一度使ったら二度と離れられない家電としては食器洗い乾燥機(食器洗浄機)が有名ですが、個人的にはIHクッキングヒーターもそのひとつだと感じています。ガスの「炎」にこだわるのもわからなくはないですが、それ以上に利便性と安全性の面で、IHクッキングヒーターはガスコンロよりすぐれており、筆者とIHクッキングヒーターは、「一生離れない」と誓い合った仲です。そんな愛してやまないIHクッキングヒーターの生まれたままの姿が見られるというので、パナソニックの神戸工場(兵庫県)に取材に行ってきました。
パナソニック神戸工場では、家庭用のビルトインIHほか、卓上IH、業務用IH、業務用の電子レンジなども製造しています
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パナソニックは今年、家庭用ビルトインタイプIHクッキングヒーター(200Vタイプ)事業で30周年を迎えるとともに、11月には累計生産台数700万台を達成しています。
工場敷地内にひっそりと植えられている30周年・累計生産700万台達成記念植樹。なぜオリーブなのかはわかりません
世界初のIHクッキングヒーター開発こそ海外メーカーでしたが、パナソニックは1974年には国内で初めて高周波方式のワゴンタイプを開発したり、1981年には2口ビルトインタイプを発売したりと、国内の業務用市場では他社に先行してIHクッキングヒーターを開発してきました。
70〜80年代は、業務用の100Vタイプを製造していました
70〜80年代に販売されていた業務用100Vモデルの実機は、神戸工場のショールームに展示されています
転機となったのが、今から30年前の1990年。業界で初めて、200V対応モデルを発売したことです。それまでのIHクッキングヒーターは100V対応だったために火力が弱く、調理用というより保温用として使用されるのが一般的でした。
しかし、一般家庭の電気使用量が増加するに従い、戸建住宅でも単相3線式配電が普及し、200Vの取り出しが容易になってきたことから、パナソニックは200V対応モデルを発売。ガスに負けない高火力でガスコンロからの買い替えを狙ったのです。
90年に業界初の200V対応モデルを開発し、一般家庭用市場に乗り出しました
200Vモデルの初号機。高さが一般的なキッチンモジュールに合わず、主に新築向けでした
ただ、価格が35万円と高額だったことと、インバーター回路の小型化がかなわず、高さが27cmと一般的なシステムキッチンのモジュール高より約5cm高く、既築住宅のガスコンロからの置き換えが困難だったことから、大きなヒットとはなりませんでした。その後、3年の期間を経てインバーター回路の小型化に成功。1993年にシステムキッチンモジュールサイズのモデルを発売し、ようやく既築住宅への置き換え提案ができるようになったのです。
その後も、ガスコンロからの置き換えを進めるべく数々の改良を重ねてきました。なかでも画期的だったのが、2002年に登場した世界初のオールメタル対応モデルです。IHクッキングヒーターは磁力線によって鍋底に渦電流を発生させ、その電気抵抗によって発熱する仕組みなので、電気抵抗の小さいアルミや銅製の調理器具は調理に必要な熱を生み出すことができないため、使用できませんでした。このため、IHクッキングヒーターの購入と同時に鍋・フライパンを専用のものに買い替える必要があったのですが、オールメタル対応モデルの登場により、お気に入りの調理器具や高価な調理器具を廃棄せずにすむようになり、料理好きな方々の家庭にも受け入れられるようなっていきました。
ガスコンロからの置き換えをうながすべく、30年かけてさまざまな面で進化を遂げています
加熱周波数を3倍にすることで銅・アルミも加熱可能になりました。オールメタル対応コイル(右)は通常コイル(左)に比べて極細の銅線を採用し、撚(よ)りの本数も圧倒的に多くすることで、電力損失を最小限に抑えています
2007年に光火力センサーを導入したのも大きな進化です。それまでのサーミスタセンサーは温度を測るのに時間がかかり、細かな温度設定が難しかったり、チャーハンなどでフライパンを持ち上げて振った場合に正確な温度が測れず、温度復帰が難しかったりと、使い勝手が悪いものでした。光火力センサーは、鍋・フライパンの底に赤外線を当てて瞬時に温度が測れるので、フライパンが一度離れて温度が下がってもすぐに高火力で温度を維持でき、揚げ物やホットケーキなど一定温度を維持する調理でも細やかな火力調整が可能になります。
同じフライパンの底の温度を同時に測ると、サーミスタセンサーと光火力センサーでは大きな違いが出ることがわかります。瞬時に正確に温度が測れるということは、正確かつ細やかな温度調節ができるということ
センサーデバイスの小型化・高性能化も実現。これにより、自動調理メニューが進化しています
30年前のオールメタル1号機に比べて、基盤は約40%小型化しています
ちなみに、最新モデルの天板を剥がすと、このようになっています。カットモデルって萌える(笑)
このほか、「ガスに比べて火力の大小がぱっと見てわかりづらい」「今どのヒーターを使っているかがわかりづらい」という声に応えて光リングを導入したり、ガスコンロのようにダイヤル型のつまみを搭載したモデルを発売したりと、ガスコンロからの移行をスムーズにする工夫をいくつか施しています。
光るリングで火力の大きさをわかりやすく表現します
1995年に発生した阪神淡路大震災の際、ガスよりも電気の復旧が早かったため、火を使わない安全性もあって徐々に市場拡大していたIHクッキングヒーターですが、皮肉なことに市場にブレーキをかけたのも震災でした。
2011年に起こった東日本大震災にともなう原子力発電所の事故でオール電化に対する風当たりが強くなり、IHクッキングヒーターの新規ユーザーが激減したのです。しかし、市場の減速は2015年に底を打ち、2016年から再び増加に転じています。これは、新規ユーザーに加えて、2000年代初頭の成長期に購入したユーザーの買い替え時期が到来していることが理由に挙げられます。パナソニックでは、2018年に導入した掃除が簡単な「フラットグリル」や、2019年導入の「凍ったままIHグリル」といった、10年前にはない機能で新規および買い替えユーザーを囲い込みたい考えです。
東日本大震災の発生によりIHクッキングヒーターの人気は一時低迷していましたが、買い替え需要により回復。IHから離れられないのは、筆者だけではないようです
と、前置きが長くなりましたが、いよいよ工場見学です。パナソニックのIHクッキングヒーターは特許技術が多いため、工場内も撮影ポイントが限られており、撮れ高は低めですが、雰囲気だけでも感じてもらえれば幸いです。
工場は3階建てで、1階で部品を加工し、1階および3階で組み立てたユニットを3階で製品本体に組み上げ、2階で梱包するという工程です。ステンレスのプレス加工から製品組み立てまで一貫して内製化しているのが同工場の特徴ですが、基幹部品である加熱コイルも内製化しているのは少々驚きました。
0.05mmという髪の毛よりも細い銅線を750本から最大1,600本まで、自動で撚り上げてコイルに仕上げていく様は圧巻です。撚り上げたコイルは加熱ユニットに巻き上げていくのですが、ここでは省力化と正確性のために人形ロボットを導入しています。回転する軸にコイルを巻きつけた後に接着剤を付け、絶縁シートを挟んでフタをするという作業の一部を、ロボットが担っています。単純作業ですが、ロボットの目と両手にセンサーを搭載することで、一緒に作業する人間の動きに合わせて安全かつタイミングよく動くことができます。
基幹ユニットはほぼ内製化
目に見えない極細の銅線を何重にも撚り合わせてコイルを作ります
トッププレートの組み立ては自動化されています。以前は人間の手で組み立てていましたが、トッププレートの隙間を埋める防水シートの貼り付け作業において、作業者によって仕上がりにバラつきが出たり、歪んでしまって貼り直しが起こらないよう慎重に行う必要がありました。そのため、防水テープの貼り付けに2分ほどの時間を要していたのですが、自動化することで10秒まで短縮でき、作業の大幅な効率化を実現できたのです。
トッププレートの組み立ては自動化されています
最後は人間の手で組み立てていくのですが、部品はすべて作業者の前方から仕組みとなっています。作業者の横に部品がないため、ラインがコンパクトに設計できるメリットがあります。加えて、部品は全てむき身で同じ方向を向いて供給されており、作業効率向上に対する工夫がなされています。なお、このラインの方式は神戸工場が発祥となっており、海外含め、ほかの工場でも導入されているとのことです。
神戸工場では、IHクッキングヒーターだけで約400品種を製造しているため、短い時間で対数の品種を正確に組み立てるべく、つねに合理的で効率的なライン設計を追求しています
最後に、ショールームにて最新モデルを使っての試食会が行われました。まずは、最新モデルの「凍ったままIHグリル」機能で焼いた鶏肉。カチコチに凍った鶏肉を解凍せずにそのまま自動で焼けるので、時短になるだけでなく、解凍の失敗も防げます。実際に食べてみましたが、皮はパリパリ、肉はジューシーでとてもおいしい!
つづいて、ホットケーキのデモンストレーションです。ガスコンロで焼く場合、1枚焼いたらフライパンを濡れ布巾に乗せて冷まさないと、次のホットケーキは表面だけが焦げて中は生焼けになってしまいます。パナソニックのIHクッキングヒーター搭載の自動メニュー「ホットケーキ」で焼けば、フライパンはつねに160℃の温度に保たれ、しかも、ひっくり返すタイミングも音声で教えてくれるので、何枚焼いても失敗がありません。
見てこのパリパリ感。とても凍ったまま焼いたとは思えない出来映えです
もちろん、中までしっかり火が通り、とてもジューシー!
自動メニュー「ホットケーキ」は160℃をキープして焦がしません
何枚焼いても同じ焼き色に!
神戸工場では、コンビニ向けのおでんウォーマーや、電子レンジも製造しています。某有名カフェチェーンのスコーン用オーブンもパナソニック製
筆者がIHクッキングヒーターから離れられないのは、こうした利便性の高さに満足しているから。光火力センサーにより温度計測が正確になり、揚げ物もつねに一定温度を保ってくれるので失敗がありません。唐揚げも天ぷらも、いつもカラっと揚がります。
ガスに比べて火力が弱いという誤解もありますが、200Vの高出力と、電力がそのまま熱に変わる効率性の高さで、むしろガスよりも火力が強く、お湯が沸くのも圧倒的に早い。また、トッププレートがフラットなため調理後の掃除が非常に楽。使っているIHヒーター以外は熱くならないので、調理中に空いているスペースを有効活用できます。
タイマー搭載で煮物は放ったらかし。ホットケーキのように数種類の自動メニューがあるので、たとえば、サンマの姿焼きも放ったらかしで失敗がありません。炎が出ないので安全だし、ガスのように輻射熱がないので真夏のキッチンが灼熱地獄になることもない。停電の時にはどうするかって? カセットコンロを1台備えておけば問題なし。
とまあ、気持ち悪いぐらいのIH愛がパナソニックの神戸工場に行ってさらに高まったので、10年後に買い替える時はパナソニック製にしようと心に誓った次第です(パナソニック製じゃなかったんかい!)。
1966年生まれ、福島県出身。大学では考古学を専攻。主に生活家電を中心に執筆活動する家電&デジタルライター。レビューや検証記事では、オジさん目線を大切にしている。得意分野は家電流通・家電量販店。趣味は、ゴルフ、ギター、山登り、アニメ、漫画、歴史、猫。