レビュー

本格オーディオのためのDAC&ヘッドホンアンプ「ST-AMP」レビュー

現在、オーディオの世界で注目度が増しているのが、デスクトップオーディオだ。PCやタブレット端末などを再生機器として、卓上で使えるコンパクトなアクティブスピーカーあるいはヘッドホンやイヤホンで音楽を楽しむというもの。

こうしたスタイルは昔からあるが、ヘッドホンやイヤホンの人気上昇にともない、コンパクトなサイズながらも本格的な高音質を実現したヘッドホンアンプやD/Aコンバーターが続々と登場。家庭用アクティブスピーカーも優秀なモデルが増え、限られた卓上スペースでも本格的な高音質が楽しめる環境が整っている。

音楽配信サービスも普及し、そこには高品質なハイレゾ音源もある。再生機器にはPCやポータブルDAP(デジタルオーディオプレーヤー)、あるいはスマホなど身近にあるさまざまな機器が使える。

PCを再生機器にするならば、USB接続できるD/Aコンバーター(USB-DAC)やUSB-DAC内蔵のヘッドホンアンプなどを組み合わせれば、あとは好みのアクティブスピーカーやヘッドホン、イヤホンがあれば立派なオーディオシステムが完成だ。PC、ヘッドホンやイヤホンには手持ちのものを利用するならば、デジタル音声信号をアナログに変換するDACを入手すればよい。デスクトップオーディオの核となるのがDACなのだ。

そこで、デスクトップで使えるサイズでしかも実力の高いUSB-DAC付きヘッドホンアンプを紹介したい。いくつかの製品を候補に考えているが、まず試したのはEarMen(イヤーメン)のUSB-DAC付きヘッドホンアンプ/プリアンプ「ST-AMP」だ。

コンパクトで質の高いオーディオ機器をラインアップするEarMen

EarMenは2019年創業の新進メーカー。ヘッドホン/イヤホン好きならばポータブルヘッドホンアンプなどを知っている人もいるだろう。アメリカのシカゴに拠点を持っているが、製品の設計・製造はハイエンドオーディオ機器メーカーのAuris Audioの協力のもとヨーロッパで行うという、ちょっとユニークなメーカーだ。

ポータブルヘッドホンアンプに続いてEarMenが発売したのが、横幅15cmほどのコンパクトでスリムなサイズの単体DACである「Tradutto(トラデュット)」。そして、同じく横幅15cmほどのヘッドホンアンプ「CH-AMP」。こちらは電源部を別体とした作りになっていて、電源部からの供給口は2つ。つまり、「Tradutto」との組み合わせを前提としているのだ。これらによって、きわめてコンパクトなサイズで本格的なオーディオコンポを実現して話題となった。

今回紹介する「ST-AMP」は、「Tradutto」と「CH-AMP」をひとつのボディにまとめたモデルと言ってよい。DACチップはESSテクノロジー社の「ES9280」で、手ごろな価格ながらフルバランス構成を採用。USB Type-Bからのデジタル音声入力のほか、アナログ音声入出力も備えており、ヘッドホンアンプとしてだけでなく、プリアンプとしても使える。デスクトップで最小単位の構成で本格的なオーディオを楽しむにはうってつけのモデルなのだ。

EarMen「ST-AMP」の主なスペック
●接続端子:デジタル音声入力1系統(USB Type-B)、アナログ音声入力2系統(RCA、4.4mmバランス)※同時接続時バランス優先、アナログ音声出力2系統:(RCA、4.4mmバランス)
●ヘッドホン出力:4.4mmバランス、6.3mmアンバランス
●対応サンプリング周波数/量子化ビットレート:〜384kHz/32bit(PCM)、〜5.6MHz(DSD)
●寸法:170(幅)×150(奥行)×30(高さ)mm
●重量:1.1kg

フルバランス設計&バランス入出力装備の本格派

コンパクトなサイズながらもアンプはフルバランス設計で、ヘッドホン出力も4.4mmバランスを備える。アナログ入出力を見てもRCAアンバランスのほか、バランス入出力を備える。こちらも4.4mmバランス端子を採用しているのが珍しい。

だが、4.4mmバランス端子はポータブルオーディオでは普及してきており、今後はコンパクトな機器での採用が増えてくると思われる。

4.4mmバランス端子のアナログ音声入出力を使う場合、現状では4.4mmバランスをより一般的な端子形状であるXLRバランスへ変換するケーブルやアダプターが必要になることが多いだろう。こちらも徐々にケーブルの発売が増えてきている状況だ。そうしたケーブル/アダプターを利用しつつ、「ST-AMP」をプリアンプとしてバランス入力を持つパワーアンプを組み合わせてもよいし、アクティブスピーカーとバランス接続してもよい。

「ST-AMP」のフロントパネル。左に電源スイッチとデジタル/アナログ入力切り替え、中央にボリューム調整ノブ、右に4.4mmバランスと6.3mm標準ジャックのヘッドホン出力がある

「ST-AMP」のフロントパネル。左に電源スイッチとデジタル/アナログ入力切り替え、中央にボリューム調整ノブ、右に4.4mmバランスと6.3mm標準ジャックのヘッドホン出力がある

「ST-AMP」の背面。背面にはバランス/アンバランスの各入出力(4.4mmバランス、RCAアンバランス)を持つ。電源を内蔵する(アダプターを使用しない)ことも本格的なオーディオ然とした部分のひとつだ。なお、電源ケーブルが本体に付属する

「ST-AMP」の背面。背面にはバランス/アンバランスの各入出力(4.4mmバランス、RCAアンバランス)を持つ。電源を内蔵する(アダプターを使用しない)ことも本格的なオーディオ然とした部分のひとつだ。なお、電源ケーブルが本体に付属する

外観のデザインはフロントにボリュームノブを備えたシンプルなもの。フロントパネル、ボディはアルミ製で質感のよい仕上がりだ。フロントパネルとアルミ押し出し材と思われるボディの接合部もぴったり合っていて精度も高い。

アンプ回路はフルバランス設計で、独自の設計によりアンバランス出力でも位相ズレや歪みの発生が少ないものになっているという。ヘッドホンアンプ回路はオペアンプ「TPA6120」を2台使用。ボリュームにはALPS製ポテンショメーター、電源は安定性にすぐれたノイズリニア電源を採用とかなりしっかりとした作りだ。

底面には3点のフットが付属する

底面には3点のフットが付属する

【ヘッドホン試聴】広大な音場と鮮明な音に感心

まずはヘッドホンアンプとしての実力をチェックしよう。「Mac mini」を再生機器として両者をUSB接続。再生アプリは「Audirvāna Origin」だ。イヤホンにはDITAの「dream」を使用している。

6.3mm→3.5mm変換プラグを使ったアンバランス接続での音の印象は情報量が豊かで鮮やか。華やかな感じもあるが過度な強調感はなく聴き心地はよい。低音はローエンドまでよく伸び解像感が高い。ややタイトな感触で反応がよくキレ味も良好。力感やエネルギーもしっかりと出るが、どっしりとした感じでなく、俊敏で軽やかな印象になる。音場は広く、精細感の高い鳴り方もあって見通しのよいステージだ。

これが4.4mmバランス接続になると、さらに音場の広さ、奥行きが増して立体的と言える音場感になる。俊敏さはそのままに、低音域のエネルギー感が出てくるのだ。アンバランス接続も十分に優秀だが、やはりバランス接続のほうが「ST-AMP」の本領を発揮した感じになる。以後はすべてバランス接続で聴いている。

現代的にアレンジされた往年の楽曲はもちろん、スリル満点な曲や情感に溢れた曲など新しい楽曲も魅力的な「シン仮面ライダー音楽集」から、1曲目の「3A-DB」(三栄土木の略。詳しくは映画本編を参照)を再生。スリリングでスピード感たっぷりな曲をエネルギーたっぷりに鳴らしてくれた。タイトな低音ながら重厚感もよく伝わる。反応・キレ味のよいサウンドなので、こうしたスリリングな曲とは相性がよい。

続いては8曲目の「レッツゴー!!ライダーキック(desperate ver.)」。往年の血湧き肉躍るメロディーを、ビートの効いたアレンジでパワフルに楽しめる曲。ベースの厚み、リズムの力強さは申し分ないし、ギターのシャウトも力強い。明るくクリアな音調とエネルギー感がよく伝わるので、かなり気分が盛り上がる。なかなか楽しい音だ。

パワフルなジャズを楽しめる映画「BLUE GIANT」のサントラから「N.E.W.」を聴くと、テナーサックスは変にギラギラと輝きすぎず、質感の豊かなリアルさがある。勢いも良好で、ピアノのエネルギーはたっぷりして、タッチの変化がよくわかる。

中高域の鮮やかさが印象的だが、高域の強調感のような不自然さはない。忠実度の高いしっかりとした音を、巧みな薄化粧で仕上げたようなイメージ。絶妙な塩加減で素材のよさを引き出している印象で、非常にまとめ方がうまいと感じた。

ネルソンス指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の「ブルックナー/交響曲第8番」から第4楽章を聴くと、音場の再現性のよさにも感心する。ただ広大というだけでなく、演奏場所の空間を感じさせるステージ感がある。基本的にはタイトながらコントラバスなどの低音楽器の胴鳴り感はしっかりと出すなど、“聴かせどころ”をよくわかっているような鳴り方だ。

解像度が高く、音色も忠実と言うと、透明度の高い素材そのままの音を連想するが、そこに絶妙な味付けをして音楽を楽しく聴かせるバランスに仕上げているのが「ST-AMP」のいちばんの特徴だろう。味付けの具合は、アンプによる色づけは不要と考える筆者でも納得の上手さだ。

イヤホンに続き、ヘッドホンでも試聴。ゼンハイザー「HD800」のインピーダンスが300Ωと家庭用製品としては高く、鳴らしにくいことで知られる

イヤホンに続き、ヘッドホンでも試聴。ゼンハイザー「HD800」のインピーダンスが300Ωと家庭用製品としては高く、鳴らしにくいことで知られる

最後にインピーダンスが300Ωと高く、鳴らしにくいことで知られるゼンハイザーのヘッドホン「HD800」でも聴いてみた。接続は6.3mm標準ジャックのアンバランス接続だ。アンバランス接続ということもあり、筆者が好む音量までボリュームを上げていくとボリューム位置の9割ほどまで上がってしまうが、まだ余力はある。

「HD800」の低音は元々軽やかな感触だが、「ブルックナー/交響曲第8番」の厚みのある全奏もしっかりと鳴らす。「BLUE GIANT」の「N.E.W.」のピアノの打鍵ではエネルギー感も出る。なにより低音のキレと反応のよさは見事なもので、駆動力の高さも十分と言える出来だ。「HD800」と音色の相性がよいのか、楽器の音が際立つ色彩感豊かな音になる。

このあたり、ヨーロッパのオーディオ機器に通じる色気と言うか味わいを感じるのも魅力で、製造・設計がヨーロッパで行われているという説明も納得の音だ。

【スピーカー試聴】チャンネルセパレーションのよい高忠実度再現に驚く

今度はスピーカー試聴だ。再生機器はそのまま「Mac mini」(アプリはAudirvāna Origin)。「ST-AMP」の4.4mmバランス出力を自宅の試聴室で使っているベンチマークのパワーアンプ「AHB2」×2台に接続してモノラル駆動でB&W「Matrix 801 S3」を鳴らしている。4.4mmバランス→XLRバランスの変換ケーブルは輸入代理店が用意してくれた自作ケーブルを使用している。

続いて、「ST-AMP」をD/Aコンバーター、プリアンプとして使い、スピーカーで試聴してみる

続いて、「ST-AMP」をD/Aコンバーター、プリアンプとして使い、スピーカーで試聴してみる

「ブルックナー/交響曲第8番」から第4楽章を聴くと、音場の見通しのよさ、オーケストラの楽器群が並ぶ様子が見渡せるような広々としたステージが目の前に現れる。

ヘッドホン、イヤホンで感じた華やかさが前面にでるわけではなく、音色としてわずかに明るめで、高域が艶やかになると感じる程度。ライン出力ではより忠実な音の再現に寄るようだ。ただし、個々の音色をキリっと立たせ、粒立ちのよさや解像感を印象づける基本的な傾向は同様だ。

低音は引き締まってシャープ。そのせいもあり、特にセンターに定位する音像にわずかに厚みが足りないと感じる。音像が薄いとか実体感が足りないというほどではないが、筆者はどちらかと言うと音像の厚みを重視するので、物足りなさがあるのは事実だ。

しかし、この立体的な見晴らしのよさには感心する。音場の広がりを重視する人にとってはうってつけだろう。

厚みのある音で聴きたいテナーサックス、ピアノ、ドラムスのトリオ演奏「BLUE GIANT」の「N.E.W.」は、細身になったように感じる。すっきりとしたぶん、反応のよさやキレ味が印象的になるバランスだ。このあたりは音像と音場のどちらを優先するかで好みは分かれるかもしれない。繊細で精密感のある描写だが、エネルギー感はしっかりとしているので、ひ弱とか華奢な印象にはなっていない。

ちょっと面白かったのは、シンセサイザーによる包まれるような感触で鳴るポップス曲の表現だ。再生環境によって包囲感は出ても人工的に(位相をいじったような不自然さを)感じてしまうことがあるが、そうした違和感のない自然な音の広がりが感じられた。このあたりは位相特性の精度の高さが理由なのかもしれない。

いずれにしても、価格.com最安価格11万円(2023年7月4日時点)のヘッドホンアンプ/プリアンプとしては破格の実力で、コストパフォーマンスはかなり優秀だ。

比較対象にはならないが、常用しているヘッドホンアンプ/プリアンプのベンチマーク「HPA4」と聴き比べれば細かな情報量には差があるし、DACとしても同じく常用しているChord Electronics「Hugo2」と比べれば同様に差はある。

だからこそ、11万円という価格に驚かされる。本格的なオーディオ機器としては入門クラスの価格帯だが、本当にこれが初めてのオーディオ機器だったら、そのままで満足してしまうか、天井知らずの沼に入るかどちらかしかない気がする。

【まとめ】音楽を楽しく聴かせることこそ「ST-AMP」の魅力

「ST-AMP」に触れて、何よりの魅力だと感じたのは、忠実度や情報量ではハイエンド機器に近い透明度の高さを持ちながら、絶妙な味付けで音楽を楽しく聴かせてくれるところ。

デスクトップで使う本格的なシステムとしてもよいし、大型スピーカーとオーディオシステムを別に持っている人がサブシステムとして使ってもあまり不足を感じずに愛用できると思う。

こんな小さなコンポで!? と驚く人も多いと思うが、これよりさらに小さいポータブルオーディオも実力の高いものが多い。人気の高いジャンルでもあり、その進化のスピードにも驚かされるものがある。そして、現在ポータブルオーディオで人気の高いブランドやメーカーが、こうしたデスクトップ向けのコンパクトなオーディオ機器に進出することが増えているのだ。冒頭でも触れているがEarMenもそうしたメーカーのひとつ。

ハイエンドオーディオというと価格は天井知らずだし、大きく重くなりがちであることがひとつの特徴だが、ポータブルオーディオ由来のメーカーはその対極から高音質を追求してきている(価格についてはこちらもよいものは高い)。これは実に面白い。そこがいちばんわかるのが、D/Aコンバーターやヘッドホンアンプ/プリアンプだ。今後も優秀なモデルを続々と紹介していくのでお楽しみに。

鳥居一豊

鳥居一豊

映画とアニメをこよなく愛するAVライター。自宅ホームシアタールームは「6.2.4」のDolby Atmos対応仕様。最近は天井のスピーカーの追加も検討している。

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