスタンドの上部にマイクを置き、2回目はマイクの向きを90度変えてスタンド下部に設置してテストトーンを発生させる。所要時間はそれぞれ十数秒ととても短いが、先述したようにこの2回計測によって3次元的な音場補正が可能になるわけだ。

「D.C.A.C.IX」のために、付属するスタンドにマイクを載せてテストトーンを計測する

「D.C.A.C.IX」のために、付属するスタンドにマイクを載せてテストトーンを計測する

スタンドの下側にもマイクを載せ、別角度での計測を繰り返す

スタンドの下側にもマイクを載せ、別角度での計測を繰り返す

計測時には、視聴位置からスクリーンへの距離やスクリーンの高さ、視聴位置の高さなどを手動で入力する項目もある。こうした実測値も計算に盛り込み、精密な補正を実行しているのだろう

計測時には、視聴位置からスクリーンへの距離やスクリーンの高さ、視聴位置の高さなどを手動で入力する項目もある。こうした実測値も計算に盛り込み、精密な補正を実行しているのだろう

サラウンド、オーバーヘッド(表示は「ハイト」)スピーカーはともに「大」の判定。この判定のほか、距離やレベル調整などの結果はすべて生かして試聴を行った

サラウンド、オーバーヘッド(表示は「ハイト」)スピーカーはともに「大」の判定。この判定のほか、距離やレベル調整などの結果はすべて生かして試聴を行った

中低域が充実して、小音量でも音がやせないのが美点

この作業を終えた後、まず本機の設定をすべての補正をオフにする(距離や音量設定は生きる)「Pure Direct」とし、HDMI接続した「DP-UB9000 Japan Limited」で聞きなじんだCDを再生し、本機の音の素性を探ってみた。

中低域から中域が充実した音調で、ボーカルの実在感に富んでいる。低音の質感、量感についても価格を考えれば十分合格点だ。超高域まで定規を引いたように真っ直ぐ伸びたワイドレンジ・サウンドではないが、ローレベルの描写もこれが12万円前後のAVアンプとは思えない見事なものだ。丹念なノイズ対策の賜物だろう。

また本機の美点は、音量を下げていっても低音が消えたり、中域が引っ込んだりしないこと。小音量でも音がやせない、これは家庭用アンプとして重要な資質と思う。

今回ガチで比較したわけではないが、同価格帯の2chプリメインアンプと音質比較しても、そう大きく劣ることはないとの確信を得た次第。

劇的な効果をもたらす「360 Spatial Sound Mapping」

では、サラウンド再生に移ろう。本機ならではの興味深い機能「360 Spatial Sound Mapping」の効果を確認するために、そのオン/オフ比較をしてみた。オフとはつまり「A.F.D(Auto Format Decoding)」モードの状態を意味する。

「360 Spatial Sound Mapping」は「複数の実スピーカーからの音波を合成し、理想的な位置に配置されたファントムスピーカーが広大な音場空間を創り出」す機能だ

「360 Spatial Sound Mapping」は「複数の実スピーカーからの音波を合成し、理想的な位置に配置されたファントムスピーカーが広大な音場空間を創り出」す機能だ

この「360 Spatial Sound Mapping」の効果が劇的にすばらしかったのが、ピンク・フロイドの「狂気(The Dark Side of The Moon)」の発売50周年記念ボックスに収められていたDolby Atmosミックス版ブルーレイだった(※同作はApple Musicなどでも配信中)。

1973年に発売されたこの作品は、過去にLPやCDなどで累計5,000万枚を売り上げたというモンスター・アルバム。その音のよさからオーディオマニアにもおなじみだ。2003年には発売30周年記念盤として5.1chミックスのSACDが発売されたが、それに比べても今回のDolby Atmosミックス版は臨場感に満ちあふれていて、断然すばらしい。

バンド・サウンドはしっかりとフロントchに提示されるのだが、さまざまな効果音が縦横無尽に3次元定位し、めくるめくサラウンドサウンドが楽しめるのである。

「走り回って」では足音が半円球状に移動し、人の笑い声があちこちから聞こえ、飛行機の爆発音が聞く者の度肝を抜く。「タイム〜ブリーズ」では時計の音が、「マネー」ではレジスターの音が四方八方から流れ出し、リスナーを興奮状態へと誘っていくのである。

このすばらしいDolby Atmosミックスに「360 Spatial Sound Mapping」を掛け合わせてみると、3次元定位するさまざまな効果音がより高く遠い場所に定位するイメージが得られ、各スピーカーの音が緊密に連携し合うようになるのである。

この効果は劇的で、ぜひ一度ロジャー・ウォーターズ(当時のピンク・フロイドの中心人物)に聴いてもらいたいと思ったほど。50年前にピンク・フロイドのメンバーが夢見ていたサウンドが、今眼前で繰り広げられているというたしかな実感が得られたのである。

本機の開発担当エンジニアによると、「D.C.A.C.IX」による測定を基に生成される仮想スピーカーは、視聴位置から最も遠いスピーカーを基準にするという。それゆえ仮想スピーカーは実際の配置よりも距離が遠くなり、部屋の壁を突き破ったかのような広い空間感が得られるわけだ。

しかし、この「360 Spatial Sound Mapping」の効果が裏目に出るケースもないではない。それを感じたのは、スティングのブルーレイ「Sting Live at the Olympia Paris」だった。

これは2017年にパリのオリンピア劇場で行われた、ベースを弾きながら歌うスティングとそのバック・バンドのすばらしい演奏をDTS-HD Master Audio 5.1chで収録したもの。

タイトなバンド・サウンドに熱狂する聴衆たちの息づかいが生々しくとらえられているが、「360 Spatial Sound Mapping」をオンにすると、ステージで繰り広げられるバンドの演奏が遠くなり、ライブの熱気が薄らぐ印象なのである。「A.F.D」モードで聞くほうが音の実体感に断然すぐれ、聴衆の熱気がダイレクトに伝わってくる印象だ。

「360 Spatial Sound Mapping」のオン/オフはリモコンで簡単にできる。本機能をオンにすると、フロントパネルに「360SSM」の文字が表示された

「360 Spatial Sound Mapping」のオン/オフはリモコンで簡単にできる。本機能をオンにすると、フロントパネルに「360SSM」の文字が表示された

Dolby Atmosの3次元立体音響を見事に使いこなした映画として印象深い「NOPE/ノープ」のUltra HDブルーレイを見てみよう。

雨の夜、主人公の兄妹の家に謎の飛行物体が現れるチャプター12の音響演出が凄い。オーバーヘッドスピーカーを活用して、音だけでその存在をリスナーに強く意識させ、移動していくさまをリアルに描写していくのだが、コントラバスと人の叫び、パーカッションなどを巧みにミックスして、見る者を一気に緊張感に満ちた現場に連れていってくれるのである。

「360 Spatial Sound Mapping」効果によって音場がワイドに広がるわけだが、特に天井がぐんと高くなって降りしきる雨の音がいっそうリアルに感じられるようになるのだ。

これまでDolby Atmos再生をさまざまに経験してきて、オーバーヘッドスピーカーは最低4本は欲しいと感じていたが、「360 Spatial Sound Mapping」機能を持つ本機「STR-AN1000」なら、オーバーヘッドスピーカーは2本で十分との思いを強く抱くようになった。精密に生成される仮想スピーカー効果で音場が3次元的に展開され、間然するところがないのである。

この効果には、「スピーカーリロケーション」も大きく貢献しているようだ。試しに「スピーカーリロケーション」をオフにしてみると、この緊密なスピーカー間のつながりが希薄になって「ソコにあるスピーカーが鳴っている」という印象に。通常のAVアンプで聞いているというイメージに堕してしまう。

スピーカーを理想的な位置に「再配置」するのが「スピーカーリロケーション」。仮想的にサラウンドバックスピーカーも作り出す

スピーカーを理想的な位置に「再配置」するのが「スピーカーリロケーション」。仮想的にサラウンドバックスピーカーも作り出す

まとめ:ソニーの長年にわたる音場制御技術の成果に唸らされた

また自動音場補正設定の「補正タイプ」でイコライザーの設定を「切」「エンジニア」で比較してみた。「エンジニア」というのは、本機が開発されたソニー本社のテストルームの音場データを盛り込んだモード。この音がじつにスムーズで、軽くラウドネスが効いたような小気味よい音に変化した。この好ましさならば、イコライザーは常時オンで(「エンジニア」モードで)よいとの感触を得た次第

最後にAmazon Musicで配信されている360 Reality Audioの音源(すでに15,000曲以上が配信されている)も聞いてみた。Amazon Musicのスマホアプリから「キャスト」する形だ。これまでもその効果は限定的なヘッドホンや先述したソニー製サウンドバーなどで360 Reality Audioを体験できたものの、本機の登場によってリアル・スピーカーを配置したイマーシブ環境で触れやすくなった意味は大きい。

もっともAmazon Musicの360 Reality Audioはロッシー(非可逆圧縮)音源のため、現状では音質・効果の両面で物足りない感は否めない。しかし、中には3次元立体音響効果を見事に使いこなしたコーネリアスの「Forbidden Apple」のような作品も登場していて、今後の展開に期待しないではいられない。

ソニーの長年にわたる音場制御技術の成果に唸らされた「STR-AN1000」のハンドリングレポート、いかがだっただろうか。調べたところによると、北米ではカスタムインストーラー向けに本機の上位機種が3モデル発売されているようだ。「STR-AN1000」のすばらしいサラウンドサウンドを体験した今、ぜひそれらの日本国内での発売も期待したい。

山本浩司

山本浩司

AV専門誌「HiVi」「ホームシアター」の編集長を経てオーディオビジュアル(AV)評論家へ。JBL「K2 S9900」と110インチスクリーンを核としたホームシアターシステムで、最高の画質・音質で楽しむAVを追い続けている。

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