ヘッドホンでも世界初の技術を詰め込んだ意欲的な試作品を体験することができた。肝は振動板で、「マグネシウムモノコック振動板」と「セルロースナノファイバー(CNF)100%振動板」の2種類だ。
最初に現在の状況をおさらいしておこう、ヘッドホンに内蔵されるドラーバーユニットのほとんどは、軽量で反応がよく、音響特性、安定、耐久性、ひいては加工性やコストなど、あらゆる角度から欠点の少ないフィルム素材の振動板を採用している。合理的な選択といえるが、どのメーカーのどのヘッドホンを手に入れても、振動板に由来する限界を超えられない点では同じともいえる。こうした常識を覆そうとするのが、オンキヨーの新しい取り組みだ。
まずは「マグネシウムモノコック振動板」。マグネシウムは高剛性で内部損失が高く、言い換えると、解像度にすぐれ、固有の音色を持たない。振動板としては理想的な性質を持つ素材のひとつとして知られている。しかしながら、粘りがなく成型時に割れやすいという加工面での難しさや、腐食しやすく耐久性に欠けるという弱点を抱えていた。オンキヨーはこれらの弱点を克服する技術を独自開発。世界で初めて、薄さが求められるヘッドホン用として実用に耐える、純度96%のマグネシウム合金製振動板を完成させた。
マグネシウムモノコック振動板。直径は40mmで、表面の耐蝕加工が異なる2種類を開発。左側はP-陽極酸化品で表面に艶がない。右側は電着塗装品で表面に艶がある
もう1つの「セルロースナノファイバー(CNF)100%振動板」は、木材ベースのセルロースナノファイバーだけを使用し、世界で初めて直径50mmの振動板に仕上げたもの。そもそもセルロースナノファイバーとは高密度かつ高強度という特性を持ち、具体的には鋼鉄の1/5の軽さで5倍以上の強さを備えるスーパー素材。スピーカー振動板としての素性のよさは知られており、ほかの素材に添加して実用化済みだが、CNF 100%は実現できていなかった。オンキヨーは、新たにナノレベルに微細で密度の高いCNFを紙として透く技術を開発し、量産化の目処を立てた。
セルロースナノファイバー(CNF)100%振動板。直径は50mmで、手触りは紙そのものながら、フィルムのように薄い
振動板の特性がすぐれていることは理解できたが、やはり音は実際に聴いてみないことにはわからない。今回は、試作品で評価をする機会を得た。
まずはマグネシウム振動板。開放型のヘッドホンに組み込まれた状態で試聴した。
マグネシウムモノコック振動板を使った試作品
オンキヨーのハイレゾ対応ポータブルプレーヤー「DP-X1」で各種のハイレゾ音源を再生。金属らしい音が聴こえるのかと思いきや、これがいい意味で普通。金属製の振動板でありがちな硬さや歪みを感じさせないのだ。開発を担当した「藤谷氏」によると、これは、マグネシウムが持つ内部損失の高さに加え、振動板形状においても、シミュレーション技術を駆使することで不要な分割振動を徹底的に排除し、ピストンモーション領域を拡大させた結果だとのこと(振動板形状として特許出願中)。
マグネシウムモノコック振動板の技術ポイント。従来は不可能だった「深絞り成型」によって、高域ワイドレンジ化を実現
聴きこんでゆくと、ギターのような弦楽器は、一音一音の輪郭が明瞭。アタックの立ち上がりが鋭く、弦の質感が目に浮かぶようだ。試作品が開放型ということもあるが、透明感のある余韻から感じられる空間の広がりも特筆に値する。マグネシウム振動板は、ハイレゾ時代のヘッドホンに新たな局面をもたらす技術に感じた。
続いては、セルロースナノファイバー(CNF)100%振動板。試作品は密閉型で、筐体はスピーカーと同じく桐の無垢材をしている。
セルロースナノファイバー(CNF)100%振動板を使った試作品
試聴は同じくDP-X1でハイレゾ音源を中心に再生。音色は紙そのものの印象で、ヘッドホンでありながら、スピーカーと共通する自然な音が新しい。特に女性ジャズボーカルの色香が魅力。筐体が桐材ということも少なからず影響していると思うが、フィルム素材の振動板では得難い感覚だ。レンジが広くクラシックはホールトーンも濃厚で臨場感を楽しめた。総じてハイレゾの解像度を引き出しつつ、硬くならずにやわらかな風合いとして描き出せる新技術と感じた。
セルロースナノファイバー(CNF)100%振動板の周波数特性を示すグラフ。振動板の形状を工夫することで反共振と中域のガタツキを抑え、50kHzの超高域までフラットな特性を獲得。ボーカルの素直で美しい再生が期待できる
このほか、桐のハウジングには、響きを持たせる彫り加工が施されている。開発を担当した山本氏によると、種々の技法を実際に試作して検討した結果、琴で用いられる「綾杉彫」が低域の再生に向くと分かり、採用に至ったという。
試作品筐体の内側。木の繊維を断ち切るように「綾杉彫」が施されている。
桐製ケース。試作機ながら、遊び心が面白い
今回紹介した技術の供給先は、グループ会社であるオンキヨー&パイオニアが優先とのことだが、積極的に部品供給や製品のODM受託など外部にも広く門戸を開いているという。すでに大手スピーカーおよびヘッドホンメーカーへの紹介も始めているそうで、2016年内には、我々が製品を手にできる可能性もありそうだ。新しくユニークな技術による新しい音に期待したい!