我らオーディオファンとって「ストリーマー」とは、音楽サブスクリプションサービスを受信しオーディオ出力するデバイスのこと。具体的には、QobuzやSpotify、Amazon Musicといったサービスを既存システムで実現するコンポのことだが、比較的新しい概念であり、サブスクリプションサービスに対応したネットワークプレーヤーの進化形ととらえると理解しやすいだろう。
ストリーマーを導入する代わりに、アプリでサブスクリプションサービスを受信できるスマートフォンやタブレットをUSB DACにつないで済ませてしまうという手もあるが、正直おすすめできない。規格上USBケーブルは長くて5m、USB DACからリスニングポイントまでは少し足りない。だからといってUSB DACのそばにスマートフォンやタブレットを置くと、今度は曲やアルバムを変えるつどコンポのそばまで歩くはめになる。その点には目をつむるとしても、鑑賞中に着信や通知があるのは興醒めだ。
そこに登場した「NODE ICON」。Bluesoundが展開する「NODE」シリーズの最新作であり、ほかにない新機軸が打ち出されているストリーマーだ。現行のラインアップとしては、実売8万円台のスタンダードモデル「NODE」、6万円を切る価格を実現したエントリーモデル「NODE NANO」、アンプ内蔵の「POWERNODE EDGE」などがあり、「NODE ICON」は最上位のリファレンスモデルに位置づけられている。
Bluesound「NODE ICON」
製品を一瞥(いちべつ)すると、フロントパネルの5インチカラーディスプレイに目が留まるものの、刮目すべきはDAC部だ。ESS「ES9039Q2M」を2基搭載したデュアルモノ設計、そこにMQA Labsが開発したDA変換/フィルター技術「QRONO」を世界初搭載した点が興味深い。
フロントパネルには5インチのフルカラーディスプレイを搭載
「NODE ICON」に搭載された「QRONO」は、D/A変換時にフィルターやノイズシェーパーとして機能する「QRONO d2a」と、DSD-PCM変換技術「QRONO dsd」の2本柱で構成される。前者についてMQA Labsは「あらゆるDACチップから最高のオーディオ性能を引き出す」、「アナログの魂を持つデジタルオーディオテクノロジー」と表現しており、「NODE ICON」では特性を「ES9039Q2M」に最適化したフィルターを用意している。後者についても処理を可能な限り軽くすることで、時間軸方向の微妙なニュアンスの再現を可能にしたという。
また、「Dirac Live」に対応した点も注目度が高い。部屋の構造・材質に起因する問題を特定し、スピーカーからの出音を最適化してくれるこの機能、AVレシーバー(AVアンプ)では効能がよく知られているところだが、コンパクトな2chシステムに巨大なAVレシーバーは似合わない。「Dirac Live」のライセンスに加え「DIRAC用 Room Calibration Kit」(測定用マイクとドングルをセットした別売品)を購入する必要があるものの、それが「NODE ICON」1台で実現できるのだから、ものは考えようだ。
肝心のストリーミングサービスは、Qobuz、Amazon Music、Spotify ConnectにTIDAL(日本未導入)とひと通りサポート。ほかのストリーマー同様Apple Musicには対応しないが、AirPlay 2を利用すればアップル製のデバイスからワイヤレスでロスレス再生できる。
接続端子はアナログが出力2系統(XLR、RCA)と入力1系統(RCA)、デジタル出力がUSBを3系統(Type-A×2、Type-C×1)に加え同軸×1と光×1、LAN×1、eARC対応HDMI×1と充実。さらに「THX AAA」対応のヘッドホンアンプも搭載と、多種多様なリスニングスタイルに応えるところもポイントだ。
リアパネル。eARC対応HDMIなど、多彩な入出力インターフェイスがずらりと並ぶ
まずは「Dirac Live」の効果を確かめるべく、Bluesound日本総代理店PDNの試聴室まで出向くことに。「Dirac Live」の利用にはライセンス登録済みの機体が必要となるからだ。「NODE ICON」のアナログ/RCA出力をプリアンプ「EAR 912」に接続、それをパワーアンプ ファンダメンタル「MA10」で2ウェイ・バスレフ型スピーカー パラダイム 「Founder 40B」を駆動するというシステムで試聴を実施した。
試聴にはパラダイム「Founder 40B」を組み合わせた
「Dirac Live」のオン/オフを切り替えながら試聴を行った
試聴に用いた楽曲は、Qobuzで配信中のキース・ジャレット「ケルン・コンサート」と菊地雅章「黒いオルフェ〜東京ソロ2012」。室内環境に合わせ各周波数の時間軸/インパルス応答を最適化した音がどう感じられるか、聴き慣れたピアノのライブ音源であればわかりやすいだろうと考えたからだ。
「Dirac Live」をオンにすると、「ケルン・コンサート」は冒頭から違う。2chの音源だからサラウンド感こそないものの、ピアノの位置が明確になる印象だ。音場は奥行きと高さ方向が増し、ステージが広がる。低域/高域の量感が増すような変化ではなく、演奏者の気配や位置、ピアノアタックの鋭さが変わるような変化と言えば伝わるだろうか。
この傾向は「黒いオルフェ」でより顕著に。「Dirac Live」オフで聴くときより音場が垂直方向に広がり、サスティーンも自然に伸びる。録音が行われた東京文化会館小ホールには幾度か足を運んだことがあるが、そのときの記憶と重ね合わせるとライブ感はさらに増す。原音の意匠を大きく変えることなく、リアリティを添えたとでも言うべきか。聴き慣れた音源のはずが新鮮味を感じてしまう、オーディオファンにはたまらない瞬間だ。
「NODE ICON」には、ヘッドホンアンプとしての顔もある。THX社が特許を有するフィードフォワードの回路技術「THX AAA」を採用、6.3mm標準ジャックのヘッドホン出力を2系統用意しているのだ。「THX AAA」といえば、MYTEK「Liberty HPA」など気合いが入ったヘッドホンアンプで実績のある技術であり、低歪と低ノイズを徹底した設計で知られる。
左右両端にヘッドホン端子が用意されている
さっそく、Sendy Audioの平面駆動型ヘッドホン「Peacock」で試聴を開始。4.4mm to 6.35mm変換プラグを使用しての接続となるが、「THX AAA」の低歪/低ノイズ設計には繊細な平面駆動振動板が好相性だろうという予測のもとのチョイスだ。
一聴してわかるのが、その駆動力。「Peacock」のインピーダンスは50Ωと鳴らしにくいほどではないが、持ち味の濃厚さを出すためにはある程度の余裕が必要、そのハードルを難なくクリアしている。Pat Metheny「Moon Dial」では、ナイロン弦バリトンギターの低域成分多めな音色が味わい深く、ハーモニクスの余韻もしっかり描写する。
ヘッドホンリスニングの試聴には、Sendy Audioの平面駆動型ヘッドホン「Peacock」を利用した
イヤホンではどうかと、SIMGOT「EA2000」に挿し替えてみたところ、ウォーム傾向であるところは「Peacock」と同じ。繊細さを保ちつつも低域のダイナミクスを感じさせるサウンドは、「NODE ICON」のヘッドホンアンプが持つテイストなのだろう。
「QRONO d2a/dsd」の効果については、手動でオン/オフを切り替えられない仕様のため、「NODE ICON」の出音で判断するしかない。しかし、リファレンス音源を聴き慣れたヘッドホンで聴いた印象からすると、ESSのチップとしては低中音域に張りがあり重心やや低め、きらびやかというより滑らか、そしてサウンドステージの広さを感じさせるところは、「QRONO d2a/dsd」の効果なのだろうと思われる。
ディスクからファイル、そしてストリーミングへと遷移してきたオーディオ再生のトレンドだが、これまでリモコンと見なしてきたスマートフォン/タブレットをシステムの主軸に据えることには抵抗がある、という向きは少なくないはず。ストリーマーはその葛藤を解決してくれるデバイスであり、見方を変えれば今後コンポーネントシステムで存在感を増すと見ることもできる。
ただストリーミングサービスを受信しDA変換するだけなら手ごろなデバイスはいくらでもあるし、スマートフォンをUSB DACに接続すればよいだけのこと。しかし、苦心して組み上げたオーディオシステムで腰を据えて聴くとなると話は違う。
その点、ネットワークプレーヤーとしてスタートした「NODE」シリーズには錬成されたファイル再生機能があり、UIと操作性にこだわった「BluOS」というシステムがある。そこにストリーマーとしての機能が加わり、「QRONO d2a/dsd」や「Dirac Live」、「THX AAA」という付加価値が加わった「NODE ICON」は、かなり魅力的だ。
「NODE ICON」の操作には、スマートフォン/タブレットアプリ「BluOS」が利用できる
もっと時間があるのなら、音量可変出力を生かしアクティブスピーカーにXLRバランスで接続して愉しむ、という方法を試してみたい。eARC対応HDMI端子を備えているから、テレビと組み合わせてもよいだろう。サブウーハーをつなげば、映画もイケるかも…可能性という点でも、ユニークなデバイスであることは間違いない。