イクリプスのフルレンジスピーカー「TD508MK4」。スピーカーユニット1つだけですべての帯域を再生するため、帯域分割のための「クロスオーバー」回路を持っていない。このシンプルさが特徴となっている
タマゴ型のキャビネット正面に一つ目小僧のようなドライバーユニットが装填されたイクリプスのスピーカーをご覧になったことがあるだろうか。
レストランや美容室の天井や壁に吊されているのを見たという人もおられるかもしれない。また、イクリプスのスピーカーは、世界中の名だたる音楽スタジオでニアフィールドモニターとして使用されているケースも多い。レコーディングエンジニアからの信頼が厚いスピーカーブランドなのである。
そのイクリプスから新製品の「TD508MK4」が登場した。2012年に発売された「TD508MK3」からの、12年ぶりのモデルチェンジである。
この「TD508MK4」、以前試作機をテストする機会があり好印象を抱いていた。自宅でじっくり聴いてみたいと思っていたところ、価格.comマガジンの担当者から「MK3も用意しますから、MK4との音の違いをリポートしてください」といううれしい申し出が。2024年2月上旬、「TD508MK4」「TD508MK3」両モデルを我が家に運び込み、聴き比べを行うことにした。
「TD508MK4」の設置イメージ。付属のデスクトップスタンドがそのまま天井や壁面取り付け用の金具になるため、店舗やホームシアターで扱いやすい
角度調整も自在。右写真のように、垂直にできることが「TD508MK4」での新たなポイント。Dolby Atmos再生用のオーバーヘッド/ハイトスピーカーとしてさらに使いやすくなった
音楽を奏でるスピーカーの評価ポイントは多岐にわたる。低い音から高い音までどれだけ忠実に再生できるか(周波数特性)、小さな音から大きな音までどれだけ忠実に再生できるか(ダイナミックレンジ特性)、特にこの2点が評価のポイントになることが多い。しかし、イクリプスのスピーカー開発の眼目は違う。「音楽波形の忠実な再現」である。
2001年の家庭用AV製品発売以来、イクリプスはこの二十余年一貫してこのテーマを追いかけてきた。音が立ち上がってから消え去るまでの時間領域(タイムドメイン)の変移をいかに正確に描写するか、その1点に徹底的にこだわってきたのである。
「音楽は時間の芸術だ」というイクリプスの哲学の発露がそこにあるわけで、それゆえほかの多くのスピーカーメーカーとは大きく異なる技術アプローチが採られてきた。
以下列挙してみよう。
●位相(時間軸)を乱す可能性のあるクロスオーバーネットワークの排除。それゆえ全帯域を1つの「オリジナルフルレンジスピーカーユニット」が受け持つ。
●ドライバーユニットから放射される音波の広がりを妨げないことに加えて、内部定在波が生じにくいタマゴ型の「エッグシェル・コンストラクション」の採用。
●高速のピストニックモーションを安定させる「グランド・アンカー」の採用。
●キャビネットに伝わる不要振動の分散と吸収を受け持つ複数本の「ディフュージョン・ステー」の採用。
写真は「TD307MK3」の内部イメージ。「エッグシェル・コンストラクション」(卵形)のキャビネットに、「オリジナルフルレンジスピーカーユニット」がディフュージョン・ステーを介して取り付けられている。仮想フローティング状態として、振動がキャビネットに伝わることを抑える工夫だ。さらに「グランド・アンカー」がユニットのピストニックモーションを受け止める役割を果たす
イクリプスのスピーカーは本機「TD508MK4」のほかに「TD307MK3」「TD510MK2」「TD510ZMK2」があるが、ドライバーユニットの口径とそれにともなうパーツなどが異なるだけで、すべて同じメソッドで開発されている。英国KEFのオリジナル同軸ドライバー「Uni-Q(ユニキュー)」同様、「1点突破・全面展開」の商品企画が採られているわけだ。
左から65mmユニットの「TD307MK3」、80mmユニットの「TD508MK4」、100mmユニットの「TD510MK2」。それぞれ、本体色はブラックとホワイトが展開される
「TD510MK2」のスタンドが背の高いフロア型になったのが「TD510ZMK2」。こちらの本体色はブラックのみ
では、「TD508MK3」から「TD508MK4」へのモデルチェンジで何が変わったか。改善ポイントはいくつかあるが、音を聴いてまず感じたのが、パワーリニアリティ(直線性)の向上だ。
同社開発陣によると、グラスファイバー製振動板がリニアに振幅する領域が、「TD508MK3」に対して約1.8倍伸びたという。これは振動板を支持するダンパーの形状に山・谷をつけて最適化を図ったことが大きいとのこと。
振動板の内径のカーブの形状も見直し、よりスムーズなピストニックモーションを実現するとともに、センターキャップを紙からゴムをコーティングした布に変更、不要残響音の低減と周波数特性の最適化を果たしたという。
加えてボイスコイルを巻くセルロースナノファイバー製ボビンの弾性を最適化して低域の厚みと中高域の歯切れよさを改善した。それから4N(純度99.9999%)銅線のボイスコイルそのものの線径を大きくし、その巻き幅も広げたという。もちろん耐入力のアップを狙ってのことだ。また、キャビネット自体も少し大きくなっており、低音の豊かさに貢献しているはずだ。
左が「TD508MK4」で右が「TD508MK3」。キャビネットが少し大きくなっただけでなく、スタンドの「首」が太くなり、剛性を増している。その「首」とキャビネットを固定するネジがローレット加工のノブのようなパーツに変更されたこともポイント。従来は締め上げに六角レンチが必要だったが、道具なしの手作業で調整可能になった
同社担当者が周波数特性図を見せてくれた。イクリプス・スピーカーの狙いは、先述したように周波数特性とは別の時間位相特性にあるわけだが、もちろん音楽を聴くうえで周波数特性がよいに越したことはない。
低域端は50Hz(「TD508MK3」は52Hz)まで伸び、その落ち込みのカーブも10%よくなっている。また中域のレベルも「TD508MK3」に比べて1.1dB上回っていた。また注目すべきは、高域における細かなピーク、ディップが減って、なだらかな特性を示していたことだった。
周囲に物を置かず、広い空間にスピーカースタンドを使ってスピーカーを設置。まずは「TD508MK3」、そして「TD508MK4」と聴き比べた
では、我が家の再生システムで「TD508MK3」と「TD508MK4」を聴き比べてみよう。テスト音源はすべてハイレゾファイルを用いた。
最初に聴いたのは、ピアノとのデュオで歌われるSHANTIのバラード曲。まず聴感上の音圧感が違う。同じボリューム位置でも「TD508MK4」のほうが音が大きく聴こえるのだ。中低域にエネルギーが蝟集(いしゅう)しているからだろう。
ピアノの響きの厚み、充実感も「TD508MK4」のほうが断然すぐれる。また、驚くほど違ったのは声の質感描写。SHANTIが声を張ったところで、「TD508MK3」は少しピーキーで声がざらつくのだが、「TD508MK4」はそこをすっとスムーズに聴かせるのである。
次に1970年代に録音されたベルリン・フィルの首席チェロ奏者とコントラバス奏者のデュオを聴いてみた。これまた「TD508MK4」の完勝だった。「TD508MK3」はチェロが甲高く響き、コントラバスの音は少し曇る。「TD508MK4」に代えると、音がすっと伸びて、なおかつ響きのクセっぽさが消えるのである。
男性ジャズシンガーのグレゴリー・ポーターのボーカルも断然「TD508MK4」がよい。音像がすっと立ち上がり、声に温かみと厚みが感じられる。比べると、「TD508MK3」は音像がスレンダーでピアノの右手(高音)がひりつく印象となる。
いや、しかしこの音質差は当初の予想以上。同社技術陣のこの12年の研究・研鑽の賜物なのだろう。大いに称揚したいと思った。
さて、ぼくの部屋にはイクリプス製サブウーハー「TD725sw」がある。2基の250mmウーハーをエンクロージャー内部のシャフトで結合し、同相駆動させたアンプ内蔵型の本格派。最後に「TD508MK4」にこのサブウーハーを加えた2.1ch再生で音楽を聴いてみた。
ぼくの使っているプリアンプ(OCTAVE 「Jubilee Pre」)はXLRバランス出力が2系統あるので、そのいっぽうの出力を「TD725sw」につないでテストすることに。サブウーハーのクロスオーバー周波数(担当する周波数の上限)は調整の結果60Hzに設定、ボリューム位置は10時から12時とした。
本格サブウーハーを加えた効果、これまた驚くべきものだった。不思議なことに高域のヌケがさらによくなり、再生される音楽のスケール感ががぜん大きくなるのである。また、音場が立体的に描写されるようになるのも好ましい。低域の支えがしっかりすることで、音楽を聴くのがますます楽しくなるのだ。
イクリプスでは「TD725sw」の最新版「TD725SWMK2」のほか、200mmウーハー2基の「TD520SW」、160mmウーハー2基の「TD316SWMK2」というサブウーハーも用意されている。「TD508MK4」を入手したのち、これらを加えて音質強化を図るのも興味深いアプローチと思う。
イクリプスの製品ラインアップは、サブウーハーが充実していることも特徴の1つ。左から「TD316SWMK2」「TD520SW」「TD725SWMK2」。2基のウーハーをエンクロージャー内部のシャフトで結合し、反発を利用して支え合うという同じ設計メソッドで作られていて、求める低域の伸び(周波数特性)に応じて製品を選べるように考慮されている
さて、このインプレッション・リポートを読んで「たった80mm口径のフルレンジドライバーでそんないい音するわけないでしょ」といぶかしく思われたベテランのオーディオ・ファンもおられるかもしれない。
しかし、今回「TD508MK4」を長時間テストし、世の中に存在する多くの2ウェイスピーカーに比べて高域の伸びや低域の量感に不満を覚えることはまったくなかったと最後に申し添えておきたい。確かにサブウーハーを付加する効果は明瞭だったが、正直言って、音楽を普通に聴く限り、どうしても必要とは思わなかったのである。
それよりも位相(時間軸)を乱す可能性のあるクロスオーバーネットワークが存在しないフルレンジドライバーならではのよさを改めて実感させられた次第。音楽が闊達(かったつ)に、スムーズに、楽しく描写されるメリットを強く感じたわけである。