垂直・水平方向へ3次元的に広がるオーディオ再生を簡単に実現できる製品として注目したいのがアップルの「HomePod」(第2世代)。ここでは「HomePod」を2本使い、「Apple TV 4K」、テレビと組み合わせた場合のホームシアターシステムとしてのクオリティをレビューしていく。
ここで使った「Apple TV 4K」は第2世代モデル。基本的に58V型テレビの両脇に設置してテストを行った。第2世代、第3世代モデルの「Apple TV 4K」であれば、HDMI端子のARC/eARC機能を利用できる
家庭での3次元立体音響再生が徐々に身近になっていることをご存じだろうか。
Amazonプライム・ビデオやNetflixなど、人気のサブスク動画配信サービスでDolby Atmos音声が採用されているほか、Apple Musicでは「空間オーディオ」という名前でDolby Atmosフォーマットで音楽も配信されている。
それを再生するハードウェアはどうかと見渡すと、AVアンプで再生する正攻法だけでなく、サウンドバーによる擬似的な3次元再生のほか、イヤホン・ヘッドホンで再生する方法など、さまざまな形が提案されている。
そんな中で、本当に水平・垂直方向ともに広がる3次元的な立体音響の醍醐味を味わえるのは、AVアンプかサウンドバーを使いつつサラウンドスピーカーをリスニングポイントの後方に置く方法だろう。
最近ではサウンドバーでもオプションでサラウンドスピーカーを“足せる”製品があり、そういう製品を選べば水平方向の広がりは十分。垂直方向の広がりについては、音を上方向に放射して天井からの反射を利用するイネーブルドスピーカーでも、かなりの効果を得られる。
手軽なサウンドバーも年を追うごとに進化しているものの、本格的に立体音響を楽しもうとすれば、システムとしては比較的大掛かりにならざるを得ないのが現状だ。
そこで、あくまで手軽に3次元立体音響を再現できないのか? と考えた場合、有力候補になりそうなのが「HomePod」ではないだろうか。前述の「空間オーディオ」を推進するアップルが販売するスピーカーなのだから、その効果が最大化されているに違いない! と思うのが人情だ。
というわけで第2世代モデルが発売された「HomePod」を2本借用して、ステレオ、サラウンド音源の再生能力をチェックしてみることにしたのだった。発売からしばらく経っているので、製品の説明はいらないだろう。詳細は以下の関連記事をご覧いただきたい。
「Apple TV 4K」のARC機能を使うと、テレビで再生した音声が「Apple TV 4K」経由で「HomePod」から再生されることになる。テレビにつないだブルーレイレコーダーなどの音声も、もちろん「HomePod」から再生できる
さて、今回試すのは「Apple TV 4K」と「HomePod」を組み合わせたホームシアターシステムだ。これはAmazonの「Fire TV Cube」と「Echo Studio」を組み合わせたシステムと基本構成としてはほぼ同じだと言える。
「Apple TV 4K」のARC機能を使い、普段テレビで再生する音も「HomePod」で再生する。「Apple TV 4K」ではサブスク動画配信サービスはもちろん、Apple Musicなどで「空間オーディオ」を含めた音楽再生も行う。これだけで映画も音楽も楽しめるシステムができあがるのはありがたいことだ。
必ず確認しておきたいのは、「HomePod」の初期設定はiPhoneの利用が前提になっていると言ってよいこと。逆にiPhoneさえあれば「ホーム」アプリを使いつつ、ガイダンスにしたがうだけで「HomePod」2本をリンクするステレオ設定も実にスムーズだった。iPhoneユーザーでなければ同じような利便性で使える「Fire TV Cube」と「Studio Echo」の組み合わせを検討すべきということになる。
「HomePod」の設定は基本的にiPhoneの「ホーム」アプリから行う。「HomePod」の電源を入れるとiPhoneが「HomePod」を認識するので、ガイダンスにしたがって基本設定をすればOK
詳細は後述するが、結論を言えば「Apple TV 4K」+「HomePod」2本というシステムはリビングルームなどで普段使いするための設備として非常に優秀だ。特にiPhoneユーザーにとっては第1候補として考えてよいだろう。「HomePod」を2本購入するとそれなりに高価になってしまうのがネックだが、ほかでは得難い独自の魅力があることは間違いない。
いっぽうで、普段から映画や音楽と正面から対峙する(テレビあるいはスピーカーの正面で映画や音楽を楽しむ)ことが多く、そこに音質を求めていきたい、と考えるならば、このシステムは向かない。そういう人はサウンドバーやテレビ横にステレオスピーカーを置く方法を検討するのがよいだろう。
以下にその理由と試行の結果を記していこう。
まずは「Apple TV 4K」のARC設定などを確認して、まずは「HomePod」1本を使った場合と2本のステレオシステムの音を聞き比べてみた。
「Apple TV 4K」の設定から「ビデオとオーディオ」→「オーディオ出力」→「オーディオリターンチャンネル」の項目を選択。「テレビのオーディオを再生」する設定になっていることを確認する
ARCの利用時にはテレビの設定確認も忘れずに行いたい。確認すべき項目は大きく2つ。まずは写真のHDMI連動関係の項目だ。必ず連動する設定を選んでおこう。写真はREGZA(レグザ)の参考画面
もう1つ確認すべき項目は、テレビからのデジタル音声出力設定。接続する製品によるが、音が出ない場合は「PCM」「リニアPCM」という項目を選んでみるとよいだろう。ここでは「ARC優先」という項目を選んだ
この違いは歴然。「HomePod」1本で音楽を聞くと、スピーカー1本にしては音が広く放射されるのだが、音を360度方向に均一に広げるいわゆる「無指向性スピーカー」再生の延長に過ぎないという印象だ。
しかし、「HomePod」2本で実現するステレオシステムでは、ただ音が広がるだけでなく、ある程度ではあるが特定の音――セリフやボーカルなど――は2本のスピーカー中央から出ているような方向性を感じる。つまりちゃんと「ステレオフォニック」を体験できるのだ。しかも音の広がり方は一般的なステレオスピーカーよりも断然広い。「ステレオフォニック」を追い求めて、自宅のスピーカーを11本設置した筆者としては、「HomePod」を使うならば必ず2本にすべし、と言いたくなるクオリティアップだ。
ただし、2本でステレオ再生をすると言っても、一般的なスピーカーによるステレオフォニック体験とはちょっと違う。スピーカー2本を厳密に同条件でセッティングすると、ボーカルやセリフが中央にピタリと「定位」する……という在来型オーディオを想定しているならば、がっかりしてしまうかもしれない。そこには注意してほしい。
一般的なステレオスピーカーとの大きな違いは、この音の広がり方と「定位」の仕方。5つのツイーターが本体の周囲に配置され、ビームフォーミングで適宜部屋の反射音も利用して音を広げ、必要な情報は「定位」するように届けられる。「ある程度」の定位感を維持しつつ、とにかく音の出どころが不明瞭になることがこのシステムの根幹であるように思う。
「HomePod」2本をステレオペアとして使う設定も、iPhoneの「ホーム」で可能。やはり設定は簡単だ
「HomePod」を1本使うにしても2本使うにしても、帯域バランスや音の質としては当然同傾向。低音は欲張って沈めずに、ベースやバスドラムのアタック音がしっかりと聞こえるよう中低域を持ち上げたバランスになっているようだ。“映え”を重視したチューニングは、この手のスピーカーとして定番のバランスだろう。
特に1本で聞いたときに気になったのは、高域のヌケがさえなかったこと。ビームフォーミングのツイーターのクセなのかもしれない。
「HomePod」(第2世代)の内部イメージ。上部にウーハー、下部にツイーターが配置される。ツイーターは本体を囲むように合計5基使われていて、これでワイドに広がる音をコントロールする
面白かったのは、音楽を再生しているうちに「HomePod」の自動音質調整がかかっていくのがわかったこと。始めは上記のように強調された中低域が全帯域をマスキング気味だったが、それが徐々に解消されていったのだ。少なくとも音響的な手当てをしていないリビングルームではそれがうまくいき、最終的には聞き映えのする中低域のリッチな音質になった。それでも中低域の量感が多すぎると感じる場合は、iPhoneの「ホーム」アプリで「低音を減らす」設定も可能だ。
ただし、それなりに吸音や調音された部屋では周波数レンジがそれほど広くないことがよくわかる。こと音質だけを「HomePod」2本分と同価格帯のサウンドバーやアクティブスピーカーと比べるならば、やはり後者に分がある。
いっぽうで、たとえばデノンのサウンドバー「DHT-S217」や「DHT-S517」には、あえて音質補正をかけない「Pure」モードという再生方法があり、そのストレートな音質が売りになっている場合もある。そういう音質重視のモードは、部屋の響きがコントロールされた環境でこそ生きると心得たい。そこまでしたくないよ、という人はいっそ「HomePod」のような調整システムに頼ってしまうのはとても合理的でコストパフォーマンスのよい選択肢だと思う。
また、テレビとの連携の動きはきわめてスムーズだったことも特筆しておきたい。ARC機能が間違いなく動作し、テレビで再生する再生コンテンツはすべて「HomePod」から再生される。
そして音が非常にワイドに広がり、スピーカーに正対すれば何となく重要な音の定位もわかる。この特徴は結局のところ、部屋のどこにいても大体同じように聞こえる、という体験をもたらす。これこそがほかでは得難い「HomePod」の価値だろう。その意味で、普段使いのテレビ用スピーカーとして抜群に優秀なのだ。テレビを中心にニュース番組やYouTubeなどを流し見する場合にもとてもよい。
しかし、部屋がそれほど広くない場合や、音楽や映画を再生するときは必ず2本スピーカーの間に座るという人にとってはあまり必要のない特徴ではある。
上述のとおり、音質だけを比べれば同価格帯のサウンドバーやアクティブスピーカーに比べてすぐれているわけでもないので、ここを重視するかどうかが「HomePod」を選ぶかどうかのポイントになるだろう。
映画などのサラウンド再生をしても、とにかく何となく音が広がるのが「HomePod」を2本使ったシステムの特徴だ。たとえば「5.1.4」などのリアルスピーカーを配置した場合に、視聴位置の右上方から発生しているように音が聞こえるソースがあるとする。「HomePod」でこれを聞くと右の少し上のほうにその音の情報あることは認識できるものの、「そこから発生している」ようには聞こえない。あくまで、何となく広がるのだ。
Dolby Atmosの再生では特にそれが顕著だ。
Apple MusicでDolby Atmos版のハリー・スタイルズの「Music For a Sushi Restaurant」を再生すると、左右の展開はとても広いが、リアルスピーカーで聞いた「4.1.6」システムと異なるのは高さ・後ろ方向への広がりと定位だ。サビ前に入るドラムのフィルのような音は左右のサラウンドchにもしっかりと入っているが、「HomePod」ではその再現力がどうしても弱い。その結果、左右のフロントスピーカーとサラウンドスピーカーの間、少し高い位置に定位するのが「4.1.6」システムであるいっぽう、「HomePod」では左右に広がるに留まり定位も不明瞭だ。
Apple Musicでは多くの楽曲が「空間オーディオ」(Dolby Atmos音声)として配信されている。2022年9月のドルビーラボラトリーズのコメントによれば、その時点で「ビルボードのトップ100アーティストのうち、3分の2が1曲以上の楽曲でDolby Atmosを採用している」とのこと
「空間オーディオ」として配信されるサラウンドミックスのクオリティは玉石混淆と言ったところ。ハリー・スタイルズの「Music For a Sushi Restaurant」はアップルのCMで使われていた曲だけあって、Dolby Atmosミックスにも気合いが入っているな、と思わされた1曲
Apple TV(iTunes映画)で再生する「トップガン マーヴェリック」の冒頭シーンでは、「4.1.6」スピーカーで聞くと戦闘機の効果音が左右に行き来するが、「HomePod」2本ではそれが明瞭な定位をともなって行き交うのではなく、やはり何となく大きな塊として左右に動く。音に“包まれる”のが「4.1.6」スピーカーだとすると、音が“広がっている”のが「HomePod」というイメージだ。
「HomePod」を1週間ほど試用してわかったのは、「Apple TV 4K」+「HomePod」2本のホームシアターシステムは、在来型オーディオ(ステレオ)とは異なる形でかなり完成度が高いということ。
ステレオの究極はスピーカーの存在を感じさせないことと考えれば、今回試したシステムではその目的がかなりの部分で達成できていたと思う。ただし、そこでは本来の音声データが持っている音の「定位」などは犠牲になっていると言わざるを得ない。
しかし、それこそがひとまず現段階で「HomePod」の目指すところなのだろう。「とにかく音の出どころが不明瞭」なので、よく言えば大画面テレビとのなじみはよい。手軽さや多くのシチュエーションで役立つ汎用性を優先するならば、「Apple TV 4K」+「HomePod」2本をホームシアターシステムとして使うのは大いに“アリ”だと思う。アップルが配信している「空間オーディオ」を比較的簡単に、かつ最もそれらしく再生できるシステムであることは間違いないのだから。
とはいえ、「HomePod」での再生で「空間オーディオやDolby Atmosってこんなものか」とは思わないでいてほしい。Dolby Atmos再生クオリティとしての基準となる場所として映画館があるが、家庭環境であっても映画館に負けない空間再現力を実現するのは現状でも可能ではある。もし「HomePod」の音質に不満があるならば、もはや「レガシー」的になりつつあるAVアンプの導入も検討していただければと思う。
AVの専門誌を編集して10年超。「(デカさ以外は)映画館を上回る」を目標にスピーカー総数13本のホームシアターシステムを構築中です。映像と音の出る機械、人が一生懸命つくったモノに反応します。